「2歳の孫をライターで遊ばせる」認知症の義母を看ながら"2人目を妊娠"した31歳女性の修羅場
プレジデントオンライン / 2022年1月22日 11時30分
九州地方に生まれ育った近藤紗代さん(仮名・31歳・既婚)は、介護施設で働いていた27歳のときに3歳上の同郷出身者の男性と交際を始め、2年後に結婚。仕事を辞め、男性の勤務先のある関東地方へ移住。男の子を出産した。ところが、九州でひとり暮らしする73歳の義母が中等度のアルツハイマー型認知症に。近藤さんは息子を連れて帰省し、実家から義実家へ義母の通い介護を始める。10キロも痩せ、1人では暮らしていけない義母のため近藤さんは、夫と相談。家族で九州にUターンして、義母を介護することを決意した——。
■近距離ダブルケアの現実
要介護状態になった義母のため、関東地方から3歳上の夫と2歳の息子とともに九州に移住した近藤紗代さん(仮名・31歳・既婚)。週2日はデイサービスの利用で助けられたが、残り5日は息子を連れて自分が住むアパートから義母宅へ向かい、身の回りの世話をするというハードなスケジュールだ。
義母を連れて必要なものの買い出しに行き、食事の支度や服薬管理、掃除や洗濯をこなし、デイサービスに通う準備をして帰宅。それらを全て、幼い息子を見守りながら行わなければならない。
また、義母からは曜日に関係なく深夜や早朝でもお構いなしに電話がかかってきて、呼び出されたり、紛失したものの捜索などに対応させられたりと、体を休める時間はなかった。
「義母はまだ徘徊やトイレの失敗はなく、私も同居ではなく通いのため、まだ楽なほうだと思います。ただ、認知症という病気なので仕方ありませんが、義母本人は『私は認知症じゃない』と言っており、私が週に5日介護に通ってくることを、『嫁の面倒をみてあげている』と思っていて、『嫁が毎日来るから大変だ』『嫁は口ばっかりで何もしてくれない』と近所に言いふらしているそうです。感謝してほしいとは思いませんが、少しつらいなぁと思ってしまいます……」
認知症の自覚のない義母は、近藤さんが息子を連れて義実家を訪れると、「私が孫の面倒を見てあげる!」と張り切る。生活に張り合いが出るのは良いことだが、困ったこともある。
認知症の義母は、口に入れると窒息の恐れのあるものや、賞味期限の過ぎたものを息子に食べさせようとしていたり、ライターなど危険なもので遊ばせようとしたりするため、近藤さんは目が離せないのだ。
一度、近藤さんが少し目を離した隙に、義母が息子を連れて外出。おそらく義母は、一緒に散歩に連れていってあげようと思ったのだろう。ところが認知症の義母は、外に出た途端に庭の草に気をとられ、息子のことをほったらかして草取りを始めてしまう。退屈になった当時2歳の息子は庭を駆け回り、車の往来がある通りに向かって走り出した。
その時は、近藤さんが玄関の物音に気づき、すぐに追いかけたので、道路に飛び出る直前に息子を捕まえることができた。万が一、近藤さんが気付かなかったら、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
近藤さんは、幼い息子を連れての介護の難しさを実感。翌日、市に相談しに行ったところ、「母親が働いていなくても、介護を理由とした保育園入所は可能」ということを知り、すぐに自宅から近い保育園を見学。申し込むと、約3カ月後の2021年4月から息子は保育園に通うことに決まった。
■九州男児の夫
一家で九州に移住する前、近藤さんは夫と話し合いをした。テーマは、「子育てと介護の両立はできるのだろうか」。そうした中で、夫が「最後まで家で面倒をみたい」と口にすることがあり、いつかは義母と同居して介護をしないといけなくなるかもしれない、と近藤さんは思ったという。
何度目かの話し合いで、夫は義母の生い立ちを話し始めた。
義母の人生は波乱に満ちている。幼い頃に父親を亡くし、母親は再婚。そのため、義母は親戚の家で育てられた。成人した後、1度目の結婚では子供ができる前に夫を亡くし、再婚。近藤さんの夫の父親であるその人も、夫が幼い頃に亡くなった。女手ひとつで夫と義妹を育て、2人とも高校卒業後に家を出たため、それからずっと1人で暮らしてきた。
「父さんが早くに亡くなって、母さんはずっと1人だった。だから最後くらいは家族で過ごさせてあげたい。最期まで家で面倒をみてあげたい」
