究極のおりもの専用シートを「エクセレント」と名付けた開発者が、社長の激詰めを受けたワケ
プレジデントオンライン / 2022年2月1日 17時15分
※本稿は、小林一雅『小林製薬 アイデアをヒットさせる経営』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■おりものによる不快感を解消する「サラサーティ」
おりものによる下着の汚れや不快感、臭いなどを気にして頻繁に下着を交換する女性も少なくありません。生理用ナプキンで代用している人もいて、そうしたことに不自由を感じている女性もいます。
このニッチなニーズに対応しようと開発したのが、小林製薬のサラサーティでした。サラサーティブランドは、当社の「小さな池の大きな魚」戦略の優等生でもあります。
※「小さな池の大きな魚」戦略とは――魚がいそうな小さな池を探し出し、そこで、釣り糸を垂らす。ただ釣るのではなく、他の釣り人が来ないうちに、真っ先に足を運び、釣る。ニッチなマーケットで闘う小林製薬の経営戦略のこと。
1988年に、生理日以外に使用する「おりもの専用シート」として国内で初めて発売し、初年度の売上は7億円を記録し、ニッチマーケットの商品としては大ヒットでした。
■女性社員は「おりもの」という言葉に反発
いざ製品を市場に出すにあたって、問題となったのが「おりもの」という言葉でした。当時の風潮として、おりものは女性がこっそり処理するもので、口に出していうのがはばかられるものだという認識があったように記憶しています。
当然ながら、「『おりもの』という言葉は使わないほうがいい」という意見が女性を中心に社内でも多数を占めました。
そうした女性の気持ちを十分に理解したうえで、それでもあえて、「わかりやすさ」というこだわりを優先し、「おりもの専用シート」という言葉でその利便性を打ち出すことにしたのです。
■ユニ・チャーム、花王ら大手メーカーの追撃
当社が重視する「小さな池の大きな魚」戦略は、トップシェアを取ることで高い利益率を得ることを前提とするものですが、だからといって、100パーセントのシェアを目指すわけではありません。
![多くの商品開発を手掛けてきた小林製薬の小林一雅会長](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/a/250/img_fa3643699594ba074e78b061ef86e8e2241676.jpg)
そもそも、どんなに優れた商品でも、たいていはすぐに新たに参入する会社が出てきますから、競争は常に存在します。
私の理想は、どのカテゴリーでも、6~7割のシェアを小林製薬のブランドが占める状態になることです。ブルーレットブランドはその理想を実現している最たる例です。
数社の勢いある会社が競合し合う市場は、お客さまにとっても、魅力あるものになります。結果として市場全体を拡大させ、当社の商品寿命を延ばすことにもなるのです。ただ、国内市場だけでも大きく成長する可能性が見えると、大手メーカー各社の参入が必定となります。
生理用品を長年つくり、ノウハウを蓄積してきたメーカーからすれば、「おりものシートだと? 小林に負けていられるか」となるのはごく自然なことでしょう。実際に、ユニ・チャーム、花王、P&Gといった日本でお馴染みのメーカーが「パンティライナー」というカテゴリーでの新商品の開発・販売を進めたのです。
■薄さにこだわった新商品ではうまく挽回できず
そして、当社のサラサーティは、とうとうナンバーワンの座を追い落とされるという苦境に立たされることになりました。5年後にこの市場規模は約60億円にまで拡大するのですが、サラサーティブランドは、3分の1のシェアをキープするのがやっとという状態になったのです。
大手の追撃にさらされた約5年間は、開発グループにとって大きな試練のときでした。まず、「サラサーティ0.8」という0.8ミリメートルの「薄さ」にこだわった新商品で挽回をはかりましたが、売上はなかなか伸びず、当社全体の中では、コマーシャルをかける広告費用を捻出することさえできない状況でした。
「薄さ」というコンセプトだけではどうもシェアを奪還できそうにない。そうしたプレッシャーと苦労の連続のなかで、やがて「肌へのやさしさ」を実現する「コットン」素材に開発グループは着眼しました。
■「エクセレントで伝わるか」を突き詰めた商品名会議
新たなプロジェクトチームがつくられ、「究極のおりものシート」開発が急ピッチで進むことになり、でき上がったのは、当時ではナプキンを含めても存在しなかったコットン素材を100パーセント表面素材に使用するというものでした。「下着と同じような肌触り」を提供する。「そこ」に活路を見いだそうとしたのです。
そしてそうした背景をそのままネーミングに活かした「サラサーティ・エクセレント」という商品名の決定が終盤の重要な会議の議題となりました。(以下、Kは当時社長だった私、Mはプロジェクト担当社員)
