1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

東京の2倍…「日本で一番EVが普及しているのは"あの地方都市"」必要なのは充電インフラではない

プレジデントオンライン / 2022年2月13日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tacojim

トヨタ自動車が2030年までに30車種のBEV(バッテリーEV)を展開し、350万台を販売すると発表したことを受け、日本も一気にEV普及モードになるかのような報道がある。しかし、自動車業界に詳しいマーケティング/ブランディングコンサルタントの山崎明氏は「EV普及の真の条件は小型・軽量・低価格にある」と指摘する──。

■東京の2倍以上EVが普及する「地方都市」

1月22日の日本経済新聞の1面に興味深い記事があった。日本の人口あたりのEV普及台数を見ると、地方のほうがはるかに多いという内容である。

最も多いのは岐阜県で、人口1万人あたり34.8台ということだ。東京は15.4台だから、岐阜は東京の2倍以上EVが普及していることになる。現状ではEVはガソリン車に比べかなり高価であり、所得の高い大都市部中心に売れているように思いがちだが、実体は逆なのである。

なぜこのような現象が起こるのか。その大きな要因のひとつが過疎化によるガソリンスタンドの減少らしい。

■背景にある「ガソリンスタンドの減少」

ガソリンスタンドは、車の燃費向上(国交省のデータによれば、平成初期にくらべ2倍以上向上している)による需要減で都市部でも廃業が相次いでいるが、過疎地域では人口減も重なりその傾向がさらに強い。最寄りのガソリンスタンドまで15km以上離れている、という人も少なからずいるらしい。

15kmというと30分くらいかかる距離であり、ガソリンを給油するという目的のために往復1時間もかかるのはあまりに不便である。

EVを選べば就寝中に自宅で充電が可能であり、満充電で走れる距離内で運用している限りはガソリンスタンドに行く必要もなくなり、非常に利便性が高い。また、自宅での充電では電気代も安く、ガソリン車より運用コストも大幅に安くなるというメリットもある。

過疎地域の住宅なら駐車スペースは十分あるだろうし、充電設備の設置も(費用を除けば)問題ないだろう。長距離を運転することがほとんどないであろう地方の高齢者の足として、EVは理想的に思える。

■都市居住者には使いにくく、コスパも悪い

一方で都市部ではどうか。都市部では集合住宅に住んでいる人が多いから、まず充電設備の問題が生じる。集合住宅の駐車場は自己所有地ではないため充電設備を設置するのは非常にハードルが高く、機械式駐車場では物理的に設置が困難だ。

自宅の駐車場で充電できなければ急速充電スタンドを使わざるを得ないが、急速充電スタンドでの充電費用は意外と高価で、EVの経済的ベネフィットは少なくなる。また現在主流の40~50kWh程度の充電器では、30分の充電で100km程度の距離分しか充電できない。

都市生活者が車で出かける目的はゴルフや観光地へのドライブ、というケースも多いだろう。となると航続距離100kmではまったく足らず、途中での充電が必須となってしまうだろう。また都市生活者は勤め人が主だろうから車は週末しか使わないという人も多いのではないか。

最新のEVはバッテリー保護のために駐車中も温度管理している(寒いときは暖め、暑いときは冷やす)ので、乗らなくてもバッテリーに蓄えた電気を消耗する。テスラの場合1日で1~4%消費するといわれている。テスラユーザーのブログによれば、6日間で走行可能距離が272kmから248kmに減少したという。

乗らなくても1週間放置すると1割ほど電気は減ってしまうのだ。1カ月乗らなかったら半減である。つまりマンション居住の都市生活者にとってEVは非常に使いづらく、経済的ベネフィットもないものなのである。

■中国で最も売れているEVとは

このように考えるとある疑問が生じる。

今日本で売れているEVは日産リーフとテスラだ。安いほうのリーフでも最低330万円もする。テスラは450万円以上だ。地方の高齢者というよりは、都市部の比較的豊かな層向けの価格帯である。潜在需要と供給がまったくかみ合っていない。

テスラは都市部で売れているが、これは「先進層・環境重視層であること」を表現するためのプレミアムブランド品としての需要としか考えられない。

ここで頭をよぎるのは、中国のEV市場である。

中国はEVベンチャー企業がたくさんあり、テスラも巨大な工場を持っている(現在日本で売られているテスラ・モデル3は中国製である)。中国ではテスラも売れているし、新興メーカーのテスラを意識した高性能EVも売れている。

しかし2位以下を引き離して圧倒的1位で売れているモデルがある。上汽通用五菱汽車(ウーリン)の宏光(ホンガン)MINI EVである。2021年の販売台数はなんと42万4138台。2位のテスラ・モデルYが16万9547台だから、その多さがわかるだろう。

■田舎の中小都市の若年層にバカ売れ

この車は「45万円のEV」として昨年日本でも話題になったモデルだ。この宏光MINI EVは2万8800元(現時点のレートでは52万3000円)から買えるが、エアコン付きのモデルは3万2800元(59万6000円)、電池容量を増やして航続距離を170kmにしたモデル(通常モデルは120km)は3万8800元(70万5000円)である。

確かに電気自動車としては破格に安く、普通の車としてもとても安い。ボディサイズは全長2917mm×全幅1493mm×全高1621mと日本の軽自動車より50cm近く短い。車重も700kg前後と軽い。しかし車としての機能はそれなりにしっかりしており、後席は非常に狭いものの4人乗車が可能で最高速は100km/h、ABSやエアバッグなど基本的な安全装備も備わっている。

