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これが本当のリーダーシップ…外国人観光客を取り戻すためにギリシャ首相がやったこと

プレジデントオンライン / 2022年2月15日 12時15分

2021年10月21日、ベルギーのブリュッセルで開催されたEU首脳会議に出席したギリシャのキリアコス・ミツォタキス首相。 - 写真=EPA/時事通信フォト

財政危機に苦しんだギリシャ経済がV字回復している。その要因となっているのが「観光政策」だ。コロナ禍にもかかわらず、ギリシャには多くの外国人観光客が訪れているのだ。ギリシャ在住ライターの有馬めぐむさんは「感染対策は日本より厳しい。だからこそ外国人観光客もギリシャ国民も安心できる環境となっている」という――。

■EU加盟国の中で飛び抜けて経済成長しているギリシャ

ギリシャといえば2010年代に欧州を揺るがせた財政危機の印象が強い国だろう。その後も長い間、景気の低迷から抜け出せないでいた。ところが昨年12月、欧州統計局は、2021年第3四半期のギリシャのGDP成長率(前年同期比)がユーロ圏で最大の13.4%だったと発表した。

ユーロ圏の平均成長率は3.9%なので驚異的な数字と言える。ギリシャのスタイクラス財務相は「過去9カ月間の成長率は9.3%に達し、政府が立てた予測値6.9%を大幅に上回った」と述べた。

この大復活は観光政策によるところが大きい。

新型コロナウイルスによるパンデミックが続く中、どのようにギリシャはインバウンド需要を取り戻したのか。

■国民への助成金は約1週間で振り込まれた

近年、政権交代が激しかったギリシャでは、現在、中道右派の新民主主義党(ネア・ディモクラティア)が政権政党だ。ミツォタキス首相(2019年7月~)は父が首相、姉が外相経験者という政治家一家出身である。米ハーバード大、スタンフォード大を卒業後、経済アナリストとしてチェース・マンハッタンに勤務した経歴を持つ。

新型コロナウイルスの感染拡大当初から、ギリシャ政府の初動対応は早かった。

2020年1月15日、まだ欧州ではコロナ感染者が発見されていなかったが、アテネ国際空港では到着者の発熱スクリーニング検査を開始していた。

2月下旬以降、イタリアやスペインで感染が急拡大し、すさまじいオーバーシュートを引き起こしていたが、ギリシャは早めの水際対策で、他の欧州の国々に比べ感染拡大は抑えられていた。それでも3月10日に幼稚園から大学に至るまで全ての教育機関が休校、23日から完全なロックダウンとなった。

当時は毎日のように、ミツォタキス首相のテレビ演説や、保健省と市民保護省から、国内の感染状況や有効な制限措置、国民一人ひとりが守らなければならないことについて、真摯(しんし)な説明が行われた。同時に各方面への経済的支援策も速やかに決定し、各種助成金や、国民への補助金も申請後1週間前後で振り込まれた。

■全ては1年後のインバウンドのために動く

ロックダウンが解除となり迎えた20年の夏、ギリシャは欧州において感染拡大が抑えられてはいたが、やはりワクチン普及の前とあって、外国人旅行者の数は前年と比べ激しく落ち込んだ。

ギリシャ政府は、観光業の起死回生をかけて、ワクチン接種が進むと予測された21年に向けてインバウンド戦略を練り始めた。

まず、20年の秋から21年の春まで半年近くに及ぶ2回目のロックダウンで感染者の拡大を抑制し、21年の観光オンシーズンの初夏に備えた。

ロックダウンの半年間、学校は休校でオンライン授業(保育園、小学校は一時期対面授業)。外出が許されるのは、生活必需品の買い物、治療、やむを得ない出勤、社会的距離をとった運動、介護が必要な人への訪問など数項目のみ。

外出時は許可証を携帯電話のSMSか用紙に記入して申請、IDとともに所持する。マスク着用義務、集会等も禁止で、違反したら多額の罰金が科せられた。

ワクチン接種開始も他国に比べ早かった。20年の年末から医療従事者や高齢者を優先しながら始まり、21年に入ってからも急ピッチで進められた。

本格的なバカンスシーズンの前には全ての年代が必要回数の接種を受けることが可能だった。ギリシャにはサントリーニ島、ミコノス島をはじめとした世界的なリゾートの島が多くある。島民はほぼ全員、観光産業に従事しているため、接種1回タイプのワクチンを供給するなど島民への接種も迅速だった。

