アメリカの高校生は答えられる…なぜ「流行りのスイーツ店」はどんどん増えてあっという間に潰れるのか
プレジデントオンライン / 2022年2月17日 15時15分
※本稿は、デーヴィッド・A・メイヤー『アメリカの高校生が学んでいる経済の教室』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■短期の完全競争をドーナツ業界で考える
ある業界にとっての短期とは、企業が市場に参入したり、市場から退出したりできない期間のことだ。企業が短期で変えられるのは労働力だけで、固定資本(建物や機械など)を変えることはできない。完全競争の業界であれば、業界全体の産出量に対する需要と供給の変化に応じて、企業は経済学の利益を上げることもあれば、損失を出しながら営業を続けることもある。
これをドーナツ業界の例から考えてみよう。この業界は完全競争の状態にあるとする。ニュージーランドの科学者が、甘いシュガーシロップでコーティングしたグレーズドドーナツをコーヒーと一緒に食べると大きな健康効果があることを発見した。このすばらしいニュースが世界を駆けめぐり、グレーズドドーナツの需要が増加した。その結果、需要と供給のバランスで決まる均衡価格も上昇する。
■市場価格の下落は、損失を出すことを意味する
すでに見たように、市場価格は企業の限界収入を表しているので、ドーナツ業界の企業にとっては、総収入の増加分が経済学の総費用(機会費用も含めた総費用)の増加分よりも大きくなる。つまり、ドーナツ企業は経済学の利益(機会費用も考慮した利益)を上げているということだ。
その半年後、カリフォルニアの科学者が、ニュージーランドの研究の問題点を発見した。コーヒーと一緒に大量のグレーズドドーナツを食べると、むしろ健康リスクになるかもしれない。最初はこの情報を無視していた消費者も、体重が20キロも増え、夜もよく眠れなくなると、ついに現実と向き合わざるを得なくなった。
グレーズドドーナツの需要はだんだんと減少し、市場価格はニュージーランドのニュースが出る前を下回るようになった。この時点で、ドーナツ業界の多くの企業にとって、ドーナツの市場価格の下落は、短期的には損失を出しながら生産していることを意味する。なぜなら彼らの総収入は、生産の総費用よりも少ないからだ。
■新規参入の企業が増えれば、均衡価格が低下する
長期であれば、企業は市場に参入したり、市場から退出したりできる。新規参入するのはそこに経済学の利益があるからであり、退出するのはそこに損失があるからだ。
![CLOSED](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/7/670/img_d7d1f0817e9dd0e246105c0d3c39a527342762.jpg)
またグレーズドドーナツで考えると、ニュージーランドの研究が発表された結果、業界に経済学の利益が生まれ、新規参入が促された。新規参入する企業が増えると、競争は激化し、供給されるグレーズドドーナツの量は増加する。供給の増加によって均衡価格が低下し、経済学の利益は消滅する。
この利益の減少に加え、カリフォルニアの研究も発表されると、ドーナツ企業の中には廃業しなければならない状態になり、業界から退出するところも出てくる。その結果、競争が減り、業界全体のグレーズドドーナツの供給も減る。供給の減少によって市場の均衡価格が上昇する。最終的に、業界に残る企業が少なくなり、業界は長期の均衡価格に到達して経済学の利益はゼロになる。
■「完全競争」は現実の世界には存在しない
完全競争は現実の世界には存在しない。完全競争のすべての条件を満たすような業界を見つけるのは不可能だ。とはいえ、現実の市場と完全競争市場を比較することで、現実の市場がより深く理解できるようになる。実在はしないが、1つの基準として思考の助けになってくれるということだ。
ほとんどの企業は、新しく市場に参入しようとすると、何らかの障壁によって参入を阻まれる。それは費用かもしれないし、政府が決めた参入要件かもしれない。
違う企業がまったく同じ製品を扱うことはめったになく、それぞれの企業が競争相手と差別化するために多大な投資をしている。この自らを差別化できる能力は、価格への影響力につながることもある。
アメリカのような成熟した市場では、企業は大きくなる傾向があり、必ずしも独立しているわけではない。また、情報へのアクセスはすべての企業に平等に与えられていない。つまり、完全情報の状態にもなっていないということだ。そうやって誕生するのが、完全競争ではなく「不完全競争」だ。
経済学では、競争のレベルによって市場を分類する。ここに1本の線があるとして、完全競争の状態を達成した市場が一方の端にあり、そしてもう一方の端には独占状態の市場がある(ただし、完全競争市場は現実には存在しない)。
