きっちりと構成を決めて書いた文章ほど、驚くほどつまらないのには本質的な理由がある
プレジデントオンライン / 2022年1月27日 18時15分
※本稿は、ズンク・アーレンス著、二木夢子訳『TAKE NOTES! メモで、あなただけのアウトプットが自然にできるようになる』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■現代人の注意力は低下している
ある程度、まとまったアウトプットをするには注意を持続させることが必要です。
ある研究によると、メールやテキストメッセージによる割り込みによって、私たちの生産性は約40%低下し、10以上低いIQしか発揮できなくなっているそうです。この研究は出版されておらず、統計学的にも不適切ですが、たしかに私たちがうすうす気づいていることを裏づけるように思えます。それは、私たちの注意機能には欠陥があるということです。
同じようなことを調べたきちんとしている研究もあります。たとえば、テレビを見ると子供の注意持続時間が低下することがわかっています(Swing et al., 2010)。
また、テレビのニュースでの著名人の発言などの抜粋(サウンドバイト)は、ここ数十年で平均の長さが着実に短くなっています(Fehrman, 2011)。
1968年の米国大統領選挙では、ノーカットで流された候補者の発言の長さは平均で40秒を少し上回る程度でしたが、1980年代の終わりには10秒を切り(Hallin,1994)、2000年には7.8秒になっていました(Lichter, 2001)。最近の選挙でも、この傾向はもちろん逆転していません。
この研究結果が、人間の短くなった注意持続時間にメディアが合わせているという意味なのか、はたまたメディアが注意時間の短縮を引き起こしているという意味なのかはわかりません。
いずれにしても、気を散らすものが周囲に増えていることと、注意持続時間を鍛える機会が減っていることは明らかです。
■人は本来、マルチタスクができない
ふたつ以上のことを同時にしたいという欲求に駆られることがあります。つまり、一度に複数の作業、マルチタスクをしたくなるわけです。
マルチタスクは、現代に対応する最も重要なスキルだと考える人もいます。また、若い世代のほうがマルチタスクにすぐれているとも信じられています。注目を常に引くSNSなどのメディアのなかで育つと、そのような能力が自動的に身につくと考える向きさえあります。
マルチタスクを多くこなしていると主張する人は、マルチタスクが得意だとも主張する、という研究もあります。
こうした研究で聞き取り調査の対象になる人々は、マルチタスクによって生産性が落ちているとは考えておらず、むしろ上がったと考えています。しかし、このような主張をする人のなかに、そうではない人と比較してみずからをテストしている人はあまりいません。
マルチタスクを実践する人たちにインタビューした心理学者は、聞き取り調査だけではなく実験も行いました。さまざまなタスクを与え、その結果を、同じタスクをひとつずつこなすように指示した群と比較しました。
結果は明らかでした。マルチタスクをしていた人は生産性が向上しているように感じていましたが、実際には生産性が大幅に低下していたのです(Wang and Tchernev2012; Rosen 2008; Ophir, Nass, and Wagner 2009)。やり遂げた内容の量だけではなく質の面でも、マルチタスクをしていない群より大幅に劣る結果となりました。
特にメールを書きながら運転するなどの実験では、マルチタスクの欠点は痛ましいほどはっきり現れました。しかし、これらの研究で最も興味深いのは、作業の生産性と質が下がることよりも、「マルチタスクをやればやるほど生産性がさらに下がる」ことでした。
この結果は驚きです。ふつうはやればやるほど生産性が高いと思うからです。
しかし、よく考えると、これは筋が通っています。マルチタスクをしていると思っているときは、実際にはふたつ(以上)のことのあいだで注意をすばやく切り替えているからです。1回切り替えるたびに、集中力を取り戻す瞬間が遅くなります。マルチタスクでは、疲れが溜まり、複数のタスクを扱う能力も下がってしまうのです。
■必要なのは「集中」と「持続的な注意」
さて、なぜ私はこの説を紹介したのでしょうか。
それは、「書く」という一言に集約されていることには、たくさんの作業があるからです。意識的かつ実践的に分けて考えなければ、複数の作業を同時にこなす羽目になってしまうからです。
執筆には、キーボードを叩く以外に、読書、理解、熟考、発想、つながりの構築、用語の区別、適切な言葉の模索、構成、整理、編集、修正、リライトなど、さまざまな作業が伴います。
これらすべては単に異なるタスクだというだけではなく、必要な注意力も異なります。必要なのは「集中」と「持続的な注意」です。
集中は、ひとつのことにのみ注意を向けることで、数秒しか持続しません。集中の最大時間は、時代とともに変化していないように見受けられます(Doyle and Zakrajsek2013, 91)。
一方、「持続的注意」は、長い期間にわたってひとつのタスクに集中することです。これは、学ぶため、理解するため、あるいは何かをやり遂げるために必要です。これこそが、気を散らすものが増えたことで最も脅威にさらされているタイプの注意です。
