「なぜ成功した芸能人は焼肉店を開くのか」外食コンサルが読み解く"魅力のカラクリ"
プレジデントオンライン / 2022年2月8日 17時15分
■「牛宮城」を巡る経緯
芸能界でかつて超売れっ子だった、元・雨上がり決死隊の宮迫博之さんが準備を進めている高級焼肉店「牛宮城(ぎゅうぐうじょう)」は、渋谷の一等地にある。
元々は宮迫さん自身のYouTubeチャンネル(チャンネル登録者数139万人)で、人気YouTuberヒカルさん(同465万人)に「焼肉店を開きたいから、1億円出資してほしい」とドッキリを仕掛ける動画が発端である。
しかしヒカルさんが予想に反して受託したことで、本当に焼肉店をオープンするプロジェクトとなった。
当初は2021年10月オープン予定だったが、さまざまなトラブルに見舞われ雲行きが怪しくなり、さらにはSNSでも炎上したことで、翌22年3月へと延期になった。
またヒカルさんが共同経営から撤退したことで、予定通りオープンできるのかは不確実だ。あくまでも高級路線で出店したいヒカルさんと、幅広い客層に向けて営業したい宮迫さんの間で、意見の相違があったようだ。
その後、新たに助っ人として焼肉ハウス「大将軍」を経営するガネーシャCEOの本田大輝さんが加わったが、さらなる内装の手直しに2000万円以上がかかる見込みとなっている。
焼肉店もラーメン店同様に、多くの芸能関係者の名前があがる。なぜ芸能人をはじめ有名人と呼ばれる方々は、焼肉店を始めがちなのだろうか。
![主な有名人(芸能関係者)、焼肉店の運営実態](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/e/670/img_5e154fd41b456b1a39801a0e9627c6ee523779.jpg)
■焼肉店に料理人はいらない
1つ目は、焼肉は外食としてオーソドックスだからである。売れない時代からブレイク後まで、それこそ安価から高額なあらゆる焼肉を食べ慣れているからこそ、肥えた舌で味が把握できる安心感もあろう。
2つ目は、焼肉店は牛肉を焼く機器とテーブル、排気施設を配置する初期投資の装置産業(十分な装置や設備を整えればそれだけで一定の成果・収益が期待できると見られる産業)であり、最初に大金さえ持ち合わせていれば参入がしやすい。
焼肉店といえば、客がおのおの肉を自分で焼くスタイルになる。料理人を雇う必要もない。
昔は焼肉店といえば職人の世界だった。お店で部位ごとのブロックから大量の脂身や筋をはがしたり、そぎ落とす作業(業界用語では「掃除」と呼ばれている)、また隠し包丁を入れて焼いても縮まずに食べやすくする作業が必要であった。特に筋部分は長年の経験がものをいう。
しかし、今では、牛肉専門の業者にブランド、ランク、部位ごとにグラムを選んでビニールパッキングしたものをセット納入させてもらうことが可能になった。
また焼肉のタレさえも、各種の提案からオーダーメイドで選択できる。甘めか、フルーティか、またはサラッとしているものか、とろみがあるタイプかなどを肉との相性を考えながら試食会で複数を試せる。
極論をいれば、焼肉店のお店には包丁がまったくなくても構わないのだ。例えば、誰もが知っている有名焼肉チェーン店では、店舗に包丁を置いていなかった。レモンをカットするためのペティ・ナイフ(フルーツや野菜を切る専用ナイフ)だけしかなく、効率性を求めて営業しているところがあった。
![日本の牛](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/6/670/img_96215c8f4329fa5fb72a58ad75f8d4951167900.jpg)
■客単価が高いのでラーメン店などより儲かる
さて、なぜ彼らは儲かると思い込むのか。それはスターである自分の「顔」が最大の広告宣伝効果となり、話題性もあり集客がたやすいと思っているからだ。
しかも焼肉店の客単価はラーメン店などと違い高価格帯で、複数の来店者(一人客は少なく、カップルや飲み仲間のグループ、家族連れなど)で回転するため、経営が安定すれば高収益を確保して儲け幅も広がるのだ。
そのため1号店の経営ノウハウが確立すれば、2号店や3号店など多店舗経営へと発展しやすい。フランチャイズ経営でも、その芸能人ブランドの権利を売りやすい。
なお芸能人本人がオーナー(出資)を務めるだけではなく、そのネームバリューによる各種プロデュースや名義貸しだけのイメージキャラクターなど、さまざまな関与の仕方がある。
