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「大企業に入ってダラダラと働くのが一番おトク」日本経済が活力を失った根本原因

プレジデントオンライン / 2022年2月8日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Asia-Pacific Images Studio

なぜ日本経済は活力を失ったのか。東京都立大学経済経営学部の宮本弘曉教授は「終身雇用や年功賃金といった日本的雇用慣行が、経済成長の足枷となっている。労働市場の柔軟性をいかに実現していくかがカギとなる」という――。

※本稿は、宮本弘曉『101のデータで読む日本の未来』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■いまだに「妻が専業主婦の男性社員」が基準

日本の労働市場の特徴として、「終身雇用」や「年功賃金」といった日本的雇用慣行があげられます。

終身雇用とは長期安定的な雇用関係のことをいいます。終身雇用が日本の雇用慣行の特徴だといわれるのは、職業人生の大半を同一企業・企業グループで過ごす人が少なくないからです。実際、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」によると、40~50歳代の男性労働者のうち、勤続年数が20年以上の者の比率は全体で4割を占めており、特に大企業では6割弱となっています。

年功賃金とは賃金が年の功、つまり年齢や勤続年数の高まりに応じて上がっていく仕組みです。もっとも、賃金が勤続年数に比例して上がるのは日本だけではありません。他の先進国でも賃金と勤続年数の間には正の関係がみられますが、日本では賃金カーブの傾きが他国よりも急になっているのが特徴です。

日本的雇用慣行のもとでは、夫が世帯主として外で働き、妻は専業主婦として家を守る世帯が基本となりました。つまり、日本の雇用慣行のもとでの標準的な労働者というのは「妻は専業主婦である男性正社員」でした。これは、高齢者や働く女性、非正社員が日本的雇用慣行の枠外の存在であるということです。

■機能不全の日本型雇用

日本経済は戦後、西欧先進諸国を目指してキャッチアップを続ける過程で驚異的な経済成長を実現しました。1955年から70年ごろまで、経済成長率は年平均10%と高いものでした。経済が急速かつ持続的に成長したため、労働需要が拡大、企業は雇用を増やし続けました。当時は、人口構造が若く、若年労働者の供給が豊富であったため、企業は卒業を迎えた学生を定期的に大量に雇い入れていきました。これが今も続く新卒一括採用の始まりです。

通勤者の行き交う横断歩道
写真=iStock.com/AzmanL
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AzmanL

労働力を調達、訓練して定着させることが企業にとっての至上命題となり、雇用整理や人員整理などを考える暇はありませんでした。その結果、労働者はひとたび企業に雇われると解雇されるのを心配することなく、退職年齢まで雇用が保障されると思い込むようになったのです。雇用は安泰という観念が生まれ、それがいつしか社会的通念として定着、終身雇用となりました。

また、所得水準向上に伴う賃上げと企業が提供する訓練によるスキル向上に伴う昇給により、年々、賃金は上昇しました。その結果、勤続年数とともに賃金が上昇する年功賃金が日本で普及していったのです。

しかし、雇用は生産の派生需要であり、経済環境が変われば雇用のあり方はそれに応じて変わる必要があります。この30年間、日本経済それ自体、そして、日本経済を取り巻く環境も大きく変化しました。日本経済は長期にわたり停滞し、日本は世界で最も高齢化が進んだ国となりました。また、世界ではテクノロジーが進歩し、グローバル化が進みました。

このように日本的雇用慣行の前提条件である持続的で高い経済成長と若い世代が多い人口構造が失われ、さらに雇用環境のトレンドが大きく変わったため、日本的雇用慣行の合理性は大きく低下しました。しかしながら、過去の特殊な雇用慣行が維持されているため、労働市場に多くの矛盾や問題が発生しています。

日本型雇用が想定する労働者は専業主婦付き男性正社員です。つまり、高齢者や女性、非正社員は想定されていません。それゆえ、日本的雇用慣行を維持しようとすれば、高齢者の就業が難しいだけでなく、女性が働こうとすると仕事と家庭の両立が難しかったり、正社員と非正社員間で大きな格差が生じたり、さらには、正社員も終身雇用で守られることの代償として、長時間無限定就業や転勤などを受け入れざるを得なくなっています。

■日本の賃金設計では「ダラダラ働く方がトク」

これらの背景には賃金設計の問題もあります。日本では労働基準法により、基本的に労働者は労働時間に基づき報酬が支払われることになっています。製造業のように、生産量が製造ラインの稼働時間とリンクしている業種では、労働の成果を労働時間で測ることが適しています。

