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「建前ばかりのリベラルはクソだ」そんなトランプの言葉にアメリカ国民が熱狂したワケ

プレジデントオンライン / 2022年2月19日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LPETTET

ドナルド・トランプ前大統領は、いまでもアメリカで強固な支持がある。なぜそこまで人気なのか。哲学者の岡本裕一朗さんは「『ビジネスマン』を『ビジネスパーソン』と言い換えるなど、アメリカでは年々、ポリティカル・コレクトネス(PC)が厳しくなっている。これに対しトランプは『この国にはPCなバカが多すぎる!』と公言。これに溜飲を下げた人々が支持者となっている」という――。(第1回/全2回)

※本稿は、岡本裕一朗『アメリカ現代思想の教室 リベラリズムからポスト資本主義まで』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■アメリカの底流に流れる「反知性主義」

2016年の大統領選挙でトランプが勝利するころから、「反知性主義(Anti-intellectualism)」という言葉が流行り出した。もともとは、リチャード・ホフスタッター(1916〜70)が1963年に出版した『アメリカの反知性主義』に由来した言葉である。

それによると、アメリカは建国以来「知性に対する憎悪」(反知性主義)が底流にあり、ときに応じてそれが噴出し、社会の中に深い対立を生みだすとされる。トランプが大統領選挙で勝利したのは、まさに「反知性主義」の現代的な表われだと見なされたのだ。

たしかに、民主党のオバマ大統領のときは、演説にしても記者会見にしても、理路整然とした形で行なわれていた。これは、知性主義と呼ぶこともできる態度であろう。それに比べ、トランプの場合は、感情むき出しで、話も上品ではなく、あたかも「反知性主義」に見えたかもしれない。したがって、トランプの勝利は、まさに「反知性主義の勝利」と言いたくなるだろう。

■「トランプ=反知性主義」では何も理解できない

しかし、トランプを「反知性主義」と規定したところで、何も分からないだろう。というのも、「知性主義か反知性主義か」ということが選挙で問題になったわけではないからだ。そもそも、トランプを支持した人が、すべて「反知性主義」であったわけではない。

おそらく、トランプを批判する人たちは、「トランプ派=反知性主義=無知な大衆」といった図式を前提としたのであろう。しかしながら、これはあまりにもステレオタイプな見方と言うべきである。

では、トランプ派の戦略を理解するには、どう表現したらいいのだろうか。トランプがSNSを使ったメディアにおいて訴えたとき、いったい何を問題にしたのかが重要である。それをここでは、人々が抱く「無意識的な欲望」と呼ぶことにしよう。トランプは巧みなメディア戦略によって、こうした無意識的な欲望を喚起し、それに表現を与えていったように見える。

■トランプの発言に仕込まれた無意識への“仕掛け”

もちろん、国民の無意識的な欲望に働きかけるのは、トランプ派だけではない。他の陣営にしても、同じように働きかけている。それにもかかわらず、人々がトランプを選んだとすれば、トランプ派のスローガンのうちに、自分たちの欲望の表現を見出したのである。

それでは、国民の無意識的な欲望を、いったいどう理解したらいいのだろうか。それが最もよく分かるのは、通称「PC」と呼ばれる「ポリティカル・コレクトネス」に対するトランプの態度である。

というのは、トランプはしばしば、「ポリティカリー・コレクト(politically correct)でないのは分かっているが、……」という形で言い訳をしたうえで、彼のホンネを語るのである。そしてこのホンネは、通常は表現するのが禁止されている人々のホンネでもある。こうして、国民の側としては、トランプの発言を聞きながら、思わず納得するという仕掛けになっている。

■「メリー・クリスマス」さえ言えなくなった

「ポリティカル・コレクトネス」について言えば、アメリカで1980年代ごろから一般的に使われるようになった言葉で、人種・宗教・性別などにかんして差別や偏見を含まないように、表現や用語に注意することだ。最近は、日本でも同じような傾向が見られるので、言葉は別として、よく知られているだろう。以前だったら、ごく普通に使っていた言葉でも、今ではいろいろな言葉が「差別語」として、使用されなくなっている。

たとえば、「インディアン」は「ネイティブ・アメリカン」、「黒人」は「アフリカ系アメリカ人」、「ビジネスマン」は「ビジネスパーソン」などは、すでに一般化している。さらには、他の宗教を考えると、「メリー・クリスマス」さえ言えなくなっている。