■ギリシャ首相が推し進めた「ワクチンパス」

現在、EU加盟国内ではEUデジタルCOVID証明書(グリーンパス)があれば、コロナ禍でも比較的容易に行き来ができるようになったが、これは元々ギリシャのミツォタキス首相のアイデアだった。

21年2月の時点で、ミツォタキス首相は国内外のメディアに、ギリシャの感染拡大が抑えられていることをアピールするとともに、この彼の提案を繰り返し説明していた。

ワクチン接種済みの人にはQRコード付きのパスを与え、EU内の行き来を自由にするという案だ。その時点でEUの数カ国が関心を寄せており、ミツォタキス首相は加盟国間での最終的な合意への期待を強く表明していた。

そして3月、欧州委員会が正式にこのアイデアを採択した。

グリーンパスのQRコードに含まれるセキュリティー機能の検証は急ピッチで進められ、予定より1カ月前倒しで6月1日から、ギリシャ、ブルガリア、チェコ、デンマーク、ドイツ、クロアチア、ポーランドの7カ国が最初に稼働を開始した。

■2021年夏のインバウンドはギリシャの一人勝ち

ギリシャのインバウンド戦略は、ただ規制を緩和したわけではない。感染対策の規制はむしろ厳しく、加えてワクチン接種など感染予防のための施策を徹底し、それを証明するシステムを作ったのだ。

ギリシャの観光のオンシーズンは初夏からだ。グリーンパスのおかげで21年は、いち早く外国人旅行者を受け入れることができた。

世界中でパンデミックが続いていたにもかかわらず、同年の7月と8月は、欧州の国々のなかで最多の200万人以上の外国人旅行者を迎え入れた。秋口になっても多くの外国人旅行者を見かけた。

旅行者を受け入れるギリシャ国民の大半がワクチンを必要回数接種済み。そしてグリーンパスによりギリシャに入国した外国人旅行者もワクチン接種完了、PCR陰性等が確認済みで、お互い「感染を防ぐためにすべきことはした」という意識の共有が安心感をもたらしたと思う。

それは筆者自身が肌で実感した。20年の夏にアテネ近郊の海辺で休暇を過ごしたが、アジア人の外見に、警戒するようなそぶりを見せる人はいた。しかし21年の夏は、地方にも足を運んだが、どこでもコロナ禍以前と同様の温かいもてなしを受けた。

同時期、日本はワクチン接種が進まないうちに五輪開催に踏み切った。大会期間中、開催都市の東京では感染が急拡大したが、ギリシャの国内状況はそれとは対照的だった。

国立公衆衛生機関によるシンタグマ駅での抗原検査
撮影=筆者
国立公衆衛生機関によるシンタグマ駅での抗原検査。無料。撮影2021年7月。 - 撮影=筆者

■昨年の観光収入は約1.37兆円

今年1月21日のギリシャ銀行の発表によれば、21年の1月から11月までの外国人旅行者は1430万人。観光収入は104億ユーロ(約1.37兆円)で20年同期43億ユーロの144.6%増だった。

これはインバウンドの流入が96.8%増加したことに加え、1回の旅行あたりの平均支出額が22.6%増加したことによる。当初の目標値である19年同期の利益5割を上回る大復活だった。

■「観光戦略はポストコロナ社会への橋渡し」という大局観

ミツォタキス首相はインバウンドの観光復興計画を「ポストCOVID時代への橋渡し」をするためのものだと述べている。

夏の観光オンシーズンが終わってもホテルや飲食店などのスタッフは「COVIDフリー」の目標を掲げ、非常に注意深くコロナ対策に励んでいる。

アテネ都心のショッピングストリート・エルムー通り
撮影=筆者
アテネ都心のショッピングストリート・エルムー通り。各店舗の入り口ではワクチンパスとIDの確認、人数制限が行われている。 - 撮影=筆者

筆者は昨年の11月にギリシャの世界遺産メテオラを訪れたが、ホテルや飲食店は律義に全ての客に対し、屋内スペースだけでなくテラス席でもワクチンパスとIDの提示を求めていた。屋外でも旅行者も地元の人々も皆、マスクをしていた。

