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「食べた和菓子は1万種類以上」15年全国を駆け巡ってきた"高島屋和菓子バイヤー"のすごい情熱

プレジデントオンライン / 2022年2月17日 15時15分

高島屋で和菓子バイヤーを務める畑主税さん - 撮影=今村拓馬

高島屋にカリスマバイヤーと呼ばれる男性がいる。1980年生まれの畑(はた)主税(ちから)さんだ。数えきれないほどの和菓子店を訪ね歩き、数えきれないほどの種類の和菓子を毎日食べ続けて15年。そうして得た知識と情報をネット発信し、全国に多くのファンを持つ。その和菓子に対する圧倒的な情熱はどこから来るのか。畑さんに直接問うた――。

■膨大な情報量のブログとツイッター投稿を続ける

――取材前に畑さんのブログとツイッター投稿を全部読んでおこうとしたのですが、それは無謀でした。とてもじゃないが膨大すぎる。しかも、量がすごいだけじゃなく、情報量や表現力などの質も高い。圧倒されました。ネット発信を始められた経緯から教えてください。

高島屋は今、全国に15店舗あるのですが、私が毎日のように各店を回ることは難しい。売り場で直接、販売員さんに商品の話ができればいいのですけれど、そうもいかないので、ブログで写真入りの商品紹介をすることにしたんです。そのリンクをメールに貼って「見てね」と各売り場に伝える。

そうやって、社内のコミュニケーションのツールとして私が勝手に始めたのが、2014年の3月です。そのうち閲覧数が増えてきて、出合った和菓子について広くみなさんに知ってもらおうというブログになっていきました。

ツイッターのほうも同じです。最初は個人アカウントで始めました。で、5年ぐらい前に、当時の上司から「公式化したら?」と言われて、今の「髙島屋 和菓子バイヤー公式」アカウントになりました。インスタとフェイスブックも同様ですね。

■食べた和菓子の数は1万種類を超える

――ツイッターは1日に10本以上あげてられることも多いですよね。それでなくてもお忙しそうなのに、どうやって時間を作られているんですか。

たいてい食事休憩中か移動中に書いています。和菓子屋さんを訪ねて日本中を駆け回っているわけですが、移動手段は基本的に公共交通機関。特に地方へ行くと移動時間が長くて手持ち無沙汰になるじゃないですか。そのときに、パパパッと写真付きのツイートをしています。

――ご著書の『ニッポン全国 和菓子の食べある記』には「実際に訪れた全国の和菓子店は1000軒以上」とありますが、2017年11月刊行の本ですから、それから4年以上経っています。今では1500軒ぐらいいっているのでは?

正確に数えたことはなくて、わからないんです。でも、1500軒は余裕でいっていると思う。本で「食べた和菓子は10000種類以上」としましたが、それも正直よくわかりません。ブログでは1記事に平均3種類の和菓子を紹介しているとして、今、2800回ぐらいですから計8000種類にはなるでしょう。ただ、そこに出さなかったお菓子もいっぱいあるので、軽く1万は超えちゃうんですよ。

■仕事で食べるようになって、和菓子が好物になった

――すごく素朴な疑問なんですけど、それだけたくさんのお菓子を食べられたり、和菓子屋さんを回られたりしている理由というのはどういうことなんですか。

理由は、単純に和菓子が好きだからです。昔は甘いものに興味なかったんですけど、仕事で食べるようになって、今は完全に好物となっています。あとは、お客様に知ってもらいたいということ。各種媒体ではどうしても洋菓子のほうが取り上げられる機会が多いですよね。でも、和菓子の魅力はいくらでもあるので、それを伝えていきたいという思いです。

――ビジネスとしてはどういう意味があるんですか。

それは情報を取るためです。これだけネットで情報があふれてはいますが、和菓子の場合、一部のビッグブランドを除くと、季節商品などの情報がまったく取れません。お取引先様の商品情報がネットでは拾えない。お店の方がインスタをやっていたとしても、次の季節のお菓子は何か知ろうとしたら、インスタの過去記事を1年分近く遡ってようやく見つかるかも、という感じになってしまいます。それを47都道府県全部のお取引先様ぶんやっていたら日が暮れてしまう。

