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トヨタやソニーもかなわない…エアコンのダイキンが株価上昇率で「グーグル超え」のワケ

プレジデントオンライン / 2022年2月8日 9時15分

インドの首都ニューデリーから南西に約120km離れたニムラナにあるダイキンのエアコン工場で、生産ラインに立つインド人労働者たち=2018年11月23日 - 写真=AFP/時事通信フォト

空調大手のダイキン工業が急成長を続けている。株価はこの10年で7倍以上となり、上昇率はグーグルを超えた。IGS社長で一橋大学大学院特任教授の福原正大さんは「ユーザーの求めに応じて社内を大きく変えた結果だ」という――。

※本稿は、福原正大『日本企業のポテンシャルを解き放つ DX×3P経営』(英治出版)の一部を再編集したものです。

■総売上高は約3兆円、空調機では世界ナンバーワン

今年1月7日時点での企業の時価総額世界ランキングにおいて、1位のアップル(2.8兆ドル=約322兆円)以下、トップ10のうち米国企業が8社を占めている(他は3位にサウジアラビアの国有石油会社・サウジアラムコ、10位に台湾の半導体製造会社・TSMC)。

では日本企業はというと、29位にようやくトヨタ自動車(0.32兆ドル=約37兆円)が入っており、その次は92位のソニーグループ(0.15兆ドル=約17.3兆円)という状況だ。

30数年前のバブル時代には、トップ10の半分以上をNTTや金融機関などの日本企業が占めていたこともあり、それに比べると雲泥の差である。

その一方で、株価の成長率ではGAFAの一角であるGoogleを超えている日本企業がある。それが、空調機メーカーのダイキン工業(以下、ダイキン)である。

総売上高は3兆円に迫り、空調機では世界ナンバーワンのシェアを誇っているダイキンが、この10年に限ってみれば、株価の成長率においてグーグルを上回っているのである(図表1参照)。

【図表1】ダイキン工業、Google、日本の主要メーカーの株価の推移
図版=著者作成

2011年1月の株価と比較すると、10年後の2021年1月には、アルファベットの株価が約6倍に成長しているのに対し、ダイキンの株価はそれを上回る7倍以上にもなっている。

ソニー、トヨタ、パナソニックといった日本を代表する企業と比べると、株価の成長率は2倍以上となっている。

■この10年で起きた“ある変化”

160カ国以上に事業展開し、生産拠点数は世界100カ所以上に及ぶ空調機メーカーのダイキンが、今や日本のメガバンクに匹敵する時価総額を持っていることは、意外と知られていない。

このダイキンをここまで大きく成長させている大きな理由の一つが、この10年間に、急速に社内での意識変革を成し遂げ、未来への投資を推し進めてきたことである。

その象徴として挙げられるのが、同社が2017年に、ダイキン情報技術大学を設立したことだ。

この大学は、新卒社員100人を2年間現場に配属せず、AIやIoTの専門家、DX(デジタル・トランスフォーメーション)を担う人材に育てるために設立したもので、今後、2023年度末までに1500人を育成する方針となっている。

私たちの会社IGSは、ダイキンにおいて役員研修や幹部研修、基幹職研修、DXに関する人材データ収集、そして情報技術大学など、さまざまなプロジェクトに関わっている。その中で強く感じるのは、ダイキン全社が一丸となってDX改革を推し進める姿勢を持っていることだ。

■DXは人と組織の問題である

私はこれまで、DXを推進する企業をいくつも見てきたが、デジタル改革をどう進めていくか、という観点から、戦略や技術の不足に目が向いている企業が多い。

「そもそも企業はどこに向かい、どんなDXを実現したいのか」「どんな人材がそれを担うべきなのか」「組織はどう変わるべきか」といった、人と組織の問題について議論がないまま進んでいるといった状況だ。

