「自分たちが診る病気じゃない」そう考える医師が大半のままではコロナ禍は絶対に終わらない
プレジデントオンライン / 2022年2月12日 18時15分
■「救急受け入れが日本最多」の病院の苦悩
「3名全員、入院させないといけないの?」
電話をとった會田(あいだ)悦久(よしひさ)医師の顔が一瞬くもった。後ろで「まじっすか」と、つぶやく医師もいる。
今年2月、湘南鎌倉総合病院が運営する「コロナ臨時病棟」で、私が取材をしている時のことだった。もともとここにはすでに55人の中等症のコロナ患者が入院している。加えてこの日は、新たに入院を予定しているコロナ患者もいた。そこへさらに同院の救命救急センター(ER)から、「中等症と診断されるコロナ患者が3名搬送されてきたので、受け入れてもらえないか」という要請があったのだ。
「仕方ない。“救急患者を断らない”というのが、この病院のポリシーですから」と、會田医師が振り返って言う。同院ERは近年日本で最も救急搬送を受け入れている。
「どこも医療体制が厳しい今、救急患者の搬送が増えています。そしてERに中等症のコロナ患者が搬送されれば、このコロナ臨時病棟が受け皿になるしかありません」
■「5類引き下げ」が無意味に思えるほど現場は危機にある
コロナの第3波、第5波、今回の第6波と、私は同院の救急医療体制やコロナ臨時病棟を取材し、さまざまな媒体で記事を発表してきた。“医療逼迫(ひっぱく)”を訴えるためではない。同院をモデルとして各地域で「コロナと通常の救急」を両立する医療体制を構築し、一日でも早く国民が日常を取り戻せるようにと願って、原稿を書いてきたのだ。
だが今、現場を目にして、これまでとは違う厳しい状況を感じた。感染法上の分類について、メディアでは「感染拡大につながるから2類相当のままにするべき」「いやいや開業医でも診られるように5類に引き下げよう」などの意見の対立を目にするが、今はそのような議論が無意味に思えるほど現場は危機に陥っている。
ちなみに、私自身は以前から感染症法上の分類を「5類」に引き下げることに賛成の立場だ。昨夏のプレジデントオンラインへの寄稿<「在宅放置でコロナ死する人をもう増やしたくない」長尾医師が5類引き下げを訴える本当の理由>でもそう書いている。だが患者の搬送先が見つからず、断らない病院ばかりに負荷がかかりすぎている今は、新しい体制にすることでかえって混乱を招くかもしれない、とこの時思った。今回の記事で、現場の状況が少しでも伝わればと思う。
最初に、湘南鎌倉総合病院がこれまでどれほどコロナ患者を受け入れてきたかにふれておきたい。
■これまで2000人を超えるコロナ患者を治療
湘南鎌倉総合病院が最初にコロナ患者を受け入れたのは、2年前となる2020年2月14日、ダイヤモンド・プリンセス号に乗船していた2人だった。そして同年4月、病院の正面玄関横にプレハブの「発熱外来」を設置し、コロナ疑いは発熱外来、それ以外の疾患はERへという体制を整えた。同時に、コロナ専用の31床のベッドを備える仮設A病棟を病院から徒歩5分ほどの場所に設置した。
するとA病棟を建設中、神奈川県から「A病棟付近に臨時病棟を追加で建設したいので、運営をお願いできないか」と打診され、湘南鎌倉総合病院の篠崎伸明院長は了承。神奈川県はB、C、D、E、Fの5棟を「コロナ臨時病棟」として設置し、あわせて180床を確保。運営を湘南鎌倉総合病院に託した。
![湘南鎌倉総合病院の発熱外来](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/4/670/img_245dab290235147ea5c1e70343301897448700.jpg)
そうして5棟のコロナ臨時病棟は、中等症患者を集中的に受け入れる「重点医療機関」として2020年5月半ばにスタートを切った。これまで2000人を超えるコロナ患者を治療している。
■「今が最も厳しいと感じている」という理由
コロナ臨時病棟責任者である小山洋史医師が同院集中治療部部長と兼務するように、ここで働く医師の大半は通常所属している科や病院と掛け持ちだ。しかし會田医師は唯一といっていい、コロナ臨時病棟専属である。その會田医師がこれまでを振り返る。
「2020年5月、開設当初の入院患者は数人でしたが、夏の第2波では40人くらいまで入院患者が増えました。第3波(2020年12月から21年1月ごろ)は100人超え。第4波(2021年GW近辺)は常に40人くらい。そして第5波(2021年夏)では入院患者が120人まで達した時期もありました」
