「野村監督をしのぶ会」で、ヴェルサーチ姿の新庄剛志監督が、祭壇の写真に花を投げた理由
プレジデントオンライン / 2022年1月31日 18時15分
■就任記者会見では「僕は優勝なんか一切目指しません」と宣言
野球ファンは1年に3度の正月を迎える。1度目は1月1日の元日。2度目は2月1日のキャンプイン。そして3度目が開幕戦当日である。
明日から、12球団一斉にキャンプイン。ここから、2022(令和4)年シーズンに向けての熾烈(しれつ)な戦いが始まるのだ。
今年最大の注目を集めているのが「ビッグボス」こと、新庄剛志監督が就任した日本ハムだろう。昨年は5位と低迷しながらも、オフシーズンの話題を独占。スポーツ新聞の1面はもとより、ワイドショーでも大きく取り上げられた。
就任記者会見では「僕は優勝なんか一切目指しません」と宣言し、「試合中にインスタライブもやりたい」と発言した。何から何まで、従来の監督像を覆す会見だった。そう、彼はそもそも監督であることなど望んでおらず、自ら口にしたように「ビッグボス」であろうとしているのである。
■生前の野村監督が新庄について語る際に常に口にしたこと
1999(平成11)年からの3年間、野村克也は阪神タイガースの監督を務め、新庄とともに縦縞のユニフォームに身を包んだ。
生前の野村は、新庄について語る際に「人を見て法を説け」と口にしている。
相手の性格や能力を見た上で適切な助言をする――。それが、新庄と接する上で心がけていたことだという。
目立ちたがり屋で、常に「カッコよくありたい」と望む新庄に対して、決して締めつけることはせずに自由奔放にやらせることで、彼の持つ能力を最大限に発揮させよう。そう考えたのである。
規律を重んじる野村にとって、ある意味では特別待遇を認めたのである。
野村は「まずは新庄にキャッチャーをやらせようと思った」と語っている。そこには「捕手目線で野球を学ばせたい」という狙いがあった。
■「配球とは何か?」を学ばせたかった
しかし、新庄はこれを固辞。そこで「どこのポジションをやりたいんだ?」と問うと、「もちろん、ピッチャーです」と新庄は答える。一連のやり取りは、野村にとっては織り込み済みだったのだろう。
99年春季キャンプにおいて、投手と野手の二刀流に挑戦。この春の話題を独占することになった。
野村監督の狙いは明白だった。新庄のヤル気を促すと同時に、ピッチャーを経験することによって、「配球とは何か?」を学ばせたかったのである。
「天性の才能だけで野球をやっている」と見ていた新庄の新たな一面を引き出そうと考えたのだ。自分でマウンドに立つことによって、投手がストライクを取る難しさを体感すれば、自分が打席に立つときに、少しでも優位に立てるのではと考えたのだ。
まさに、「人を見て法を説け」を実践したのだった。
![打者が放たれたボールを見極めている](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/0/670/img_50cd0b22687d7ff7335f06c2ba2695a3478312.jpg)
■野村監督の狙い通りの結果になり…
99年3月5日、熊本・藤崎台球場で行われた読売ジャイアンツとのオープン戦において、「ピッチャー・新庄」が実現した。紅白戦2試合において5失点だった。それでも、野村監督は新庄にチャンスを与えた。この回先頭の元木大介をセカンドフライ。続く二岡智宏をショートゴロ。さらに後藤孝志をセンターフライで三者凡退に切り抜けた。
この日はこの1イニングのみの登板となったが、次回に期待を持たせる内容に球場は沸いた。結局、左足の負傷によって、公式戦での「投手・新庄」は実現することなく「新庄版二刀流」は実現しなかった。
後に彼は、「やっぱりピッチャーは難しい」と野村氏に語ったという。「投手の難しさを学ばせたい」という当初の狙いは見事に達成されたのである。
■「真面目な優等生は大成せず、不真面目な優等生は大成する」
01年からメジャーリーガーとなったため、野村と新庄の師弟関係は2年間で幕を閉じた。その後、04年に日本球界に復帰した新庄は北海道日本ハムファイターズの主力としてチームを日本一に導くものの、06年に34歳で突然の現役引退。野村をはじめとする周囲を驚かせた。
後に野村は「もう少し、人間としての考え方を学んだ方がいい」と言い、「お前は素質も抜群だし、スターの雰囲気を持っているけど、もう少し努力してもよかったな」と小言を述べている。
