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どんな人でも説得できる…元防衛事務次官がプレゼンで使っていた必殺技「3の字固め」のコツ

プレジデントオンライン / 2022年3月16日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fizkes

仕事のできる人は、わかりやすい説明のコツを知っている。元防衛事務次官の黒江哲郎さんは「経験上、説明を聞く側の記憶に残るのは3項目くらいが限度だ。論点を3つにしぼって簡潔に話すと、相手の理解度が増す」という――。

※本稿は、黒江哲郎『防衛事務次官 冷や汗日記』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

■事務方トップが新人に伝授した仕事に必要なスキル

平和安全法制が整備された直後の2015年10月に事務次官に任命されました。

防衛省の政策すべてを事務的に取りしきる立場ですので、仕事はそれまで以上に難しくなり、責任も重くなりました。同時に、役人人生の終わりが見えてきたせいか、自分は後進の人たちに何を伝えられるのかということをしばしば考えるようになりました。

ちょうどそんな折、人事院から新任の公務員を対象とする初任研修で「公務員の在り方」というテーマで公務員としての心構えについて講義してほしいという依頼がありました。次官になって半年ほどが過ぎた2016年6月のことでした。

この講義をきっかけに、中央官庁の公務員の仕事とはどういうものか、仕事をうまくこなすにはどんなスキルが必要か、どんな心構えが必要か、それらを身につけるために具体的に何をすればよいかなどを、できるだけ実践的な形でまとめようと意識するようになりました。

■「中央官庁の仕事は3Kだ」と話すワケ

中央官庁は「3K職場」だ、というのが私の実感です。

仕事量は多くて「きつい」し、シャワーも使わずに泊まり込みや徹夜作業を続けていれば体は「汚い」し、働き過ぎで体を壊す「危険」や仕事を失敗することによる別の「危険」もそこら中に転がっています。

「きつい、汚い、危険」という3K職場の要件を十分に満たしていると言えるでしょう。しかし、私が言いたい「3K職場」は、これとは違います。

その「3K」とは、「企画する(考える)」「形にする(紙にする)」「(関係者の)共感を得る」という三つのKのことです。

防衛省の内局を含め中央官庁はそれぞれの所掌に従ってその時々の課題への対応案を企画し、形にし、関係者の共感を得て実行に移すという仕事をしているのです。

■必要なのは2つの基本要素だけ

この3Kサイクルは、課題に対応した適切な政策案を企画する(考える=第1のK)ことから回り始めます。

政策を企画するための特別なコツはありません。「勉強」と「経験」が必要なだけです。

内局に勤務する職員たちは、みんなこのことを知っているはずです。

このため彼らは、担当分野に関係する様々なことを勉強し、実務に取り組んで経験を積み重ね努力しています。

一つだけ付け加えるとすれば、「物事をありのままに見ることが大切」だという点です。

防衛政策や安全保障政策は、生きて動いている国際情勢を相手にする仕事です。これに対応するためには、対象を冷静かつ客観的に観察することが必要不可欠です。

■物事をありのままに見られる人は少ない

単純なことのように聞こえますが、最初からこうした物の見方をできる人はそう多くないように思います。

私自身も先入観や希望的観測、楽観や悲観に左右されて、「物事をありのままに見る」ことがなかなかできませんでした。

51大綱の見直し作業の際には、冷戦終結後の国際構造を無理に自分が慣れ親しんだ予定調和的な物差しで測ろうとしたり、沖縄問題では基地周辺住民の意思を一面的に解釈しようとしたり、多くの失敗を繰り返しました。

結局、「物事をありのままに見る」ことの大切さがわかったのは、現役時代も残り少なくなった頃でした。ここでも「勉強」と「経験」が大切なのだと思います。

3Kサイクルの起点となる第1のKが大事なことは当然ですが、政策は案を企画するだけで実現されるわけではありません。

行政機構は複雑で関係部署が多く、一つの政策を作り上げ実施していくためには他の部署の理解と協力が不可欠です。さらに、重要な政策であれば、最終的に立法府の了解を得ることも必要となります。

■長い官僚生活の末に編み出した必殺技

第2のKである紙の書き方について、試行錯誤の末に必殺技(?)として編み出したのが「3の字固め」でした。

政策を説明する際にも、何をどのような順序で伝えるかという説明の流れ、ストーリー展開を考える必要があります。

一般に、文章は「起承転結」でストーリーを構成するとわかりやすいと言われています。しかし、かねがね私は政策を説明するのに「起承転結」の4段階では冗長だと感じていました。

他方で、政策を企画するプロセスを単純化すると、「課題」を認識し、その解決策を「検討」し、最も望ましい「結論」を出すということになります。

そこで「起承転結」の4段階に代えて、この「課題・検討・結論」の3段階(これも偶然3Kです!)でストーリーを構成すれば、より簡潔な説明が可能なのではないかと考えました。

■説明を聞く側の記憶に残る項目数

また、大抵の物事は三つの異なる切り口を示せば立体的に表現することができます。

このため、説明ペーパーはできるだけ少なく、可能なら1枚紙で、構成は「課題・検討・結論」の3項目、検討する際の論点や切り口も三つ、さらには結論を絞り込む際の選択肢も両極と中間の三つの案に集約するよう努力しました。

