低所得の人ほど打撃を受ける…アメリカの高校教師が解説「インフレで得する人、損する人」
プレジデントオンライン / 2022年2月21日 9時15分
※本稿は、デーヴィッド・A・メイヤー『アメリカの高校生が学んでいる経済の教室』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■インフレとは物価が上昇し、通貨の購買力が下がること
インフレは「勝者」と「敗者」を生む。インフレで誰が勝つのかを知っておくことは、インフレが許容されることもある理由を理解するうえで大切なことだ。インフレが予想の範囲内であり、安定しているなら、それは良性のインフレだ。個人も組織も、将来のインフレに備えて計画を立てることができる。しかし、予想を超えたインフレになると、そこには勝者と敗者が生まれる。どんな人がインフレで得をするのだろう?
インフレで得する人について考える前に、そもそもインフレとは何かということを復習しておこう。インフレとは、物価が上昇し、それに対応して通貨の購買力が下がることだ。借金をしている人は、物価の上昇と購買力の低下から恩恵を受ける。
個人、ビジネス、政府は、たいてい固定金利でお金を借りる。固定金利とは完済するまでずっと利率が変わらない金利のことだ。その利率にはあらかじめインフレ分が織り込まれている。実際のインフレ率がその予想よりも高くなれば、実質の借金額は減ることになるのだ。
たとえば、銀行が5%の名目金利で数十億ドルを貸し出していたとしよう。銀行は2%のインフレ率を予想していたが、実際には4%になった。すると借り手にとっては、実質金利が3%(5%-2%)から1%(5%-4%)に下がる。簡単に言うと、借りたお金のほうが、返すお金よりも価値が高いということだ。
■短期的には生産者もインフレで得をする
短期的に見れば、生産者もインフレで得をする。予想外のインフレが起こると、物価は上がるが、労働者への賃金がすぐに上がることはない。賃金が物価に合わせて上がるまで、生産者はより高い利益を上げることができる。
発展途上国の多くは、外国からの借金を返すために、自国の通貨を大量に発行してインフレを起こしてきた。たとえば、アメリカが外国に100ドル(約1万1500円)の国債を買ってもらったとしよう。国内でインフレを起こして100ドルの価値が半分になったとしても、外国に返すのは100ドルでいいので、実質的に借金が半分に減ったのと同じことになる。
実際、アメリカ政府は多額の対外債務を抱えているので、これと似たようなことをするのではないかと危惧する人もいる。ほとんどの先進国には政府から独立した中央銀行があり、政府が好き勝手にお金を刷らないように監視する働きをしている。アメリカでも、FEDは政治的なプレッシャーから守られているので、政府がマネーサプライを増やしたがっていても抑制できる。
■お金を貸している人も貯蓄をする人も損をする
とはいえ、どちらかといえば、インフレで損する人のほうが多い。インフレ率が予想を超えると、お金を貸している人も貯蓄をする人も損をする。どちらも利子を稼いでいて、その利率はインフレも考慮して決まっている。しかし実際のインフレが予想したインフレを上回ると、お金を貸す人も貯蓄する人も期待通りの利子が稼げなくなってしまうのだ。
![ブックバンク](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/2/670/img_f25c49cbf5a776b57202b55c0eb48e69482267.jpg)
たとえば、あなたが銀行の定期預金に1000ドル(約11万5000円)入れたとしよう。金利は年に4%だ。予想したインフレ率は2%だったが、実際は5%になった。すると定期預金の実質金利はマイナス1%(4%-5%)で、むしろお金が減ってしまうことになる。もちろん1年で40ドル(約4600円)の利子はもらえるが、今の1040ドル(約11万9600円)は1年前の1000ドル(約11万5000円)より購買力が落ちている。
■低所得者、年俸制社員、年金生活者は打撃を受ける
インフレは低所得の人ほど打撃を受けるとされている。低所得の人は、高所得の人に比べ、資産の中で現金の占める割合が高い。高所得の人も当然ながら現金は持っているが、資産の多くを他の金融資産や実物資産の形で持っている。インフレになると現金の価値が下がるので、資産をほぼ現金で持っている低所得者が大きな打撃を受けることになるのだ。高所得の人は、たとえ現金の価値が下がっても、インフレで現金以外の保有資産が値上がりすれば、現金での損を埋め合わせることができる。