これを聞いた近藤さんはこう話す。
「夫の大切なお母さんだから、夫がそこまで思っているなら、私も夫に協力してあげたい。そう思うことで、九州への移住も、義母の介護をすることも受け入れることができました」
ところが、実際に九州に移住してみると、真剣な表情で母親への思いを語っていた夫はどこへやら。子育てばかりか介護まで近藤さんに丸投げ状態が続き、よくケンカになった。
「立派なことを言っていた割に、夫は介護も子育ても“頼めばしてくれる程度”で、『介護や子育ては嫁の仕事』という雰囲気。特に介護は協力的ではなかったですね」
“九州の男性”だと十把ひとからげにしてはいけない。しかし、自分の母親の介護を、幼子を抱える妻1人に任せっぱなしというのは、あまりにも無責任だ。
近藤さんは当初、「夫は仕事があるから、平日の日中は介護をしたくてもできない。だから私が頑張ろう」と思うようにした。だが、夫は休みの日でもゴロゴロしながらスマホをいじっている。
そんな夫の休日、義母宅に出入りしているなじみのヘルパーさんから、「お義母さんがいない。家は鍵がかかっている」と連絡が入る。
近藤さんは、寝転がっている夫にお願いをした。
「もしかしたら(義父などが眠る)お墓に歩いていったのかもしれない。あと、家の中で倒れてるといけないから、(義母の家を)見てきてくれない?」
だが夫は、素直に動こうとしない。「えー。心配しなくても大丈夫だって。ちゃんと帰ってくるでしょ」。
まだ義母には迷子の心配はなかったが、持病もあるので倒れている可能性もゼロではない。それよりも、ヘルパーさんが来ているのに、義母がいないことで介護サービスを受けられないとなると、ヘルパーさんにしてもらう予定だったことを近藤さんがしないといけなくなるのを避けたかった。
しかたなく近藤さんが出かける準備をし始めると、「そんなに張りきらなくてもいいよ」と夫は言う。カチンと来た近藤さんは、「『最期まで家で面倒をみる』と、偉そうなことを言っていた割に、どうしてそんなに他人任せなの?」と声を荒らげてしまった。
ケンカの末に近藤さんが義母宅へ行くと、義母は家の中にはおらず、どこかへ出かけた模様。ヘルパーさんには帰ってもらうしかなく、依頼していた義母の夕食準備は、近藤さんがする羽目になった。
また別の日、義母がデイサービスに持っていく物の準備を近藤さんが夫に頼むと、「面倒くさいなあ。それって今日しないといけないの?」とぼやく。そのため、「私はいつもしてるよね?」とまたケンカに発展。
「仕事が休みの日に育児も介護もせずゴロゴロされると、さすがにイライラしてしまいます。育児も介護も、休みがないのに……。しかも育児は、私と夫2人の子なので、私の子でもありますが、義母は私のお母さんではなく、夫のお母さんです。『最期まで面倒をみる』と自分から言ったのに、『なんで私ばかりなの?』と思いました」
■「2人目を諦めたくない」
夫の体たらくに悩んだ近藤さんは、「義母の現状をわかってほしい」と思い、夫の仕事が休みの日には必ず夫も連れて義母の家に行くように。
自分の息子が来ても、義母は“通常運転”。同じ話を何度も繰り返し、大切なものがどこかへいったと大騒ぎする。そんな義母の変わりようを目の当たりにした夫は、少しずつ認知症介護の過酷さを理解していき、いつしか「最期まで家で面倒をみてあげたい」と口にしなくなった。それと反比例するように、それまでは一度も近藤さんに言わなかった、「ありがとう」という言葉を、度々口にするように。
やがて夫は、「子育てしながら同居で介護をするのは無理かも」「最期まで家で面倒を見るのは難しいと考えが変わった」と言った。
ただそれでも、「母さんの家に行くとイライラしてしまうから」と、自らすすんで義母宅へ行くことはなかった。
そんな慌ただしい日々の2021年3月。近藤さんが2人目の妊娠をしたことがわかる。
義母の認知症が発覚したとき、近藤さん夫婦は2人目を計画していた。待ったなしの義母の介護がばたばたと始まり、近藤さんは2人目をどうするか悩んだ。最終的な結論は、「介護で2人目を諦めたくない」。妊活を継続したのだった。
しかし、まだ介護そのものはそこまでではなかったが、妊娠・子育て・介護の3つが重なると精神的にも身体的にも想像以上に過酷だった。