一方でダイキンは、DXは人と組織の問題であると組織全体で捉え、テクノロジー・イノベーションセンター(TIC)と人事本部を中心に、DX改革を推し進めている。

ダイキン工業会長 井上礼之氏
ダイキン工業会長 井上礼之氏

TICとは、異分野の企業や大学、研究機関との連携、提携、融合を通じてイノベーションを創出することを重視する、ダイキンの研究開発のコア拠点である。

私は慶應義塾大学経済学部や一橋ビジネススクールで、特任教授として統計学、データサイエンス、DX変革を教えている。そこで改めて知ったのは、この分野で教えられる教員が、日本の大学ではきわめて少ないことだった。

昔ながらのモノづくりを支えるハードウェアの技術を教える教員は多いが、ソフトウェアの観点で教えられる人が少ないのである。

だからダイキンは、ソフトウェアを教えられる専門家を集め、自分たちで大学を作ってしまったのである。ここでは、ソフトウェアやデータを使い、組織や人をどう変えていくのか、といったところまで踏み込んだ教育をしている。

■ユーザーの求めに応えるビジョンへアップデート

ダイキンの井上礼之会長は、データサイエンティストこそが、これからの製造業で非常に重要だと語っている。

今後、モノづくりの世界でデジタル技術とデータを利用して顧客価値を劇的に上げるためには、ビジネスモデルを変えていくことが重要になる、というDXの本質を理解しているからだろう。

DXは、経済産業省の定義によると「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」となっている。

私はこの定義は今でも色褪せない本質を捉えたものだと考えているが、1つ気になる点があるとすれば「データとデジタル技術を活用して」という点だ。今やデータとデジタル技術は「活用」ではなく「前提」となっている。ダイキンでは、データとデジタル技術を今後のビジネスの前提と捉えて、自ら大学を設立することまでして、人材を育成しているのだ。

このような人材育成の背景にあるのが、自社ビジョンのアップデートだ。

そもそもユーザーがダイキンに求めているのは、「空調の技術」ではない。「快適な空気のもとで暮らせること」である。そのためにメーカーが何をしてくれるのかを、ユーザーは求めているのだ。

単に優れた技術や製品を作ったところで、ユーザーに支持されるとは限らないのである。

エアコンの遠隔操作
写真=iStock.com/yuruphoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/yuruphoto

■「空調機メーカー」から「空気質のプラットフォーマー」へ

これを理解したダイキンは、世界を代表する「空気質」の会社になり、この領域のプラットフォーマーになることをビジョンとして掲げ、目指している。

そして、今の地位に甘んじることなく、さまざまな投資を推し進めている。2017年には大阪大学と情報科学分野を中心とした包括連携契約を締結し、10年間で総額約56億円を提供。

2018年には東京大学と産学協創協定を締結し、「未来社会において重要性が高まる『空気の価値化』を軸にイノベーションを生み出し、複雑な社会課題を解決し、新たなビジネスを創出」していくとして、10年間で100億円の資金を提供していくことを決めている。

投資の推進は日本国内に留まらず、2019年には世界のスタートアップ企業を対象に5年間で110億円の出資枠を新設することを決めた。

その第1号プロジェクトとして、アフリカで小売店プラットフォーム構築を目指す日本のベンチャー企業に3億円を出資し、タンザニアで新たなエアコンビジネスの実証実験を行っている。

その成果はすでに出ており、昨年末から放映されている、タンザニアでのエアコンのサブスクリプション事業を紹介するダイキンのテレビCMを見たことがある人も多いのではないだろうか。

■変化に弱い日本企業…なぜダイキンは変わることができたのか

多くの日本企業は、戦略面でも、そしてそれ以上に人と組織面においても、デジタル化に伴うビジネスのパラダイム変化についていけていない。

それは、リスクを積極的に取る人材に十分なチャンスと権限が回っていない、意思決定にデータが活用されていない、科学的データに基づく人材配置ができていない、といった構造的な問題が、多くの日本企業にはあるからだ。

