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「使用済みオムツが宝の山に」メキシコで行われている漫画のようなキノコの殖やし方

プレジデントオンライン / 2022年2月10日 18時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Svetlanais

キノコは“訓練”することで、何でも食べるようになる。生物学者のマーリン・シェルドレイクさんは「メキシコでは、使用済みのオムツでキノコを育てている。キノコにはゴミを宝の山に変えるチカラがある」という――。

※本稿は、マーリン・シェルドレイク『菌類が世界を救う』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。

■食欲旺盛な菌類が食べる「人間のゴミ」

2018年秋、私はオレゴン州の片田舎にある農場で隔年開催されるラディカル菌類学会議に参加した。農場の庭は500人以上の菌類オタク、キノコ栽培者、芸術家、新進の愛好家、社会・生態系保護活動家などでごった返していた。大会は、野球帽、よれよれのスニーカー、厚いレンズの眼鏡という格好のヒップホップアーティスト、ピーター・マッコイの基調講演「リベレーション菌類学(Liberation Mycology)」で開会した。

規模を別にしてキノコ栽培をするには、栽培者は旺盛な菌類の食欲を満たすために餌に対する鋭敏な鼻になるよう訓練する必要がある。たいていのキノコを生やす菌類はヒトが出すゴミで生きる。換金作物をゴミで栽培するのは錬金術のようなものだ。菌類は無用なものを有用なものに変えてくれるのだ。ゴミを出す人間、栽培者、そして菌類の全員にとって有益な話だ。多くの産業にとって厄介なものが、キノコ栽培者にとっては宝になる。

農業ではとくに廃棄物が多く出る。パーム油とココヤシ油プランテーションでは、生産した総生物量の95%が廃棄される。砂糖プランテーションでは83%だ。都市部の生活圏でも事情はさして違わない。メキシコシティでは、使用済みのオムツが固体ゴミの5~15重量%を占める。何でも食べるヒラタケ属(Pleurotus)の菌――食用ヒラタケを生やす白色腐朽菌――の菌糸体は使用済みのオムツでぐんぐん育つ。オムツのプラスチック部分を取り除いた場合、ヒラタケ属菌に与えたオムツの重さは2カ月で約85%減る。これに対して、菌類のいない対照群ではたったの5%だ。さらに、育ったヒラタケは健康で、ヒト病原体を含んでいない。

同様のプロジェクトはインドでも進行中である。農業廃棄物でヒラタケ属菌を育てる――廃棄物を酵素作用で燃焼させる――と、燃焼させる生物量が少なくてすむし大気の質も改善する。

■菌類は食べるものを学習できる

ヒトの出すゴミが菌類の視点から宝に見えるのは驚くべきことでもないのかもしれない。菌類は地球上で起きた五度にわたる主要な絶滅イベントを生き延びた。各絶滅イベントでは地球上の75~95%の種が絶滅した。菌類の一部はこれらの危難の時期にも栄えた。

恐竜の絶滅と地球上で大規模な森林崩壊が起きた白亜紀-古第三紀の絶滅イベントでは、菌類は分解する枯れた木材が大量にあったことから大繁殖した。放射性栄養菌――放射性粒子が放出するエネルギーを食べる菌類――は、廃墟となったチェルノブイリ発電所で繁栄し、「菌類とヒトの長きにわたる核のプロジェクト」の最新の主役となった。原子爆弾によって広島が破壊されたあと、廃墟に最初に戻ってきた生命はマツタケだったと報告されている。

■学習させれば煙草の吸い殻だって食べる

菌類は多様なものを食べるが、どうしてもその必要がなければ分解しようとしない物質がある。マッコイは作業場で、世界中でポイ捨てされる1年で75万トンを超える煙草の吸殻を消化するようにヒラタケ属菌の菌糸体を訓練した。ヒラタケは吸われていない煙草なら時間をかければ分解するが、吸殻は分解プロセスを妨げる有害な残渣(ざんさ)を大量に含んでいる。

タバコの吸い殻
写真=iStock.com/Stefani_Ecknig
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Stefani_Ecknig

マッコイは段階的に他の食物を減らすことでヒラタケ属菌を煙草の吸殻に慣らしていった。しばらくして、ヒラタケは煙草の吸殻のみを食べることを「学習」した。低速度撮影した映像を見ると、菌糸体がジャムの瓶にいっぱい入っていたクシャクシャでタールだらけの吸殻に着々と挑んでいくのがわかった。たくましいヒラタケは最後には瓶の上まで進んでいた。

じつのところ、それは「記憶」と「学習」の賜物なのだ。菌類はその必要がなければ酵素を出さない。酵素あるいはある一つの代謝経路全体が、菌類のゲノムでは何世代にもわたって休眠していることがある。ヒラタケ属菌の菌糸体が煙草の吸殻を分解するには、未使用の代謝作用を捨て去らねばならないかもしれない。

