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「2歳以上にマスク着用を推奨」政府が守れるはずのない感染対策を通知してしまう根本原因

プレジデントオンライン / 2022年2月16日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Edwin Tan

新型コロナの感染拡大のため、政府は2歳以上の保育園児にマスク着用を推奨する通知を出した。大阪教育大学教育学部の小崎恭弘教授は「2歳児にマスクを着けさせるのは現実的ではない。しかし、通知されれば現場の保育士に判断が委ねられる。なぜ現場の負担と不安を増やすのか」という――。

■「2歳児マスク」になぜ異論が相次いだのか

2月8日、厚生労働省は保育所などへ感染症対策として、「可能な範囲で、一時的に、マスク着用を推奨する」という通知を出しました。この通知には「満2歳未満児には推奨しない。子どもや保護者の意図に反して無理強いしないなど、留意点を整理して現場に周知」と書かれています。

当初、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会は「2歳児以上のマスク着用の推奨」を提案する予定でした。これに異論が相次いだことから、通知に「無理強いしない」という文言が盛り込まれたようです。しかし「満2歳未満児には推奨しない」という書き方になっているため、2歳以上にマスク着用を推奨しているとも読めます。

そもそも2歳児とはどのような年齢なのでしょうか? 保育所で2歳児というのは2つの考え方があります。「満2歳児」と「2歳児クラス」です。

満2歳児とは、誕生日がきて2歳児になる子どものことです。つまりこの子どもたちは、1歳児クラスに在籍している子どもです。一方、2歳児クラスとは、4月の初めは全員2歳ですが、それぞれの誕生日が来ると3歳児になる子どもたちです。

■まだまだ不器用で「イヤイヤ期」が始まる2歳児

ちなみに当初案では、より幼い「満2歳児」へのマスク着用を求める考えだったようです。保育関係者や保育施設にお子さんを預けておられる方はイメージしやすいと思いますが、1歳児クラスの子どもたちにマスクをすることはとても困難なことです。

もう少し具体的にイメージができるように2歳児について説明をしましょう。体重や身長は以下のようになってきます。ようやく歩いたり走ったりすることはできますが、まだまだ不安定さがあり、当然ですが周りの大人の見守りや保護が必要です。

2歳6カ月の子どもの平均身長と体重
※厚生労働省「21世紀出生児縦断調査」より

また手先の巧緻性は少しずついろいろなことができるようになってきますが、こちらもまだまだ不器用です。お箸を使うこともできませんし、スプーンを使いながら食事はしますが、こぼすことも多くあります。言葉のやりとりもある程度できるようにはなりますが、自分の思いや意志の言語化や適切なタイミングでの会話は難しいところです。

また「恐怖の2歳児」「魔の2歳児」と言われるように、自我の芽生えから、自分の思いを無理に押し通そうとしたり、過度なわがままや感情の爆発がある「イヤイヤ期」といわれる対応の困難な時期に入っていくタイミングでもあります。

■子どもの周りの人が「マスクだらけ」のリスク

現在保育所においては多くの場合、保育士や他のスタッフはマスクをして保育の業務を行っています。保育士自身がコロナの感染源にならないこと、同時に子どもからの感染を予防するためにマスクを着用しています。この保育施設のマスク着用は、コロナの流行当初からいくつかの懸念がなされていました。

その最も大きなものは、子どもたちが保育者の表情を読み取れないのではないか? ということです。特に1、2歳児に関して心配をされていました。この1、2歳児の頃は、周りの人や環境と関わりそれらを自己の中に取り入れて成長をしていくという、大きな特徴があります。

当たり前と思われるかもしれませんが、日本人は日本語を、イタリア人はイタリア語を習得していき、当然のごとく話すことはとてもすごいと思いませんか。それができるのは幼少の時から、周りの豊かな言葉環境の中で外界の刺激を受け、それらを取り込んで成長するからです。

