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「東京五輪の失敗を繰り返してはいけない」2030年札幌五輪を阻止するために今やるべきこと

プレジデントオンライン / 2022年2月5日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

札幌市が招致を目指す2030年冬季五輪について、IOCが年内にも開催内定とする可能性があると、今年1月に共同通信などが報じた。神戸親和女子大学の平尾剛教授は「ひとたび五輪が内定すると“どうせやるなら派”と呼ばれる人たちが開催を後押しする。8年後の五輪を阻止するには今からでも決して早すぎない」という――。

■開催反対が8割超だったのに強行された東京五輪

年明け早々、2030年冬季五輪を札幌に招致する動きがあると共同通信が報じた。国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長と日本側が水面下で協議しており、開催地を一本化する時期が今年の夏ごろから冬にかけてという見込みから、年内にも開催が内定するという。

またも日本でオリンピックが開催されるかもしれない。風雲急を告げるこのニュースに、私はとたんに気鬱(きうつ)になった。

新型コロナウイルスのさらなる感染拡大を憂慮し、開催に反対する世論が8割を超えるなかで強行された昨年の東京五輪を、まさか忘れたわけではあるまい。医療従事者に多大な負担をかけ、必要な医療が受けられず自宅で療養する人たちが溢れる「医療崩壊」の一因となった事実を、私は忘れていない。予測される困難に見向きもせず頑として開催へと突き進むその姿勢から、オリンピックそのものの構造的な問題が浮き彫りになった。そうして明るみに出た数々の嘘やごまかしはまだ記憶に新しい。

■不祥事や経費膨れ上がりが度々問題となった

IOC総会での安倍晋三首相(当時)による「アンダーコントロール」発言に始まり、票集めとされる約2億円の賄賂疑惑。7月の東京は温暖という虚偽報告に加え、エンブレムの盗作問題や、新国立競技場周辺住民の強制立ち退きもあった。

組織委員会会長が女性蔑視発言で辞任し、開会式の責任者となった元電通のクリエーターも女性蔑視の言動が明るみに出て辞任した。閉会後には13万食以上の弁当および未使用の医療備品の廃棄も明るみになった。

「コンパクト五輪」「アスリートファースト」「復興五輪」というスローガンも、内実が空虚な単なるプロパガンダにすぎなかった。

2021年12月現在、組織委員会が発表した経費総額の見通しは1兆4530億円。これに、会計検査院が発表している2018年度までの五輪関連支出約1兆600億円などを足し合わせると、総額は2兆5000億円を超える。これは、招致段階で示された約7400億円という当初の見積もりをはるかに上回る、夏季大会史上最高額となった。コンパクトとはほど遠く、もはや「蕩尽(とうじん)五輪」である。

■アスリートも東北復興もないがしろにされ、検証も未完

また、アスリートが最優先でなかったことは酷暑下での開催が物語っている。

テニスの男子シングルスに出場したROC(ロシア・オリンピック委員会)のダニル・メドベージェフ選手は「今までで最悪な暑さ」だと不満を口にした。トライアスロン男子で優勝したノルウェーのクリスティアン・ブルンメンフェルト選手は、ゴール直後に倒れこみ、嘔吐(おうと)した。アーチェリー女子に出場したROCのスベトラーナ・ゴムボエワ選手に至っては、気を失って倒れ、のちに熱中症と診断された。

日本の夏が、アスリートがパフォーマンスを最大限に発揮するのに最適な時期であるはずがない。にもかかわらずこの時期での開催に至ったのは、放映権を保有するNBCへの配慮だったといわれている。つまりファーストだったのはアスリートではなく、「マネー」だった。

そしてなにより「復興五輪」が最も罪深い。関連工事が東京に集中したことで建築資材や人件費が高騰し、作業員の確保もままならずかえって復興の妨げとなったからだ。一橋大学名誉教授の鵜飼哲氏は、この現実をふまえて「復興妨害五輪」だったと正しく指摘している。被災地に暮らす人々に希望を抱かせておきながら、すぐさまそれを打ち砕いた罪は相当に重い。

これらを総括することなく再び招致を試みるのは、愚の骨頂でしかない。

■中途半端な「外交ボイコット」で開催にひた走る北京五輪

にわかには信じ難い不祥事や不誠実な言動が明るみに出ても、いったん招致が決まればオリンピックは開催へとこぎ着ける。まるでブレーキが壊れた自動車のようにひた走る。

4日の開会式に先駆けて既に一部競技が始まった北京冬季五輪もそうだった。

開催前の昨年11月には、中国トップテニス選手の彭帥選手が中国共産党幹部からの性的強要を告白し、その後、消息不明となった。これを受けて、「ぼったくり男爵」ことIOCバッハ会長は本人とテレビ電話で対話し、その身の安全を確認したと発表した。

だが依然として周囲の状況など不明な点は多く、人権侵害への懸念は払拭(ふっしょく)されていないという見方がいまも残る。新疆(しんきょう)ウイグル自治区のイスラム系少数民族ウイグル族および香港民主化運動への弾圧も問題視されており、著しく人権を軽視する中国は世界各国から厳しい批判を浴びている。

これに対し、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアなどは、閣僚、外交官、政府関係者を大会に派遣しない「外交ボイコット」を決め、日本もこれに倣った。しかしながら日本オリンピック委員会会長の山下泰裕氏および東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長の橋本聖子氏は派遣するなど、その内実は中途半端な対応でしかない。

背景にアスリートへの配慮があるにせよ、結論として開催そのものに否を突きつけたわけではないからだ。神戸大学大学院の小笠原博毅教授はこの外交ボイコットを「やってもやらなくてもいずれにせよ意味がない」とし、人類学者デヴィッド・グレーバー氏の言葉を借りて「bull-shit」(くそくらえ)だと指摘した。