あるいは、平生は別の目的で使っている酵素を、新たな目的のために使うのかもしれない。菌類の酵素の多くは、リグニンのペルオキシダーゼのように目的が特定されていない。だから、一つの酵素をいろいろな目的に供することができるので、類似の構造を持つ異なる化合物を代謝するのに使える。たまたまだが、多くの有毒な汚染物質――煙草の吸殻に含まれるものもそうだ――は、リグニン分解の副産物に似通っている。その意味において、ヒラタケ属菌の菌糸体にとって煙草の吸殻はありふれた課題なのだ。

■人間の生活と切っても切り離せない菌類の活動

菌類が世界を救う一つの方法は、汚染された生態系の回復だろう。菌類による除染(マイコレメディエーション)として知られるこの分野では、菌類が環境をきれいにするための協力者になった。

人類は数千年にわたって物質の分解に菌類の手を借りてきた。ヒトの腸内に棲む多様なマイクロバイオームは、進化史上においてまだ私たち自身に消化できない食べ物があり、これらの微生物に手伝ってもらっていたころの名残りなのだ。

それでも消化できなかったとき、私たちはそのプロセスを樽、壺、堆肥の山、発酵槽にアウトソーシングした。ヒトの暮らしは菌類を使ったあらゆる形態の体外消化に依存している。酒、醬油、ワクチン、ペニシリンから、炭酸飲料に入れるクエン酸まで挙げればきりがない。この種のパートナー関係――それぞれの生物が片方だけでは歌えない代謝の「唄」を一緒に歌う――は、最古の進化上の原理の一つを定める。マイコレメディエーションはその一つの特殊なケースにすぎない。

そして、この手法は非常に有望でもある。菌類は有毒な煙草の吸殻やグリホサート系の除草剤以外にも広範囲の汚染物質に対してすばらしい食欲を持つ。菌類学者のポール・スタメッツは著書『菌糸体のネットワーク(Mycelium Running)』で、ワシントン州のある研究所に協力したことについて述べている。

研究所は、アメリカ国防総省と共同で強力な神経毒を分解する方法を開発中だという。その化学物質――メチルホスホン酸ジメチル(DMMP)――はVXガスの致死性成分の一つだった。VXガスはイラン・イラク戦争中の1980年代後半に、サダム・フセインが製造し使用した。

スタメッツは共同研究者に28種の異なる菌類種を送り、これらの菌類は濃度を段階的に高くしてこの化合物に曝露された。6カ月後、それらの菌類のうち二種がDMMPを主要な栄養源として摂取することを「学習した」。カワラタケ属(Trametes)とシビレタケ属(Psilocybe)の菌だった。

後者はシロシビンを含む既知の種ではもっとも強力で、スタメッツが数年前に発見して青い(azure)柄(え)にちなんで命名したものだ(のちに彼は息子をその名称(Psilocybe azurescens)にあやかってアズレウス(Azureus)と名づけた)。どちらも白色腐朽菌である。

木製菌
写真=iStock.com/Mantonature
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mantonature

■電子機器のゴミから金を回収することもできる

菌類の文献にはこのような事例が数百も掲載されている。菌類は、土壌や水路に通常含まれ、ヒトその他の生物にとって危険な多くの汚染物質を安全な物質に変換することができる。殺虫剤(クロロフェノールなど)、合成染料、爆薬(TNTやRDX)、原油、一部のプラスチック、下水処理場では除去できないヒトや家畜用の種々の医薬品(抗生物質から人工ホルモンまで)を分解することができるのだ。

マーリン・シュルドレイク『菌類が世界を救う』(河出書房新社)
マーリン・シェルドレイク『菌類が世界を救う』(河出書房新社)

基本的に、菌類は環境除染に最適な生物であると言える。菌糸体は数億年という進化の時間を「摂食」というただ一つの目的の微調整に使ってきたのだ。それは身体を持つ「食欲」である。

石炭紀に植物が栄えた数億年前、菌類は他の生物の残骸を分解する方法を見つけて生きてきた。菌類は腐敗が起きているアクセスの悪い場所に、菌糸体の高速道路を細菌に提供して送り込み分解を速めることすらできる。とはいえ、分解は菌類の能力のほんの一例だ。

菌類は重金属を体内に蓄積し、安全に除去し廃棄することができる。目の細かい菌糸体は汚染水のフィルターにもなる。菌類による濾過(マイコフィルトレーション)は、大腸菌など感染症の病原体を除去し、重金属をスポンジのように吸収する。フィンランドのある企業はこの手法によって電子機器のゴミから金を回収する。

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マーリン・シェルドレイク イギリスの生物学者
関心のある領域は植物学、微生物学、生態学など。スミソニアン熱帯研究所のリサーチフェローとして、パナマの熱帯雨林で菌類の地中ネットワークを研究。ケンブリッジ大学の熱帯生態学の博士号を取得する。

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(イギリスの生物学者 マーリン・シェルドレイク)

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