当時2歳の息子はイヤイヤ期真っ盛り。息子のイヤイヤと義母の不穏が重なると、近藤さんもイライラしてしまう。妊娠中は、台所に立つのがつらいことも少なくない。それなのに、せっかく作った料理を食べない息子。「あまり食べたくない」と言って食べない義母。しかしそのあと結局食べ、「物足りなかったから」と言ってお菓子を食べる義母に、「認知症だから仕方がない」とはわかっていても、憤りを感じずにはいられなかった。
だが幸いなことに、近藤さんに2人目の妊娠がわかってから夫は、子育ても介護も、以前より協力的になった。近藤さんの体調が悪いときは、家事を率先してやるようになり、休みの日は、「息子が家にいると休めないでしょ?」と言って公園に連れていき、近藤さんが1人でゆっくりする時間を作ってくれた。
あんなに嫌がっていた、1人で義母宅へ行くこともいとわず、夫自ら義母の家に行き、食事の支度や服薬管理、買い物などをしてくれる。
夫が仕事の日でも、夫の帰宅後に今日の出来事を話すことは、近藤さんにとって自身のストレス発散になるだけでなく、介護の現状把握や情報共有にもなった。
「今日、またお金がないってお義母さん大騒ぎで、家中すごい探し回ったんだよ〜! で、どこにあったと思う⁉ 当ててみてよ! わからない? 正解は食器棚のタッパーの中でした〜! もう、宝探し状態よ〜! 疲れたよ〜!」
といった感じで、疲れたことを伝えつつ、ストレスを笑いに変えて発散させた。
2021年9月。近藤さんの出産が迫ってきたため、介護ヘルパーに依頼する日を増やし、月~金曜日はヘルパーかデイサービスのどちらかが入るように作戦を立てた。
■義妹との意見の食い違い
一方、遠方に暮らす義妹は、仕事の都合で帰省は年に1回程度。だが幸い、介護してくれている近藤さんを労ったり、感謝を伝えたりはしてくれている。ただ時々、意見の食い違いのようなものは生じ、近藤さんを悩ませていた。
以前、義母がガスコンロを使うのが難しくなったとき、義妹は「母はまだ料理に対するやる気はあるので、IHに替えれば、ただスイッチを押すだけの簡単操作だから、安心して料理させられる。だから一緒に練習してあげてほしい」という。
しかし近藤さんは、「最近の義母は部屋の電気やテレビのスイッチなど、昔から使い慣れたものの操作もできなくなってきている。そんな義母に、新しいことを覚えさせるのは難しいし、ストレスになるのではないか。そもそも料理自体、そばに私がついて、一つひとつ声をかけないと作れなくなってきているのに……」と思った。
話し合いは平行線をたどり、挙げ句、義妹は卓上IHコンロを購入し郵送。「一緒に練習してあげて」と連絡が来た。
近藤さんは、「結局一緒に練習をするのは私で、負担を抱えるのも私なんだよなぁ……」と、複雑な心境。
「義妹とは仲が良いほうだと思うので、関係が崩れるのも嫌ですし、義妹が義母のことを思っているのもわかっているのであまり言えませんし、しかし義母は新しいことを覚えるのを嫌がりますし……」
義妹は、義母が認知症になる前も、「私は帰省できないから、あなたたちが帰省したときに、母にLINEの使い方を教えてあげて」と言ってきた。案の定、夫は面倒くさがったため、近藤さんが教える羽目になる。近藤さんが一生懸命教えたところ、義母は近所に住む佐賀さんに、「こんなの本当はやりたくないんだけど。嫁がLINEを覚えろっていうから……」と嫌そうに話していたという。
現在も、なんとか一人暮らしをしている義母だが、今後それが難しくなれば、その時は「施設も検討する」と、近藤さん夫婦は考えている。
「今、介護にやりがいや喜びを感じているかというと……正直、ありません。きっと嫁姑という関係性と認知症のため仕方ないことかもしれませんが、義母は、表面上は私に『ありがとうね』と言ってくれていても、私がいないところでは、『嫁は何もしない』と文句を言っているのを私が知っているからだと思います」
それでも何とかやっていけたのは、助けてくれる存在がいたからだ。
■「完璧じゃなくてもいいんだよ」
実家の両親は、「大変だね。でも、長男に嫁いだのだから仕方ないね。手伝えるところがあれば、手伝うから言ってね」と言ってくれている。
義母の家の近所に住む佐賀さんは、義母に食べ物を持ってきてくれたり、義母が不穏の時に話し相手になってくれたり、一緒に買い物に連れていってくれたりと、いろいろと助けてくれる。