もちろん低価格を実現するために割り切った部分もあり、急速充電には非対応で、家庭用の220V電源からの充電のみ。減速時にエネルギーを回収する回生機能も備わらない。

同じEVといっても、テスラやNIOのような高級高性能EVとはあらゆる面で異なる車だ。もちろん購入層もまったく異なる。テスラは主に北京や上海といった富裕層の多い大都市で売れているのに対し、宏光MINI EVは田舎の中小都市の若年層を中心に売れているのだ。

■電動スクーターからステップアップ

中国の田舎では今でも十分な数のガソリンスタンドがなく、公共交通も整備されておらず、また所得水準も低いため、多くの人は家庭用電源で充電できる電動スクーターを使っている。

この電動スクーターからのステップアップ需要に宏光MINI EVがぴったりはまったのである。スタイリングもシンプルで好ましいもので、中国の若者は自分好みにドレスアップして楽しんでいるようだ。

中国・杭州市のシェアバイクとEバイク
写真=iStock.com/gregsawyer
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gregsawyer

スクーターでも家庭用電源で夜間充電していたので、使い勝手もまったく変わらない。集合住宅に住んでいても、窓から電線を垂らして充電しているようだ。もともと長距離を乗るつもりなどない需要だから、航続距離は120kmあれば十分である。電池容量も少ないため、通常の家庭用電源でも一晩で満充電にできる(充電時間は6.5時間)。

また脱炭素という側面からもこのEVは理にかなっている。回生しないという問題はあるものの、バッテリーの容量は小さく車体重量は軽く、生産時も走行時もエネルギー消費は小さい。

■日本での普及のカギは「地方の足となる軽EV」か

テスラのような高性能・大型EVは生産時に多大なCO2を排出してしまうため、ライフサイクル全体で考えるとガソリン車と大差ないCO2排出量となってしまう。また短距離走行でも常に大きく重いバッテリーを抱えながら走ることになり、非合理的だ。

今年日本メーカーから発売が予定されているEVの多くは欧米メーカーのEVに準じた500万円以上の中大型車であり、テスラのような見栄が張れるとも思えず、現在の日本で誰が買うのか非常に見えづらい。おそらく販売台数も限定的なものになるだろう。現状では「うちもEVに力を入れています」というポージングのための発売という意味合いが強いように感じる。

今日本に求められているEVこそ、まさに宏光MINI EVのようなEVではないだろうか。もちろん、日本市場では宏光MINI EVそのものでは通用しないだろうが、求められているものはこのようなコンセプトのEVではないだろうか。

日本の地方での足として軽自動車が普及しているが、軽のEVこそ、EVの主役となるのではないだろうか。

■日本に必要な国・行政の普及支援

生産中止となってしまったが、三菱i-MIEVという軽のEVが存在した(2009年発売)。

ベースの三菱i自体が軽自動車としては高価なモデルで、バッテリー価格も高かった時代だったため、軽自動車としては非常に高価になってしまい、あまり売れなかった(発売当初の価格は459万円)。現在、日産と三菱が合同で軽EVを開発しているらしいが、200万円以上と軽自動車としては高価なものとなるといわれている。

トヨタも超小型EV、C+podを一般に向けても販売を開始したが、「超小型モビリティ」という新しい規格に準じた仕様のため2人乗り、最高速も60km/hと制限され、まだ量産体制ではないためか165万円と内容の割に高価だ。

超小型モビリティはまだ免許や税制面での優遇措置がないため(現状では軽自動車に準じる)、今のままでは普及は難しいだろう。

■徹底的な「小型・軽量・低電費」化に勝機

リチウムイオンバッテリーの価格は2010年比で9分の1にまで下がっているといわれており、宏光MINI EVを分解して分析した名古屋大学の山本教授によれば、バッテリーのコストは16万円程度ということらしい。

徹底的に割り切った設計をすれば、日本でも100万~150万円程度の低価格軽EVを作ることができるのではないか。もしもそのようなモデルが発売されれば、日本でもEVが大きく普及していくのではないだろうか。

普及するのは、もちろん地方からである。

■若者の支持がカギを握る

宏光MINI EVのように、デザインを工夫すれば安っぽくてもファッション性の高いアイテムとして若者にも支持される可能性もある。

電気自動車が充電完了するのを待っているバスケットボール選手
写真=iStock.com/SimonSkafar
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SimonSkafar

シトロエン2CVや初代フィアット・パンダなど、安っぽいベーシックさがかえって人気となったケースも過去には多々あった。このようなEVであれば、ある程度普及しても電力需要に与える影響もそれほど多くないだろう。

環境負荷、使い勝手両面から考えて、EVを普及させるためには現在欧米各社の主流の開発方向である「大型・高性能・長航続距離」ではなく、徹底的に「小型・軽量・低電費」であるべきと思う。

----------

山崎 明(やまざき・あきら)
マーケティング/ブランディングコンサルタント
1960年、東京・新橋生まれ。1984年慶應義塾大学経済学部卒業、同年電通入社。戦略プランナーとして30年以上にわたってトヨタ、レクサス、ソニー、BMW、MINIのマーケティング戦略やコミュニケーション戦略などに深く関わる。1988~89年、スイスのIMI(現IMD)のMBAコースに留学。フロンテッジ(ソニーと電通の合弁会社)出向を経て2017年独立。プライベートでは生粋の自動車マニアであり、保有した車は30台以上で、ドイツ車とフランス車が大半を占める。40代から子供の頃から憧れだったポルシェオーナーになり、911カレラ3.2からボクスターGTSまで保有した。しかしながら最近は、マツダのパワーに頼らずに運転の楽しさを追求する車作りに共感し、マツダオーナーに転じる。現在は最新のマツダ・ロードスターと旧型BMW 118dを愛用中。著書には『マツダがBMWを超える日』(講談社+α新書)がある。日本自動車ジャーナリスト協会会員。

----------

(マーケティング/ブランディングコンサルタント 山崎 明)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください