「毒親のせいで自分はこうなった」そんな呪いの言葉を吐く人に精神科医が語りかけること
プレジデントオンライン / 2022年2月19日 11時15分
※本稿は、斎藤学『「毒親」って言うな!』(扶桑社)の一部を再編集したものです。
■「毒親」憎悪につながる罪悪感とはなにか
自罰感情(罪悪感)はどんなふうに生まれ、どんなふうに人生へ影響を与えるのか、症例を通じてお話ししましょう。
Aさんは名門私大の理学部修士課程を修了し、国立大学の博士課程に進学しました。
しかし、いよいよ博士論文を書こうかというところで、彼女の華々しい履歴は中断されます。バイト先の予備校の控え室で、同僚のハンドバッグから現金を盗んでいたことが発覚してしまったからです。この件をきっかけに治療に入ったAさんは、窃盗癖のほかに、中学1年生の頃から過食症の病歴を抱えてきたことを告白しました。
彼女が通った中学は、東京では最高ランクの難関校とされています。Aさんが中学に入学した直後、同居していた祖母が70代で亡くなりました。この祖母はAさんの父を介して一家5人(父、母、Aさん、妹、弟)に君臨していて、彼女は長く祖母を憎んでいました。祖母は何に対しても貪欲(どんよく)で、彼女の夫の時代からの家業である会社の経営さえ、息子(Aさんの父)に任せられない人だったからです。
■祖母の死をきっかけに性格が変わっていった
当然ながら、息子の嫁(Aさんの母)にとっては鬼でした。すべてを我が手のうちに握りしめ、生活の細部に至るまで統制下に置こうとするので、Aさんの母は姑(しゅうとめ)(Aさんの祖母)が死ぬまで何ひとつ自分で決められないという苦しい生活を強いられていたのです。
Aさんは、悩み苦しむ母に寄り添いながら祖母の貪欲さを憎み、祖母が癌(がん)告知を受けて床に伏すようになってからは、「1日でも早く死ねばいいのに」と念じました。それが中学受験のために勉強していた頃で、見事に合格して中学1年生になったとき、祖母が亡くなります。その後です、彼女の心に思ってもみなかった変化が生じたのは。
自らが願っていた祖母の死を知ったとき、Aさんはひどく動揺したのですが、しばらくするとそのショックの記憶さえ失いました。祖母については何も考えなくなったのですが、同時に彼女の性格(つまり行動パターン)に変化が生じていたのです。
■ひとつの喪失が自分のひとつの層を作る
Aさんは何かにつけてケチになり、貪欲になりました。あたかも祖母の性格の特徴のうち、最も目立っていたところを引き継いだかのように。窃盗癖という貪欲さは、このときには表れませんでしたが、代わりに表れたのは“貪食(どんしょく)”でした。この時期からセラピーが効果を上げるまでの間、彼女は過食と自己誘発性嘔吐(おうと)のサイクルから1日として抜け出すことができなくなります。
当時、Aさんは自分の変化や理由に気がつきませんでした。彼女が私のセラピー(精神療法)を受けるようになってしばらくして、私に過食症の発生と祖母の死との前後関係を問われたときになって、ようやく思い至ったのです。
![女性患者の問題を理解する心理学者](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/2/670/img_a2f5753b5651cb4651e0a96396cdc291495755.jpg)
愛着対象の喪失(そうしつ)(死亡、離別)の際に、失った対象の特徴の一部(部分対象)が、喪失を悲しむ人に取り入れられることについては、フロイトが指摘しています(人文書院版著作集6『悲哀とメランコリー』)。フロイトは、こうした部分対象の取り入れの連続が、私たちの人格特徴を作るとまで言っています。ひとつの喪失がひとつの層を作ると考えると、私たちの心は取り入れた無数の層からなるタマネギのようなものだということです。
■母の期待するよい子になれなかった罪悪感
フロイトが言及したのは、愛する者の死による部分対象の取り入れでしたが、Aさんの場合は憎しみの対象の取り入れでした。愛も憎しみも“人の心が占拠される”という意味で同じような作用をすると私は思っています。
窃盗癖が見つかって失業してからのAさんは、過食症の悪化もあって、自尊心はズタズタ。祖母の特徴を取り入れて以来、母親と会うのを避けるようになっていたので、実家には帰れません。それでアパート代や生活費を稼ぐために、いくつかの職場にパートとして勤めていましたが、かつてのエリートのイメージからはほど遠い状態でした。