■開催決定後に現れる「どうせやるなら派」という存在

そもそもオリンピック運動の目的とは、国や民族を超えて平和を構築するために働きかけることだ。これに照らせば、人権を軽視する中国にオリンピックを開催する資格がないのは明らかである。なのに開催に至った理由のひとつに、間接的にはステークホルダーとなる諸外国が毅然(きぜん)とした態度でNOと言えない及び腰があったといえる。

NOと書いた投票用紙
写真=iStock.com/Orbon Alija
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Orbon Alija

そしてもうひとつ、最大にして厄介な理由がある。

それはオリンピックがもたらす祝祭ムードをひそかに期待する人たちの無意識的な欲望だ。オリンピックが抱える種々の問題は理解しているものの、どうせやるならとそれらに目を瞑って開催を前向きに捉える人たちの存在である。

先に紹介した小笠原氏は彼らを「どうせやるなら派」と名づけ、オリンピックムーブメントを推し進める原動力になっていると指摘する。開催に疑問や矛盾を感じながらもその気運に便乗してオリンピックを盛り上げる、この「どうせやるなら派」こそがオリンピックを後押ししているとの指摘は、実に鋭い。

東京五輪以前にも、多くの人たちはオリンピックの構造的な問題には薄々気がついていたはずだ。にもかかわらずそれを解決するための声を上げず、いざ開催されると躍動するアスリートに拍手喝采を送る。どこかうしろめたさを抱えながらも自らがマジョリティーであることに安寧し、本質から目をそらすその態度が、結果としてオリンピックの存続に一役も二役も買っている。

この集合的無意識こそが開催に向けて肯定的なうねりをもたらす。これを根本から断ち切らなければ歯止めはかからないだろう。

招致が決まり、開催に向けての準備が始まればおのずと「どうせやるなら派」は形成される。ひとたび形成されれば集合的無意識は増幅され、開催への気運はおのずと高まってゆく。だから初期段階でその芽を摘む。くさびを打つ。どうせやるならという刹那的な思考が芽生える隙をつくらない。そうすれば気運そのものは醸成されない。

だから、招致が決まる前のいまこそ声を上げるときである。

■反対の意思表明は決して今からでも早すぎることはない

札幌招致をもくろむ冬季オリンピックは、いまから8年後の2030年開催である。まだ8年もあるとのんびり構えてなどいられない。招致が検討されている段階で反対の意思を表明しなければならない。

札幌市は招致に向けた住民意向調査を3月までに行うとしている。開催都市の札幌市民だけでなく、開催が広域にわたることから北海道民も対象に含まれるこの調査は、開催側に直接NOを突きつける格好の機会である。札幌市は調査結果だけで開催の是非を決めない方針を固めてはいるものの、もし大多数が反対すればその意思を無視できないはずだ。2015年にはアメリカのボストンが2024年夏季大会を、2018年にはカナダのカルガリーが2026年冬季大会を、住民投票によって大会招致から撤退しているのだ。

もしオリンピックに反対するのであれば、道民はその意思を表明してほしい。

道民以外であっても意思を表明する方法はいくつもある。

地元の地方政治家に直談判する。パブリックコメント制度を利用する。SNSを通じて発信を繰り返したり、日常会話のなかで話題にするのも長い目で見れば効果はある。もちろん反対デモに参加するのもいい。

一人ひとりの小さな声が集まって世論は形成される。意思を明確にしない沈黙は賛意でしかない。

■東京五輪は日本人「みんな」で招致したわけではない

映画監督の河瀨直美氏は、昨年末に放送されたNHKの番組のなかで「日本に国際社会からオリンピックを7年前に招致したのは私たち」であり、「(開催決定を)喜んだし、ここ数年の状況をみんな喜んだはず」と口にした。

この「私たち」や「みんな」には、なれなれしく肩に手を回してくるような、ぬめりのある暴力性が潜む。昨年の東京五輪を、力づくで成功したことにしようとする権力側の恣意(しい)がまとわりついている。もしあなたにオリンピックに反対する意思があり、「この手」に抱き込まれるのに抵抗を覚えるのであれば、それを内に秘めるのではなく広く公に知らしめてほしい。

札幌五輪の概要案を一読すれば、オリンピックを、人々の力を結集して社会に健康と活力をもたらす絶好の機会だと捉える考えが読み取れる。SDGsの目標年である2030年にかこつけて、その先の未来を展望する大会にするというビジョンも、具体性に欠ける。既存の施設を利用することで施設整備費を、原則的に税金を投入しない計画で大会運営費を抑える旨が記されているが、これが絵空事にすぎないことは先の東京五輪を振り返れば明らかである。

商業主義にまみれたオリンピックはすでに「平和の祭典」という存在意義を失っている。

そんなオリンピックなんか、もういらない。

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平尾 剛(ひらお・つよし)
神戸親和女子大教授
1975年、大阪府生まれ。専門はスポーツ教育学、身体論。元ラグビー日本代表。現在は、京都新聞、みんなのミシマガジンにてコラムを連載し、WOWOWで欧州6カ国対抗(シックス・ネーションズ)の解説者を務める。著書・監修に『合気道とラグビーを貫くもの』(朝日新書)、『ぼくらの身体修行論』(朝日文庫)、『近くて遠いこの身体』(ミシマ社)、『たのしいうんどう』(朝日新聞出版)、『脱・筋トレ思考』(ミシマ社)がある。

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(神戸親和女子大教授 平尾 剛)

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