「叱ってもまったく響かない」そんな相手に野村克也が繰り出した"一流のおだて方"
プレジデントオンライン / 2022年2月20日 15時15分
※本稿は、野村克也『人は変われる 「ほめる」「叱る」「ぼやく」野村再生工場の才能覚醒術』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■阪神時代の新庄剛志という男
叱ることを指導の基本方針に置いていた私ではあるが、それが通じない選手もいた。阪神の監督として付き合うことになった新庄剛志である。
新庄の運動能力は、私から見てもほれぼれするものがあった。ある面でイチロー以上といってもよかった。
ところが、その言動も私の理解を超えていた。考えたり、頭を使ったりすることは苦手。秋季キャンプでバッティングのごく基本的なことを2、3アドバイスしたことがあった。すると、私がいい終わる前に新庄はいった。
「ちょっと待ってください。それ以上いわれてもわかりません。続きはまた今度」
■ほめておだてて、キャリアハイ
他チームにいたときは、あれだけの才能がありながら、どうして2割ちょっとしか打てないのかと疑問に思っていたが、その理由が理解できた気がしたものだ。しかし、当時の阪神のチーム事情を考えれば、なんとかして彼の才能を引き出し、中心選手になってもらわねばならなかった。
新庄を観察してわかったのは、外見とは裏腹に、意外に繊細でナイーブであることだった。
彼に厳しいことをいっても、個性を殺し、かえって悪い結果を招きそうだった。その代わり、興味を持ったり、気持ちが乗ったりしたときにはとてつもない力を発揮する。
そこで私は、ほめておだてることにした。新庄に4番を打たせ、ピッチャーをやらせたりしたのはそれが理由だ。気分よく、楽しく野球をさせるためだった。結果として新庄は、それまでで最高といってもいい成績を残し、メジャーリーグにも挑戦することになった。
■人を見て法を説け
さて、新庄のケースは、指導において気をつけなければならない大原則のひとつを私に再確認させたという点でも強く印象に残っている。
「人を見て法を説け」
つまり、その人間にもっとも適した接し方なり、指導をしなければ、人は動かないし、そうそう変わるものではないということである。
人にはそれぞれ個性がある。素直な人間もいれば天(あま)の邪鬼(じゃく)もいるし、頭ごなしにいって聞く者もいれば、反発する者もいる。気持ちを表に出すタイプもいれば、内に秘めるタイプもいる。
相手がどんな人間であろうと説くべきことは同じ。だが、同じことをいっても受け取り方、感じ方はそれぞれ違うのである。したがって、叱るにせよ、ほめるにせよ、その人間のタイプを考慮する必要がある。
■「人間」を相手にしていることを忘れない
叱られたとき、「見返してやる」とポジティブに考えられる人間なら強く叱ってかまわない。が、ちょっと叱られたくらいでシュンとなってしまう人間には諭すように叱るほうがいいし、馬耳東風と聞き流すタイプを頭ごなしに叱りつけても効果は薄い。
ほめる場合も、素直に喜んでやる気を出す選手ならいいが、図に乗ったり、勘違いしたりする人間に対しては注意が必要だ。また、直接面と向かって叱ったりほめたりしたほうがいい人間もいれば、誰もいないところで言葉をかけたほうがいいタイプもいる。
要は、その人間の性格を考慮したうえで、適切な時期に、適切なやり方で、適切な言葉をかけること。それが大切なのである。
■相手の立場になって視点を変えよ
新庄剛志といえば、もうひとつ思い出すことがある。
阪神の監督に就任したとき、春季キャンプで新庄にピッチャーをやらせたことが話題になった。その目的は彼に気分よく野球をやらせることだったわけだが、じつはほかにも理由があった。ストライクをとることがピッチャーにとってどれほど難しいことなのか、身をもって理解させたかったのだ。
果たして数日ピッチング練習をやらせると、「ピッチャーって、考えている以上に難しいですね」と新庄が私にいってきた。
「思い切り投げるとコントロールがバラつくし、コントロールを気にするとスピードが出なくなる。コントロールよく全力で投げるのには、相当な技術が必要だということに気づきました」
心の中でニヤリとした私は、新庄にいった。
「そうだよ。おまえが打席に立っているとき、相手のピッチャーもそう思ってマウンドに立っているんだよ」
自分が打席に立っているときは苦しいと思うかもしれないが、相手も同じように苦しんでいるのだということをわかってほしかったのだ。
実際、ピッチャーを経験したことで、新庄は以前のようにクソボールを振ることはなくなった。それまで上半身に頼りがちだったスイングも、下半身を使うようになり、バランスがよくなった。新庄がキャリアハイといってもいい成績を残せたのは、ピッチャーの立場になって考えられるようになったことも大きかったはずだ。
![プランB](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/5/670/img_c5d7c701fcb5aefb805c39f40110e6ba401563.jpg)
■「打てないキャッチャー」は理解できない
このように、ときには相手の立場からものを考えてみることは、活路を見出すうえでなかなか重要なことだと思う。だから私には「打てないキャッチャー」が不思議でならない。なぜなら、自分がキャッチャーであることを打席で活かせば、おのずと配球を読むことができるはずだからである。