あるとき、私はAさんに「自罰感情」について考えることが回復のヒントになると言いました。祖母が健在だった頃、彼女は母を救えない自分を呪い、せめて母の期待するようなよい子になろうと“勉強少女”の道を歩みました。ずいぶん努力したでしょうが、これには100%というゴールはないから、どうしても罪悪感を背負うことになります。
■無意識に背負った罪悪感に気づいたきっかけ
そうこうするうちに、自分が願っていた通りに祖母が死んだことにもショックを受け、「自分の呪(のろ)いが祖母を死なせた」という非合理な罪悪感にとらわれます。ひたすら勉強することもバカらしくなりました。目標を失った彼女は空虚な日々の中を漂うことになり、そんな状態のまま順調に進学してしまったのです。
セラピーをはじめて少し経った頃、Aさんは大学でのポストを断念し、某製薬会社の研究室に入りました。それから5年、今の彼女は窃盗癖からも摂食障害からも解放されています。研究生活に戻れて張り切ったからだろうと思う人もいるでしょうが、それだけでないことは、彼女とともに多くの時間を過ごしてきた私が知っています。新しい会社の環境は、Aさんに充分なストレスを与えましたから。
改善の理由はほかにあって、それは彼女が祖母の死に伴って取り込んだ“貪(むさぼ)りの心”を手放せたからだと思います。それを手放せたのは、私に話せた(無意識を意識化できた)からです。その証拠に、今ではAさんと母親との関係も改善しています。
■多くの人が親の身勝手に耐えながら生きている
「毒親のせいで、私はこうなった」などと親を責めていても、こうした変化は起こりません。親を責める必要があるとしたら、それは反対にあなたが親たちに“理由のない罪悪感”を抱いているからかもしれないのです。
人間はみなそれなりに身勝手なものですから、あなたの親だけが身勝手から逃れられるわけはありません。多くの人が、親の身勝手に耐えながら生きている。ある程度は断念して「しょうがないな」と思いながら、親と付き合っているのです。
「こんなのは不当だ」「こんな親のもとに生まれた自分は損をしている」「もっとよい親の子に生まれれば、もっと自分の人生もうまくいったはず」と言い(思い)はじめると、いつまでもそのことと戦っていなければいけません。その親のもとに生まれたことは変えられないのに(その親のもとに生まれたからこそ、今のあなたがいるのですから)、そこにいつまでもパワーを割いていると、本当に戦うべきところで戦えないのではないかと心配です。
■「親ガチャ失敗」とため息をつくぐらいが良い
最近、孫たち(高校生と大学生)から「親ガチャ」という言葉があると聞きました。
ガチャというのは、カプセルトイというカプセルに入ったオモチャなどを自動販売機のハンドルをガチャと回すことで入手するもので、その中身はカプセルを開けるまでわからないそうです。ほしいものは何回ガチャガチャ回しても出てこない。それでため息が出るような景品を引いちゃったな、というのが「親ガチャ」の語源だそうです。
これは面白い。親に期待する自己への批判も含まれたユーモアがよいそうです。あなたも「親ガチャ」回して出てきた子だから、ダメ親にため息ついていればいいのです。
元気づけで言うわけじゃないが、名だたる美女・英雄の子というのも大変ですよ。ため息が出る程度の親がちょうどいい。
![なぜ口論するの?](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/d/670/img_3d71ed41147c8fe8e887ced0983aa792936810.jpg)
■「毒親共依存」を自覚することからはじまる
私がアダルト・チルドレン(AC)というアメリカ人たちの概念を導入したのは、自分の感情や行動パターンを自覚するため(変化は自覚することからはじまります)のひとつの手立てになると思ったからです。
そうした認識のもとにクリニックや自助グループなどの“安全な場所”を見つけ、治療者や仲間などにトラウマ体験を話して受け入れられることで、“自らの力の自覚を獲得”し、さらには“新たな人間関係を作り出す”ことで回復していこうという企たくらみ――つまり、自分自身に目を向けるために提案したのです。