【K】「サラサーティ・エクセレントっていうが、何がエクセレントなのか?」
【M】「肌触りはもちろんですが、モニター結果から、吸水性やズレ・ヨレに関しても高評価で、そうしたベネフィットにおいて、ワンランク上であることを表現したのですが……」
【K】「それで、本当にお客さまはわかるのか? 自己満足ではないのか。製品のよさが伝わっていないのではないか」
【M】「いえいえ。例えばインスタントコーヒーの中には、上位商品にプレジデントやエクセレントとつけている例もあります」
【K】「そのブランドがいいかどうかは別として、私は、この製品の何がいいのか、どう優れているのかがわからないのではないかと言っているんだ!」
【M】「……」
【K】「大事なのはコンセプトだ。コンセプトを考え抜いたか! 聞いている限りだと、肌触りのよいコットンのシートだから、お客さまもお金を出してくれると思って、開発したのだろう?」
【M】「……。わかりました」
私の激しい要求に、社員であるマーケッターは、何がわかったのかさえわからないような状態だったそうです。けれども、当時の窮地から抜け出してもらうには、「追い込む」ことが必要でした。追い込まれるほうはもちろん必死になりますが、追い込むほうも必死なのです。
■生活者の言葉から商品コンセプトを引き出す
この後、プロジェクトチームのみんなが努力を重ねるあいだ、私の頭の奥のほうには、「サラサーティ・エクセレント」という仮の名の残像がこびりついていました。「あんなに厳しく言ったが、彼らの意見に理はないのだろうか」と、いつものように、自らに問い直したこともありました。
そうしたなかで、アンケートはがきのフリーアンサーや、社内の女性のモニター結果の自由意見から、「これでないとかぶれる、これならかぶれなくてよい」という意見が見いだされた旨の報告が、私にありました。
「肌へのやさしさ=かぶれない」。そこに間違いなく「わかりやすさ」があり、この表現を付加して商品化することが、お客さまにとってのベネフィットを即座に理解してもらえることになるという確信を得ることになったのです。
「かぶれにくさ」と「高級感」といったコンセプトに絞り込まれたこの新製品開発は、品質面でもくどいほどのテストを繰り返しました。
そのなかで、コンセプト評価だけなら、それまでの「薄さ」にこだわることが評価されたのに、実際の使用評価になると、薄くてペラペラしたものより、「ふわっと柔らかいクッションのような素材の上にコットン100パーセントの不織布をつけたもの」が高評価を得ることなどもわかってきました。
実際に使用する方々と対話をしながら、改良・開発を重ねていく。生活者の言葉から、商品のコンセプトを引き出していく。そうしたマーケティングの原理原則を、開発グループの社員たちも、この体験を通じて、肌で感得してくれたようです。
■競合他社と差をつけたシンプルな商品コピー
仮説が検証され、さらなる確信に変わるなかで、地区販売を開始、次に全国販売へと展開がはかられました。ネーミングは「サラサーティ・エクセレント」ではなく、「サラサーティコットン100」とし、そのパッケージにはより大きな文字で「かぶれにくい」というコピーを付すことに決めました。
![小林一雅『小林製薬 アイデアをヒットさせる経営』(PHP研究所)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/6/200/img_16c59e7c0c083c64e8d7387ca28dee74322394.jpg)
「コットン」だから「かぶれない」。それ以上の格好いい言葉を並べる必要はないのです。ベネフィットをそのままシンプルに表現する。競合するものとの違いを一目瞭然のものにする。そこに「わかりやすさ」が生まれるのです。
そして「サラサーティ」誕生から7年後の1995年、このブランドは息を吹き返し、シェアを取り戻すことになったのです。
私はこうした経験を、社員の一人ひとりと一緒になって積み重ねてきました。社員は私を「天才肌」と言っているようですが、そうではないのです。社員の努力を見守り、その折々でアシストし、またトップとしての決断をし、みんなの背中を押していっただけなのです。
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小林製薬代表取締役会長
1939年生まれ、兵庫県出身。1962年甲南大学経済学部卒業。1962年3月小林製薬入社。1966年11月取締役、70年11月常務取締役、76年12月代表取締役社長。2004年6月から現職。著書に『小林製薬 アイデアをヒットさせる経営』(PHP研究所)がある。
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(小林製薬代表取締役会長 小林 一雅)
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