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「7割の鶏肉には食中毒リスク」自家製サラダチキンでは"新鮮な肉も危険"といえるワケ

プレジデントオンライン / 2022年2月11日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/nastya_ph

肉や魚などの食材にじっくり火を通す「低温調理」が人気を集めている。しかし、この調理法は正しく温度管理をしなければ食中毒のリスクがある。科学ジャーナリストの松永和紀さんは「ネット上のレシピには加熱の基準を満たしていないものが散見される。沸騰した鍋に鶏肉をつける『自家製サラダチキン』は加熱が不十分となる恐れがある」という――。(後編/全2回)

■高リスクなのに全国一律の規制がない

(前編「牛肉の注意点」から続く)

肉調理の温度管理はけっこう難しいのに、安易なレシピが氾濫しています。加熱が足りないのです。魚の刺身などに親しんできた日本人の生食好きがそうさせてしまうのか? 後編では、食中毒事故がたびたび発生している鶏肉料理やサラダチキンのポイント、豚肉やジビエの注意点を解説します。

鶏肉で大きなリスクとなるのは、なんと言ってもカンピロバクター。鶏の腸管内にいる細菌です。食べて発症すると、発熱や倦怠感、頭痛、腹痛、下痢等に見舞われます。死亡例は国内では確認されていないのですが、一部の人は数週間後、手足が動かなくなったり呼吸困難に陥ったりするギラン・バレー症候群となる、と考えられています。鶏刺しや鶏タタキ(鳥刺し、鳥タタキと書く場合もある)、加熱不足の焼鳥などにより年間に、2000~3000人程度の食中毒患者が発生しています。

カンピロバクター
写真提供=食品安全委員会
カンピロバクター - 写真提供=食品安全委員会

市販の鶏肉のカンピロバクター汚染率は調査によりばらつきがあるものの、平均して7割近くに上ります。「新鮮だから安全」と客に伝える店がありますが、それは間違い。カンピロバクターは乾燥に弱い菌なので、むしろ処理されて空気にさらされた時間が長い肉の方が、菌の数は少ないのです。

ところが、リスクは高いのに牛肉とは異なり、鶏肉の生食には国の規格基準がありません。直接的な死亡例がなく、一部の県で食文化として鶏肉の生食があり、県が生食用の基準(屠鳥し食用に加工するときの厳しい衛生対策や鶏肉の規格などのガイドライン)を設けています。そのため、全国一律の規制が困難な面もあります。

一方で、鶏刺しや鶏タタキのメニューが地域の食文化から全国へと広がり、生食用ではない肉が店で鶏刺しや鶏タタキとして提供されています。その結果、店での食中毒が増えたのです。

都道府県等は「生食用でない鶏肉の生食提供はやめて。焼鳥もしっかり加熱を」と各店に要請していますが、なかなか聞いてもらえません。

■鶏肉は「中心部まで75℃1分間以上」

個人的な話ですが、私の若い友人に3回食中毒にかかった人がいます。すべて、東京のある店の鶏タタキを食べた後に発症。しかし、症状が軽いので回復してしばらくするとまた、食べてしまうとか。「その時は軽くても、後遺症が出るかもしれない」と告げても、聞いてくれません。保健所には届けていないとか。

飲食店が依然として生食を提供する陰には、こうしたリスクを侮る消費行動があります。

厚労省の飲食店向けパンフレット。加熱調理を要請するが、従わない飲食店が存在する
厚労省の飲食店向けパンフレット。加熱調理を要請するが、従わない飲食店が存在する

そして、サラダチキンブーム。やわらかくジューシーに、と追求するあまり、加熱不足でカンピロバクターが生き残ってしまうのでは、というレシピが散見されるのです。

チキンのお食事
写真=iStock.com/kivoart
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kivoart

鶏肉の加熱条件は、牛肉に比べ厚みがなく形が複雑であることや、菌が浸潤する可能性も考えて、中心部まで75℃1分間以上加熱するべき、とされています。70℃なら3分間、63℃であれば30分間です。

近年、鶏肉の低温調理が流行していますが、この加熱条件をしっかりと守らないと安全は守れません。

食品安全委員会の調査事業では、低温調理器を用いて300gの鶏ムネ肉を63℃で加熱した場合、肉の温度が上がるまでに平均68分かかりました。中まで加熱するにはさらに30分間温度を維持する必要があり、調理に計100分ほどの時間を要しました。

