「本当にイクメンを増やす必要があるのか」妻たちを苦しめる"取るだけ育休"の本末転倒
プレジデントオンライン / 2022年1月30日 11時15分
※本稿は、榎本博明『イクメンの罠』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
■厚労省発の「イクメンプロジェクト」に対する疑問
イクメンという言葉は、今や私たちの日常に溶け込んでおり、知らない人はほとんどいないだろう。2020年には小泉進次郎環境大臣(当時)が長男誕生にともない育休を取ったこと、また育休取得にまつわる発言などから「イクメン大臣」と注目を浴びたことも記憶に新しい。
本稿では「ブーム」の経緯を辿りながら、傍目には「当たり前」「常識」と見えるようになった事象への疑問点について解説していきたい。
イクメンは、2010年1月に長妻昭厚生労働大臣(当時)が、「イクメン、家事メンをはやらせたい」と発言したのがきっかけで広まったという。同年6月には改正育児・介護休業法が施行され、男性の育児休業が促されるようになったことを受け、厚労省はイクメンプロジェクトを発足させた。当時の資料には次のように記されている。
「イクメンプロジェクト」とは、働く男性が、育児をより積極的にすることや、育児休業を取得することができるよう、社会の気運を高めることを目的としたプロジェクトです。昨今は育児を積極的にする男性「イクメン」が話題となっておりますが、まだまだ一般的でないのが現状です。改正育児・介護休業法(2010年6月30日施行)の趣旨も踏まえ、育児をすることが、自分自身だけでなく、家族、会社、社会に対しても良い影響を与えるというメッセージを発信しつつ、「イクメンとは、子育てを楽しみ、自分自身も成長する男のこと」をコンセプトに、社会にその意義を訴えてまいります。
(厚生労働省HP「報道発表資料」2010年6月14日)「イクメンとは、子育てを楽しみ、自分自身も成長する男のこと」──。正直に言って、この文句には軽さを感じずにいられない。おそらく子育てに関わったことのある人すべてがそう感じるのではないか。
■なぜ“イクメン”を増やす必要があるのか
子育てはけっして楽じゃない。楽しむだけでは子育てにならない。思うようにいかなくて悩んだり、叱りすぎた後に自己嫌悪したりする葛藤の毎日、それが子育てではないか。
さらに言えば、「自分自身も成長する」といった利己的な発想からスタートしては、子育てに伴うストレスは高まるばかりだ。そのことは厚労省も、プロジェクトに名を連ねる委員たちも重々承知しているものと思いたい。
それなのになぜ「あなたの得になります」のような形でアピールし、イクメンを増やそう、男性の育児休業取得を増やそうと動いたのか。
厚労省が管理する「イクメンプロジェクト」サイトには「日本の男性が家事育児をする時間は他の先進国と比べて最低水準となっており、そのことが子どもをもつことや妻の就業継続に対して悪影響を及ぼしています」と明記されている。
同サイトの「なぜ今、男性の育児休業なのか?」という項目には、育休取得を増やす狙いがはっきり説明されていた。
積極的に子育てをしたいという男性の希望を実現するとともに、パートナーである女性側に偏りがちな育児や家事の負担を夫婦で分かち合うことで、女性の出産意欲や継続就業の促進、企業全体の働き方改革にもつながります。
また、急速に進む少子化の流れから、年金や医療などの社会保障制度が立ち行かなくなってしまうという危機的な状況にあり、次世代を担う子どもたちを、安心して生み育てるための環境を整えることが急務となっています。
その環境整備の一環として、仕事と育児の両立の理解促進をはかるとともに、両立に向けたノウハウ支援などを通じ、男女ともに育休取得の希望の実現を目指しているのです。
つまり、厚労省はじめ国が育休を取得するイクメンを推奨するのは、夫と妻に平等に子育てを負担させ、少子化に歯止めをかける狙いがあるからだ。前述の説明のすぐあとには「2025年までに男性の育児休業取得率30%を目標に!」と記されている。
![負のトレンドのグラフイメージ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/b/670/img_6b2f010fbc2ddb2438da7b18891eddb3383647.jpg)
ちなみにこの「イクメンプロジェクト」サイト内を探しても、わが子をどう育てるべきか、どう育てていったらいいか、ということには一切触れていない。
するとイクメンプロジェクトのメッセージは、「夫婦で協力してより多くの子どもをもってね、その後のこと(どんな子に育っていくかなど)は知らないよ」になってはいないだろうか。教育の問題は厚労省の管轄外と言われればそれまでだが。
であれば厚労省のプロジェクト立案者と、わが子の誕生を喜ぶ男性の間には、子育てのとらえ方にかなりギャップがあると言わざるを得ない。
■高まる母親から父親への不満
0~6歳の乳幼児を育てる父親に聞いたところ、「自分は妻に必要とされている」と自覚している父親の比率は77.6%(2014年)だった(ベネッセ教育総合研究所)。じつはこの数値は91.2%(2005年)、81.5%(2009年)、というように徐々に低下傾向にある。これはちょっと驚きの数値ではないだろうか。