「自分をバッターとして打席に迎えたら、キャッチャーとしての自分はどう攻略するだろうか」
そうやって相手キャッチャーの立場になって考えてみれば、どのように攻めてくるか、ある程度はわかるはずなのだ。私自身、そうやって人並み以上の成績を残せるようになったし、首位打者を獲得した古田敦也を筆頭に、矢野燿大、嶋基宏など私の教え子のキャッチャーがいずれも打率3割をマークしているのがその証拠だ。
一方、誰とはいわないが、いつまでも打てないままのキャッチャーがいる。その選手は、打席に入ると自分がキャッチャーであることを忘れ、ただのバッターになってしまうのだろう。
何事も、相手の立場になって考えてみると、別の視点から物事を見ることができ、新たな発見も多いものだ。相手を思いやる心にも通じる。行き詰まったり、壁にぶつかったりしたときはとくに、そうやって視点を変えてみることをおすすめする。
■「コツ」「ツボ」「注意点」を重視する
選手に教える際、とくに技術的指導をするときに、私は次の3点を身につけさせることを重視していた。すなわち、「コツ」「ツボ」「注意点」である。
![野村克也『人は変われる 「ほめる」「叱る」「ぼやく」野村再生工場の才能覚醒術』(プレジデント社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/a/200/img_fa434423d198703dffa9e7b01cc38a05292256.jpg)
「コツ」とは、投げる、打つ、守る、走るときの感覚。「ツボ」とは、相手チームのタイプ、配球の傾向やクセ、気をつけるべき、もしくは狙うべき球種、マークすべき選手とその攻略法など。そして「注意点」とは、意識づけておくべきこと、これだけは絶対にやってはいけないこと、気をつけるべきポイントといったことをいう。
これらを教え込む際には、自分の経験を話してやるのがいい。ただし、「おれがやったとおりにやれ」と命じるのは禁物だ。自慢話や昔話を延々と聞かされることほど退屈なことはないからだ。私自身、若いころはそうだったからよくわかる。
教える内容は同じでも、時代と相手に応じて伝え方を変えなければならない。自分の経験をただそのまま話すのではなく、その中にある普遍的なエッセンス、時代が変わっても通用する技術や知恵などを抽出し、いまの人たちにも通じるようアレンジして伝えることが必要だ。そのうえで、「君の場合はこうしたらどうだ?」とアドバイスしてやることが肝心である。
■教えるべきは「どうすれば直るのか」
もうひとつ重要なのは、具体的、実践的なアドバイスをしてやることだ。
コーチの中には、「肩が開いている」「軸足が残っていない」などと欠点を指摘するのを教えることだと勘違いしている者も少なくない。しかし、その程度のことは、ビデオを見れば選手本人にだってわかる。
彼らが教えてほしいのは、「どうすれば直るのか」ということだ。欠点を矯正するための具体的かつ実践的な方法なのである。
■「肩の力を抜け」では、わからない
たとえば、「肩の力を抜け」というアドバイスがある。
高校野球などで監督がしきりに肩を上下させるジェスチャーをする姿が見受けられる。たしかに大事なことで、私も二軍のころによくいわれたものだ。
ところが私の場合、そういわれるとかえって力が入ってしまうことが多かった。肩の力を抜こうと意識すればするほど硬くなってしまうのだ。
そもそも肩の力をほんとうに抜いてしまえば、バットなど振ることができなくなるではないか。「肩の力を抜け」とはつまり、「リラックスせよ」という意味なのである。
■選手がコツをつかんだ「ひざの力を抜け」
身体全体を楽にするにはどうしたらいいか。考えて思いあたったのが、肩ではなく「ひざの力を抜く」ことだった。
実際にそうしてみると身体全体の力がうまい具合に抜け、リラックスしてバットをかまえられた。だから私は、緊張している選手に「肩の力を抜け」といったことはない。「まずはひざの力を抜け。ひざを楽にして柔らかく使うんだ」と教えると、選手も「なるほど」という顔をしたものだ。
同じ内容を伝えるのであっても、目のつけどころを変え、より具体的に実践に即した表現をすれば、聞くほうはイメージしやすくなり、より吸収しやすくなる。そして課題を解消しやすくなるのである。
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野球評論家
1935年、京都府生まれ。54年、京都府立峰山高校卒業。南海ホークス(現福岡ソフトバンクホークス)へテスト生として入団。MVP5回、首位打者1回、本塁打王9回、打点王7回、ベストナイン19回などの成績を残す。65年には戦後初の三冠王にも輝いた。70年、捕手兼任で監督に就任。73年のパ・リーグ優勝に導く。後にロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)、西武ライオンズでプレー。80年に現役引退。通算成績は、2901安打、657本塁打、1988打点、打率.277。90~98年、ヤクルトスワローズ監督、4回優勝。99~2001年、阪神タイガース監督。06~09年、東北楽天ゴールデンイーグルス監督を務めた。
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(野球評論家 野村 克也)
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