70℃や75℃の調理の場合も、同様に肉の内部温度が上がるのに平均して70分程度が必要。その上で、3分間とか1分間の温度維持をしなければなりません。

鶏肉の内部温度も牛肉と同じで、実際には非常に上がりにくいものだ、ということが調理者に理解されているでしょうか。

グラフは、鶏ムネ肉を63℃、70℃、75℃でそれぞれ調理した時の肉内部の温度変化。その温度に達するのに70分近くかかる。殺菌のためには、63℃の場合はさらに30分、70℃は3分、75℃なら1分の加熱維持が必要
出典=食品安全委員会調査事業
グラフは、鶏ムネ肉を63℃、70℃、75℃でそれぞれ調理した時の肉内部の温度変化。その温度に達するのに70分近くかかる。殺菌のためには、63℃の場合はさらに30分、70℃は3分、75℃なら1分の加熱維持が必要 - 出典=食品安全委員会調査事業

■「火を消して放置」は危ない

サラダチキンでよくあるレシピ、「鍋でお湯を沸騰させ、袋に入れた鶏肉をドボン。鍋に蓋をして火を消して放置する」では、牛肉と同じようにあっという間に湯の温度が下がってしまいます。肉の中心部の温度を75℃1分間とか63℃30分間にわたって維持するのは困難です。

ラップで鶏肉をくるっと巻いてソーセージ状にする「鶏ハム」と呼ばれるものも怖い形状。鶏肉の外側の菌が付いている部分が内側に入り込み、殺菌できないまま口にする可能性があります。

なお、鶏肉も十分な加熱が済んでいるかどうか、外見や断面の様子ではわかりません。結局のところ、鶏肉の低温調理は、専用器具で温度を管理するか、鶏肉を鍋の湯の中に入れた後、湯や肉の温度を測定しながら加温し続ける必要があります。

鶏ムネ肉を加熱した時の断面。内部の温度が加熱温度に達した肉(上段)と、一定の温度と時間が維持され食肉製品の規格基準を満たした肉(下段)で外観、断面の様子に違いはなく、見た目では安全性の判断はできない
提供=食品安全委員会
鶏ムネ肉を加熱した時の断面。内部の温度が加熱温度に達した肉(上段)と、一定の温度と時間が維持され食肉製品の規格基準を満たした肉(下段)で外観、断面の様子に違いはなく、見た目では安全性の判断はできない - 提供=食品安全委員会

■豚カツ、ジビエで怖いのはE型肝炎

豚肉は、主に問題となるのがE型肝炎、ウイルス旋毛虫(トリヒナ)、トキソプラズマなどの寄生虫、細菌のカンピロバクターやサルモネラ属菌です。

とりわけ問題なのはE型肝炎。豚のほか、イノシシやシカも保有していいます。感染者の1~3%は死亡するとされ、国内ではイノシシの生レバーを食べて死亡した例があります。ハンターが狩猟したシカ肉をグループで生食し発症した事例も報告されています。

E型肝炎は、潜伏期間が2~9週間とかなり長いため発症しても感染源を突き止めにくいという特徴があり、E型肝炎の発症者の半数は原因がわかりません。

寄生虫やウイルスは、菌と異なりその個体が生きている時から肉の内部にいます。そのため、肉の表面加熱では不活化しません。豚肉・豚レバーについては食品衛生法により、生食としての提供や販売は禁止されています。豚肉や内臓、ジビエは、中心部まで75℃1分間、70℃3分間、あるいは63℃30分間の加熱が行われていれば安全ですので、家庭での調理もこの条件を守るべきです。

■中がピンク色の豚カツは安全なのか?

ただし、これも意外に簡単ではありません。食品安全委員会の調査事業で、厚さ1cm、室温の肉を180℃の油で揚げる「豚カツ」の加熱条件を探っています。揚げ時間1.5分や2分では中心部の温度が十分には上がりませんでした。2.5分揚げると中心部が75℃1分間や70℃3分間の加熱条件を満たしました。

よく、揚げ色や切った時の断面の色で加熱できていることを確認すると言いますが、豚カツの外見や断面では区別できないこともわかりました。揚げ時間1.5分の豚カツは、揚げた直後の断面はピンク色だったのがしばらくすると余熱で白くなりました。温度を測定すると、揚げた直後の温度は平均41℃。余熱によりこれが平均65.3℃まで上昇しました。しかし、この温度であれば30分近く維持しなければ菌やウイルスの不活化には至りません。余熱ではこの温度を長く維持できず、つまりは揚げ時間1.5分では安全を守れません。

最近、豚カツ店の中に豚肉の内部が生のピンク色に近い状態のものを提供するところがあります。内部温度をきちんと測定して安全確保しているのでしょうか?