現在の第6波では入院患者は50人程度。第5波の半分程度である。しかし、「今が最も厳しいと感じている」という。なぜか。
「第5波から第6波の間まで3カ月くらい小康状態が続き、このコロナ臨時病棟も入院患者がほぼゼロというくらい落ち着いていました。あの期間に皆、緊張の糸が切れてしまったんです。第5波の時は本院の病棟を閉めて、そこを担当していた看護師さんを充てて100人規模の体制でしたが、第5波が終わった後、コロナ臨時病棟で長らく働いていたナースが辞めてしまい、戦力が大きくダウンしました。今はコロナに慣れている看護師さんが少なくなってしまいました。ですからたくさんの入院患者を受け入れることができないのです」
コロナ禍で同院の看護師にもインタビューをしたことがあるが、皆、生き生きと働いているように見えた。特別手当がつき、世の中から求められることが嬉しいと口にした看護師もいた。自分が感染する恐怖よりも、仕事へのやりがいが上回っていたのだ。
■「普段の給料では安すぎる」という声も聞いた
それが第5波が収束し、通常の仕事に戻った時、心にぽっかりと穴が空いたような心境になったのかもしれない。コロナを経て、自分の仕事の必要性や意義を改めて認識し、普段の給料では安すぎるという声も聞いた。
「看護師だけでなく医師も足りません」と、會田医師が続ける。
「人手を募集していますが、これまでのどの波よりも急激に感染者が増えすぎて追いつかないんです。増え方の波でいうと、第5波の5倍といってもいい。今日はもう6時間働いていますが、まだここに入院している55人の患者さんを一人も診察していません。昨日もドクターが2人で、1人につき30人の患者さんを診るような状況で、そのカルテの整理がぜんぜん終わっていないんです。そのあおりが翌日にきてしまうというのを繰り返しています。退院調整も手間取ると、一人に1時間弱くらいかかる。このまま終わらないんじゃないかと……」
前述したようにコロナ臨時病棟では180床を確保している。しかし、現状の医師や看護師の人数では60人の入院が限界だという。
![湘南鎌倉総合病院のコロナ臨時病棟外観](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/b/670/img_0bd7cbbfea6b9540866a14457a0c10c8489891.jpg)
會田医師は月に数回、神奈川県調整本部の業務も担っている。コロナ臨時病棟で働いている時は神奈川県調整本部から新規入院依頼がくるわけだが、その逆パターン、つまり會田医師(神奈川県調整本部)の側から各医療機関にコロナ患者の入院をお願いする役割だ。その業務を担っていると、どの病院も全てのベッドを稼働させるだけのマンパワーが足りていないとひしひしと感じるという。
■「誰かが診てくれるだろう」という他人任せな姿勢
「確実にくる第6波のために看護師を確保してくださいと僕たちは県に訴え、ここでも先月末から派遣のナースに研修を行い、いざというときに備える予定でした。しかし思いの外、その波が早く、圧倒的に感染者が増加したため研修を行えませんでした。今となっては、もっと早くから診る人間、医療従事者を確保しておくべきだったと思いますが……。一方でコロナがまだ“自分たちが診る病気じゃない”と思っている医師はたくさんいるはず」(會田医師)
![湘南鎌倉総合病院の會田悦久医師](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/2/670/img_126133387ca8092047381d0caadf7b47380314.jpg)
コロナ発生から2年経ち、一般の人々はコロナに慣れつつあるが、かえって医療従事者のほうが「自分たちが診る病気」という認識が低いのかもしれない。
実はそのような「自分ごとじゃない」という意識は、コロナ発生より前の救急医療と同じなのだ。特に都会は「誰かが診てくれるだろう」「どこかの病院が受け入れてくれるだろう」という他人任せな姿勢で、“たらいまわし”が日常茶飯事だった。冬は毎年、インフルエンザの患者でERの現場はごったがえしていたが、手が空いている医療機関や医師が手伝おうとする姿勢はなかった。
そのような中でも患者を受け入れようと努力してきた医療機関は、このコロナ禍でも何とか乗り越えようと工夫している。つまり、今逼迫している地域や医療機関は、コロナの前からそうだっただろうと私は言いたい。