それでも、なぜ失敗しがちなのであろうか。
■成功者だからこその「根拠のない自信」が足枷に
1つ目に一旗揚げたお山の大将である芸能人は、お店の開業にあたり自分をヨイショする人ばかりを集めたがる。そして本人自身も、悪い話は聞こうとしない傾向がある。
そこには「個人事業主として自分一人の実力でここまで成し遂げたのだから、絶対に間違える判断はしないはず」という安易な自負が見え隠れする。いわゆる「根拠のない自信」が芽生えるのだ。芸能界で暗中模索のなかからうまくのし上がったのだから、飲食業界でも問題なく成功するという甘い考えだ。
筆者がそのような推測をする理由を述べよう。
まず、食べログのマーケティング・データを紹介する。同サイトは約1億1113万人(月間利用者数)、約15億5626万PV(月間PV数)の日本最大級のグルメWEBだ(2020年12月現在)。
投稿者が実際に使用した金額が反映されるので、生の声としてデータ活用がしやすい。
東京都の焼肉店でデータがあるのは、約4600店。そのうち食べログ点数上位1000店では、客単価は4000円台が一番多く、5000円台が次に多いことがわかる。
![筆者作成](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/1/600/img_118e0e9668150ed2f32a20980f6e8a76163225.jpg)
立地の面でみると、牛宮城がオープンする予定の渋谷は上位1000店中、たった24店(2.4%)しか出現しない。客単価は4000円台が圧倒的だ。
![筆者作成](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/0/600/img_407b857f60f0e4b569192637f62ff700117559.jpg)
つまりこのデータからわかることは、渋谷自体が焼肉に適さない不毛の地であることがわかる。現に「牛宮城」がある店舗は、前も焼肉店であり閉店に追い込まれた物件だ。
耳が痛い話でも指摘するコンサルタントが仲間となっていれば、こうはならないはずではないか。このような客観的な事実すらも見ずに立地を決めているならば、「豚に真珠」「猫に小判」で何を言っても無駄であり、失敗確率を高めるだけだ。
■最低でもテーブル1台あたり10万円の設備投資が必要
焼肉店は投入する資本が高額になる。それぞれのお客さまのいるテーブルごとに、肉を調理する機器と排煙機具を準備しなければいけないからだ。
まず焼肉店のテーブルには、大きく分けて「七輪、ガス・コンロ」と「無煙ロースター」の2つに分けられる。「七輪、ガス・コンロ」で焼くスタイルは、比較的、安価な焼肉店に多く見られる。排煙フードを上引きタイプにして、テーブルの真上に設置する。1台あたり、10万円からの価格帯となる。
一方、「無煙ロースター」は、機材1台あたり20万円からとなる。客単価が中~高価格帯のお店に多い。
排煙は下引きタイプであり、無煙ロースターが入ったテーブルを床に固定、床下のダクトと繋ぎ排煙する仕組みとなる。床面の下に余裕がなければ掘り下げるか、床を高台にする工事となる。その工事も1台あたり20万円からかかる。
それに店内全体のダクト工事もあり、その距離によりかかる費用が変わってくるが、約100万円からが相場だ。例えば店舗から屋上まで煙を逃がすダクトになると、1階上がることに約30万円ずつは追加でかかる。お客さまの見えない裏側では、多くの施設費用がかかっている。
■試食会では「おいしい」しか言わない芸能人たち
それに加えて、焼肉店の壁や床となる内装の張替えが、一般的なお店よりも高くつく。
肉が美味しく焼けたジューシーな油と香ばしい煙は、客席からもれてしまう。そのために排煙工事は当然であるが、かつオイル・ミスト(空気中に浮遊する微粒子状の油)や、その油汚れが壁や床、シートにしみ込み残らないように、水拭きだけで汚れが落ちるコーティング素材など、機能性ある内装材を選択することとなる。
通常の飲食店であれば、壁や床材などの内装工事は、坪単価で約30万円前後が相場になる。そこに耐久性がある内装材にすれば、さらに坪単価は10万円以上の上乗せして高くなってしまう。
焼肉店は他の飲食店と比較して、初期投資でかかる費用や原価率が高く、有名焼肉チェーンや付加価値ある他ジャンルのライバル店、例えば、寿司屋などとの競争にさらされる。飲食店のなかでも、ハイ・リスク、ハイ・リターンの典型的なパターンといえよう。