ところが、「毒親」や「アダルト・チルドレン・オブ・毒親」では、自分ではなく親のほうに注意のエネルギーを向けてしまいます。自分を変えることではなく、親を変えることに一生懸命。まさに、アル中の夫に飲酒をやめさせようと躍起(やっき)になっている妻と同じで「毒親共依存」です。その自分の姿に気づくこと、自覚することからすべてははじまるのではないでしょうか。
問題は、「毒親」や「AC」という言葉にあるわけではなく、それを自分に当てはめた人々の意図に歪(ゆが)みがあることでしょう。直線的な原因結果論を信じ、「親が自分に充分な愛情なり金銭を配給しなかったために、今の私になってしまった」「これもすべて親のせいだからしかたがない」という主張に、私は納得がいかないのです。
■「自分は悪くない」という言い訳に使っていないか
一方的に「毒親」のせいにしていても、何も変わりません。二者関係の一方を、独立した存在として「毒」と規定することはできません。一方的な被害者のような主張はおかしい。自分の責任を免(まぬか)れようとしています。自分自身の成長をストップさせ、思考停止し、「自分は悪くない」「自分は何もしたくない」、そんな言い訳や免責として「毒親」という言葉を使ってはいないでしょうか。
私は「親は悪くない。毒親と主張する子どものほうが悪い」と言っているわけではありません。問題のある親は確かにいます。彼ら彼女らは、子どもたちの場所(職場、結婚後の家庭など)に侵入して時間を奪い、将来を考えるゆとりもひまもなくしてしまいます。児童期(18歳未満)に長期にわたって異性の親の性的対象とされ、成人後も複雑性PTSDや境界性パーソナリティに悩まされている人々も少なくありません。
こうした親は、確かにトキシン(毒)を持つ親です。しかし、そうした毒を浴びた子どもたちの中には、「生き残る(サバイブする)」だけでなく「成長する(スライブする)」工夫をしている人々も少なくありません。そうした人々は、成長することに専念しているので、「毒親」などと言っているひまがないように見えます。
■私が「毒親論」が一面的すぎると主張するワケ
そもそも、親子関係というのは「共謀関係」です。例えば、いちいち子どものすることに口を出して干渉(かんしょう)しているお母さんと、それに応えて、“よい子”をやってしまう二者関係があったとします。母親が一方的に娘や息子にしかけて、こういう関係が成立するわけがありません。子どものほうにも甘えたい心があって成立する。
![斎藤学『「毒親」って言うな!』(扶桑社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/c/200/img_7cda9c9abddc8a5bb4af11ec5fea1812136107.jpg)
子どもといっても、本当に子どもの頃なら親に依存しても甘えても当然ですが、対等であるべき大人の二者関係になっても同じような関係が続いているのは、口には出さなくてもお互い相手に「そういう立場をとってね」という気持ちが透けて見えるから成立する。魚心(うおごころ)に水心(みずごころ)、お互いさまということです。
ここまで説明すれば、「毒親論」は一面的すぎるということがわかるでしょう。「毒親」が確かに存在することは前述の通りです。しかし、「毒親本」愛読者のほとんどの親は、意図的に毒だけを与え続けてきたわけではないと思います。
むしろ、「親にこうされたから自分はこうなった」という宿命論的な“私はダメだ精神”、そこからどうやって抜け出すかに目を向けてみてください。
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精神科医
1941年東京都生まれ。1967年慶應義塾大学医学部卒。同大助手、WHOサイエンティフィック・アドバイザー(1995年まで)、フランス政府給費留学生、国立療養所久里浜病院精神科医長、東京都精神医学総合研究所副参事研究員(社会病理研究部門主任)などを経て、医療法人社団學風会さいとうクリニック理事長、家族機能研究所代表。温かさや安心感などが提供できない機能不全家族で育った「アダルト・チルドレン」という概念を日本に広めた。著書に『すべての罪悪感は無用です』『「愛」という名のやさしい暴力』(ともに小社刊)など多数。
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(精神科医 斎藤 学)
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