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まもなく「病院では死ねない時代」がやってくる…いま知っておくべき「在宅死」の本当の姿

プレジデントオンライン / 2022年1月23日 11時15分

看護師の宮本直子さん

「在宅、地獄でした」。訪問看護師の宮本直子さんは、ある患者の家族からそんな言葉を投げつけられた。患者はその翌日、亡くなった。在宅での看取りでは、患者本人は最期まで好きなものを食べられて、好きなように過ごせる。しかし、すべての人が理想的な死を迎えられるわけではない――。(第10回)

■1時間半後、ようやく訪問医が到着したのだが…

60代で乳がんを患った女性は、悩んだうえで、在宅医療を受けることを選択した。家族も悩んだが、本人の意思を尊重して、家で看取ることにしたという。

そしていよいよ死が迫った時、本人が痛みに苦しみ、呼吸もおかしくなったため、家族から訪問看護師の宮本直子さんのもとに連絡が入った。宮本さんはすぐに患者宅に駆けつけ、同時にその家の訪問診療を請け負っていた医師に連絡をした。しかし、その訪問医は電話越しにふんふんと、適当なあいづちをうっていたという。

「先生、もちろん来てくださいますよね?」

宮本さんは強い口調でそう言った。すぐそばで死に際の女性患者がうんうん唸っているのだ。

それから1時間半後、ようやく訪問医が到着し、家族に対してこう言った。

「これから麻薬(痛み止め)を使います。これを座薬で入れると、意識がなくなってそのまま呼吸が止まってしまうかもしれません。みなさんを集めてください」

家族が揃い、全員の同意を得て、医師はその麻薬を患者に投入した。そしてしばらくして患者宅を後にしてしまう。

■「今、在宅で診るなどという状況ではありません」

しかし、医師が出ていって、1時間経っても痛みがおさまらない。宮本さんが訪問医に連絡するものの、電話に出ない。家族は「(患者の)意識がなくなってしまう」という恐怖とともに、痛みにのたうちまわる女性を泣きながら見ている。訪問医に何度も電話をかけた。ようやくつながって、「痛みがおさまらないんですが」と、宮本さんが訴える。

しかし医師は「薬を増やすしかないでしょうね」と言うだけだった。

今、ここに手持ちの薬がないのに、どうやって「薬を増やす」のか。その訪問医は再びここへ来ようとしない。宮本さんは腹が立ってたまらず、「もういいです!」と電話を切った。

宮本さんは当時所属していた訪問看護ステーションの所長に相談の上、近隣病院の緩和ケア病棟に連絡して「患者を受け入れてもらえないか」と相談したという。事情を話すと、病院側は受け入れを了承したものの、「医師の指示が必要」とのこと。

宮本さんは今度は訪問医がいる医院に連絡をかけた。事務員が電話応対をする。いくら説明しても、「あのお宅は在宅で診るということですので……」と言われるばかり。朝、患者宅を訪れて、時刻は14時をまわっていた。

「今、在宅で診るなどという状況ではありません」と、宮本さんは怒りに震える声で言った。

「聞こえませんか。背後で患者さんがずっとうなっているの、聞こえませんか。この方を緩和ケア病棟に入れさせていただきます。先生にそうお伝えください」

■目の前で家族が苦しみ続けるという地獄のような時間

電話を切り、宮本さんは救急車を呼んだ。そして救急隊に患者を託し、許可を得た緩和ケア病棟への搬送を頼んだ。

救急車を見送ると、同乗できなかった家族が宮本さんを恨めしげに見つめて言った。

「在宅ってこんなんでしたか? もうトラウマです。この何時間、僕たちにとって地獄でした」

宮本さんは「そうですよね」と、何度も頭を下げるしかなかった。

「もし患者さんが(緩和ケア病棟から)帰ってきたら、訪問の先生を代えることができますから。もちろん、私たちのことも代えられます。退院する時に相談してください。いい先生、いっぱいいますから」

しかし、その女性患者は翌日、緩和ケア病棟で亡くなったという。

■「訪問医」と「訪問看護師」はいつもセットではない

当時を振り返って、宮本さんはこう話す。

「麻薬の使い方は、訪問医の経験と熱意によって異なります。この患者さんの場合は、医師が家族にもっと丁寧に状況を説明して、痛みで苦しまないことを最優先にし、穏やかな最期にするような薬の使い方をすれば、家族も本人もこのような思いをしなかったでしょう。心ある訪問医なら、その患者さんがどう生きてきたか、どのような性格かをふまえて、臨機応変に薬を選択し、そのたびに説明します。家族とまだ話したい人、最後まで意識を失いたくない人、痛みに弱い人などさまざまな人がいるんです。患者さんを主としながら、さらに残された家族のことも配慮して関わる訪問医だってたくさんいます」

「訪問医」と「訪問看護師」はいつも“セット”ではない。宮本さんはその訪問医とは初めての関わりだったという。

「病院から退院する際、訪問看護が必要となると、まず訪問看護ステーションに依頼がきます。病院側から『近隣でいい先生がいたら紹介してください』と言われることもありますし、長く同じ病を患っている方はもともと地域にかかりつけ医の先生がいて、その方が主治医になる場合もあります。ケアマネージャーさんが『この訪問医の先生でお願いします』と指定する場合もあります」(宮本さん)