また2020年4月、こんな記事が朝日新聞に掲載されていた。
(朝日新聞2020年4月4日朝刊)
記事には、育休を取り、「家事育児を担っている」と周囲にアピールしながらも、積極的に子育てをしない父親たち、それに不満を募らせる母親たちの証言が紹介されていた。
■「取るだけ育休」に苦しむ母親たち
またSNS上では「取るだけ育休」に苦しむ母親たちの声が溢れているという。それを裏付けるように、母親のための育児アプリを運営する「コネヒト」が日本財団と共同でインターネット調査を行ったところ、育休を取得中の父親の家事・育児の時間が1日あたり2時間以下だった人が32.3%にも上ったという(2019年、母親約500人に尋ねた結果)【男性の「とるだけ育休」を防ぐための提言(「変えよう、ママリと」)】。
![自宅で疲れている女性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/4/670/img_047c8ae1230501888cf5879d83539c2d374670.jpg)
これをどう考えればいいのだろうか。
博報堂生活総合研究所が行った「家族調査」では、「夫も育児を分担する方がよい」と答えた父親は88.9%(2018年)で、10年ごとの推移を見ても過去最高を記録している(1988年45.8%、1998年66.3%、2008年83.5%)。これは大きな変化だと言えるだろう。
そうすると、父親は参加する気持ちはあるのに何らかの理由で実行できないのか、あるいは父親の行動と母親の期待との間にズレがあり母親が不満を溜めているのか、そこを検討してみる必要がある。
■夫婦で同じ役割に取り組むことで発生する問題
「配偶者の家事・育児の満足度」について、不満があると答えた男性が32.1%なのに対し、不満があると答えた女性が52.9%というように、かなり開きがあることを伝えている調査結果(iction! 週5日勤務の共働き夫婦 家事育児 実態調査2019)がある。そこでは、双方によるこんな本音が紹介されていた。
「自分の家事にダメ出しをされる」(32歳)
「理想が高すぎてついていけない」(43歳)
「完璧にやろうとするので常にピリピリしている。もう少し楽観的な思考も必要」(32歳)
〈夫への不満〉
「夫の気分で家事・育児をしたりしなかったりする」(42歳)
「仕上がりが雑」(35歳)
「進んでやってはくれるが、出来栄えが不十分であったり、自分の方針と合わないことがある」(39歳)
![榎本博明『イクメンの罠』(新潮新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/6/200/img_8672e8af051f390f13529c9128e2450c295431.jpg)
父親はいちおうやってはいるが、母親としてはそのレベルに納得できない。これはなぜ起こるのか。経験者として考えてみると、二人の人間が同じ役割に取り組むと、どうしてもやり方も違えば、こだわる点も異なる。得手不得手もある。そこで不満や苛立ちが生じる。
これは子育てに限らない。仕事でも勉強でも、稽古事でも起こる。これが、イクメンの「ブーム化」「義務化」について私が抱く疑問に関係してくる。つまり、同じ役割を夫婦が分担し合うという方向を推奨する動きへの疑問である。
父親が「男性版産休」や育休を取って育児に専念するという場合には、家庭内にこのような問題が発生することは知っておいていいだろう。さらには、育児に対する意識の違いといった問題もある。
■夫の育休がきっかけで離婚した夫婦も
先ほど紹介した新聞記事で「働いてくれていた方がよかった」と語っていた女性は、結局離婚することになったという。乳児を抱えての必死の育児生活では、決して無視することのできない事例ではないだろうか。
男性が育休を取れる時期は、生後1年までと定められている。この間に父親が育児をどう担うかは、「ブーム」に乗せられるのではなく、父親個人の仕事の事情、夫婦間の事情、性格や経済状況まで、あらゆる事情を考慮しながら夫婦で決めていくのがいいだろう。やってみて駄目なら、別の方法を試してみるなど、試行錯誤すればよい。
父親になった男性全員が育休取得を義務化され、母親とまったく同じ役割を担うことを求められ、それがうまくいかなくて自信を失ってしまうというようなことになれば、これ以上の少子化が進むことになりかねない。
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心理学博士
МP人間科学研究所代表。1955年、東京都生まれ。東京大学教育心理学科卒業。東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。『〈ほんとうの自分〉のつくり方』(講談社現代新書)『50歳からのむなしさの心理学』(朝日新書)『ほめると子どもはダメになる』(新潮新書)など著書多数。
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(心理学博士 榎本 博明)
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