しかし、非製造業では、労働成果と労働時間は必ずしも一対一で対応しません。例えば、教育や福祉サービスの分野では、長時間サービスを提供し続けたとしても、その成果が必ずしも大きくなるとは限りません。

高度経済成長期のように製造業のシェアが高かった時代には、労働時間に基づく賃金決定は労働者の意欲を高め、生産面において効果があったといえます。しかし、非製造業のシェアが約8割を占める現在、この賃金設計は適切とは言えなくなっており、むしろ漫然とした働き方につながっています。

■日本経済再生のカギは労働市場の柔軟性

技術革新や経済のグリーン化が今後、ますます進むと、経済の構造が大きく変わり、新しい産業が生まれると同時に、既存の産業が衰退する可能性があります。そこで、鍵となるのは、労働市場の柔軟性です。

労働市場が硬直的だと、労働の再配分がスムーズに行われず、結果として、経済成長の足枷となります。今後、世界のトレンドが大きく変わる中、日本経済が再生するかどうかは、労働市場のあり方に左右されるといっても過言ではありません。

ここで、日本の労働市場がどの程度、柔軟なのか、言い換えれば、どのくらい流動的なのかを確認しておきましょう。労働市場の流動性の度合いを測るものとしてよく使用されるのが転職率です。転職者とは「就業者のうち前職のあるもので、過去1年間に離職を経験したもの」で、転職者比率とは就業者数に占める転職者数の割合です。

転職者数は、2000年代後半の世界同時不況時に大きく減少しましたが、その後は再び上昇傾向にあります。新型コロナ感染流行前の2019年をみると、転職者数は351万人と過去最高となっています。

他方、転職者比率は多少の変動はあるもののおおむね横ばいで、その平均は4.9%となっています。また、男性よりも女性のほうが転職者比率は高く、その平均は男性4.2%に対して、女性6.0%となっています。

最近、「転職は当たり前」ということを耳にする機会が増えました。実際、転職者は過去よりも増えています。しかし、転職者比率に大きな上昇は見られず、必ずしも労働市場が流動的になっているとは言えません。

■採用、解雇の規制が強すぎる

労働市場の流動性は、雇用制度からも大きく影響を受けます。そこで、次に、制度的な側面から日本の労働市場の流動性を見ておきましょう。カナダのシンクタンクであるフレーザー研究所(Fraser Institute)が毎年発表するレポート「Economic Freedom of the World」の中に、労働市場の柔軟性を表す指標があります。この指標は最低賃金、採用および解雇に関する規制など6つの政策分野に基づき、労働市場の柔軟性を0~10に数値化したもので、その数字が大きいほど、労働市場が柔軟であることを示しています。

宮本弘曉『101のデータで読む日本の未来』(PHP新書)
宮本弘曉『101のデータで読む日本の未来』(PHP新書)

G7におけるこの指標を見てみると、2018年の日本の指数は8.17でG7ではアメリカ、イギリスに次いで第3位となっており、これを見る限り、日本の労働市場の柔軟性は国際的に決して低くはありません。また、2010年の数字と比較すると、どの国も数字があがっており、労働市場の柔軟性が高まっていることがわかります。

しかしながら、総合指数を構成する項目を個別にみると状況は異なります。採用や解雇に関する規制に注目すると、日本の数字は4.17とG7の中ではイタリアの3.33に次いで低くなります。最も数字が高いのはアメリカの7.18で、日本はその6割弱の水準となっています。他方、賃金交渉のしやすさに目をむけると、日本の数字7.92がG7で一番高くなります。ちなみに、アメリカの数字は7.79で、G7で第2位となっています。

ここからわかることは、日本は、賃金交渉については他国よりも柔軟であるものの、採用や解雇についてはその規制が強く、決して柔軟だとは言えないということです。

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宮本 弘曉(みやもと・ひろあき)
東京都立大学経済経営学部教授
1977年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米国ウィスコンシン大学マディソン校にて経済学博士号取得(Ph.D. in Economics)。国際大学学長特別補佐・教授、東京大学公共政策大学院特任准教授、国際通貨基金(IMF)エコノミストを経て現職。専門は労働経済学、マクロ経済学、日本経済論。日本経済、特に労働市場に関する意見はWall Street Journal、Bloomberg、日本経済新聞等の国内外のメディアでも紹介されている国際派エコノミスト。著書に『労働経済学』(新世社)、『101のデータで読む日本の未来』(PHP新書)がある。

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(東京都立大学経済経営学部教授 宮本 弘曉)

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