「巨大IT企業も安泰ではない」ダメ企業になりつつあったマイクロソフトが劇的に復活できたワケ
プレジデントオンライン / 2022年2月16日 9時15分
※本稿は、冨山和彦、木村尚敬『シン・君主論 202X年、リーダーのための教科書』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■どうやって問題を早期発見するか
――『君主論』第3章より
イタリア半島の小さな都市国家から始まった古代ローマは、次々と領土を拡大し、やがて地中海世界の全域を支配する大帝国を築いた。
これだけの繁栄を築けたのは、ローマ人が獲得した領土に植民を送ったからである。新たな支配者は自分に忠実な人々を植民として派遣し、その地域に残っている強大な勢力を弱体化させ、自身の支配体制を完全なものにした。
もしこれらの方策を実行しなければ、いつかまた地元勢力が力をつけて反旗を翻したり、国内の混乱に乗じて外国勢力を引き入れたりするかもしれない。
将来の紛争を予見し、早い段階で対策を施すことでそれを回避する。これがマキャベリの言う「すべての賢明な支配者のなすべき事柄」である。
どんな病も、早期に発見して治療を施せば、回復の可能性も高まる。いよいよ末期という段階になって薬を与えても、時すでに遅しである。
だが問題は、病の初期にそれを見つけるのは難しいことだ。国の統治も同様で、将来の災いをはるか以前から知ることができれば、ただちに対処して未然に防ぐことができるが、それは決して容易でない。
だからこそ君主は、先を見通す目と早期に方策を施す実行力が必要なのである。
■撤退するとしても早めがいい
企業経営においても、リーダーが将来の災いをいかに早いタイミングで見通せるかが重要となる。
事業の競争力が回復不能なレベルまで悪化した段階なら、撤退するしかないことは誰にでもわかる。ただそうなると、かなり大きな痛手を負っている状態なので、仮に大手術をするにしてもそれなりの負荷とコストがかかるし、回復をするにしても時間や費用などの面から多大なリカバリーコストがかかってしまう。
そのため、リーダーが問われているのは、3年前にこうなることを予見し、その時点で撤退を決断できるかだ。
先を読むには、事業の経済合理性を突き詰める力が必要となる。
事業について何らかの兆しが表れ始めた初期段階では、将来についてさまざまな可能性が考えられる。
例えば、ある海外拠点の市場が飽和しつつあったとき、このまま成長が頭打ちになる可能性が高い一方で、極端なことをいえば、競合企業が何がしかの不祥事を起こして戦力が弱体化する、自社製品が大ヒットするなど、いきなり二桁成長に転じる可能性だってゼロではない。未来のことは誰にもわからないので、どんなシナリオも起こり得るのだが、それを言っていたら先を読んで行動することはできない。
![会議室でミーティングする3人のビジネスマン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/5/670/img_6549603767082ca761e651fc11769d6e390726.jpg)
■パターンを理解すると先が読めるようになる
よってリーダーは、経済合理性を徹底的に突き詰めて、事業の行く末を冷静に見る必要がある。具体的には、事業の「エンドゲーム」のパターンをできるだけ多く知り、自社の事業特性ならどれに当てはまるかを考えることが有効となる。
エンドゲームとは、事業の市場・競争環境がどのような形で安定化するかを意味する。例えば半導体メモリや液晶パネルのように、資本集約型のグローバルビジネスで、かつ時間の経過とともに製品のコモディティ化が進む事業は、最終的に生き残るのは競争力に勝る世界最大手を含めた数社だけで、他はすべて吸収されるか撤退を余儀なくされる。
つまり「経済合理性を踏まえれば、この事業は最後にこうなる」というパターンを理解することで、早い段階で先を見極めることができるわけだ。
実は上記の話は至極当然の話で、事業経験を積み重ねてきたリーダーにとっては困難ではない。リアル世界においては、合理的な答えを出すことよりむしろ、それらを不確実性の中でリスクをとって決断できる胆力があるかどうかが求められる。いくら先を予見する力があっても、それに基づいて意思決定できるかどうかはまた別だ。
日本企業は総じて意思決定が遅く、それゆえにエレクトロニクスをはじめとする多くの事業が悲惨な目に遭ってきた。
■決断の先延ばしが全員を不幸にする
