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「収入は同じでも、生活費は上がる一方」アメリカの若者の7割が社会主義を選ぶ根本理由

プレジデントオンライン / 2022年2月20日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/dx312

アメリカのミレニアル世代の70%が「社会主義に好意的」だとする調査結果がある。資本主義の超大国であるアメリカで、何が起きているのか。哲学者の岡本裕一朗さんは「収入が伸びないのに医療費も学費も高騰している。だから若者は2020年の大統領選で、社会主義者を標榜するバーニー・サンダースを支持した」という――。(第2回/全2回)

※本稿は、岡本裕一朗『アメリカ現代思想の教室 リベラリズムからポスト資本主義まで』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■アメリカで社会主義に好感をもつ若者が増えている

2019年の10月に行なわれたインターネット調査(YouGov)の驚くべき結果が、世界中を駆け巡った。というのも、ミレニアル世代の70%が「社会主義者に投票するだろう」と回答したからだ。

興味深いのは、社会主義に対する考えが、世代によって大きく変わることだ。2020年の調査によると、ミレニアル世代(1981~96年生まれ)では、社会主義に対して好感をもつ人の割合が他の世代に比べ高く(43%)、しかも、資本主義に対して好感を持つ割合(43%)と比べても、社会主義の方が高いのだ。これは驚くべき結果ではないだろうか。現在、20代から30代のアメリカの人たちは、社会主義に対して好感度をもっている、となるからだ。

とはいえ、この調査の数字が、はたしてアメリカ国民全体の社会主義擁護を示しているかどうかには、注意が必要であろう。というのも、同じ調査を「ギャラップ」も2010年から2019年までの間に5回行なっているが、肯定的な意見は「35%から39%の狭い範囲にとどまっている」と言われるからである。

しかし、細かな数字を考えるよりも、最近の傾向については、ほとんどの記事がミレニアル世代ないし若い世代が、社会主義に好意的であることは一致していることに注目したい。

■金融崩壊が起きても資本主義の代案は生まれなかった

社会主義に対するアメリカの変化は、実をいえば世界的な傾向なのかもしれない。というのも、10年ほど前までは、資本主義に代わるようなオルタナティブは、ほとんど思考できなかったからだ。2008年にアメリカで金融大崩壊が発生し、社会システムを変えるには最も適したその時期に、左翼の大物であるスラヴォイ・ジジェクは「実行可能である代案が示せない」と告白していた。2008年に示せなかったら、もう永久に示せないのではないか、と思われていた。

じっさい、イギリスのマーク・フィッシャー(1968〜2017)は2009年に『資本主義リアリズム』を出して、同じことを語っている。ちなみに、この著作のサブタイトルは、「資本主義に代わるオルタナティブは存在しないのか?(Is there no alternative?)」となっている。これに対して、フィッシャーはこう言い切っている。

「資本主義の終わりより、世界の終わりを想像する方がたやすい。」このスローガンは、私の考える「資本主義リアリズム」の意味を的確に捉えるものだ。つまり、資本主義が唯一の存続可能な政治・経済的制度であるのみならず、いまやそれに対する論理一貫した代替物を想像することすら不可能だ、という意識が蔓延した状態のことだ。
(フィッシャー『資本主義リアリズム』)

■資本主義批判だけが存在する唯一の現実である

現代の資本主義社会は、資本主義だけが存在する唯一の現実であって、それ以外の現実的なものは考えられない、というわけである。資本主義をどんなに批判しても、「その代わりはどうするのか?」と問われたら、答えに窮するのだ。

この問題を提起したフィッシャーは、2017年に自ら命を絶ってしまったが、晩年の頃は「ポスト資本主義的欲望」という講義を行ない、資本主義に代わる方向を探っていたようだ。

■収入は伸びないのに学費も住宅費も上がり続ける

なぜ若者世代が社会主義を擁護するのか、その前提となる事実を確認しておこう。ウェブメディア「ビジネス・インサイダー」(2019.11.07)に五つのポイントが挙げられているので、箇条書きに抜き出しておこう。

(1)若い世代の収入は1974年以降、29ドルしか伸びていない。

具体的には、1974年の年収が3万5426ドルだったのに対して、2017年は3万5455ドルだった。その上の世代に比べ、ミレニアル世代の収入はほとんど増加していない。

(2)大学の授業料は1980年代以降、2倍以上に。

収入があまり上昇していないのに、大学の授業料は高騰しているのだ。その結果、学生ローンの債務が広がっている。これがあるため、アメリカ人の13%が子どもをもたないと決めたという。

(3)住宅価格は40年前より40%近く高い。

収入が伸び悩み、その他の債務を抱える中、高い住宅費のために、貯金をすることができなくなっている。そのため、家を買うための頭金がなく、たとえ家を買ったとしても、住宅ローンの債務に悩んでいる。

(4)医療費が高騰している。

ある調査では、1960年代には146ドルだった1人当たりの平均年間医療費は、2016年には1万345ドルに達している。

(5)ミレニアル世代の半数以上がクレジットカード債務を抱えている。

収入が増えない一方で、住宅費や教育費、医療費が高騰すれば、日々の生活がクレジットカードを使って決済することになる。ある調査では、ミレニアル世代の51.5%がカード債務を抱えている。

こうした要因から、ミレニアル世代に左派寄りの候補への支持が広がっている。

■コロナ禍だからこそサンダースは支持を得た

そこで、哲学者であるジュディス・バトラー(1956〜)が2020年にコロナ禍のなかで寄稿した記事「資本主義には限界がある」を見ておきたい。彼女はジェンダー論でも有名だが、何よりアメリカを代表する現代思想家である。彼女は、コロナパンデミックが広がるなかで、貧困者にとって、この病がいかに差別を助長するかを強調している。

