なぜ三菱商事は一人勝ちできたのか…洋上風力発電で突然の価格破壊が起きた納得の理由
プレジデントオンライン / 2022年2月16日 12時15分
■1kWあたり11円台という「価格破壊」が起きた
脱炭素の切り札ともいわれる「洋上風力発電」をめぐり、業界関係者を驚かせるニュースがあった。
昨年12月末、政府が3つの海域(①秋田県能代市・三種町及び男鹿市沖、②秋田県由利本荘市沖、③千葉県銚子市沖)で公募していた洋上風力発電事業で、3事業とも三菱商事の企業グループが落札したのだ。
しかも、その落札価格は「価格破壊」と言えるほど廉価だった。
経済産業省の発表資料によると、三菱商事を中心とする企業グループは、千葉県銚子沖の案件は1kWあたり16円台、秋田県由利本荘市沖は1kWあたり11円台で入札した。
これがどれだけ安いのかは、先行する太陽光発電と比べると分かりやすい。
太陽光発電の価格は、固定買取制度の導入から10年が経ち、ようやく1kWあたり11円台をつけた。洋上風力について何段も飛ばして三菱商事側が驚異的なレベルでコストを下げてきたというのが分かる。
![太陽光発電FIT価格の推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/3/670/img_536835798642521038d9f4b22230bd17284464.jpg)
■国民にとってもプラスになる
このニュースは、私たちが毎月支払っている電気代とも深く関わっている。
太陽光発電の導入時と同様に、洋上風力発電も当初は政府が電力を買い取る「固定価格買取制度」の導入が目指されている。その財源は、私たち利用者の電気代に含まれる「再エネ賦課金」である。
政府の買取価格が高ければ高いほど、将来にわたっての国民負担が重くなる。そのため、これから大規模な導入が予定される洋上風力の買取価格が低く抑えられたことは、国民負担軽減の観点からも非常に望ましい。
今回、「衝撃の11円台」になったことで、低コスト化の道が確実に開けた。元々、「洋上風力産業ビジョン」において産業界は洋上風力のコストを2030~2035年に8~9円/kWhにする目標を掲げていたが、それも十分射程に入る水準までいきなり価格が下がったのだ。
![電気料金払込用紙](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/4/670/img_44677ab0c81549414c479f725564b132408115.jpg)
ライバルの競合他社にとっては悪夢でしかないだろう。戦略の見直しが求められる。とはいえ、私たち消費者からすればメリットは大きい。
さらにこれまで「再エネ=高い」という認識となっていた日本で、再エネや脱炭素のイメージを覆す好機になるだろう。
■洋上風力の先進国、欧州勢を食い止める効果
「衝撃の11円台」の効果はそれだけにはとどまらない。筆者は日本の国富が欧州に流出する抑止力になったという意味でも、三菱商事側が今回の入札で果たした役割は非常に大きいと考えている。
前回記事で述べた通り、技術力や実績を武器に欧州勢が日本市場への参入を虎視眈々(たんたん)と狙っていた。日本の洋上風力市場は政府の大規模投資が確実に見込まれることから、「必ず儲かる」フロンティアだった。
すでに欧州では、着床式洋上風力発電の導入が進み、発電コスト(LCOE)は平均8.6円/kWhという低コストを実現している。その技術力をもって日本市場に参入できれば、高い固定買取価格が設定されると見込まれることから、大きな利益を得ることができる。
実際に、洋上風力世界最大手のデンマーク・オーステッド社をはじめ、欧州企業はこぞって日本に支社を立ち上げるなどして備えていた。今回の三菱商事側による落札は、こうした欧州勢に肩透かしを食らわせる格好となった。
彼らは1kWhあたり20円程度の相場と見込んでいただろうが、急に欧州での価格と同水準にまで下がったのだ。欧州勢の日本市場参入は、三菱商事側の価格を基準に再構築しなければならず、コストを計算すれば当初のうまみは見込めない。
■一人勝ちがもたらす悪影響とは…
ただし、懸念点もある。
今回3案件の入札は、いずれも①「価格点」と②「事業実現性に関する得点」をそれぞれ120点満点で評価して落札業者を決めた。
三菱商事を中心とする企業グループは①「価格点」で圧倒し、3つの案件でいずれも120点満点を獲得した。2位以下をいずれも26点以上引き離して圧勝した。
![経済産業省「『秋田県能代市、三種町及び男鹿市沖』、『秋田県由利本荘市沖』、『千葉県銚子市沖』における洋上風力発電事業者の選定について」より](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/d/600/img_bd0349fbee56abb17af359a186bbd1d5461221.jpg)
一方、②「事業実現性に関する得点」は2位と競り合い、敗れたケースもある。つまり、三菱商事側が圧倒的なコスト競争力を背景に3案件の事業権を獲得したと言える。
この入札の結果、競合相手であるレノバ社は、大規模な投資をしてきたにもかかわらず、投資資金を回収できず、今期は赤字転落する格好となった。11月25日には一時5950円をつけた株価は、入札結果の発表後にストップ安が続いた。現在は1400円台で推移している。入札前の4分の1程度にまで急落したことになる。
三菱商事側が圧倒的なコスト優位性を示したことが、かえって他社には洋上風力への投資がリスクになるという認識が広がる恐れがある。三菱商事に比べれば体力では劣る新興企業にとっては参入が厳しい市場となってしまったと見ることもできる。
今後の洋上風力市場には、ENEOSをはじめとする大手各社も参入を予定している。彼らにとっては三菱商事側が今回設定した価格はかなりハードルが高いだろう。
再エネの普及には、市場が健全に機能していくことが不可欠だ。三菱商事側が示した価格の圧倒性が、市場における競争を排除する方向に働く恐れは十分にあり得る。一人勝ちによる寡占状態が続けば、せっかく最初にブレークスルーが起きたにもかかわらず、これ以上の競争が起こらずコストが下がらないという事態も考えられるからだ。