その両極端の間にあるのが、「独占的競争市場」と「寡占市場」だ。私たちにとってもっともなじみがあるのはこれらの市場だろう。
■ファストフード業界は独占的競争市場のいい例
独占的競争とは、ある程度の独占力を持つ企業が集まって競争している状態だ。独占的競争市場は、市場の構造が完全競争にとてもよく似ている。買い手と売り手が大勢いて、参入障壁も最小限、あるいは最低でもすべての企業にとって平等であり、情報もすぐに手に入る。
とはいえ、独占的競争市場では、すべての企業がまったく同じ製品を提供するのではなく、競合他社と差別化しようとする。企業はこの「製品差別化」によって、「うちの製品はよそとは違う」と消費者を納得させようとする。
独占的競争市場と聞いて、多くの人がイメージしやすいのはファストフード業界だろう。ファストフード業界には多くの差別化された生産者が参入し、多くの消費者をめぐって顧客獲得の競争をくり広げている。所定の金額を払って必要な営業許可を取得すれば、誰でも業界に参入することができる。ほとんどの生産者はこの業界がどんなところかわかっていて、そして消費者のほうも製品の中身がよくわかっている。
なぜファストフードは独占的競争市場なのだろう? 答えは「製品差別化」だ。提供するメニューは会社によって違う。マクドナルド、サブウェイといった会社は、ファストフード市場でお互いに競争し、それぞれが消費者に多様な選択肢を提供している。そのような中でも、十分に差別化された商品を打ち出すことができれば、もしかしたらチャンスがあるかもしれない。
■なぜリンゴにはたくさんの種類があるのか
他の例も挙げてみよう。今度スーパーに行ったときに、生鮮食料品のコーナーをよく見てほしい。いったい何種類のリンゴが売られているだろうか?
![デイヴィッド・A・メイヤー著、桜田直美訳『アメリカの高校生が学んでいる経済の教室』(SBクリエイティブ)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/d/200/img_1d422224e72dff1a8d65f5781c74a2ca256141.jpg)
昔はリンゴといえば、赤リンゴか青リンゴの2種類しかなかった。しかし最近は、レッドデリシャス、ピンクレディ、グラニースミス、ガラ、フジ、ハニークリスプなど、いろいろな種類がある。大きさも、大、中、小さまざまだ。オーガニック栽培のリンゴもあれば、農薬を使用したリンゴもある。1個ずつ売られているものもあれば、パッケージで売られているものもある。
リンゴ生産者たちはこうやって差別化を図ってきた。なぜそんなことをするのかというと、すでに見たように、みなが同じ製品を売っている完全競争市場の企業は、価格に影響を与えることができないからだ。自分の製品を差別化して成功すれば、競争相手よりも高い価格をつけることができる。
製品差別化の問題は、それが終わりのない消耗戦になってしまうことだ。企業は永遠に自らを差別化する方法を探し続けなければならない。彼らが広告に大金を投じる理由もここにある。広告の大半は、新しい顧客を獲得することが目的ではなく、むしろブランドロイヤリティ(消費者のブランドへの忠誠心)の確立を目指している。
しかし、企業には限られたリソースしかない。そのため、広告を使って差別化を目指すと、生産のためのリソースが減ってしまう。その結果、独占的競争市場の企業は、完全競争市場であるよりも産出量が減るということになる。それを消費者から見れば、手に入るはずだったものが手に入らなくなることを意味する。
しかし、心配はいらない。どうやら消費者は、独占的競争市場が提供する多様性を大いに歓迎しているようだ。だから少なくとも、その効用によって費用は相殺できる。
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テキサス大学サンアントニオ校で教育心理学の博士号を取得。高校教師として学生に経済学を長年教える。2004年以来、教えを受けた学生の400人以上がAP経済学試験で大学の単位を取得。高校教師として指導する傍ら、アメリカ合衆国における大学入試の標準テストのひとつであるSATや、アドバンスト・プレイスメント、APプログラムと呼ばれる高等教育カリキュラム等の策定・運営を行っている非営利団体・カレッジボードにおける高校生向け経済学のカリキュラムのコンサルタントを長年務めてきたキャリアも持つ。
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(高校教師 デーヴィッド・A・メイヤー)
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