まっとうな診断法ではない…現役医師が「コロナみなし陽性は即刻中止すべき」と怒るワケ
プレジデントオンライン / 2022年2月15日 17時15分
■季節性インフルエンザでは日常的におこなわれてきた
オミクロン株の急拡大によって、岸田政権はこれまでの新型コロナに対する検査、診療体制を大きく変える決定をおこなった。「検査をおこなわなくとも臨床診断で新型コロナウイルス感染症と診断してよい」とするいわゆる「みなし陽性」を認める方針変更である。
これはPCRもしくは抗原検査という、客観的に判断できる方法によって診断していたこれまでの方針を根底からひっくり返すものだ。この方針変更は私たちにいかなる影響を及ぼすのか、本稿ではこのいわゆる「みなし陽性問題」について考えてみたい。
現在、新型コロナウイルス感染症は感染症法上では新型インフルエンザ等感染症という位置づけとなっており、入院勧告や外出自粛要請、就業制限といった厳しい措置が可能となっている。またこのカテゴリーに該当する感染症を診断した医師は、保健所に直ちに届け出を行う必要があるため、その感染者数は原則全数把握されることとなる。
この感染症法上の位置づけを緩和して季節性インフルエンザと同等の5類感染症とすべきという意見がある。その是非については2月2日配信の拙稿「コロナでは休めない社会になるだけ……現役医師が「5類引き下げには大反対」と訴えるワケ」を参照していただきたい。「検査をおこなわなくとも臨床診断で感染者とする」との診断法は、これまで季節性インフルエンザに対してわれわれ臨床医が日常的におこなってきたものであるため、今回の「みなし陽性」は、診断の部分において新型コロナを季節性インフルエンザと同じ扱いにしようとするものとも言えよう。
■「検査結果は絶対ではない」が常識
おそらく多くの方々は「季節性インフルエンザでも迅速抗原検査をおこなっていたではないか。そしてその検査結果によってタミフルやリレンザといった抗ウイルス薬が処方されていたではないか」と思われることだろう。もちろん“検査して処方”という型通りの診療をおこなう医師も少なくなかった。
だが拙著『病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ』(角川新書)にも書いたとおり、“検査結果は絶対ではない”というのがわれわれ実地医家の常識である。特に臨床症状はインフルエンザとの診断で矛盾がないか、むしろそれ以外の疾患は考えられない場合に、検査結果が陰性だからといってインフルエンザではないと診断することは、危険な誤りだとわれわれは考えている。
■変異するウイルスに「みなし陽性」は適さない
具体的に言えば、季節性インフルエンザの流行期において、インフルエンザとの診断が確定している患者さんの同居家族が、最初に診断された人の発症日から数日以内にインフルエンザと診断して矛盾のない症状、すなわち発熱、関節痛、咳などを生じた場合は、仮に検査結果が陰性であっても感染者として診断するということは日常的に行っていた。
そしてこのような患者さんには、検査をいちいち行わずにインフルエンザ患者さんとして診断を確定し、必要に応じて抗ウイルス薬を処方もしたし、学校や職場に「インフルエンザ」との診断名で診断書を発行することも当然のように行っていたのである。
このように極めて感染の蓋然性の高い人については、検査をして陰性と出た場合などにかえって混乱を来してしまうこともあるため、あえて検査をしないという選択肢も十分にあり得たわけなのである。ただし、これは季節性インフルエンザという、毎シーズンわれわれ臨床医が長年経験してきて、その典型的な症状や臨床経過を熟知している疾患であるからこそ行える診断法であって、年間何度となくウイルスが変異したり、変異のたびに症状や重症度が変化するような感染症、そして何より無症状から肺炎にいたるまで多彩な症状を呈する疾患に応用することは適切とは言えないし、そもそも想定すらしていなかった。
![マスクをした若い女性の顔をクローズアップ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/8/670/img_f87f186a4c493ad56da19b018e3b9d4b475584.jpg)
■同居家族の中で陽性と陰性が混在する可能性も…