これは、社会で地位を確立したエリート層にとって、とくに重大問題と言えるだろう。PCで定められた暗黙のルールを破ると、人々から糾弾され社会からも葬られることにもなりかねない。こうして、最近では、過剰とも言える傾向が生み出され、ますますエスカレートしている。

たとえば、以前だったら「人間」や「人類」を表現するとき、「man」を使い、代名詞としては「he」で受けていたのが、PCでは「女性差別」ということで許されなくなる。そのため、けっこう煩雑な表現をせざるをえなくなるのである。

■「ポリコレなんてクソくらえ」トランプが代弁した本音

これに対して、トランプはあっさりと公言するのである。「この国にはPCなバカが多すぎる!」あるいは、「アメリカが抱える大きな問題は、ポリティカル・コレクトネスだと思う」。――これを見て、溜飲が下がる思いをした国民は少なくなかっただろう。

今まで、政治家にしても、エリートにしても、PCを攻撃することは、できるだけ避けてきた。「タブー視」してきたと言った方がいい。心の中では、PCのルールに必ずしもすべて同意するわけではないとしても、異議を唱えることは得策ではないと考えていたのである。ところが、トランプは、それをあっさり超えてしまったわけである。

トランプは白人たちの無意識的な欲望を、いわば代弁していると言えるだろう。今まで、PC的に抑圧され、検閲されて表に出すことができなかった鬱憤(うっぷん)や怒りといったホンネの部分を、トランプはすっきりと表現してくれたわけである。こうして、トランプはPCを攻撃しつつ、国民の無意識を掬い上げていったのである。

2015年10月10日、ジョージア州・ノークロスでの2016アメリカ大統領選挙選でのトランプ氏と熱狂する人々
写真=iStock.com/olya_steckel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/olya_steckel

■アメリカ現代思想とは“タテマエ”の思想だった

岡本裕一朗『アメリカ現代思想の教室 リベラリズムからポスト資本主義まで』(PHP新書)
岡本裕一朗『アメリカ現代思想の教室 リベラリズムからポスト資本主義まで』(PHP新書)

このように見ると、トランプが何を変えたのかが分かってくるのではないだろうか。今まで、政治でも思想でも公言することができず、たえず抑圧されてきたホンネの欲望――これが噴出するようになったのである。そして、それを表現する思想が新たに生まれつつある。

今まで、アメリカの現代思想と言えば、言ってみれば、PCのコードにしっかりと守られたタテマエの思想だった。良識的な意識を代表するエリート層の思想と言ったらいいかもしれない。

それをひとまず、「リベラル・デモクラシー」派と呼ぶことにしよう。PCが1980年代に広まるとき、リベラル派が提唱した「アファーマティブ・アクション」が大きな力になったことはよく知られている。これは、「積極的是正措置」とも訳され、差別を撤廃するために就職や入試などで弱者集団を優遇するものだ。具体的には、アフリカ系や南米系の人には点数が加算され、素点の高い白人の学生よりも入学しやすくなる。

■トランプは思想のルールを根底から変えてしまった

また、PCが浸透したのは、グローバリゼーションの進展によって、多文化主義が強調されたことも影響している。こうした多文化主義の基本にあるのは、多様な集団の平等性であり、それを支えるのがデモクラシーとされている。

このように考えると、今までのほとんどの思想が、この中に入ってしまうのである。リベラル・デモクラシーを公然と批判する思想が、はたしてあっただろうか。そんな主張をすれば、おそらくナチス・ドイツの再来(ネオナチ)と見なされ、国民から支持されることはないだろう。ところが、トランプはまさに、これを批判のターゲットにしたのだ。

したがって、今までの思想のルールが、トランプによってすっかり根底から変わり始めたと考えなくてはならない。

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岡本 裕一朗(おかもと・ゆういちろう)
哲学者、玉川大学名誉教授
1954年、福岡県生まれ。九州大学大学院文学研究科哲学・倫理学専攻修了。博士(文学)。九州大学助手、玉川大学文学部教授を経て、2019年より現職。専門は西洋近現代哲学。著書に、ベストセラーとなった『いま世界の哲学者が考えていること』(ダイヤモンド社)のほか、『ネオ・プラグマティズムとは何か』(ナカニシヤ出版)、『フランス現代思想史』(中公新書)、『ポスト・ヒューマニズム』(NHK出版新書)など。

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(哲学者、玉川大学名誉教授 岡本 裕一朗)

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