これだけの投資をしても、経営に熱を入れる芸能人は少ない。試食会で「おいしい」という連呼しかしない芸能人もいる。それでもプロデュースしたことになる。ひどいもので、自分の名前が入っている店舗がどこにあるのかもわからないアイドルもいた。なかにはオープン日だけはテープ・カットで顔を出し、その後は一切の来店がないこともある。実際にはオーナーではなく、名義貸しだったかもしれない。
■閉店に追い込まれる理由は「人」
メディアには飲食店のオーナーになったりプロデュースしたことを発表しているが、その後の経緯を見ると実体を伴わないことも多い。
たとえ一時的に成功したとしても、何年も継続してうまくいく保証はない。ブームとは、必ず終焉を迎えるものだ。長く続けるには、絶えず変革を遂げないといけない。最初は人気店でも、話題性に飛びついたお客さまが一巡するとリピートすることなく閑古鳥が鳴くお店は多々ありえるものだ。
閉店に追い込まれる理由は、最終的にはやはり「人」に尽きる。まずは高級店になればなるほど、メニュー開発で差別化をはかるべく焼肉業界専門の調理人、料理長がいないと難しい。
次に芸能人オーナーが足しげく各テーブルをまわり、お客さまと会話を楽しんで喜ばせているのかが問われる。ところが最初だけは顔を出していても、だんだんと足が遠のき、誰が経営しているかわからない状態では、わざわざ行く価値も薄れてしまう。
芸能人オーナー自体が客寄せパンダであり、そのパンダがいることが最大の来店理由であることが、アタマではわかっていても実行が伴わなくなるのだ。もしも上野動物園にパンダを目的に見に行って、いなかったら悲しむであろう。その気持ちを想像することすらできなくなってしまう。
■ブルー・オーシャンを狙って成功した焼肉ライク
そのため留守を預かる支配人の役目は、芸能人の代理オーナーとなり店舗における全権大使の権限にも勝る。
大きな事件(食中毒)などを起こした際は、最終的にオーナーが謝罪することになるが、その現場を取り仕切り対応、最後まで収拾するには支配人の力に追うこととなる。
ラーメン店の話になるが、オーナーが行く度に味が変わり、それに加えて知らないメニューを出していたことがあったそうだ。味が変わっていると指摘をすると、レシピ通りだといわれて信じてしまう。その結果は閉店になったのは明らかであろう。
採用面接では、履歴書や話す内容だけで信じてしまうのではなく、前にいたお店へ問い合わせをしたり、試食を作ってもらったり、業界関係者に照会することを行う。聞いていた話が違うことを避けるため、実際のアウトプット(事実)で、総合判断すべきなのだ。
さて、W・チャン・キム氏とレネ・モボルニュ氏の共著『ブルー・オーシャン戦略』(ランダムハウス講談社)で、レッド・オーシャン(血で血を洗う競争の激しい市場)とブルー・オーシャン(開発も価格競争も青く澄み渡る未開拓の市場)という考え方が提唱された。
焼肉店の特徴に一人客が少ないと指摘したが、そのブルー・オーシャン戦略で一人客をターゲット層に成功したのが「焼肉ライク」である。そのため、渋谷の地で客単価1万円以上の高級焼肉店は、ブルー・オーシャン戦略として検討する余地はある。
■芸能人自らによる丁寧なサービスが打開策に
徹底的な高級路線の識別化をはかるのも手だ。例えば会員制で年会費や入場料を制度化したり、紹介制を導入するのもありだ。
黒服のイケメンスタッフや女性モデルが対応し、予約時間の前には1階の入口で待機、お出迎えそしてエレベーターで店舗まで案内。到着した際には、インカムでホール・スタッフに知らせて店頭でスタッフ全員でのごあいさつをおこなう。そしてソムリエを配置して、希少価値の高いワインや日本酒とのペアリング対応をはかる(飲食業の基本はお酒で儲けることだ)。
たとえ地方出張でお店に芸能人オーナーがいなくても、食事中に電話一本でごあいさつすることはできるであろう。もし番組出演やロケ中であれば、事前にタブレットでビデオ・メッセージを撮影し、予約客の名前を呼びながら感謝の言葉を述べる。
デザートをワゴンサービスで提供する方法もある。昔ながらのグラン・メゾン(高級フランス料理店)では、「クレープ・シュゼット」(クレープにオレンジ・ジュースとリキュールを注いでフランベして作る伝統的なデザート)などをメートル・ドテル(ヘッド・ウェイター)がお客さんの目の前で作り上げ提供している。
![撮影協力=上北沢「レストラン ぷーれ」](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/3/670/img_d3da657a51611ae0b94cb3eeaf772bd9727828.jpg)
