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「親の負担額は推定数千万円」2人の娘が北京五輪に出場する45歳父親の喜びと苦悩

プレジデントオンライン / 2022年2月8日 14時15分

姉のせな(右)と妹のるき - 写真提供=家族

北京五輪のスノーボード・ハーフパイプでは男子の平野歩夢選手が3大会連続のメダルが期待されているが、女子にも有望株がいる。冨田せな、冨田るき姉妹。45歳の父親が、2人の娘が同時にオリンピアンになったことで味わった至上の喜び、そして苦悩とは何か。父親と高校時代に同学年だったスポーツライターの酒井政人さんが取材した――。

■「あいつ今、何してる?」高校の同級生は北京五輪選手の父だった

人生、何が起こるかわからない。それは、自分にも言えるが、旧友についても言える。先日、筆者の高校時代の同級生が現在開催されている北京冬季五輪の日本代表の父親になっていたことがわかった。

スノーボード・ハーフパイプ日本代表(※)女子選手は4人。そのうちの2人は、22歳の冨田せな(アルビレックス新潟)と20歳の冨田るき(チームJWSC)の姉妹だ。

※半円筒状の雪上を滑り、ジャンプやターン・宙返りなどの技で得点を競う。男子代表は戸塚優斗、平野歩夢(2014年ソチ、2018年平昌2大会連続銀メダル)など。

2人の父親である冨田達也(以下、冨田、45歳)と、筆者は同じ愛知県の高校の陸上部に在籍し、冨田は三段跳び(県大会1位)、こちらは長距離を専門としていた。結局、2人とも目標のインターハイ出場は逃したが、連日練習で汗を流し切磋琢磨(せっさたくま)した仲だ。

当時は携帯電話が普及しておらず、SNSもない。高校卒業以来、会うことはなかったが、ふと思い立って先日、メッセンジャーを使って27年ぶりに連絡を取ってみた。

冨田は、新潟県にいた。結婚し、2人の娘がいて……おまけに2人ともオリンピアンだという。普通の父親では一生味わうことができない最高の喜び、そして苦悩を語ってくれた。

■「スノボ選手に育てるつもりはまったくなかった」

冨田は高校卒業後、名古屋にあるスポーツ専門学校に進学した。当時はスノボ全盛期。その魅力に冨田はとりつかれた。専門学校卒業後は、新潟県妙高市にあるスキー場完備のリゾートホテルに就職する。仕事の合間にスノボを楽しむ生活が始まった。同じ趣味を持つ専門学校時代の同級生と結婚。ふたりの間に生まれたのが「せな」と「るき」だ。「響き」が気に入ったのと、「英語圏でも呼びやすい名前」ということで名付けたという。

「就職先がスノーボードをやれる環境だったから余計にハマったんだよね。大会に出たこともあるけど、上を目指してということはなかった。夫婦共通の趣味だったから、仕事の合間に順番に滑っていて、娘たちは赤ちゃんの頃からゲレンデにいたんだよ。スノーボードの選手に育てるという気持ちはまったくなくて、純粋に一緒に滑れたら楽しいかな、と」

せなとるきは3歳からスノボを始めているが、ふたりとも当時の記憶はないという。スイミングと機械体操も幼少の頃から習っていた。そのなかで特に興味を示したのがスノボだった。冬季は毎日のように滑るという抜群の環境のなかでグングンと上達。スノボ大会の最高峰である「Burton US Open」や「X Games」などをテレビ観戦するようになり、小学生の高学年くらいからスノボ選手として活躍する夢を抱くようになったという。

「2人とも上を目指したい気持ちが強くなってから、そのための環境を整えるようにサポートするようになった感じかな。ガチガチに練習させるようなことはなくて、ゲレンデに行けば一緒に楽しんで滑っていたよね。技術的なことでいえば、こんな技がしたい、というときは一緒に考えたりしたよ。ただ専門のコーチに教わるなど大人と接する機会が増えてからは、挨拶や礼儀の大切さだけは伝えていた」

両端が両親、中央右が姉のせな、同左が妹のるき
写真提供=家族
両端が両親、中央右が姉のせな、同左が妹のるき - 写真提供=家族

冨田はハードルを上げすぎると負担になると考えて、「目の前の目標をちょっとずつ上げていく」というスタイルで娘たちの夢をアシストした。せなは中学1年時に、るきは小学6年時に競技団体のプロ資格を取得。その後もキャリアを積み上げて、ナショナルチームに選ばれるようになった。

小さい頃は、両親と共にゲレンデでスノーボードを純粋に楽しんでいた姉妹は、次第に、ハーフパイプを使ったエアの高さや、スピン(回転)の難易度・完成度・独創性を高め、技のレベルを磨くアスリートへと進化していったのだ。

■「活動費として一人年間300万~400万円かかることもありますが…」

富田は親として誇らしい気持ちになった一方で、大きな衝撃を受けることになる。

ナショナルチームをとりまとめる全日本スキー連盟から「活動費として一人あたり年間300万~400万円かかることもありますが、大丈夫ですか」と言われたのだ。強化指定選手とはいえ、合宿費や遠征費などは「持ち出し」も多いのだ。