■「コロナに真正面から立ち向かえるのは医者だけ」
オミクロン株は重症者の割合は少ないが、それなら医療従事者にとって扱いやすい疾患かというとそうでもないという。會田医師は「すごいのがきたなって感じ」と話す。
「第6波はコロナという単一疾患を診ている感じが全くないんですよ。第5波はステロイドを増やす、この薬はいつまで続けるかという二択が多かったのですが、今は合併症や基礎疾患を考慮しながら治療の選択をしていかなければなりません」
![湘南鎌倉総合病院の會田悦久医師](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/3/250/img_033d82a3923670b6aa9173d7b539e4d3245350.jpg)
実は會田医師は、コロナ発生当初、ベトナムの医療機関で働いていた。ベトナムではコロナ専門病院でしかコロナを診ることができなかったため、日本に帰国し、出身地である神奈川県で地域医療に貢献したいと思ったという。そして湘南鎌倉総合病院が運営するコロナ臨時病棟で人手を募集していたため、手を挙げたのだった。
「コロナに真正面から立ち向かえるのは、医者という職種だけですよね。ほかの職種ではできないことだから、医者としてコロナの診療に加わりたいと思ったんです。でももともとは3カ月経ったらベトナムに戻る予定で来たんですよ。荷物もまだベトナムにあるくらいで。国の行き来が簡単でなくなり、戻れなくなって、出張が続いている感じです。あれからもう2年も経つんだなという気がしますね」
■コロナは「弱いものいじめが大好きな病気」
いってみれば“外から”きた医師であるが、今や日本最大級のコロナ病床をもつ場所でリーダー的役割を担っている。
「僕は最初からコロナを怖いとはあまり思っていませんが、弱いものに牙をむくというか、弱いものいじめが大好きな病気ですよね。振り返ればどの波も特徴があり、その時々の武器(薬や治療法)も違いました。だから同じことを繰り返しているという感じではなく、試行錯誤しながら治療はどんどんうまくなってきていると思います。医者としての経験は確実に増えました。
今後は治療薬が定まり、“コロナと共存”が当たり前の世界になれば、いろんな規制が撤廃され、コロナ専用病院なんていらなくなる。僕たち絶滅危惧種の職業ですよ。でもそれでいいと思うし、これが最後の戦いだと思ってやっています」
ただ現在は第6波のピークを迎えるところで、これを越えるにはまだあと1~2カ月かかると、會田医師はみる。
■「高齢になれば人は死ぬ」という現実を受け入れられるか
その間、感染症法上の分類にとらわれず、自分たちがコロナを診なければいけないと認識する医師は増えるだろうか。何よりも今は治療に参加する医師が増えることが重要なのだ。
そして国民は、かつてのインフルエンザでごったがえしていたような医療現場や、「高齢になれば人は死ぬ」という現実を受け入れてくれるだろうか。
![転院搬送の様子](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/9/670/img_f9bd459f1d496214aca4b8edafc589cf435619.jpg)
コロナより前から救急の現場では、「何でも診られる医師」が増えることを願い、「高齢者の終末期」が何より課題だったのだ。「命は大切」は正論だが、高齢者にとって「救命すること」が必ずしも幸せにはならない。
医療現場でも、国民にとっても、コロナが「当たり前のようにそこにあるもの」という認識に変わった時、この騒動が収束するのだと改めて思う。
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ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)など。新著に、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)がある。
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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)
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