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イェール大名誉教授「"日本財政は破綻寸前"だけじゃない! 財務次官論文のもう1つのフェイク」

プレジデントオンライン / 2022年2月18日 9時15分

■財務官僚は経済学の勉強不足

「日本財政は破綻寸前で、増税をしないとタイタニック号のように日本は沈没する」という、矢野康治財務省事務次官の論文(『文藝春秋』2021年11月号掲載)が話題となった。同氏の論文は政府の持つ実質資産を無視する点で、基本的なデータの理解が間違っていることは、『イェール大名誉教授「"日本財政は破綻寸前"はウソと断言できる理由」』で既に論じた。

その際、同論文には経済学の初歩である需要供給分析を理解していないのではないか、と思わせるところがあったので今回論ずることにする。

個人所得税、法人税、消費税など税金の直接の対象は、それぞれ個人所得、法人所得、消費額であるが、しかし、課税された主体に全部が負担されているわけではない。実は、課税負担をほかの経済主体に転嫁することができるからである。

図1は、ミクロ経済学の初歩に出てくる需要供給の図である。縦軸は価格、横軸は取引量を示す。例えば、自動車の市場で、需要は自動車価格が上がると減少するので右下がりの曲線であり、他方自動車価格が上昇するとより多くの供給が市場に出てくるので右上がりの曲線である。

したがって、自動車の価格は、図のMPで決まり、取引量はOMで決まる。このとき、自動車に消費税が課されると、需要価格と供給価格の間に税額だけのくさびがうち込まれるので、生産者価格はNS、消費者価格はNQとなる。税そのものは、企業など民間主体から政府への移転所得にすぎないが、価格の資源配分効果が損なわれるので、三角形PQSの「死重損」が社会から失われる。

四辺形AQSBの消費税収が生まれるが、そのうち青色で示した四角形AQRCの部分は、消費者が高い税込みの価格を支払うことで負担する。そして、残りのCRSBは生産者により負担される。ここで強調したいのは、消費税による税収の一部分が生産者に転嫁されるという点である。

円マーク
写真=iStock.com/MicroStockHub
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MicroStockHub

■消費者だけに負担を押し付けようとする

しかし、『文藝春秋』矢野論文を読んで不思議に思ったのは、「(欧州と違って)日本では、消費税はきちんと価格に転嫁しなければならないと法律で定めています」という指摘である。

その法律とは、「消費税転嫁対策特別措置法(消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法)」である(ちなみに、お役人は偉そうに見せるためか、法律に長い名前を付けるのが好きである)。

矢野論文を読んで、私は大変驚いた。

第一に驚いたのは、価格理論をまともに理解すれば、図1で示したとおり、消費税の負担は消費者に負担されるだけでなく、その一部は生産者や取引業者にも負担されるのだが、財務省の官僚トップが経済学の基本を理解していないことである。だからこそ取引量は、図1でいえば、PCからRCに減少して、生産者をはじめ社会の経済活動はマイナスの影響を受ける。

確かに一般に、消費税は消費者に課せられ、法人税は法人に課せられるので、前者は会社に有利、後者は個人に有利と考えられがちである。しかし、転嫁の可能性を考えると、「個人に有利」と言われる法人税でも従業員やその会社の消費者に負担が及び、「法人に有利」と言われる消費税でも企業収益にマイナスが及ぶ。

もちろん例外はあり、特別の場合には消費者に全面的な転嫁が不可能でもない。1つには、図2Aで示したように、供給曲線が完全に弾力的である、つまりその製品(やサービス)が無限に一定の価格で供給できる場合。あるいは、図2Bで示したように、供給の弾力性のいかんにかかわらず、需要曲線の弾力性がゼロ、つまり財の需要が価格と無関係に一定だけであるものの場合には、すべて消費者が負担することになる。

■消費税の全額を消費者が負担?

生産者が消費税課税以前よりも正確に増額した税額だけ高く売らなければならない社会では、取引額がより一層減少し、国民経済の負担(死重損)が増える。しかし、政府広報を見ると、矢野財務次官だけでなく、財務省はもちろん、消費者庁も公正取引委員会も、消費税の全額を消費者が負担するのが望ましいと考えているのがわかる。

「下請けに負担をかけるな」という意味だと弁護する人もいるが、ミクロ経済学の基本に反する政策を実行するのであれば、政府関係者にはどのような状況でミクロ経済学の理論が間違っているのかを説明する責任があると思う。

第二に驚いたのは、消費税転嫁対策特別措置法は、21年3月末に失効している。経済原理に合わない法律が失効することはいいことではあるが、21年11月に発表した同論文では、同法が現在も有効であるかのように説いている。

財務次官もいろいろ忙しいので、法律の失効時期や経済学の初歩を忘れているのかもしれないが、それを正す人はいないのか、制度や仕組みがないのか疑問である。

法の設定、運用と経済原理とに大きな矛盾が起こらないようにするため「法と経済学会」というものがあり、少なくとも学者と公正取引委員会との知的交流は存在する。

財務省も、行政官に経済学の理解が必要だと考えていることは事実である。財務省には「財務理論研修」というのがある。経済学者の岩田規久男氏が講師として出向き、当時財務省にいた本田悦朗氏にリフレ派の経済学を教育し、本田氏は第二次安倍内閣で安倍晋三首相(当時)にリフレ派の経済学を指南することで、アベノミクスが誕生することとなった。すなわち、同研修が「失われた20年」と呼ばれて衰退した日本経済を復活させた影の舞台となったのだが、今は機能していないのだろうか。

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浜田 宏一(はまだ・こういち)
イェール大学名誉教授
1936年、東京都生まれ。東京大学法学部入学後、同大学経済学部に学士入学。イェール大学でPh.D.を取得。81年東京大学経済学部教授。86年イェール大学経済学部教授。専門は国際金融論、ゲーム理論。2012~20年内閣官房参与。現在、アメリカ・コネチカット州在住。近著に『21世紀の経済政策』(講談社)。

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(イェール大学名誉教授 浜田 宏一)

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