■おもてなしの徹底で差別化を
顧客管理を徹底しておき、来店時には好き嫌いに応じた食材やドリンクをメニューに取り入れ、左利きであればナイフやフォーク、箸の置き方を変更しておく。さらに家族の誕生日や結婚記念日などハレの日(特別なイベント)前には、利用促進のメールや手紙を送る。
つまり、提供する牛肉の品質が高いことはもちろん、それ以外におもてなし部分をグレードアップ強化するのだ。
現在、実は宮迫さんとは別の共同オーナーがいたり、ヒカルさんはそのオーナーとは仕事をしたくないので降りたなど、新たな事実が判明して予断を許さない状況下だ。
もしもこれが最初からの予定調和でシナリオ通りの進行であったら、影にいるプロデューサーの思い通りに踊らされているのは、YouTubeを楽しみにしている視聴者であろう。もしかすると、私たちは芸能界のドラマや茶番劇を見させられている可能性もある。
その壮大なストーリー展開の結末は、立ち上る煙のなかにあるといえよう。
----------
講演・研修セミナー講師、マーケティングコンサルタント
専門領域は店頭マーケティング、購買心理プロセス、顧客満足度。日本商業学会、日本マーケティング学会、日本プロモーショナル・マーケティング学会・正会員、大学講師。顧客満足を高める販売促進、店舗の活性化や売場づくりのノウハウを提供、講演を行う。メーカーのリテール・サポートに始まり、全国の商工会議所など団体、広告代理店、卸売、量販、チェーン店にて、他業界の成功事例を写真や図表で活用した説明を行う。飲食店のコンサルティングでは、点数を分析したデータ主義で売上向上を図り「食べログ」評価3.50点達成を推進。世界30カ国、150都市を歴訪。中でもフランス・パリには30回訪問。飲食店の経営経験もある。多数の専門誌への執筆するほか、著書も多数。ホームページ
----------
(講演・研修セミナー講師、マーケティングコンサルタント 新山 勝利)
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
焼肉業界“閉店ラッシュ”の中で「焼肉きんぐ」「牛角」2大食べ放題チェーンが堅調である理由
日刊SPA! / 2024年7月21日 8時54分
-
宮迫博之「ノーダメージ」粗品騒動より「ダントツで落ち込んだ」出来事を回想「パニックに…」
日刊スポーツ / 2024年7月10日 9時24分
-
全席喫煙可「新興カフェ」の朝食が想像以上だった ベローチェや珈琲館の会社が運営、その実態は?
東洋経済オンライン / 2024年6月29日 8時0分
-
カニ山盛り「2時間1万2000円」ブッフェの破壊力 コロナ禍で怒涛の出店をした企業の正体
東洋経済オンライン / 2024年6月28日 8時50分
-
ラーメン業界“閉店ラッシュ”の中で店舗を増やし続ける「丸源ラーメン」。圧倒的な成長を可能にした強みとは
日刊SPA! / 2024年6月26日 8時53分
ランキング
-
1今回のシステム障害、補償はどうなる?…「保険上の大惨事」「経済的損害は数百億ドル」
読売新聞 / 2024年7月20日 21時24分
-
2「みんなの意見は正しい」はウソである…ダメな会社がやめられない「残念な会議」のシンプルな共通点
プレジデントオンライン / 2024年7月20日 16時15分
-
3AI利用で6割が「脅威感じる」 規則・体制整備に遅れも
共同通信 / 2024年7月20日 16時50分
-
4次はコメで家計大打撃!? 昨年の猛暑の影響で不足が懸念、約11年ぶりの高値水準に 銘柄によっては品薄や欠品も
zakzak by夕刊フジ / 2024年7月20日 10時0分
-
5苦境の書店、無人店舗が救う? 店内で感じた新たな可能性
ITmedia ビジネスオンライン / 2024年7月20日 7時35分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
![](/pc/img/mission/mission_close_icon.png)
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
![](/pc/img/mission/point-loading.png)
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください
![](/pc/img/mission/mission_close_icon.png)