「特製なら1000円以上も仕方ない」そう思わせる"全部入りラーメン"を始めたのはどこの店か
プレジデントオンライン / 2022年1月29日 11時15分
※本稿は、青木健『教養としてのラーメン ジャンル、お店の系譜、進化、ビジネス 50の麺論』(光文社)の一部を再編集したものです。
■業界の常識を変えた「全部入り」
中野の「中華そば青葉」は、ラーメン界に多大な影響を与えた店ですが、魚介豚骨スープ、魚介系と動物系を丼で合わせるWスープという手法(現在は丼に入れる前に合わせる)、つけ麺との2本柱スタンダードなど、味関係の指摘がほとんど。
しかし私が特筆したいのは「特製」です。今では常識になった、プチぜいたくメニューである「特製」は、味玉(味付玉子)に加え、チャーシューやメンマなどが増量。これをはじめに「特製」という名で定義したのが「青葉」なのです。
数多くの店が採用し一般化しましたが、元祖である「青葉」とは決定的に違います。他店の「特製」はトッピングをすべて入れた、いわゆる「全部入り」に近い形。しかし驚くべきことに、「青葉」には個別トッピングが存在しないのです……!
中華そばとつけ麺、それぞれの特製という4種類のみ(あとは各大盛)。そして「青葉」がメディアで紹介される際のメニューは、必ず味玉が載る「特製中華そば」。その味玉のビジュアルは衝撃的で、やわらかいため包丁ではなく、糸でギザギザに切った断面、そこからこぼれる黄身……誰もがあのとろとろ感に食指を動かされました。ところが味玉のみのトッピングはメニューにはない。必然的に特製を注文することになる。
たった数百円の違いといえど、1日の客全員が味玉ではなく特製を頼むとなれば、売り上げはまったく変わってきます。さらにメニュー数が減ればオーダーミスも減るし、盛り付けも揃う。店員のオペレーションもラクになる。
■トッピングだと1000円以上払ってしまう
恵比寿にあった「香月」には、客の細かい注文を完璧に暗記する店員がいましたが、そんな達人を育てる必要もない。おまけに食材ロスも抑えられる。とメリット尽くめ。かつての「全部入り」とは発想がまったく違うのです。これはかつてない半生の味玉、いわば飛び道具によって成立したと言えます。
しかしこれと似た形は以前から存在していました。基本メニューとは別に、他店にない魅力あるトッピングを備えるやり方。ラーメン自体は世間並みの価格でも、注文されるのは1000円以上……そんな人気店は多い。実際の客単価はその合計金額なのです。
「ラーメンは安くあるべし」という古い価値観にしばられている客でも、トッピングなのだから……と、財布の紐が緩んでしまう。これぞ価格設定のマジック。それを「特製」という形で簡素化した「青葉」は、やはりおそるべし。本当の意味で特製を真似ている店など、どこにもないのです。
■券売機左上のボタンにはどんな商品が配置されているか
ラーメン屋さんに初訪問したとき、それも通える範囲のお店に行ったときは、まずはシンプルなメニューを頼んで「その店の味」を知りたいものですね(一部のフリークだけかもしれませんが)。その場合、券売機なら左上のボタン、縦書きのメニュー表なら右端にあるものを選べばよいとされています。
そこには「ラーメン」や「中華そば」など、追加トッピングされていないメニュー=デフォルトが書かれているからです。一番はじめに目が行く場所ですね。しかし、それもひと昔前の話で、現在では事情が異なります。
今は「特製ラーメン」「○○屋ラーメン」など、トッピングの多い、単価の高いメニューが主流です。もちろん利益を得る側面はありますが、実際にお得な割引価格だったり、店によってはチャーシューメンこそが看板メニューだったりするので、悪いことではありません。迷ったならそれをチョイスすればいい。ただ、デフォルトのラーメンが見つけにくかったりもします。それはそれで悩ましい。
私がある店の行列に並んでいたとき、食券を買おうとした老婦人が「味玉入りはどれかしら」と店員に訊ねていました。でも味玉入りのボタンは左上からたったの3番めだったんです。これはあまりに全体のメニュー数が多くて、読む気を削がれてしまった例。またメニュー名にこだわるあまり「○○産○○を使った○○醬油ラーメン」のように読むのに時間がかかったり、かえってわかりづらい場合もあります。
![味玉](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/5/670/img_8519e879a2be308453983be1eecb7f63347160.jpg)
昔は席についてメニューを眺め、ゆっくり選ぶこともできましたが、券売機が主流になった今ではそうもいきません。店へ行く前にさっと画像検索して券売機の配列を確認しておくのもひとつの手です。
■券売機左上を昼夜で入れ替えている有名店も
大激戦区にある有名店の話ですが、こんな例もあります。