つまり今回の「みなし陽性」を新型コロナに応用することは、想定外の使い方なのだ。新型コロナは本邦に上陸後2年を経過するなかで、変異を繰り返し続けているウイルスだ。その変異のたびに「特性」も変化し、主たる症状も典型的であると一概に断じきれない難しさがある。感染の可能性が高いといえる症状を何とするか、個々の医師でもバラつきが生じかねない。
例えば家庭内に感染者が発生した場合、その同居人の中に「有症状者」が発生したとする。今回の「みなし陽性」というのは、この同居人を医師の判断で検査無しで「感染者」として“診断”できるとするものであるが、ではその症状がいかなるものであれば感染者と言えるだろうか。体温が37.5度を超えれば感染者とするか。いや38度以上か。発熱がなくとも咽頭痛があれば感染者とするか。39度以上の発熱はあっても咽頭痛がなければ感染者と判断しないか……などなど。
「そんなことは知ったこっちゃない、医者がその都度判断すればいいだけの話じゃないか」という向きもあろう。しかしこの「診断」をめぐっては、臨床上の問題はもちろん、そのほかさまざまな問題が絡んでくるのだ。同居家族の中で、陽性とみなされる人と陰性とみなされる人が混在する珍事態が生じてしまう可能性もある。家族から仕事や学校の都合を理由に、陽性もしくは陰性と判断してほしいと頼まれることも容易に予測され得る事態だ。
■誤診をおそれて「言い切り」を避ける医師も
個々の問題点を指摘する前に、この「みなし陽性」に関する岸田内閣の認識が示された答弁書をここに掲げておこう。山本太郎衆議院議員の質問主意書に対してのものだ。「霞ヶ関文学」にて複雑かつ難解だが、ご興味の方は参照されたい。
それでは個々の問題点を指摘していこう。まずは「みなし陽性」とされた人の届け出だ。政府によれば、医師の記載する届出書類では「患者(確定例)」ではなく「疑似症患者」に丸をつけて提出せよとのことだ。答弁書では、確定例にも疑似症に対しても適用される法律の規定は同じであり、同じ扱いとするとされたが、医師として患者さんから会社や学校に出す診断書の発行を求められた場合、診断名として「新型コロナウイルス感染症」と書き切ることができるかどうか。
検査結果という客観的証拠がないため、もし誤診であったことが後日判明した時のことを考えれば躊躇する医師がいても不思議はない。私は「みなし陽性」診断をするつもりはないが、仮におこなって診断書の発行を頼まれた場合には「新型コロナウイルス感染症の疑い」と書くことになるだろう。
■保険会社とトラブルになるおそれもある
疑似症者に対する傷病手当金等の給付については、政府の答弁書を踏まえれば確定診断者と同様に扱われることになるとは思うが、民間保険会社の対応は、現時点ではまだ業界各社共通の方針としては明確に固まっていないようである。「医師の診断があれば」ということになろうが、例えば疾病入院給付金支払いについては「PCR検査または抗原検査で陽性」が現在も条件のひとつとされている。
また先述した理由から診断書に「疑い」と付記する医師も少なくないだろう。そうした場合、保険会社はいかなる対応をするだろうか。もし保険会社が認めないとした場合、「みなし陽性」とされて不利益を被ってしまった人と診断書を発行した医療機関がトラブルになることは目に見えている。医療逼迫を回避するためとしたはずの政策によって、医療機関がトラブルに巻き込まれ、かえって余計な負荷にあえぐことにもなりかねないのだ。
それだけではない。「誤診」によって患者が肉体的、精神的、社会的に不利益を被っても、決してこの「みなし陽性制度」という“いいかげんな政策”を決めた国は責任など取ってはくれない。すべての責任は診断を下した医師に負わせられるか、患者が泣き寝入りすることになるだろう。
答弁書でも、患者に不利益が発生した場合の責任の所在については、「『不利益』の具体的に意味するところが明らかではないため、お答えすることは困難である。」として岸田政権は頰かむりを決め込んでいる。
■「みなし陽性者」には薬の投与が想定されていない
ただこの「不利益の意味するところ」を理解できないとする答弁によって、岸田政権はまさに地雷を踏んだと言えよう。逃げ答弁のつもりが、国民に生じうる不利益について岸田政権として何ら意識していないことを明言することになってしまったからだ。この答弁は岸田政権の無責任体質の動かぬ証拠として、多くの国民で共有しておくべきだろう。