豚カツを180℃で揚げた時の外観、断面の違い。揚げ時間1.5分だと、揚げた直後はピンク色で余熱により白くなる。内部の菌やウイルスを不活化する加熱条件を満たすには、2.5分以上揚げなければならない
提供=食品安全委員会
豚カツを180℃で揚げた時の外観、断面の違い。揚げ時間1.5分だと、揚げた直後はピンク色で余熱により白くなる。内部の菌やウイルスを不活化する加熱条件を満たすには、2.5分以上揚げなければならない - 提供=食品安全委員会

豚肉の低温調理も流行していて、中がピンク色のチャーシューを見かけます。食品安全委員会が実際に低温調理で作ってみたところ、豚肩ロース肉650g、厚さ約6cmの塊肉を63℃の湯につけ中心部が63℃まで上がるのに3時間40分かかりました。加熱条件は63℃の場合30分間の維持が必要なので、チャーシュー完成までに4時間10分もかかることになります。ピンク色のチャーシューがこの加熱条件を満たすのかどうかも気になります。

■馬刺しは、冷凍で寄生虫リスクを管理している

なお「牛刺しや牛タタキは厳格な規格基準があるのに、どうして馬刺しは簡単に食べられるの?」という疑問もよく聞きます。馬刺しでリスクにつながることがわかっているのは、住肉胞子虫と呼ばれる寄生虫。馬肉からは腸管出血性大腸菌は検出されていません。この寄生虫は−20℃(中心温度)で48時間以上冷凍することなどで失活することがわかっているので、馬刺し用の肉は現在、すべて冷凍された後に流通しています。

肉の調理は、菌やウイルス、寄生虫などの微生物との闘いです。ところが、簡単・おいしいを追求するあまり、生や低温調理が推奨され、検証されていないレシピが氾濫しています。微生物の専門家である山本茂貴・食品安全委員会委員長はこの風潮について警鐘を鳴らします。

「日本人は生の魚介類を刺身や寿司として食べる習慣があるので、よく生食文化という言い方をされます。しかし、食肉の生食は日本の文化とはいえないでしょう。たしかに、馬刺しや鶏タタキを食べる習慣のある地域はあります。しかし、他地域が形だけをまねて原材料の状況も考慮せずに生で食べるのは危険です。加熱条件を確認しながら殺菌に十分な加熱を行うことが必要です」

料理は科学です。料理の専門家も一般の人も、科学的な条件を検討していないレシピは慎んでほしい、と切に願います。食品安全委員会では、注意を呼びかける動画や評価書、調査報告書などを多数公開しています。厚労省も規格基準のQ&Aなどで細かく説明しています。科学に基づく調理で、安全を守った「簡単・おいしい」を目指しましょう。

(記事は、所属する組織の見解ではなく、ジャーナリスト個人としての取材、見解に基づきます)

<参考文献>
食品安全委員会・食中毒予防のポイント
食品安全委員会・食肉や内臓の生食について
食品安全委員会・カンピロバクターによる食中毒にご注意ください
内閣府食品安全委員会公式YouTubeチャンネルについて
食品安全委員会・2020年度調査事業「加熱調理の科学的情報の解析及び画像の開発」報告書
食品安全委員会・ジビエを介した人獣共通感染症
厚労省・食中毒

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松永 和紀(まつなが・わき)
科学ジャーナリスト
京都大学大学院農学研究科修士課程修了。毎日新聞社の記者を経て独立。食品の安全性や環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。主な著書は『ゲノム編集食品が変える食の未来』(ウェッジ)、『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書、科学ジャーナリスト賞受賞)など。2021年7月より内閣府食品安全委員会委員(非常勤、リスクコミュニケーション担当)。

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(科学ジャーナリスト 松永 和紀)

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