「本人たちのやる気があったから、それを親が潰しちゃいけない。娘たちには『お父さんもお母さんもなんとか頑張るから、ふたりは競技でやれるとこまで頑張れ』と話した。だから借金はかさむ一方なんだ(笑)。嫁さんと一緒に、ああしよう、こうしよう、と考えながら、自転車操業状態。正直、お金の面が一番苦労しているんだけど、どれぐらいかかっているかふたりには伝えている。借金があることも知っているよ(笑)」

契約しているスポーツメーカーから結果に応じてボーナスが出ることはあっても、商品提供がメイン。2人をサポートしてくれる企業はまだまだ少ないという。

全日本スキー連盟の強化指定選手は前年度の実績でランクが決まり、国内外の遠征費の負担割合が変わってくる。今年度でいうと、せなは全額負担してもらっているが、るきは半額負担。ふたりは11月から遠征しているものの、それまではトレーニングの傍らアルバイトをしていたくらいだ。

スノーボーダーがハーフパイプでワンメイク
写真=iStock.com/simonkr
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/simonkr

世界最高峰のX Gamesのスノボ競技での優勝賞金は5万ドル(約575万円)。また、国内のウインタースポーツはプロといっても野球選手のように大金を稼ぐのは難しく、陸上競技のように社員選手として抱えてくれる企業も非常に少ない。

国際舞台で活躍しても、金銭的に恵まれているわけではないのが現状だ。そのため、両親が姉妹のために負担した累計の援助額は、少なく見積もっても数千万円単位になるだろう。

■北京五輪に送り出す親「とにかくケガなく無事に滑ってほしい」

親自身が学生時代に真剣に取り組んだことがある場合、自分の子供に自身の夢を託す親は少なくない。その点、冨田は冷静だった。娘たちの“才能”を感じたのはほんの数年前だったという。

せなは17歳のときに「事実上の世界一決定戦」といわれるBurton US Openに初参戦。いきなり4位に食い込むと、るきも18歳のときに同大会で3位に入った。そこでようやく、「本当に世界トップレベルになったんだ。すごいな」と冨田は感じたという。

「どちらかというと、本当にうちの子がそこまでできるのかと思うときが多い。どうしても大きな大会は海外になっちゃうから、画面越しでしか観ていないんだよ。だからちょっと距離を置いて観られているのかもしれないね」

冨田が海外の試合を現地観戦したのは、せなが高校生ながら8位入賞を果たした4年前の平昌五輪だけだという。その他の大会はテレビ画面での応援を続けてきた。今回の北京五輪は姉妹で出場するが、自分の子供がオリンピアンになったことについては不思議な感覚があるようだ。

「五輪に出場するのはすごいことだというのはわかるんだけど、正直、ピンとこない。他の五輪選手を観ると、やっぱり五輪選手はすごいなと思うけど、その人たちと一緒かどうかは、身近すぎるのかちょっとわからない。五輪選手になっても、普通の娘と変わらないかな」

スノーボードでインディーグラブを決めている
写真=iStock.com/Artur Didyk
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Artur Didyk

スノーボードの女子ハーフパイプは2月9日に予選と準決勝、同10日に決勝が行われる。

るきは1月8日のワールドカップを制して、せなが3位。さらに1月22日の世界のトッププロが集結するX Gamesではせなが、持ち味の完成度の高いエアを見せて、昨シーズンの世界選手権で表彰台に立ったアメリカやスペインの選手に勝って、初優勝した。

女子ハーフパイプで日本勢初となるメダルの期待も十分にある。

北京大会前に、地元新潟のニュース番組のインタビューを受けた娘たちはこう言っていた。

「(妹は)一言で言ったらライバル。一番負けたくない」(せな)
「せなより、一つでも高い順位にいきたいという思いが強いので同じ。ライバルみたいな感じ」(るき)

いつの間にか、世界最高峰の大会で並みいる強豪に匹敵する実力をつけた、せなとるきは、仲のいい姉妹であり、最高のライバルなのだ。

冨田は親としてどんな気持ちで本番を迎えるのだろうか。

「ふたりが五輪に出ることは、共に苦労した分、喜びも大きいよ。期待というよりは、毎回そうなんだけど、テレビ画面で観ていると、心配事がでかくなるんだよね。スポーツにはケガがつきものだから。ふたりとも以前、シーズンを棒に振るようなケガ(転倒による脳挫傷など)をしたことがあるので、そういう心配が先に立つかな」

結果よりもまずは無事に競技を終えてほしいという気持ちは親心だろう。たとえメダルに届かなかったとしても、北京五輪に出場するすべてのアスリートはそれぞれの物語を持っている。そして彼女たちを支えてきた者たちにもドラマがある。

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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)

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(スポーツライター 酒井 政人)

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