それよりは、実際に行ったときに食べたお菓子の記録をブログなどに溜めておいて、その季節が来たら、過去記事を出してきたほうがいい。自分の引き出しの中にネタをいっぱい突っ込んでおくという作業ですね。

ブログの名前は「和菓子魂!」
撮影=今村拓馬
ブログの名前は「和菓子魂!」。2022年2月3日時点で第2840回となっている - 撮影=今村拓馬

■「銘菓百選」の売り上げはここ10年で2倍になった

――その情報は、たとえば、高島屋の全国の和菓子を扱うコーナー「銘菓百選」で季節の商品を置くために使えるわけですか。

そうです。さほど広いスペースではありませんが、「銘菓百選」は500以上のアイテムを扱っています。それで、お正月のお菓子が終わったから、今度はチョコレートのお菓子、節分のお菓子、いちごのお菓子と、季節のものをどんどん仕掛けていく。だから、ネタはいっぱいないとダメなんですよね。

「銘菓百選」の売り上げは、ここ10年で約2倍になっています。最新情報を掴んで、それを発信して、という地道な作業が、その売り上げにどれだけ寄与したか、数字ではっきりとは見えませんが、多少なりとも意味はあったんじゃないかと思います。

■バイヤーの仕事は「銘菓百選」だけではない

――和菓子のバイヤーさんたちは、「銘菓百選」のコーナーのために動かれていると考えていいのですか。

そういうわけではありません。バイヤーの仕事としては、とらやさんを初めとするブランドさんたちとやりとりをして、店頭のショーケースの並べ方、春夏秋冬のどういう商品を置くかといったことなどを、お取引先様とのプロモーションと擦り合わせをして決めていく役割があります。

あと、ギフト商品ですよね。お中元、お歳暮、ブライダルカタログにどういう商品を載せて、どういう形で繁忙期商戦をやっていくか擦り合わせをする。それと、どこのブランドさんもそうですけど、本店留めの商品もたくさんあるし。

■「本店でしか売らない商品」の出品交渉もする

――本店留め?

要は、他で出さない、本店だけでしか売らない商品もたくさんある。たとえば、とらやさんは百貨店だと羊羹ばかり出ていますけど、実は上生菓子もやっていて、10種類が2週間でころころ変わるんです。その中から「これ、出してください」といった交渉をします。羊羹のデザインも、あれだけ歴史が長いのですごい数があるんですが、「これを復刻してください」とかお願いをする。

だからバイヤーの仕事は、そういう売り場づくりと、カタログづくりと、「銘菓百選」のプロモーションを季節・歳時記に合わせて2週間おきに変えていく、イベントを組み立てるなどの商品面が1つ。

あとは実際問題、それでどう売り場を回していくか。販売員さんを何人立てるか、レジの配置はどうとか。他には、仕入れの伝票計上など、事務的な部分。それと、プライスカードやビラの作成や、媒体類の掲載についてどうするか。高島屋カードをお持ちのお客様に封入される冊子があるんですけど、今日も昼から、それに何を載せるかミーティングをしていました。まあ、仕事内容はさまざま、多岐にわたります。

「銘菓百選」の業務効率化も仕事のひとつだ
撮影=今村拓馬
「銘菓百選」の業務効率化も仕事のひとつだ - 撮影=今村拓馬

■30代、40代が和菓子業界を牽引し始めた

――畑さんは2003年に高島屋に入社されて、2006年から和菓子担当に。ということは、もう15年同じ仕事をなさっている。その間に和菓子業界で変化はありましたか。

他の業界に比べると圧倒的に変化は緩やかだと思いますが、15年もやっていると、お取引先様の世代が替わってきました。30代、40代の、自分と同世代の人たちが社長になってくださっているので、だいぶ仕事がやりやすくなったかもしれません。

新店を出したり、パッケージを大きく変化させたり、商品を新しく構築したりという動きが今ちょうど出てきている。5年ぐらい前から出始めているので、そのつなぎを今、やっている最中ですけどね。