持続的注意の平均持続時間は、時代とともにかなり短くなったとみられています。しかし、人間は訓練によって、ひとつのことにより長く集中できるようにすることができます。
そのためには、マルチタスクを避け、気が散るものを取り除き、文章を完成させるのに必要な異なる種類のタスクをできるだけ分離して互いに干渉しないようにする必要があります。
その点、ドイツの天才社会学者ニクラス・ルーマンが発明したメモ術「ツェッテルカステン」は短いメモの集合ですので、それを使って文章を書くと、妥当な時間でいまのタスクを終えてから次に進めるように、注意の切り替えが自然とできます。
■「書く」ときに求められる多様な脳の使い方
「書く」という言葉の下にまとめられてしまった、さまざまなタスクについてよく考えてみましょう。少し考えるだけで、どれほど互いに異なるか、そしてどれほど異なる注意が必要なのかが明らかになってきます。
たとえば、校正も書くプロセスの一部ですが、執筆とはまったく異なる脳の状態が必要です。原稿の校正には、一歩引いて、冷静な読者の目で文章を眺める批評家の役割が求められます。
誤字脱字を探し、文章がスムーズに流れるようにし、構成をチェックします。文章から意識的に距離をとり、自分の頭ではなく紙に実際に書かれている内容を確認します。自分がいおうとした意図を頭のなかから排除して、何を書いたかを見て取るのが大切です。
もちろん、公平な読者そのものにはなれませんが、論理の穴や、自分には説明する必要がないので説明を省いてしまった部分など、それまでに見えなかったことの多くを見つけるには十分です。
批評家の役割と著者の役割を切り替えるには、これらふたつのタスクをはっきりと分離する必要があります。これは経験とともに上手になります。
著者としての自分から十分な距離を取らずに原稿を校正した場合、実際の文章ではなく自分の思考しか見えなくなってしまいます。
主張の問題点、不適切に定義された用語、単なるあいまいな文章などを指摘すると、執筆者はだいたい真っ先に自分の意図を説明します。しかし、書き上がった文章の前では自分の説明など何の意味もないと腑に落ちて、ようやく書いた内容に注意を向けるのです。
■「執筆」では完璧主義にならない方がいい
いっぽう、批評家としての自分が、著者としての自分を邪魔する場合もあります。
著者の立場になるときは、自分の思考に集中しなければなりません。文章がまだ完全ではないといって批評家がしょっちゅう途中で出しゃばっていたら、何も書けなくなってしまいます。
まず自分の思考を紙に書いてから、紙の上で高める必要があります。難しいアイデアを頭のなかだけで一直線の文章に変えるのは、かなり困難です。
自分のなかの批評家をただちに満足させようとしていたら、ワークフローが完全に止まってしまうでしょう。
どんなときでも完成された出版物のように文章を書く極端な遅筆家を、「完璧主義者」と呼ぶことがあります。プロ意識を賞賛する響きのある言葉ですが、そうではありません。本物のプロフェッショナルは、一度にひとつの作業に集中できるようにするために、しかるべきタイミングまで校正を保留します。
校正には集中が必要とされるのに対し、執筆の言葉を探すには、持続的注意がより必要になってきます。
■構成は主張全体の把握のためにつくる
執筆中に言葉を探すには、文章の構成について考える必要がないほうが楽です。
ですので、原稿のアウトライン(構成)は印刷して目の前に置いておきましょう。文中の別の場所で扱うのでいまは書く必要がない内容を、きちんと把握しておくのも大切です。
アウトラインの作成や変更も、執筆とは異なるスキルが必要です。これは、思考ではなく、主張全体の把握です。
ここで重要なのは、アウトラインの作成は、執筆の準備でもなければ、計画ですらないと理解することです。アウトラインの作成も、独立したタスクです。
ツェッテルカステンでアウトラインをつくる場合、アイデアをいろいろと組み合わせて、興味を惹かれるつながりや比較を探しましょう。
塊をつくり、他の塊と組み合わせ、あるプロジェクトにおけるメモの順番を決めます。メモをパズルのように組み合わせて、最適な順番を見つける必要があります。これは他と比べて連想力を駆使し、楽しく、クリエイティブな作業で、ここにもまったく別の種類のスキルが必要になります。
できあがった構成のチェックは常に必要ですが、じつはこれも、ツェッテルカステンでボトムアップから作業していれば、必然的に何度も変更になります。メモのつながりを見ながら、構成を変える必要が生じるたびに、一歩引いて全体像を眺め、必要な変更を加える必要があります。
まとめると、書くことには、実に幅広い種類のスキルが必要です。書く技術をマスターするには、その時々に応じて必要なスキルと集中を利用できるようにならなければなりません。
■クリエイティブな人とは集中力と柔軟性のある人
かつては、より「持続的な注意」は、芸術のようなクリエイティブな仕事にのみ必要であると考えられていました。しかし、現代では、どんな仕事でも「集中」と「持続的な注意」と、2種類の注意が必要であるとわかっています。
心理学者のオシン・バルタニアンは、ノーベル賞受賞者やその他の著名な科学者の毎日のワークフローを比較分析し、彼らの際立った特徴は、飽くなき集中力ではなく柔軟性を保った集中力であると結論づけました。