こうした状況において、バトラーは2020年の大統領予備選挙で、サンダースに投票した理由について、説明している。

私がカリフォルニア州の予備選挙でサンダースに投票した理由の一つは、(……)彼がウォーレンとともに、あたかも私たちが根源的な平等性に対する集団的な欲望によって命じられたかのように、私たちの世界を再想像する方法を開いたからだ。その世界では、私たちが誰であるか、どんな財政的手段をもっているかにかかわらず、生活に必要なものが、医療的ケアも含めて、等しく利用できるようになるだろう。
(バトラー「資本主義には限界がある」)

この箇所で分かるように、バトラーがサンダースを評価するのは、すべての人に、医療的なケアも含めて、必要なものを平等に利用できるようにするという「根源的な平等性(radical equality)」を求めたからである。では、この根源的な平等性は、何を示唆するのだろうか。バトラーは、端的に次のように語っている。

サンダースとウォーレンが他の可能性を提示したので、私たちは自分たち自身を他の仕方で理解するようになった。私たちは、資本主義が私たちのために設定する用語の外で考え、価値を評価し始めるかもしれないことを理解した。(同記事)

■「アメリカは決して社会主義国にはならない」

これを見るかぎり、サンダースは資本主義の限界の外に人々を誘うわけである。根源的な平等を求めることは、貧困にあえぐ人、医療が十分受けられない人、住居がない人にとっては、希望を与えるものだったのである。

じっさい、2020年のある時期までは、サンダースは多くの支持を集め、民主党の大領候補になるかもしれない、という印象を与えていた。それを察知していたトランプは、ある意味ではこれを歓迎し、次のように言い放っていた。

われわれの社会に社会主義を取り入れようという声に気をつけなくてはならない。アメリカは自由と独立の上につくられた。抑圧や支配、管理の統治ではない。われわれは自由に生まれ、自由であり続ける。アメリカは決して社会主義国にはならないと今夜ここに改めて誓う。(2019年2月5日トランプ大統領一般教書演説)

バトラーは、サンダースの根源的平等性への強い主張に共感し、資本主義の外で思考することを読みとっている。対して、トランプはサンダースを社会主義者と呼び、アメリカを社会主義の国にしないように呼びかけた。

■サンダースは「民主的社会主義者」を自称する

しかし、そもそもサンダースは社会主義者なのだろうか。というのも、彼は民主党の候補として立候補しており、どんなに平等性を求めるとしても、あくまでも民主党の枠内のように見えるからだ。

岡本裕一朗『アメリカ現代思想の教室 リベラリズムからポスト資本主義まで』(PHP新書)
岡本裕一朗『アメリカ現代思想の教室 リベラリズムからポスト資本主義まで』(PHP新書)

しかし、彼自身は自らを「民主的社会主義者(democratic socialist)」と呼んでいて、社会主義者であることを認めているように思われる。これはもちろん、彼が「アメリカ民主社会主義者(Democratic Socialists of America)」から支援を受けていることにも起因しているかもしれない。

たしかに、国民皆保険と医療費負債の帳消し、大学無償化と学費ローンの帳消し、財源のためにトップ1%の富裕者への課税といったサンダースの方針を見ると、社会主義的に見えるかもしれない。

しかし、これについては、クルーグマンが注意したように、「バーニー・サンダースは社会主義者ではない」と言うべきだろう。

重要なことは、バーニー・サンダースが実際には、通常の意味での社会主義者ではないということだ。彼は私たちの主要な産業を国有化し、市場を中央計画に置き換えようとは望んでいない。彼が称賛したのはベネズエラではなくデンマークである。彼は根本的に、ヨーロッパ人が社会民主主義者と呼ぶものである。――そしてデンマークのよう社会民主主義は、実際に、私たち自身の社会よりも自由な社会であり、生活するのにずっといい場所である。(The New York Times,2020)
ワシントンD.C.の米国連邦議会議事堂と救急車
写真=iStock.com/Joel Carillet
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Joel Carillet

■若者たちの“誤解”が支持を広げた

クルーグマンのこの批評によれば、「社会主義」をどう定義するかにもよるが、サンダースを通常の意味で社会主義と考えるのは難しいかもしれない。そのため、彼も指摘するように、「社会民主主義(Social democracy)」の方が適切であろう。

しかしながら、彼が「社会主義者」を標榜し、若者たちが「誤解」したことが、逆に彼に対する支持を広げた側面もある。もちろん、トランプのように、その「誤解」に乗じて、国民の恐怖心をあおり、批判することも可能である。したがって、「諸刃の剣」であることはたしかである。

逆に、サンダースが「社会民主主義者」として登場していたら、あまり革新性は目立たなかったかもしれない。その点、彼が「社会主義者」を自称したのは、ラディカルさを目立たせる意味では、評価できるかもしれない。

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岡本 裕一朗(おかもと・ゆういちろう)
哲学者、玉川大学名誉教授
1954年、福岡県生まれ。九州大学大学院文学研究科哲学・倫理学専攻修了。博士(文学)。九州大学助手、玉川大学文学部教授を経て、2019年より現職。専門は西洋近現代哲学。著書に、ベストセラーとなった『いま世界の哲学者が考えていること』(ダイヤモンド社)のほか、『ネオ・プラグマティズムとは何か』(ナカニシヤ出版)、『フランス現代思想史』(中公新書)、『ポスト・ヒューマニズム』(NHK出版新書)など。

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(哲学者、玉川大学名誉教授 岡本 裕一朗)

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