この悪循環が起これば、結局は私たちの暮らしに跳ね返ってくる。日本の電気代が高止まりし、再エネ普及が進んでもその恩恵を受けられない恐れも想定しうる。
■GEとアマゾンから読み解く“低価格”の秘密
そもそもなぜ三菱商事の企業グループは、競合他社より圧倒的な低価格で落札することができたのだろうか。
その理由は、三菱商事の企業グループにGEやアマゾンといった米国企業が加わっていることから読み取ることができる(表面的には三菱商事が冠で入札を行ったものの、実態としては日米企業連合が案件をとったとも言える)。
洋上風力の肝である風車部分は、すべてGE製が導入されるだろうという点がポイントだ。複数のエリアで落札することを前提に、調達量を増やしてコストを下げる戦略を採った。圧倒的なコスト安実現の背景には、GEの協力なくしては成立しない。GEとしても今後日本の洋上風力市場がスケールしていくことを織り込んで協力したと見るのが適当だ。
GEは風車のコストを下げる代わりに案件数を取り、風車の出荷本数を確保することで収益を出す考えがあるだろう。そうであれば、今後も三菱商事のグループはGEのそうした思惑を背景に低価格路線で案件数を取りにいくと考えられる。GEにとっても勝負手だったのだ。このトレンドは維持されることになろう。
アマゾンが三菱商事のグループに加わっている点も重要な意味を持つ。今後の日本の産業界の脱炭素転換を考える上でも大きなポイントとなる。
三菱商事とアマゾンは、すでに欧州の電力分野で協力関係を築いている。三菱商事がもつ権益からアマゾンに再エネ供給がされている実態がすでにある。日本においても昨年9月、PPA(電力購入契約)という形でアマゾンは太陽光由来の再エネを三菱商事から購入すると発表している。
アマゾンは今、データセンターの稼働などのために世界中でPPAに基づいて再エネの大規模調達を続けざまに発表している。日本にもデータセンターがあり、アマゾンにとっては国内での再エネ電源の確保が急務だと言える。
■高値で売れる見込みがある…三菱商事がリスクを取れたワケ
需要家がPPAに基づいて再エネの長期購入を保証するのであれば、供給サイドにとってもメリットは大きい。
今回の連合において、三菱商事はアマゾンのほか、NTTアノードエナジー、キリンHDとも連合を組んでいる。NTTアノードエナジーはセブン&アイグループとPPAスキームで連携しており、キリンは国内工場全てにPPAモデルを導入すると2022年1月に発表したばかりだ。
![握手するビジネスマン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/8/670/img_d86cc26b93eb40fdc3555fc4c48eb0f5293992.jpg)
いずれもPPAスキームにおいて電力供給源を必要としている企業だ。もちろん三菱商事自身も4月から、ローソンにPPAでの電力供給を予定している。
このように、供給サイドではなく、需要サイドが流れを作るようになったという点からも、今回の事案は日本の転換点とも言える大きな出来事だ。これからの脱炭素の市場形成の在り方は変容していくだろう。
アマゾンが三菱商事から購入する再エネ価格が、今回の入札価格となった11円台よりも高ければ、三菱商事としては市場に電力を卸すよりもアマゾンにPPAで供給した方が利益は大きくなる。安い価格でも事業権を何としても落札する動機はここにある。
例えば、アマゾンが秋田県由利本荘沖の洋上風力からの電力全てを16円で、20年間買い取る長期契約を三菱商事側に提示したとしよう。
三菱商事側が投資回収できる十分なレベルと判断すれば、とにかく安い価格で入札しても損はしない。事業権を獲得しさえすれば16円で落札したのと同じ利益を得ることができるからだ。高値で売れる見込みがあるからこそ、供給者側はリスクを取れるのだ。
■再エネ普及が急加速する“新しい構図”
昨年末の入札は、三菱商事がリスクを取りながらの思い切った一手を打った。そのチャレンジと決断力は評価に値する。先述の通り懸念点はあれど、後れをとる日本の脱炭素転換を加速させる契機になるはずだ。
今回の三菱商事とアマゾンの関係のように、再エネの供給側が需要側を確保して、事業権の獲得や再エネ発電の拡大が進む構図は今後のスタンダードになってくるだろう。
世界的な脱炭素トレンドの中で、化石燃料に依存する企業に対する投資家の目線は厳しさを増しており、企業は再エネの囲い込みに必死だ。国内でも需要者が供給者を巻き込みながら再エネ確保を進めれば、日本の脱炭素は加速するだけでなく、安価な電力価格の実現、さらに利用者の負担軽減にもつながる。
脱炭素時代はリスクを取りながら先手先手を取ることが重要だ。世界の流れを受けて受動的に行動していては、投資家の厳しい目線に曝(さら)され、これ以上の日本の成長は見込めない。その意味でも三菱商事の後に続く企業にぜひ登場してもらいたい。
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元外務省職員、EnergyShift発行人兼統括編集長
1984年生まれ。2007年、東京大学経済学部経営学科を卒業後、外務省入省。開発協力、原子力、大臣官房業務などを経て、2017年から気候変動を担当。G20大阪サミットの成功に貢献。パリ協定に基づく成長戦略をはじめとする各種国家戦略の調整も担当。2020年より現職。脱炭素・気候変動に関する講演や企業の脱炭素化支援を数多く手掛ける。自身が編集長を務める脱炭素メディア「EnergyShift」、YouTubeチャンネル「エナシフTV」で情報を発信している。
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(元外務省職員、EnergyShift発行人兼統括編集長 前田 雄大)
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