■相手の顔から言葉やコミュニケーションを学んでいる

これら外界のものを取り入れる行為を「模倣」と言います。簡単にいうと「まねっこ」です。しかしマスクがあると、口の動きを見ることができず、微妙な口を動かす模倣をしにくいのではないかと考えられます。言葉に関する成長に不安を感じます。

またマスクで覆い隠されるのは言葉だけでなく、口も含めた顔の表情全体もそうです。そのことにより情による豊かなコミュニケーションが取りにくいことも、子どもたちの成長の阻害要因ではないかと心配する声もあります。マスク自体をつけることは、安全のために仕方がないことなのですが、それが子どもたちにどのような影響を及ぼすのかは、まだはっきりとはしてはいないのです。

乳児を抱く母親は不織布マスクを着用している
写真=iStock.com/SanyaSM
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SanyaSM

■マスク着用の必須条件は「自分でつけ外しできる」

ここでは具体的に、2歳児の子どもがマスクをするのが難しい3つの理由を考えていきましょう。

(1)マスクがリスクに

先ほども述べましたが満2歳児は1歳児クラスの子どもたちです。もちろん個人差も大きいですが、全般的に本当に幼いのです。マスクを着用する最低限必要な資質・条件は「自分でつけ外しが可能である」ことだと思います。明確な原因は不明ではありますが、コロナ禍においてマスクの着用に対する健康被害の報告もあります。

2歳児は残念ながら、確実な自分でのつけ外しができないでしょう。また同時に自分自身の思いを正確な言葉で他者に伝えることも苦手です。「息苦しい」「しんどい」などを明確に言葉にすること、また感情を伝えることはできないのです。その上呼吸器や肺活量なども大人とは違い大変弱いものです。マスクをつけること自体が、窒息などの被害につながる可能性もあります。

また2歳児の中にはまだまだ「よだれ」が出でいる子どもたちもいます。スタイ(よだれ掛け)をつけて生活をしている子どももいます。その子どもたちがマスクをつけた場合、マスク自体がよだれで汚れてしまいますし、感染予防のマスクが感染源になる可能性も否定できないでしょう。マスク自体がリスクを高めるものになってしまい、本末転倒になるのではないでしょうか。

■1人で6人の命を預かり、感染対策も行う保育士

(2)保育士の業務の増大

保育所では国により保育士1人で対応できる子どもの人数が決まっています。保育士1名に対して0歳児は子ども3人です。1:3の配置基準と言います。1、2歳児の場合は1:6の配置基準です。これはかなり厳しいものです。自治体等においては独自基準として1:5などにしているところもありますが、基本的には6人の2歳児を1人の保育士で対応をするのです。

通常の業務においても2歳児はとても厳しいですし、その上にコロナ禍独自の業務があります。おもちゃや使用した文房具や日用品の消毒作業、三密にならないように距離を保つような配置での食事やお昼寝、家庭の個別の様子や保護者との緊密な連携をとるための連絡業務などです。本当に現場での教務は多忙を極めています。子どもの命を預かり同時に三密の中で、自らの感染対策もしなければなりません。

このような中で2歳児のマスク着用という新しい業務が課せられたときに、どのようなことが起きるでしょうか? 一人ひとりの着用の指導と同時に、それらの管理や衛生的な配慮も必要となります。もちろん子どもたちが自分でみんながおとなしくキチンと着用して、管理できれば良いのですが、そんなことはできないのが2歳児なのです。そこに手間が取られまた人手が割かれます。子どもたちの落ち着いた日常生活が困難なものになってしまいます。

■保護者を安心させるはずの保育所が不安材料に

(3)保護者の不安感

マスクを着けることに対して、社会的にもいろいろな意見や思いがあります。また中には着けにくい子どもたちや、何かしらの理由により着けることのできない子どもたちもいるでしょう。それら多様な環境下において、保護者からもさまざまな想いや意見が寄せられるでしょう。またそれらに保育者の対応が求められますし、保護者自身もそれら賛否両論の中で意見が分かれたり、不必要な不安を覚えるかもしれません。

保育の営みは保護者に安心を持っていただいて、初めて成立するものです。その保育所がマスクに対する取り扱いによって、保護者を不安にさせてしまう可能性もあるのです。保育の営みの根幹に関わることだと感じます。