――業界の変革期に差し掛かっているのですね。

そう捉えています。しかし、まだまだ古い業界です。お付き合いのある和菓子店は1300~1400軒あるのですが、そのうちメールやSNSで発注ができるのは少数派で、手書きFAXしなきゃいけないほうが多いんです。3軒だけですが、FAXもダメで、1カ月に1回まとめて全店の注文を郵便でするという場合もある。

■和菓子業界も百貨店業界もアッパーの顧客層に支えられている

――それじゃあ、和菓子屋さんが自ら商品情報をネット発信するっていうのは、なかなか難しいでしょうね。世代といえば、和菓子を買って食べるお客さんのほうはどうですか。

その世代交代はまだまだできていません。一番売り上げの多い新宿高島屋で平均顧客年齢が55歳。横浜高島屋だと65歳なんです。平均年齢ですから、それより上の年代がどれだけいるかということですよ。

僕は、和菓子業界と百貨店業界はよく似ているなと思っていて、どちらもアッパーの顧客層に支えられていて、次が育っていないんです。ヤンガーがいない。だから和菓子の次世代育成、つまりは、お取引先様の次世代を育成するということと、われわれ自身が若手を育てるということと、その先にお客様の次の世代をちゃんと囲い込むことという、製造と販売とお客様を横串で刺して、次世代に全部移行させていく必要がある。そうしないと、和菓子はつぶれると思うし、同じ課題を百貨店も持っている。

店頭で和菓子の実演販売を行った際に、小さい子供たちが喜んでいるのを見るとうれしくなるという
撮影=今村拓馬
店頭で和菓子の実演販売を行った際に、小さい子供たちが喜んでいるのを見ると嬉しくなるという - 撮影=今村拓馬

――和菓子業界全体の先はけっこう厳しいのですね。

放っておくと、そうですね。ただ、先ほど申し上げたように、お取引先様の世代は替り始めており、みなさん課題認識を持って、若い世代に向けた商品開発など、いろいろと取り組んでいます。しかしながら、それはやっぱり点でしかないんですよ。とらやさんがいくら頑張っても点でしかないので。

■ブログやSNSで伝えるのは「和菓子の奥行き」

だから、それをいろいろな和菓子屋さんがこんなものを作ってるんだということを、ちゃんと面で表現して、メディアなり、百貨店の売り場なりで見せていかないといけない。若い世代にとっての和菓子は古臭い、ダサい、敷居が高い、重たいみたいなイメージでずっときてしまっているので、見た目が全てじゃありませんが、「あっ、こんなスタイリッシュな、かわいいパッケージで、こんな新しいお菓子を作ってるんだ」という発見をしてもらわないといけない。

というのを今まさに、イベントやプロモーションの中に落とし込んでいるところです。ツイッターをマメに更新してるのも、ツイッターを見ている人たちは百貨店のメイン顧客よりも若い層だからです。私が販売に立ってると、ハンドルネーム○○と申します、と会いにきてくれるお客様もたくさんいらっしゃるので、それは本当に嬉しい。

――アナログな世界の魅力をデジタルの力で伝え続けてきた成果ですね。

成果とまで言えるかどうかはわかりませんが、ブログやSNSで、僕は和菓子の奥行きを伝えようとしています。奥行きというのは、お菓子の名前の由来や、その表現力、いわゆる芸術性の部分ですけども、それを対面販売の場で説明するのにはものすごい労力がかかる。効率面でビジネスにならない。そこをカバーするひとつのツールが、ブログやSNSであったりするのですよ。

お取引先様とお客様と百貨店のわれわれが、三位一体で育っていく。それが一番大変で、一番大事なことです。そのやりがいがあるから、15年、やってこれたのだと思います。

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オバタ カズユキ(おばた・かずゆき)
フリーライター・編集者
東京都生まれ、千葉県育ち。大学卒業後、出版社勤務を経てフリーランスに。著書は『何のために働くか』(幻冬舎文庫)『早稲田と慶應の研究』(小学館新書)ほか多数。年刊シリーズ『大学図鑑!』(ダイヤモンド社)の監修を務める。企画編集を手掛けた書籍は『クラッシャー上司』(PHP新書)など。

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(フリーライター・編集者 オバタ カズユキ)

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