それでも、野村の言葉には新庄に対する愛情が垣間見えた。「しょうがないヤツだな」と言いながら、新庄の行く末を温かく見守っている雰囲気があった。
屈託のない新庄の人柄に魅了されたのかもしれない。あるいは、自身の哲学である「真面目な優等生は大成せず、不真面目な優等生は大成する」という思いがあったのだろうか。一見するとちゃらんぽらんに見える新庄だが、練習に対する真摯(しんし)な態度を野村は高く評価していた。
■なぜ「しのぶ会」で、祭壇の写真に花を投げたのか
そんな新庄が、古巣である日本ハムの監督、いや「ビッグボス」になるのである。改めて、「野村さんなら、どんな感想を持つのだろう」と、ついつい考えてしまうのである。
ヤクルト・高津臣吾監督が就任した際には「最下位チームを引き受けたのだから失うものは何もない。思い切ってやればいい」と言葉を送った。新庄に対しても、「お前の個性を生かして好きにやればいい」とでも言うかもしれない。
21年12月11日に行われた「野村克也さんをしのぶ会」に参列した新庄は、生前の野村が愛用していたヴェルサーチのジャケットに身を包んでいた。息子・克則から譲り受けたものを6万円かけて自身のサイズに仕立て直したのだという。
そもそも、野村がヴェルサーチを愛用するようになったのは新庄が着ていた姿を見て、「カッコいい服やな。それはどこの服なんや?」と口にしたことがきっかけだったという。
師の匂いも、中華料理のシミも残るジャケットをまとい、献花の際には「キャッチャーだった野村さんに受けてほしかったから」という理由で、祭壇に飾られた野村の写真に向かって花を投じた。そこには「かつて二刀流もしたから」という思いも込められていた。会が終わった後の囲み会見で、新庄はこんな言葉を残している。
「新庄剛志らしく、野村さんに教えてもらったことをやりつつ、新しい監督像を作りたい。野村さんも監督像を作られた方なので、野村さんとはまた違う形だけど、いいチームにして、いいシーズンでしたと報告したい」
■2人が交わした最後の約束
生前の野村と新庄が最後に対面した際に交わされた言葉があるという。
「おい新庄、お前だけは、オレがこの世を去っても笑顔で見送ってくれ」
![野村克也『野村克也全語録』(プレジデント社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/1/200/img_816af98284be8dcfcbc77be0750b9560246309.jpg)
この日、新庄はその約束を守った。天国の野村は、「いかにもお前らしいな」と笑っていることだろう。
21年ペナントレースは、同じく野村を師と仰ぐ高津臣吾監督率いる東京ヤクルトスワローズが日本一の栄光を手に入れた。阪神タイガースの矢野燿大、東北楽天ゴールデンイーグルスの石井一久、埼玉西武ライオンズの辻発彦。野村の教えを受けた「野村チルドレン」が、昨年に引き続き指揮を執る。今季からはそこに新庄ビッグボスも加わる。
プロ野球ファン、関係者にとって2度目の正月となるキャンプインを迎え、早くもはやる気持ちを抑えられない。球春到来、こんな時代だからこそ、「野村の教え子」たちによる新時代のプロ野球の訪れを心から喜びたい。
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ノンフィクションライター
1970年、東京都に生まれる。早稲田大学卒業後、出版社勤務を経て、2003年からノンフィクションライターとして、主に野球をテーマとして活動を開始。主な著書として、1992年、翌1993年の日本シリーズの死闘を描いた『詰むや、詰まざるや 森・西武vs野村・ヤクルトの2年間』(インプレス)、『プロ野球語辞典シリーズ』(誠文堂新光社)、『プロ野球ヒストリー大事典』(朝日新聞出版)などがある。また、生前の野村克也氏の最晩年の肉声を記録した『弱い男』(星海社新書)の構成、『野村克也全語録』(プレジデント社)の解説も担当する。
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(ノンフィクションライター 長谷川 晶一)
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