「3の字固め」にこだわった理由の一つは、それまでの経験上、説明を聞く側の記憶に残るのは3項目くらいが限度だと感じていたからです。

そのくらいコンパクトに整理し切れない案件は、多忙な上司の判断を仰いだり、国会議員に説明したりするところまで成熟していないのではないかとすら感じます。

もちろん、役人の世界で言う「詰まった」政策を作るためには、たっぷりとブレーンストーミング等を行い、考え得る限りの論点を網羅して徹底的に検討しなければなりません。そうした基礎作業に用いるペーパーが詳細で大部のものになるのは仕方ありません。

ビジネスの女性仕事には、デスクを備えております
写真=iStock.com/kokouu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kokouu

■1枚の紙に3つの構成で書くのがベスト

政策の立案過程ではとことん細部まで検討し、出来上がった政策案については簡潔な資料を用いて説明するというのが理想です。

また、簡潔に説明することは、都合の悪い論点を隠すことでもありません。上司に判断を求めたり部外者に理解を求めたりする際には、その政策のメリット、デメリットをフェアに説明すべきことは当然です。

同様に、簡潔な説明を心がけるとしても、相手の疑問に対しては懇切丁寧に答える必要があります。

簡潔な1枚ペーパーで説明しながら、流れや質問に応じてデータなどのバックアップ資料をタイムリーな形で追加的に示していく、というのが望ましいやり方だと思います。

要するに「3の字固め」とは、膨大な思考過程と検討事項を「3段階のプロセス」「3つの論点」「3つの切り口」「3つの選択肢」など「3」を目安としながら整理・集約し、重要な論点とその対応策を手際よく提示していくという技なのです。

もちろん、「3」はあくまでも目安です。現実の課題に即して、いずれかの要素が4になってもペーパーが2枚になっても、論点の整理・集約と簡潔な提示ができていればOKです。

■簡潔な資料で問題ないとわかった

私が内閣官房安危室の参事官だった2005年頃に、インド洋での補給支援活動の根拠となっていたテロ対策特措法の期限延長法案を国会に提出しました。

内閣官房、防衛庁、外務省の三者が関係する法案だったので共通の説明資料を作って関係議員に根回ししようとしたのですが、資料がなかなか整いません。

国際情勢や派遣の経緯、活動の実績などを盛り込んだ長文の詳しい説明資料を作ろうとする防衛庁と、「3の字固め」で簡潔な資料を用意しようとする私の意見が合わなかったからです。

法案の根回しは、与党の部会にいつも顔を出しているような防衛問題に詳しい議員の先生ばかりが対象ではありません。

党幹部や国対関係の先生方などたくさんの議員の間を短時間で回らなければならないのです。そういった多くの忙しい先生方の間を研究論文のような長文の説明資料を抱えて回るということが、どうしてもイメージできませんでした。

このため、決して望ましいことではないのですが、資料の統一を放棄して別々の資料を用いました。実際に根回しをやってみたところ、簡潔な資料で全く不都合は生じなかったのでとても意を強くしました。

■わかりやすい説明に欠かせない“あるもの”

第3のK=「共感を得る」ためには、プレゼンにあたって「何をどのような切り口で話すか」をよく考えなければなりません。

どんな政策にも1丁目1番地の論点、主要な論点があります。

政策について理解を得るためには、そうした主要論点をしっかり掘り下げて説明しなければなりません。そのため、多くの人が自分の議論を補強するためイラストや概略図を使ったり、関連する数字を紹介したりしていることと思います。

特に、数字を使うことは、物事のスケール感を理解してもらう上で効果的です。さらに、単に数字を示すだけでなく、その数字を印象付けるための表現をちょっと工夫するだけでグッと効果が上がります。

木製テーブルにカラフルな数字
写真=iStock.com/Hanasaki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Hanasaki

■数字を使った「ちょっとした工夫」の実例

例えば、中国の軍事力建設のペースについて「水上艦艇も潜水艦も毎年2~3隻ずつ、最新鋭戦闘機は年に30機ずつ調達している」と紹介するのは事実関係の説明です。

黒江哲郎『防衛事務次官 冷や汗日記』(朝日新書)
黒江哲郎『防衛事務次官 冷や汗日記』(朝日新書)

これに「自衛隊の場合、艦艇や潜水艦は年に1隻ずつ、第5世代戦闘機は年に数機ずつが精一杯」と付け足すと、中国の増強ペースがいかに速いかを理解してもらいやすくなります。

同様に、中国の人口を「約14億人」というのは事実関係ですが、「世界の5人に1人は中国人」と紹介するとスケール感がさらによくわかります。

また、自衛隊のスクランブルについて「年に1千件を超える」というのは単なる事実関係ですが、「単純平均でも毎日3回は国籍不明機に対応していることになる」と紹介すれば、その頻度を実感しやすくなります。

こうしたちょっとした工夫が、インパクトのある説明につながるのです。

■「なぜこの案件を進める必要があるのか」

同時に、説明が細部に入り込み過ぎて「木を見て森を見ない」ような議論に迷い込まないよう注意することも大事です。

そうなりそうな時には、「そもそも何故この案件を進めなければならないのか」というような切り口を提示して、大局的な議論に立ち戻るように促すことが有益です。

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黒江 哲郎(くろえ・てつろう)
元防衛事務次官
1958年山形県生まれ。東京大学法学部卒業。1981年、防衛庁(当時)入庁。防衛政策局次長、運用企画局長、大臣官房長、防衛政策局長などを経て、2015年、防衛事務次官に就任。2017年7月、辞職。同年10月、国家安全保障局国家安全保障参与に就任。2018年1月より三井住友海上火災保険顧問

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(元防衛事務次官 黒江 哲郎)

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