「強い者が勝つのではない、勝ったものが強い」野村克也監督の言葉があらゆる人の心に響くワケ
プレジデントオンライン / 2022年1月28日 18時15分
■今もなお野村克也の存在は大きいことを実感した「しのぶ会」
2021(令和3)年12月11日、快晴の神宮球場で行われた「野村克也さんをしのぶ会」は、故人をしのび、敬慕する人々が多く集まった。厳かでありながら、どこかほのぼのとした実に穏やかな空間だった。
代表弔辞において、ヤクルト・高津監督は恩師に日本一の報告をした後に、「野村監督は非常に言葉を大切にされる方でした。私はいつもその監督の言葉に救われていました」と語り、「頭を使え。頭を使えば勝てる」との言葉を最期にかけてもらったと振り返っている。
同じくヤクルトの2軍監督を務める池山隆寛は「野村野球=準備野球が1番の土台になっていて、その中でたくさんの野球を言葉にされた方。そういう言葉は自分の土台になっています」と語った。巨人の原辰徳監督も「未来永劫(えいごう)に残る言葉はたくさんあると思います」と話した。
まさに言葉、言葉、言葉である。
そのほか、野村の教え子たちにインタビューを行うと、彼らは必ず恩師の口調をモノマネしつつ、自らが感化された「野村語録」を紹介してくれた。
ある者にとっては「一流の脇役になれ」という教えだったり、「常に原理原則を見据えよ」という言葉だったりさまざまだった。
彼らの中には、今もなお「野村克也」という存在は大きい。
■「信頼されるリーダー」になるべく行ったこと
生前の野村は「言葉は力なり」と語り、さらに、次のように続けた。
リーダーが力を発揮できる最大で唯一の媒介は、「言葉」である——。
「組織はリーダーの力量以上には伸びない」ということを知っていた野村は、信頼されるリーダーとなるべく、乱読に励んだ。
![図書館の机の上には開かれた本](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/0/670/img_c0af486d4cc8f788727a2e094c7473be278199.jpg)
古今東西の名著に触れ、自身の知識と教養をブラッシュアップすることに努めた。
そこに自らの思索と経験を付加していき、唯一無二の「野村語録」は磨かれていったのである。
ゆえに彼が遺したさまざまな言葉は今も生き続け、決して古びてしまうことはないのだ。
■野球に無縁の読者も野村語録に親しむ
無論、野球も時代はどんどん変化している。しかし、彼の言葉には、いつでも通用する普遍性がある。野村の薫陶を受けた者たちが、今も重用される理由がそこにはある。
現在でも、多くの球界関係者たちが「野村ノート」に目を通しているという。
球界だけではない。書店に行けば、今もなお「野村克也本」コーナーには多くの書籍が並んでいる。野球とは無縁の一般読者までもが、「野村の言葉」を求め、ヒントを探そうとしているのだ。
■一番弟子・古田が語ったこと
野村は常々、「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すは上とする」と語っていたが、彼は財も、仕事も、もちろん人も遺して旅立った。
現在の球界には、野村の教えを受けた「野村チルドレン」が多数存在している。
古田敦也は、高津監督直々の依頼によって21年春、ヤクルト沖縄キャンプにおいて臨時コーチを務めた。
コーチ就任にあたって、古田は改めて「野村ノート」を読み返したそうだ。このときの指導によって、ヤクルトの正捕手・中村悠平は多くのことを学び、同年の日本シリーズMVPに輝く飛躍を見せた。
およそ30年前のノートを読み返してもすぐに、古田の脳裏には「野村の言葉」がよみがえったという。そして、そこに書かれた内容を、令和時代の選手たちに向けて変換して伝えたのだ。
■令和に「孫弟子」まで生まれた
オリックス・バファローズとの激闘を制し、日本シリーズMVPに輝いた中村はシーズン終了後にこんな言葉を口にしている。
「春季キャンプのときに、古田さんからは『キャッチャーの力で優勝するんだ、オレたちがチームを引っ張るんだという気持ちを忘れるな』と何度も言われました。その言葉を胸にシーズンを戦い抜きました」
「野村の言葉」は古田敦也という稀代の名捕手の経験と知識を加えられた上で、現代の選手へと受け継がれた。
直接、野村克也の薫陶を受けた者だけではなく、三回忌を迎える今もなお「野村の孫弟子」が誕生しているのだ。
![明治神宮野球場。2015年8月15日「ヤクルト×阪神」戦は「フジテレビONEスペシャルナイター」と題して行われた。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/0/670/img_c0eb2aa1e02b73a450f5bef490b4116d432033.jpg)
■そして、野村は言葉を遺す――
誰もが認めるように「野村克也=言葉の人」だった。
混沌とした時代になればなるほど、人はその言葉に救いや癒やしを求めるのかもしれない。
「強い者が勝つのではない、勝ったものが強いのだ」
「弱者には弱者の戦い方がある。運、不運にはそれなりの理由、過程がある」
野村氏が遺した言葉なら、私自身いくらでも思い浮かべることができる。
「野村語録」は決して滅びない。それぞれがおかれた環境、状況に応じて、それらの言葉は輝きを増し、読む者の胸に力強く響くことだろう。
![野村克也『野村克也全語録』(プレジデント社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/1/200/img_816af98284be8dcfcbc77be0750b9560246309.jpg)
彼の言葉が残っている限り、彼もまた人々の胸の内に生き続ける。つまりは、こんなことが言えるのかもしれない。
野村は言葉を遺した。
ゆえに、野村克也は、今もなお生きている――。
偉大な野球人が亡くなって、すでに2年が経とうとしている。それでもなお、その存在感はますます大きく、そしてよりクリアになっている。
同時にわれわれは改めて、「言葉は力なり」と語った彼の言葉を強く意識することになるのだ。言葉の力は、かくも偉大なのである。
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ノンフィクションライター
1970年、東京都に生まれる。早稲田大学卒業後、出版社勤務を経て、2003年からノンフィクションライターとして、主に野球をテーマとして活動を開始。主な著書として、1992年、翌1993年の日本シリーズの死闘を描いた『詰むや、詰まざるや 森・西武vs野村・ヤクルトの2年間』(インプレス)、『プロ野球語辞典シリーズ』(誠文堂新光社)、『プロ野球ヒストリー大事典』(朝日新聞出版)などがある。また、生前の野村克也氏の最晩年の肉声を記録した『弱い男』(星海社新書)の構成、『野村克也全語録』(プレジデント社)の解説も担当する。
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(ノンフィクションライター 長谷川 晶一)
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