こうした問題をどのように乗り超え、DXを実現すればいいのだろうか。

ここで重要になるのは、小手先のDX対応ではない。「DXを通じて革新的な顧客価値を創造することを全社で目指す」という姿勢だ。

そこでまず、最も重要かつ影響範囲が広いテーマとして、DXという時代の転換に合わせた「ビジョンと哲学」について考えてみる。これらは、どんな人材戦略とプロセスを築いて、どんなDXを実現していくかの大前提となるからだ。

時代の転換を具体的に表すものに、日本の内閣府が発表した「Society(ソサエティ)5.0」という未来社会のコンセプトがある。

これは、「狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもの」で、今まさに到来しようとしているSociety 5.0は、あらゆるものがデータ化され、デジタル空間とリアルな空間が融合した社会となる。

会社のビジョンをSociety 5.0時代に向けて刷新し、そのビジョンに沿ったデータを取得するため、事業供給体制を組み直し、顧客に新たな価値を生み出す変革に積極的に乗り出してきたのが、ダイキンである。

リビングルームで食事を楽しんでいる家族
写真=iStock.com/Edwin Tan
リビングルームで食事を楽しんでいる家族 - 写真=iStock.com/Edwin Tan

■経営陣の強い危機感が原動力に

ダイキンは2015年、異業種・異分野の技術を持つ企業や大学や研究機関との「協創」を掲げ、380億円を投じて「テクノロジー・イノベーションセンター(TIC)」を設立した。

また、2015年の「パリ協定」(気候変動を抑制するための温室効果ガス削減に関する国際的取り決め)に賛同した同社は、2018年に「環境ビジョン2050」を策定した。

ここで、長期的視野に立って2050年の社会変化を予測し、これから進むべき方向として「温室効果ガス排出実質ゼロを目指しながら、安心で健康な空気空間を提供」することを謳っている。

これらの積極的な改革推進の背景には、技術競争で勝ち続けること、そして顧客にこれまで以上の新しい価値を提供できなければ、メーカーとして永続的な発展はないという、経営陣の強い危機感があった。

これについてダイキンの井上会長は「2050年に世界の空調需要が現在の3倍に拡大すると予測される中、快適な空気環境を提供すること、温暖化影響を限りなく低減することが、ダイキンの社会的使命である」と語っている。

経営陣がグローバルかつ30年以上の長期スパンで課題を捉え、強い危機感を持ったからこそ、ビジョンをアップデートできたといえるだろう。

そして、未来に向けたビジョンへの投資の一つが、前述したダイキン情報技術大学の設立で、ここで同社は、新たなビジョンの実現に向けたDX人材の育成を進めている。

ダイキンはこのようにして、この10年間でグーグルを上回る株価の成長率を達成し、さらに未来に向かって突き進んでいるのである。

■ダイキンが示した“DXの本質”――「DX×3P経営」とは

ここまで述べてきたなかで重要なキーワードである「DX」について、私なりの定義を述べると、次のようになる。

「DXとは、データとデジタル技術を前提とした組織と事業によって、顧客価値を大きく向上させるイノベーションである」

ここで最も重要となるポイントは、「DX=イノベーション」という点だ。つまり、今の業界秩序を変えるような破壊的な取り組みであるべきだ、ということで、新産業を創造することこそ、DXの本質なのである。

では、イノベーションを起こすために、企業には何が求められるのか。

イノベーションの世界的な権威である元ハーバード大学ビジネススクール教授の故クリステンセン氏は、米国ブリガムヤング大学のダイアー教授、フランスINSEAD(欧州経営大学院)のグレガーセン教授とともに執筆した『イノベーションのDNA』(翔泳社)で、「イノベーションの源泉」として3つの要素を示している。