オミクロン株の出現で、昨年11月からギリシャの感染対策は再び厳しくなっている。スーパーや公共交通機関利用の際は高規格のKN95マスク、または2重マスク(サージカルと布製)の着用が義務。飲食店の従業員も同様だ。飲食店や娯楽施設は時短営業、立食や音楽も禁止されている。(今月末までに段階的な解除が検討されている)

■検査キットは薬局で無料配布

年初から学校が再開したが、全ての幼稚園児・小中高生に加え、ワクチン接種完了済みの教員に対しても、週2回のセルフテストによる陰性証明の提示が義務付けられている。

子供たちにはとっては困難な措置だが、これもなんとか対面授業を続けていくためだ。抗原検査キットは社会保障番号の提示で、薬局で無料配布されているのは評価すべきことだと思う。

親の社会保険番号を見せて薬局で配布される抗原検査薬
撮影=筆者
全ての幼稚園、小中高生に加え、教員も週に2回のセルフテストによる陰性証明提出が義務。親の社会保険番号を見せて薬局で配布される抗原検査薬。無料。 - 撮影=筆者

筆者は既に昨年12月初旬に3回目の強化接種を受けたが、2月7日より2回目のワクチン接種から7カ月(接種1回タイプのワクチンは3カ月)を過ぎるとワクチンパスが無効になることが決定し、若年層でも3回目の接種を受ける人が増えている。

多岐に及ぶ厳しい措置だが、ポストCOVID社会として、おのおのが感染防止に励み、外食や買い物をし、学校や職場に通って、経済を回していくことは必要不可欠だと国民は理解している。

■「みんなクリーン」という安心感

ギリシャでは感染拡大で病床不足になればロックダウン、解除されればルールを守りつつ外出したい人はどんどん出掛けるというメリハリがある。

感染対策措置が厳しい分、規制が緩和されれば“自粛”という曖昧な概念はなく、旅行や外食をしても白い目で見られることはない。それによって飲食店やホテルなどのサービス業も潤って生き残れる。

その背景には、早めのワクチン接種とそれを証明するワクチンパスによって外食、旅行などができることがある。レストラン等で空間を共有している人々は、皆“クリーン”という安心感がある。

■無料の抗原検査場が全国にある

また、ギリシャでは容易に検査キットが入手でき、全国の都市の広場などで無料の抗原検査も行われている。検査で医学的、合理的に行動を判断できるから、日本のように「なんとなく外出を控える」ということもなくなる。

経済協力開発機構(OECD)加盟国の1000人あたりの1週間平均の検査数(データ:OUR WORLD IN DATA)を見ると、ギリシャは常時20~30件以上で、イスラエル、デンマーク等と共に最も検査数が多い国のひとつ。ちなみに日本は検査数が極めて少なく1件前後、メキシコと同等の下位に位置する。

■日本は“ネオ鎖国”状態から脱却できるか

パンデミックが始まって2年以上が経過し、世界の状況は激変している。

“鎖国”状態の日本もやっと海外から日本に入国する際の各種手続きがデジタル化する「VISIT JAPAN WEBサービス」を昨年12月に開始した。

以前は海外で発行された陰性証明書等が到着時に拒否されたりすることが大問題になっていたが、それが事前にオンライン登録できること、また数種類のアプリをダウンロードしなければならなかった煩雑な手続きが一元化され、多少は簡素化するようだ。

しかし操作説明書にアクセスすると50ページ以上あり複雑で、EUのグリーンパスのように容易に利用できるとは言い難い。

日本も早く国内外に向けて社会活動を活性化できるような簡素化、効率化したシステム構築と安心安全な感染対策をして、ポストCOVID社会に切り替わっていくことが肝要だと思う。

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有馬 めぐむ(ありま・めぐむ)
ライター
1995年白百合女子大学文学部卒業後、出版社で記者職を経験。国際会議コーディネートの仕事でギリシャに滞在後、2007年よりアテネ在住。ギリシャの観光情報やライフスタイル、財政危機問題、難民問題、動物保護など、多角的に日本のメディアに発信している。著書に『「お手本の国」のウソ』(新潮新書、2011年、共著)、『動物保護入門ードイツとギリシャに学ぶ共生の未来』(世界思想社、2018年、共著)などがある。

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(ライター 有馬 めぐむ)

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