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「100万円以上の赤字負担で、シェアハウス住まい」世界一周の国際NGOが職員に隠していたこと

プレジデントオンライン / 2022年2月16日 11時15分

ピースボートのクルーズツアーのパンフレット - 写真=田中圭太郎

■「地球一周の船旅」を支える疑問だらけの労働環境

「地球一周の船旅」と書かれたポスターを見たことがある人は多いだろう。旅行会社のジャパングレイスが販売し、業務委託を受けたNGOのピースボート(本部:東京都・新宿区)が運営する世界一周クルーズを宣伝するポスターだ。

2020年春、筆者はプレジデントオンラインで、ジャパングレイスがキャンセルの返金をめぐって観光庁や業界団体から指導を受けたことを報じた(20年4月28日「『200万円は返せない』世界一周クルーズ“ピースボート”の開き直り」)。クルーズの販売は継続されているものの、コロナ禍で今もクルーズは実施できないままだ。

記事公開後、筆者の元にピースボートのスタッフの労働環境に関する疑問の声が寄せられた。ピースボートでは「専従スタッフ」と「ボランティアスタッフ」が働いている。このうち専従スタッフはフルタイム勤務だが「給与は低く、手当は不十分」であるという。しかも、「赤字」が出た場合に多額の費用を負担する「責任パートナー制度」といった不透明な制度もある。

■「ずっとこんな給料で生活していくのだろうか」

「給料は本当に安くて、ずっとこんな給料で生活していくのだろうかと随分悩みました。夜10時過ぎまで残業する日が続いても、残業代は一切出ません。しんどくなって辞めました。あまりに大変だったので、辞める直前のことはよく覚えていません」

こう話すのは、以前ピースボートで専従スタッフとして働いていたAさんだ。すでに給与明細は捨ててしまったそうだが、通帳を見せてもらうと、20代前半の給与の振込額は15万円弱。ピースボートは、健康保険と厚生年金を会社負担する制度がなく、自分で国民健康保険と国民年金を支払っていたという。そうなると、実質的な手取りはさらに減ってしまう。

■クルーズ中の3カ月間は休みが一切ない

勤務実態を聞くと、時期によっては長時間の残業が続くが、基本的にはどれだけ働いてもサービス残業。日曜日にはクルーズの説明会のために出勤することが多かったが、残業代などの手当は支払われなかった。

ピースボートセンターとうきょうが入居する東京都内のビル
写真=田中圭太郎
ピースボートセンターとうきょうが入居する東京都内のビル(新宿区高田馬場) - 写真=田中圭太郎

世界一周クルーズにスタッフとして乗船すると、勤務はさらに過酷になる。クルーズ中の約3カ月間は休みがない。シフト勤務の考え方すらないため、睡眠時間が十分に取れない日も珍しくない。それでも残業代や手当は出ないのだという。

話を聞いていると、どのような雇用形態になっているのだろうかと疑問が湧く。しかし、本人も「よく分かりませんでした」と話す。ある程度の年数勤務したものの、退職金はなかった。

■「世界一周の船旅」のポスターを貼るのはボランティア

ピースボートの設立は1983年。この年に小笠原、グアム、サイパンなどを訪れ、第2次世界大戦を知る当事者に会いに行く旅を実施した。以後、世界一周クルーズを実施するようになり、国際的な社会問題に対して取り組む国際NGOとして活動している。

一方で、クルーズの販売については、95年からジャパングレイスが行うようになる。ピースボートの現在の収入は、クルーズの船内企画や、交流ツアーのコーディネートの費用など、ジャパングレイスからの業務委託費が中心とみられる。

ピースボートの運営には多くのボランティアスタッフも関わっている。街で見かける「世界一周の船旅」のポスターを貼るのはボランティア。お店に頼んでポスターを貼ってもらい、3枚ごとに1000円分のポイントが付与される。そのポイントをためることで、クルーズに参加できるシステムだ。また、クルーズに通訳などのボランティアで参加すると、やはり乗船費用が免除される。

ジャパングレイスの社員の採用は、就職情報サイトなどに載っている。一方、ピースボートの専従スタッフの募集は見つからない。関係者によると、専従スタッフの募集はボランティアスタッフの経験者に声をかけることが多いそうだ。世界一周クルーズに感動し、自分も一緒に働きたいと意欲をもった若い世代が、専従スタッフになることが多いという。

■事業の「赤字」を負担する「責任パートナー制度」

ところが、専従スタッフになると、程なくしてさまざまな問題に直面する。給与の低さや、社会保険制度の未整備、サービス残業などの労働環境については前述したが、それだけではない。「責任パートナー制度」という赤字補塡(ほてん)の仕組みがあるのだ。

ピースボートのホームページを見ると、責任パートナーを「複数の共同代表」と表現している。関係者によると、専従スタッフから責任パートナーになるには、3人の推薦人が必要で、その上で立候補を宣言して、認められる必要がある。

その際、誓約書にサインを求められる。コピーなどの控えはもらえない。Aさんが疑問に感じたのは、「出資金」を支払わなければならないことだ。

「責任パートナーとなると毎年5万円を払います。『出資金』と説明を受けました。さらに、何年かに1度は、『赤字が出たから』といって、お金を払うことが求められます。決して少ない金額ではありません。70万円のときもあれば、100万円以上になるときもあります。給料が安いので貯金はなく、どこかで工面するか、払えない場合は毎月の分割払いで給料から天引きされて、少ない手取りがさらに減ることになります」

■責パにならないと「本気でやっていない」と馬鹿にされる

これだけの金額を負担しなければならないのであれば、誰も責任パートナーになりたいとは思わないのではないだろうか。しかし、専従スタッフの間では、責任パートナーに立候補せざるを得ない雰囲気があるようだ。Aさんは話す。