それが、「哲学(Philosophy)」「人材(People)」「プロセス(Process)」の3Pである。

この3つのPとDXを組み合わせ、DXに強い人と組織を作るためのアプローチを、私は「DX×3P経営」と呼んでいる(図表2参照)。

【図表2】DX×3P経営
図版=筆者作成

■業績を上げ続ける企業の共通点

図表2は、3Pをそれぞれ「ビジョンと哲学(Philosophy)」「人材戦略(People)」「プロセス(Process)」と再定義したものだ。

最初の「ビジョンと哲学」は、創造的な行動と思考を促す哲学を企業文化(カルチャー)の中に植え付けているということ。

イノベーティブな企業は、誰もが創造性を発揮できるような行動指針をトップから発信し、リスクをとって挑戦することを奨励している。

次の「人材戦略」については、クリステンセン氏らはイノベーション人材に共通するスキルがあると説く。従来の価値観に基づく評価ではなく、創造的なスキルや能力の観点から人材を評価し、育成し、採用する必要があるのだ。

最後の「プロセス」は、イノベーションを起こす企業には、社員の創造性を刺激する仕組みがあるということだ。イノベーティブな企業では、事業開発や人材交流など、さまざまなところでイノベーションを意識したプロセスが構築されている。

このような3Pをしっかりカバーできているからこそ、持続的にイノベーションを生む企業であり続けているのである。どれか一つの要素だけで、それがうまくいくわけではない。

ダイキンをはじめとして、DXの推進により業績を高めている企業を見ると、どの企業も共通していることがある。

どんな未来が来るのか、自社はどこに向かいたいのかという「ビジョンと哲学」に真剣に向き合い、人材戦略やプロセスについても、その「ビジョンと哲学」に基づいたアプローチを行っている。

■「戦略が二流でも、実践が一流であればいい」

日本の企業が、今後もGAFAに圧倒され続ける存在であることは決してない。

ダイキンの例を見れば分かるように、日本企業には大きなポテンシャルが秘められており、DXを実現することができれば、そのポテンシャルが開花し、GAFAに対抗しうるようになる。

福原正大『日本企業のポテンシャルを解き放つ DX×3P経営』(英治出版)
福原正大『日本企業のポテンシャルを解き放つ DX×3P経営』(英治出版)

それが伝統的な日本企業であっても、人材の潜在能力は欧米トップ企業と比べても遜色ないし、ビジネスモデルも遅れをとってはいない。

GAFAのようなメガIT企業であっても、リアルのモノ・サービスづくりに強い企業に対しては大きな危機感を抱いている。

なぜなら、リアルのビジネスに強い企業こそ、DXを実現すれば競合になりうると考えているからだ。

だから私は、経営トップが新しい時代に沿ったビジョンを社内で示し、真剣に人と組織の変革に取り組んでDXを推進していけば、その大きなポテンシャルを開放できるはずだ、と確信している。

ダイキンの井上会長がよく発言している「戦略が二流でも、実践が一流であればいい」という言葉は、DXを推進するうえでも示唆にあふれている。

きれいな事業戦略を描ききれなくても、それを実行する人と組織が強ければ、必ず成功に向かって進んでいくことができるだろう。

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福原 正大(ふくはら・まさひろ)
IGS社長、一橋大学大学院特任教授
慶應義塾高校・大学(経済学部)卒業後、東京銀行に入行。フランスのビジネススクールINSEAD(欧州経営大学院)でMBA、グランゼコールHEC(パリ)で統計学の修士号を最優秀賞で取得。筑波大学で最適化と極値論の研究を行い博士号取得。2000年世界最大の資産運用会社バークレイズ・グローバル・インベスターズでAIを利用したモデル運用に携わる。35歳にして最年少マネージングダイレクター、日本法人取締役に就任。2010年にIGSを設立、2021年12月29日にマザーズに上場した。著書に『日本企業のポテンシャルを解き放つ DX×3P経営』(英治出版)がある。

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(IGS社長、一橋大学大学院特任教授 福原 正大)

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