決まった収入額で暮らしている人もインフレで損をする。想像以上のインフレが起こると、実質的な所得が目減りすることになる。年俸が決まっている会社員や、年金暮らしの高齢者は、実際のインフレ率が予想のインフレ率を上回っているかぎり購買力が落ちていく。
この影響を和らげるために、会社員にとっては会社、年金生活者にとっては政府が、「物価スライド」という方法で実際のインフレ率に合わせて支給額を調整している。しかし、それでも損失を避けることはできない。インフレと支給額の調整の間にはどうしてもタイムラグがあるからだ。予想を上回るインフレが長引くと、収入額が決まっている人たちは、収入増加がインフレよりも少し遅れてやってくるというゲームを延々と続けなければならない。
■個人もビジネスも「面倒な手間」が増える
また、インフレになると個人もビジネスも面倒な手間が増える。お金の価値がどんどん低くなるので、消費者は手持ちのお金を早く使おうとするだろう。すると、しょっちゅうATMに行って現金を下ろさなければならなくなり、いわゆる「シュー・レザー・コスト」が発生する。お金を下ろしに行く回数が増えるので、靴の皮(シューレザー)が早く傷むということだ。
またビジネスにとっては、商品の値札をしょっちゅう貼り替えなければならないというコストが発生する。何度も言っているように、この世にタダ飯はない。だから商品の値札もタダではない。急激なインフレが進むと、値札の貼り替えも頻繁になり、それだけコストがかさむ。さらにインフレが長引くと、従業員が値札の貼り替えに忙殺され、肝心の生産がおろそかになってしまうという問題も発生するだろう。
■FEDの歴史に残る「ディスインフレーション」
FEDの歴史で燦然と輝く勝利の1つは、1980年代、ポール・ボルカー議長の指導の下で金利を引き上げたことだ。その結果、2桁まで上がっていたインフレ率が正常の範囲内の4%にまで下がり、大インフレ期に終止符を打つことができた。
![デイヴィッド・A・メイヤー著、桜田直美訳『アメリカの高校生が学んでいる経済の教室』(SBクリエイティブ)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/d/200/img_1d422224e72dff1a8d65f5781c74a2ca256141.jpg)
しかし、当時を体験した人であれば、FEDの政策のせいで、過去数十年で最悪の景気後退に陥ったことも覚えているかもしれない。後からふり返れば、不景気というコストを払ったとしても、インフレの抑制は正解だったと、多くの経済学者は考えている。1980年代以来、アメリカのインフレ率は一貫して安定し、比較的低く抑えられている。いわゆる「大いなる安定期」だ。
ポール・ボルカーがやったことは「ディスインフレーション」と呼ばれている。これはインフレ進行中に中央銀行が金利を引き上げ、その結果としてインフレが抑制されて物価上昇のペースが鈍化することだ。
ディスインフレーションが経済にとっていいこととされる理由はいくつかある。1つは、物価が安定するので、賃金上昇圧力が抑制されること。さらに、物価が安定すると金利も下がって安定し、資本投資のコストが下がって将来の計画が立てやすくなる。しかし、ディスインフレーションのもっとも重要な役割は、生産者と消費者のインフレ期待を抑制することだろう。そのおかげで、経済は安定を取り戻すことができる。
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テキサス大学サンアントニオ校で教育心理学の博士号を取得。高校教師として学生に経済学を長年教える。2004年以来、教えを受けた学生の400人以上がAP経済学試験で大学の単位を取得。高校教師として指導する傍ら、アメリカ合衆国における大学入試の標準テストのひとつであるSATや、アドバンスト・プレイスメント、APプログラムと呼ばれる高等教育カリキュラム等の策定・運営を行っている非営利団体・カレッジボードにおける高校生向け経済学のカリキュラムのコンサルタントを長年務めてきたキャリアも持つ。
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(高校教師 デーヴィッド・A・メイヤー)
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