「ピースボートのために働きたいのであれば、やっぱり責パ(責任パートナー)になるべきだと言われることが多いです。でも、ならなければいけない明確な理由は誰も言いません」

「立候補しないままでいると、『ピースボートのスタッフを本気でやっていない』と馬鹿にされることもあります。仕方がないので立候補しました。ただ、出資金も含め、責任パートナーから集めた金がどのように使われているのかは分かりません」

確かにピースボートのホームページを見ても、財務情報は掲載されていない。関連団体としての一般社団法人ピースボートいしのまき(現在は一般社団法人ほやほや学会に改称)は、財務情報を公開しているが、ピースボート自体はどうやら法人化していないように見てとれる。

■「年を重ねるにつれて将来を不安に感じるようになる」

一般的なNGOと比べて、ピースボートの労働環境に問題はないのだろうか。国際協力NGOセンター(JANIC)は、NGO職員の待遇や福利厚生の実態を明らかにする調査「NGOセンサス」を実施している。2019年の調査では、10月から12月にかけて、46団体から回答を得た。

給与と福利厚生について見ると、健康保険と厚生年金保険の制度を整備しているNGOは96%に上った。残業手当については70%、賞与は65%、退職金は57%と、半数以上のNGOで支給されている。住居手当は37%が支給されている。ピースボートはこの調査の対象ではないが、ピースボートの専従スタッフにはどの手当もない。

昇給制度はピースボートにもある。しかし、その基準は不明瞭で、年度初めに昇給額が告げられるだけ。Aさんは「数年ほど勤務しても、2万円アップするかどうかだった」という。

ピースボートセンターとうきょうへの入り口
写真=田中圭太郎
ピースボートセンターとうきょうへの入り口(新宿区高田馬場) - 写真=田中圭太郎

ピースボートの本部があり、多くのスタッフが勤務するのは東京・高田馬場。給与の低さから、スタッフ同士がシェアハウスで暮らすケースが多い。スタッフの誰かが所有する部屋を、複数のスタッフで借りる。部屋で飲み会を開くなど「楽しく過ごすことができる」そうだが、この労働条件では、年を重ねるにつれて将来を不安に感じるようになるという。

「労働関係の法律などが守られているのか、疑問に思いました。スタッフには40代の人もいますが、おそらく20代や30代前半で辞めていく人が多いのではないでしょうか」

■ピースボートは法人格のない「民法上の任意の組合」だった

Aさんの証言にもとづき、ピースボートに質問した。運営形態について、広報担当者は「民法上の任意の組合です。発足当初からこの形態で運営しています」と答えた。

民法上の任意の組合とは、基本的には2人以上の事業主が、利益の獲得や費用損失を負担するといった共通の目的のために出資する組合だ。つまり、法人格はない。また、社会保険の適用事業所ではないため、スタッフは自分で健康保険や国民年金を支払うことになる。スタッフの労働条件は、この運営方法に起因している。

一方、責任パートナーが赤字を負担する制度については、次のように説明している。

「クルーズのコーディネートをおこなう業務委託費などの収入に対し、家賃や人件費などの活動費が上回ると収支がマイナスとなり、責任パートナーが負担します。現在の責任パートナーの負担の有無、金額についてはお答えしかねます。当団体は、責任パートナーではない専従スタッフも活動しており、その方々に出資や経済的負担はありません」

■クラウドファンディングで3655万円超を集めたが……

コロナ禍になって20年以降の世界一周の船旅は延期になり、現在も実施には至っていない。苦境に立っていると考えられるピースボートを支援しようと、20年にはクラウドファンディングが立ち上がった。

「#がんばれピースボート コロナショックで船旅を出せないピースボートを助けたい!」と題したプロジェクトで、支援の中心となったのは過去にピースボートに乗船した人たちのようだ。20年7月30日までに、目標金額の3000万円を超える3655万円余りを集めた。

使途を聞いたところ、広報担当者は「家賃や人件費などの活動費として、全額を使用させていただきました」と回答した。しかし、収支報告などは公開されていない。

■「説明を受けたことはまったくありません」

以前専従スタッフとして働いていたAさんは、ピースボートが民法上の組合として運営されていたことは「まったく知らなかった」と話す。労働環境が法人とは異なり、責任パートナーになれば出資や赤字負担が求められる性質上、本来であれば事前に説明されるべきだが、説明を受けた記憶はないという。

「民法上の組合という形での運営という説明を受けたことはまったくありません。在職中もそのような説明をされていたという話は、他のスタッフから聞いたことがないですね。今回お話しさせていただいたのは、本来あってはならない返金のトラブルを20年に起こし、そして今もいつ始まるか分からないクルーズの販売を続けている陰で、苦しんでいるスタッフがいると思ったからです」

「クルーズに参加すれば楽しいですし、スタッフの仕事にもやりがいを感じます。けれども、その思いを踏みにじるような労働環境や責任パートナー制度には、やはり問題があるのではないでしょうか」

ピースボートは国際NGOとして長い歴史を誇り、知名度もある。今回、証言を寄せたAさんはピースボートの活動の意義を評価し、船内での勤務も「楽しかった」と振り返る。しかし、その活動内容は「やりがい搾取」だった恐れがある。どれだけ崇高な意義があるとしても、「好きでやっているのだから仕方ない」として若者から搾取するのは、ここでやめるべきではないだろうか。

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田中 圭太郎(たなか・けいたろう)
ジャーナリスト
1973年生まれ。早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒。警察不祥事、労働問題、教育、政治、経済、相撲、パラリンピックなど幅広いテーマで執筆。著書に『パラリンピックと日本 知られざる60年史』(集英社)。

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(ジャーナリスト 田中 圭太郎)

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