懸念される事態は枚挙にいとまがない。いったん「みなし陽性」とされた人の症状が日に日に悪化した場合、これも非常に心配だ。医療機関に再診させその場で初めて検査するとなれば、その間に費やされた時間はムダだったことになる。抗ウイルス薬を投与するにも、タイミングはとうに過ぎていることだろう。答弁書でも抗ウイルス薬を投与する場合は「検査を実施することは当然に必要」との見解を示している。つまり「みなし陽性者」には、そもそも抗ウイルス薬の投与は想定されていないということだ。
治療薬といえば、現在使用可能な薬剤は数種類あるが、ウイルスの株によっては効果が期待できない薬剤もある。そもそも感染者がデルタ株なのかオミクロン株なのか、最前線の現場で治療にあたっている診療所医師には知らされない。まさに手探り状態だ。そこに今回、変異株の種類どころかコロナウイルスかどうかも定かではない「感染者」が計上されていくことになる。
今後いずれかの国で新たな変異株が出現した場合、わが国にいつ上陸してきたのか、どのくらいのスピードで前の株に置き換わりつつあるのか、そして新薬が出てきた場合もその新株に効果が期待できるのか、わが国だけがコロナとの闘いにおいて世界から取り残される危険性も否定できない。
■すでに「みなし陽性」の取りこぼしが発生している
後遺症はどうなる。検査による確定診断がつけられていない「みなし患者」が、急性期症状はおさまったものの、後遺症を否定できない症状の遷延に悩まされた場合、救済されるだろうか。残念ながらその可能性はほぼゼロだろう。その時点でPCR検査をしてもすでに検出されないだろうからだ。「気にしすぎ」とか「コロナ脳」といった心ない言葉を投げつけられて泣き寝入りとなることは目に見えている。
実はすでにトラブルは発生している。先日、私の勤務する医療機関が所属する地域医師会からファックスが入ったのだが、この「みなし陽性」とされた人について医師から発生届け出が出されておらず、保健所で患者の把握ができない事例が複数確認されたというのだ。「みなし陽性者」の取り扱いについて熟知せぬまま診断している現場の医師が存在するということであれば事態は深刻だ。この「みなし陽性者」が「真の感染者」であった場合、置き去り放置とされていることになるからだ。
■「不利益」の責任は誰もとってくれない
答弁書をはじめとした政府の認識によれば、「みなし陽性」は医療現場の負担軽減、外来逼迫の改善効果が期待できるとされている。だが、実際の現場での運用を少し考えるだけでも、患者さんのためにならないだけでなく、医療機関にとっても、かえって混乱や戸惑い、トラブルのタネ、負担を増やす愚策であることは明らかだ。“現場をわかっていない者たちが政策を決めるとトラブルの元になる”の典型とも言えるだろう。
そもそも今回の「みなし陽性」は、季節性インフルエンザに対してわれわれが従来行ってきた医学的知識と経験に裏打ちされたまっとうな診断法ではない。ただ検査体制を整備してこなかった不作為を糊塗するために付け焼き刃的に出てきたものにすぎないのだ。現に岸田政権は、この「みなし診断」が引き起こすトラブルや混乱、国民が被る不利益をなんら想定していなかったことを、くしくも自分たちが閣議決定した答弁書によって明言してしまった。
岸田政権にはこの危険な愚策の一刻も早い撤回を求める。また現場の医師もこの「みなし陽性診断」を行うことついては十分に注意されたい。「良かれ」と思って安易に診断してしまうと思わぬトラブルに巻き込まれてしまうだろう。そして何より患者の皆さんは、安易にこの診断を受け入れるべきではない。もしあなたに「不利益」が発生しても、国は何ら救済するつもりはないのだから。
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医師
医学博士、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。1968年、カナダ生まれ。2004年まで外科医として大学病院等に勤務後、大学組織を離れ、総合診療、在宅医療に従事。診療のかたわら、医療者ならではの視点で、時事・政治問題などについて論考を発信している。ウェブマガジンfoomiiで「ツイートDr.きむらともの時事放言」を連載中。著書に『医者とラーメン屋「本当に満足できる病院」の新常識』(文芸社)、『病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ』(角川新書)がある。
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(医師 木村 知)
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