かつて、介護施設で認知症の入所者のケアをしていた近藤さんは、「認知症の介護には慣れている」と思っていたという。だが、仕事と家族では全然違い、イライラしてしまうことや、うまくできないことで落ち込むことも少なくなかった。
しかし、近藤さんが介護をしていると知ったカウンセラーの友人が、「仕事はお給料をもらえるから我慢できる。家族の介護も子育ても、初めてなんだからうまくできなくて当たり前だよ」と言ってくれたため、気持ちが楽になった。
また、義母の主治医に食事の事を相談したところ、「お菓子でも何でも、義母の好きなものを食べさせればそれでいいですよ」と言われ、「完璧じゃなくてもいいんだ」と考え方を変えることができた。
「介護を始めたばかりの頃は、義母の体重減少を止めたくて、3食栄養のあるものを準備し、何とか食べてもらおうとしていました。でも、せっかく作っても『好みじゃない』と捨てられたり、『お腹いっぱいだから』と食べてくれなかったり……。捨てられると精神的にもつらいし、作った時間も無駄になってしまいます。なので今は、『1日1回はちゃんとした食事を食べ、残りの2食は、何でもいいので食べてもらえればそれでいい』と思えるようになりました」
せっかく作った料理を捨てられるのも相当つらいと思うが、近藤さんが義母の介護を始めてからこれまでで最もつらかったのは、息子が「寂しい」と泣いたときだという。
介護が始まる前は、毎日のように息子と公園に行ったり家で一緒に遊んだりしていた。しかし介護が始まると、公園に行く機会も、家で一緒に遊ぶ時間も減った。そのため、息子を連れて義母の家に行こうとし、「ばぁばんちいかない! ばぁば嫌い!」と泣かれたとき、胸が張り裂ける思いがしたと話す。
2020年12月に介護サービスを使えるようになってから近藤さんは、息子との時間をこれまで以上に大切にし、息子に全力で向き合うように努めている。
■2021年10月、待望の2人目の子供を出産
そして2021年10月。待望の2人目を出産。現在近藤さんは、生まれたばかりの子供と3歳の元気な息子の育児、75歳で認知症の義母の介護に奮闘している。
「時間ができたら、家族旅行に行きたいです。息子にはずっと我慢ばかりさせてきたので、家族4人でゆっくり過ごしたい。また、介護の状況にもよりますが、時間ができたら仕事復帰もしたいと考えています。これから先、介護にも子育てにもお金がかかると思うので……」
多くの人は、自分が心を込めて作った料理を捨てられたり、影で悪口を言われていたり、頼みの夫が介護にも子育てにも非協力的だったら、全部投げ出して逃げ出したくなるだろう。
それでもそれをしなかったのは、近藤さんの心根の優しさと芯の強さ、責任感ゆえではないかと思う。
口ばかりで、介護にも子育てにも非協力的だった夫を介護の現場に連れていったのは大正解だった。おそらく最初は、面倒くさがりながら渋々行ったのだろう。それでも夫は、義母宅に行くことを拒まなくて良かった。このとき拒む道を選んでいたら、現在の幸せはなかったかもしれない。
「これまで介護をしてきて、介護する側が無理をしないことが大事だということ。使える介護サービスは使い、頼れるところは頼ることが大切だということを実感しました」
過剰な責任感は自分を追い詰める。そのため、適度に肩の力を抜く必要がある。
近藤さんは、介護が始まった当初こそ大変な苦労をしたと思うが、それを乗り越え、育児にも介護にも協力的になってくれた夫との絆が深まった。ダブルケアの終わりは見えないが、きっと2人でなら乗り越えていけるだろう。
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ライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。
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(ライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)
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