券売機左上のボタンを、昼と夜とで入れ替えていたのです。ランチタイムは集中して大勢の客が来店するから「ラーメン」を。夜営業は比較的ゆっくりされても問題ないので、単価の高い「つけ麺」を。新規客が多く、行列が絶えないお店ならではですが、利益を出すことと、少しでもお客様をお待たせしないことを両立させる工夫ですね。
![つけ麺](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/5/670/img_25ac8b30738e5bc4880140fd86c975f7400065.jpg)
いずれにしても、自由に食べたいものを頼めばよいわけですが、こうしたことを知っておくと、購入、オーダーがスムーズです。券売機の前に立つと、早くしなければ……と焦ってしまう私のような人だけかもしれませんが。
■人は時間と見た目、量にお金を出したがる…
ラーメン界で言われてきた問題に「1000円の壁」があります。今でこそ、それを打ち破る店が増えてきたものの、ラーメン1杯は1000円を超えられない、超えてはいけないという、長らく日本人に根付いている意識です。
物のない時代は、少量のガラと野菜くずが主なスープ材料。それに比べて今は地鶏などの高級素材だったり、使う量が膨大です。なのになぜ値付けで苦しんでいるのか。今はコンビニで挽きたてコーヒーが手軽な値段で飲めるようになりました。しかし喫茶店のコーヒー600円に誰も文句は言いませんね。1杯で1時間過ごせるからです。
人は時間と見た目、量にはたやすくお金を出しますが、品質にはあまり払いたがりません。基本的にラーメン店は長居しない場所です。よく引き合いに出されるものに「パスタ」があります。ラーメンに対してパスタは高すぎる……というもの。
味の前に、パスタは歴史あるイタリア料理。全店、全世界に共通したスタンダードがあり、どの店にも数十種のメニューが用意され、選ぶ自由度があります。それに比べると、ラーメンは自分の好みに合うかどうかのギャンブル性が高い。そしてパスタは、食後にセットのコーヒーを楽しむ時間までも含めた満足度を提供します。
■今のラーメン業界は四極化している
中華においてもそうです。中華料理の専門店では、かなり昔から1000円を超えるラーメンが存在しています。けれど誰も異を唱えません。こちらも様々な定番中華メニューが揃い、仲間や家族で酒を飲んだりして過ごします。つまり、シェアが前提なので単価に固執しないのです。
![青木健『教養としてのラーメン ジャンル、お店の系譜、進化、ビジネス 50の麺論』(光文社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/4/200/img_74fd59cf52732dd1cdb7b06ba6cc92b5264716.jpg)
また、焼肉や寿司は、肉、魚などの素材が露骨に見えているため、素人目にも高いのだろうなと感じられます。それに比べて、数多(あまた)のラーメン店がより多く原価をかけているスープは、その価値・価格が目に見えにくい。これも不利な点です。こうした理由により「ラーメンは庶民の食べ物なんだから……」という思い込みに長い歳月、支配されているのです。
しかしラーメンは、とくに96年組(*)以降、その発展に目を見張るものがあり、味だけでなく内装やサービスまで格段に向上しています。昔からラーメンは二極化すると予測されていましたが、今は「ラーメン専門店」「町中華」「チェーンの激安店」と三極化、もしくは、「先鋭的な高級店」とで四極化しつつあります。高いラーメンと安いラーメン、それぞれをTPOに合わせて楽しみたいものですね。
(*編集部註)1996年にオープンし、その後のラーメン界に革命的な影響を与えた「中華そば青葉」「麺屋武蔵」「らーめん くじら軒」などのラーメン店を指す。
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デザイナー、イラストレーター
1969年生まれ。埼玉県出身。日本大学藝術学部卒。ラーメン業界を専門に、デザイナー、イラストレーター、漫画家、エッセイストなどとして活躍中。有名ラーメン店のロゴデザインを、これまでに50店舗以上手がける。今や国内外に数十店舗を展開する「ラーメン凪」グループの創業を皮切りに、ミシュランガイドで世界初の一つ星を獲得したラーメン店「Japanese Soba Noodles 蔦」など、繁盛店となった店も数多くある。著書に『教養としてのラーメン ジャンル、お店の系譜、進化、ビジネス 50の麺論』がある。
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(デザイナー、イラストレーター 青木 健)
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