■「単なる子守り」ではなく「エッセンシャルワーク」

このような視点で考えると2歳児にマスクをつけること自体が、かなり困難な状況であると言わざるを得ません。政府分科会で案が出たときに、委員や周りの人たちから疑問や反対を唱えることはなかったのでしょうか。あるいはリアルな「2歳児」を知っている人がいなかったのでしょうか。このような事案から、子どもの声が直接届かないさまざまな政策や方向性を考える契機としたいです。

走り出す園児たち
写真=iStock.com/paylessimages
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/paylessimages

コロナ禍において保育所のありさまが大きく取り扱われて、報道される機会が増えてきました。それまでほとんど聞かれることのなかった「エッセンシャルワーカー」に保育士も含まれ、医療従事者と同様にさまざまな感謝が伝えられたり、ワクチンの優先接種の職種に加えられてきました。

これまで保育所の保育は「単なる子守り」というように、とても社会的地位の低いものでした。それが今回のコロナ禍において、その役割や業務が大きく社会にインパクトを与えました。保育は単なる「子守り」や「子育て」のみではなく、この社会全体を支えている社会インフラの一部なのです。他のライフラインと同様にこの社会になくてはならないものです。「ガス・電気・水道・保育」といえるでしょう。

■「子どもの命と自分の命どちらも危機的です」

保育現場から毎日悲鳴に似た声が届けられます。

「保育所は三密を避けることができません」
「子どもの命と自分の命どちらも危機的です」
「『園を閉めるな!』と『なぜ閉めないのか!』と親から両方責められます」
「自治体の言うことが毎日変わり、対応できません」

本当に危機的な状況の中で現場の保育士やスタッフは、自分たちの命を賭して保育にあたっています。一つは子どもの命と育ちを守るためであり、またこの社会・経済の活動を止めないようにするためです。それらの使命感を持ち、日々の保育と目の前の子どもの育ちを支えています。

そのようなギリギリの状態の中、今回の2歳児のマスクについての対応は現場を無視したものであると思います。もちろん、コロナの感染流行をなんとかして防止したいという思いはよくわかります。しかし、その具体的な方法や取り組みがマスクの着用のみでは心もとないです。また、着用のリスクや子どもたちへの影響などについても、もう少し丁寧な検討や取り組みが必要であると思います。

■子どもたちが生きる未来を左右するのは私たち大人

子どもたちの成長は日々の積み重ねの中でなされるものであり、後で取り返しがつかないものもあります。1日1日がかけがえのないものであり、保育士の仕事はその一瞬一瞬が真剣勝負なのです。保育の営みは未来に続くものです。

私たち大人は今の社会を生き、変化させることはできます。ただし未来を生きることはできません。そして子どもたちは未来を生きることはできますが、今の社会を変化させることはできません。未来を見据えて、子どもたちのために大人や社会ですること、できることを考えるタイミングではないでしょうか。

緊急時であるからこそ、今後の影響も含めた真剣な議論と、子どもたちの声をきき、子どもたちの生活に即した、取り組みが待たれます。

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小崎 恭弘(こざき・やすひろ)
大阪教育大学教育学部 教授
1968年、兵庫県生まれ。97年武庫川女子大学大学院臨床教育学研究科終了。09年関西学院大学大学院人間福祉研究科後期博士課程満期退学。兵庫県西宮市市役所、神戸常盤大学を経て現職。専門は「保育学」「児童福祉」「子育て支援」「父親支援」。西宮市初の男性保育士として施設・保育所に12年勤務。3人の男の子それぞれに育児休暇を取得。それらの体験から「父親の育児支援」研究を始める。NPO法人ファザーリング・ジャパン顧問。著書に『うちの息子ってヘンですか?』(SBクリエイティブ)、『叱り方・ほめ方がわかる! 「男の子」の声かけ』(総合法令出版)など多数。

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(大阪教育大学教育学部 教授 小崎 恭弘)

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