事業の拡大や他社の買収といった「足し算」の意思決定ならまだしも、撤退や売却といった「引き算」の意思決定はできるだけしたくないと考える。
傷が浅いうちなら手の施しようがあったにもかかわらず、決断を先延ばしにしたばかりに、その事業に関わる全員が不幸になってしまったケースは枚挙に暇がない。
私が関わったある企業では、経営者が早期退職募集の決断を渋り、もはやここまでという危機的状況に陥った局面で、ようやく人的リストラに踏み切った。だが会社に残された資金はほとんどなく、退職金の割り増しは月給の6カ月分が精一杯だった。
一方、2020年に早期退職募集をした三菱ケミカルは、最大で月給50カ月分を上乗せすると発表して注目を集めた。中長期的に先を見据えてジョブ型雇用に転換するための対応であり、会社の財務にはまだ余裕があるからできたことである。
かたや半年分、かたや4年2カ月分である。どちらが社員にとって幸せかは一目瞭然だろう。
先を予見して早い段階で意思決定した三菱ケミカルのリーダーの胆力は、高く評価されるべきである。
■祖業に見切りをつけて復活を果たしたマイクロソフト
ビジネスの歴史を見れば、リーダーの意思決定が早かった事業ほど、その後に大きな繁栄を実現している。
パソコン用OSとソフトウェアの会社だったマイクロソフトは、今やすっかりクラウドサービスの会社に変貌した。一時はモバイル化やクラウド化への対応が遅れて業績の停滞を招いたが、3代目CEOに就任したサティア・ナデラ氏が「脱ウィンドウズ」を掲げてクラウド事業に参入したことで、劇的な復活を遂げた。
あれだけの巨大企業が自社の礎を築いたソフトウェア販売というビジネスモデルと決別し、大胆な戦略的ピボットを実行したことに世間は驚いたが、リーダーの意思決定があればそれが可能だと証明してみせた形だ。
時代をさかのぼれば、インテルは半導体(DRAM)メーカーだったが、日本メーカーの攻勢を受け、1980年代には早くも撤退を決める。そしてマイクロプロセッサーへの重点投資に踏み切ったことで、同社は圧倒的ナンバーワンの地位を確立した。
日本でも、富士フイルムはコア事業であるフィルム需要の急減を予見し、2000年代初頭から構造改革を推進して、ヘルスケア事業を新たな収益の柱に育て上げた。同業のコダックが環境変化に適応できず、破産に至ったのとは対照的である。
インテルや富士フイルムの事例も、いわば祖業に見切りをつける形でのピボットであり、強いリーダーの意思決定なくしては、実現は不可能だっただろう。
![冨山和彦、木村尚敬『シン・君主論 202X年、リーダーのための教科書』(日経BP)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/c/200/img_ac1d27830e2a3d2b95b187d9efdf3efc258797.jpg)
一時代を築いた既存事業がある会社ほど、構造改革は難しい。
現場の抵抗もさることながら、すでに経営を退いたOBからのプレッシャーも大きい。「我々が育てた事業を撤退させるなんて、栄光の軌跡を否定するつもりか」というわけである。相手が若い頃に世話になった元上司だったりすると、弱いリーダーはしがらみに負けてすぐに折れてしまう。
破壊的イノベーションの時代を企業が生き抜くには、「誰がなんと言おうと決める」という胆力を持ったリーダーが必要だ。常に事業の先を見極めようとする姿勢を持ち、経済合理性に基づいて判断して、決断したら一気に実行する。
そんなリーダーだけが、会社を将来の災いから救えるのである。
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経営共創基盤(IGPI) 共同経営者マネージングディレクター
慶應義塾大学経済学部卒業。IGPI上海董事長兼総経理。IGPIでは、製造業を中心に全社経営改革(事業再編・中長期戦略・管理体制整備・財務戦略等)や事業強化(成長戦略・新規事業開発・M&A等)など、さまざまなステージにおける戦略策定と実行支援を推進。著書に『ダークサイド・スキル』(日本経済新聞出版社)など。
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(経営共創基盤(IGPI) 共同経営者マネージングディレクター 木村 尚敬)
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