■訪問医も訪問看護師も、遠慮なく変えていい

なかには「往診します」とうたっておきながら、よほどの緊急時でない限りは患者宅を訪れず、看護師や薬剤師に薬だけを届けさせるという「訪問医」もいるそうだ。希望をもっている患者に対し、「この病気は何年しかもたない」など心ない言葉を口にしたり、患者の要望に対し「無理でしょ」とすぐに決めつける医療従事者もいる。

「訪問医はもちろん、訪問看護師もケアマネージャーも交代できます。もし『二度と来るな!』と思うような対応をされたら、遠慮なくチェンジしてください。患者さんに関わる誰かに本音を話せばいいんです。訪問医、ケアマネージャー、私たちのような訪問看護師が話しづらかったら、地域包括センターでも、病院のソーシャルワーカーでもいい。思ったことを口にすれば、相談しやすい人に話してみれば、きっと誰かが解決する方法を教えてくれるはずです」(同)

“看護師はえらくない”と、宮本さんは思っている。患者さん主体だから「自分のやり方を通さない」のだという。もし他の看護師のやり方がその患者さんに合うのなら、そのやり方を皆で共有するのがいいのではないか、と話すのだった。

■終末期にどういった選択があるのかを理解したほうがいい

元看護師で現在はケアマネージャーを務める吉野清美さんは「オールマイティな医師はいない」と話す。

「先生(医師)は神様でないですし、ミスもするし、感情もあらわにするし、自分の専門以外のことには熱心でない先生も少なくありません。先生が人柄的にも“いい人”だと思わないほうがいいですよ。病院しか知らない医師も多く、むしろみなさんより社会経験が豊富でなかったりするのです。事前に“情報”を武器として持つことも必要です」

情報とは終末期にどういった選択があるのかを理解し、それを伝えられる力とも言い換えられる。

吉野さんが今、広めているのが『私の生き方連絡ノート』(「自分らしい「生き」「死に」を考える会」編)だ。ノートは自分が望むこれからの医療・ケアについての希望を書きとめられる形式になっている。言葉はあいまいだが、ノートは各々が具体的に記していきやすいスタイルだ。

ケアマネージャーの吉野清美さんが広めている『私の生き方連絡ノート』。
ケアマネージャーの吉野清美さんが広めている『私の生き方連絡ノート』。

例えば<今の自分が望む医療・ケアのかたち>では、次のような例があげられている。

・あらゆる手段をとって最期まで病気と闘う
・最先端の治療を受けたい
・●歳まではできるだけ治療を受けたい
・生活の質(口から食べる、声を出す、家で過ごす、仕事を続けるなど)を落とさないことを第一に考えて治療したい
・年単位で余命が期待できればつらくても治療するが、治療しても週単位でしか余命が延びないなら、その治療はしない
・生まれ故郷で療養したい
・療養は家族とともにしたい

ノートには<一年に一度(誕生日などに)は内容を見直しましょう><考えや状況は変わることがあります。考えが変わったらその都度書き換えましょう>と記されているが、これは在宅看取りにかかわるすべての医療従事者がよく口にすることだ。

■訪問看護師も「家での看取りを勧める気持ちは全くない」

生き死にに関する自分の考えは、その都度変わっていい。大切なことは現時点での“自分の答え”を出すこと。

訪問看護師の小畑雅子さんは、「在宅看取りの支援をしている立場ですが、家での看取りを勧める気持ちは全くない」と話す。

「その人が望まれたところで最期を迎えられるのが幸いだと思います。だから最期の時を大切に生きてもらえるように、その時々のさまざまな選択を助けることも、私たちの重要な仕事だと思っていて、どっちが良いとか、どうあるべき、という主観をもたないようにしている」

ただし、コロナ発生以降、そして今後は一層、家で死ぬ傾向が強まる、とケアマネージャーの吉野清美さんはみる。

「超高齢化社会で入院患者が多いため、基本的にがんの末期で治療のない方は家に帰されると思います。また緩和ケア病棟での入院は費用がかさみます。医療費だけでなく、個室費がかかる場合も少なくありません。そのためコロナで打撃を受けた旅行業界やイベントに携わる方などは経済的に難しく、すでに病院で死ねない状況が発生しています。さらに病院側も、コロナ禍での人員不足や感染予防に手間暇がかかり、以前のような細かいケアができない状況があります。患者さん側もまた面会制限があって大切な人に会えないですし、家に帰りたいという方が増えているのが現実です」

ケアマネージャーの吉野清美さん。移動にはバイクを利用している。
ケアマネージャーの吉野清美さん。移動にはバイクを利用している。

■現実的に「病院では死ねない時代」がやってくる

2020年の日本の死者数はおよそ138万人であるが、2030年頃には年間の死者数が160万人を超えると推計されている。多死社会の到来だ。病院で死にたい、いやいや家で、などの個人の希望はさておき、現実的に「病院では死ねない時代」がやってくるということだ。あるいは突然死、事故死などでそんなことを考える間もなく、人生の幕が下りるかもしれない。

それでも、自分がどこで死ぬかを具体的にリアルに考えること、死というゴールを見つめることは、だから今どう生きるのかにつながっていくと私は思う。

「家で死ぬのは簡単じゃない」

その続きは、人によりさまざまだ。だから病院で死にたい、けれどやっぱり私は家で死にたい。ギリギリまで家で、最後は病院に行きたい……など。それは、今のあなたが決めた答えだ。大切なことは、「誰かのために」「医師から言われたから」ではなく、最後こそ自分で決めていくことではないだろうか。

次回は、訪問診療の現場をレポートする。(続く。第11回は2月公開予定)

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)など。新著に、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)がある。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)

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