「有名な科学者の問題解決をしようとする行動は、特定のものへの卓越した集中力と、遊び心あふれるアイデア探求のあいだを行き来することができる。このことは、すぐれた問題解決が、そのタスクへの柔軟な戦略応用の働きである可能性を示す」(Vartanian, 2009)
こうした研究は、クリエイティブな人々を研究する心理学者に答えを与えました。「とりとめがなく、集中力散漫で、子供のような心をもった人々が最もクリエイティブであるように思えるいっぽうで、分析と応用も重要であるようにも思える。この謎の答えは、クリエイティブな人々は両方を兼ね備えている必要がある、というものだ(中略)創造力の鍵は、大きく開かれた遊び心と、狭い分析的な枠組みを切り替えられることなのである」(Dean, 2013)
■クリエイティブになるためには仕組みが必要
しかし、こう答えるためには重要な条件があります。それは、そもそも柔軟になることが可能なしくみが大切だということです。
柔軟になるには、あらかじめ考えた計画からそれても崩壊するようなことのない、柔軟な作業構造が必要です。融通の利かない整理法にとらわれていたら、作業の柔軟性に関してすばらしい洞察をもっていたとしても役に立ちません。
残念ながら、これまで、最もいい方法は計画を立てることだとされてきました。計画を立てることは、ほとんどの書籍で推奨されていますが、それは自分をレールに載せるのと同じです。
■どの仕事が重要なのかは、体で覚えるしかない
人間は、計画を立てるのをやめた瞬間、学習しはじめます。洞察を得て、すぐれた文章を書けるようになるには、実践あるのみです。
そのためには、文章を完成させるというゴールに必要な、特に重要で見込みのあるタスクを選び、またそれらのタスクのあいだを柔軟に行き来できるようになる必要があります。
これは、自転車の補助輪を外して、正しい乗り方を学習しはじめる瞬間に似ています。最初は少し不安に思うかもしれませんが、同時に、補助輪が付いたままでは永遠に自転車には乗れません。
エキスパートは、体で覚えた経験によって名人の域に達しています。どのタスクが完成原稿に近づけてくれ、どのタスクが単なる脇道なのかを判断する直感が身についています。
これに、例外なく適用できる簡単なルールはありません。プロジェクトはそれぞれ違います。自分が進めているプロジェクトの各段階において、読んで研究する、文章を見直す、アイデアについて議論する、原稿のアウトラインを変更するなど、最適な作業は異なります。どの段階でも、「無意味なアイデア」や「矛盾の可能性」に気づいたり、「どの脚注はフォローしなくていいか」などを判断できる、例外なきルールはありません。
エキスパートになるには、みずから判断し、さまざまなミスをして学べるだけの自由が必要です。自転車と同じで、実践でしか学べないのです。
■ツェッテルカステンのメモ術なら実践を積める
ツェッテルカステンを使うと、さまざまなシチュエーションで自然に十分な経験を積めます。今の状況に応じて、どんな行動をすればいいのか直感でわかるのです。複雑な状況における意思決定は、長い理論的分析があって生まれるのではなく、直感で行われます(Gigerenzer, 2008a, 2008b)。ここでいう直感とは、神秘的な力ではなく、経験が積み重なった歴史です。成功または失敗に関する数多くのフィードバックループを通じた、実践が蓄積したものです。
科学のような理性的、分析的な探求でさえも、専門性、直感、経験なしでは機能しないという研究結果もあります(Rheinberger, 1997)。チェスの棋士は、初心者よりも考えていないように見えます。パターンを認識し、何手も先を計算しようとするよりも、過去の経験に従うからです。
プロのチェスと同様に、プロの書き手としての直感は、度重なるフィードバックと経験によってのみ得られます。
ツェッテルカステンのワークフローは、執筆の各段階で何をするかを明確には教えてくれません。しかし、完成に必要なジャンルの違うタスクを分離することは教えてくれます。それぞれの執筆タスクは妥当な時間内に完了でき、連動するタスクを通じてただちにフィードバックが得られるようになっています。
このように、ツェッテルカステンは意識的な実践の機会を与えるので、それぞれのタスクの上達が促されます。そうすれば、経験を積めば積むほど、直感に頼って次の行動を選べるようになります。
状況を正しく直感的に判断するための経験を積み、これまでの文章術の本とは永遠にお別れしましょう。真の専門家は計画を立てない。フライフヨルグははっきりとそう書いています(Flyvbjerg, 2001)。
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作家、研究者
教育・社会科学分野の作家・研究者であり、現在はドイツのデュースブルク・エッセン大学暫定教授。また、執筆やコーチング、講演も行う。バンコクに住み、2年ほどアジアを旅する。メモをとることで、読書や思考をより楽しんでおり、その結果をさまざまな出版物にしている。著作に『Experiment and Exploration:Forms of World-Disclosure』(Springer)がある。
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(作家、研究者 ズンク・アーレンス)
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