「東京で自己実現を目指す人たちは幸せになれない」日本人の本当に豊かな暮らしは地方にある
プレジデントオンライン / 2022年2月17日 10時15分
■地元高校生の進路に感じるすがすがしさ
以前、この連載で「人生に絶望したくなければ『夢』なんて持つな」「生きていくうえで重要なのは、掴みどころのない『夢』なんかではなく、現実の延長線上にある具体的な『目標』を持つことだ」といった趣旨の記事(「『“世界に一つだけの花”というウソ』夢をあきらめる人生のほうが絶対に幸せだ」)を書いた。今回は、その続編的な話をしようと思う。
私は現在、佐賀県唐津市を拠点にしているが、地元紙の佐賀新聞のなかに、毎回目を通すのを楽しみにしているコーナーがある。この春に高校を卒業する生徒たちを紹介する「巣立つ」という欄だ。そこには高校生活の思い出や取り組んできたことなどほか、卒業後の進路についても書かれており、これが実に味わい深い。なんというか、とても地に足がついていて、すがすがしいのである。
進路は市役所、自動車ディーラー、地元のメーカーや施工業者、地元電力会社の子会社などさまざま。大学進学はそこまで多くない。地域社会に出る若者を応援したいという新聞社の編集方針も介在しているだろうし、取材を引き受ける生徒(および保護者)が地元重視なのかもしれないが、彼らの進路を見るにつけ「きっと、この若者たちはよい人生を送るのだろうな」と思わずにはいられないのだ。
■佐賀県で出会った穏やかな人々
東京で育った私が、縁もゆかりもない唐津で暮らしはじめたのは2020年11月1日のこと。以来、現地でたくさんの人々に出会い、交流を持つ機会に恵まれている。そうした付き合いを通じて、私は頻繁に「あぁ、この人はなんて“地に足がついている”のだろう」という感覚をおぼえるようになった。
先述した高校生たちの記事を読んでいると、私がいま唐津で交流している30代以降の人々の姿が重なってくる。この高校生たちも将来、充実した日々を地元で送っている大人たちと同じように暮らしていくに違いない──そんな確信めいた感情を抱いてしまう。
唐津で暮らすようになってから出会った人々の職業は、たとえば飲食店経営者、公務員(県や市の職員、消防士など)、農家、アウトドアガイド、ピアノの調律師、携帯電話販売店チェーン経営者、看護師、卸問屋、電機技術師、唐津焼販売店店主などだ。
東京でわりと見かけた「オレ、なんか起業したいんだよね~」「分野は?」「いや、そのあたりはまだ詰め切れてないけど、社長になりたいんだよ。まずは個人事業主でもいいんだけどさ~」みたいな手合いには会ったことがない。
また、クリエイティブ界隈でフリーランスとして活躍する人物がメディアで注目され、インタビューを受けたりしている姿を目にしては「アイツばかりおいしい思いをしやがって。オレのほうが才能あるのに……」といった妙なルサンチマンを募らせているような人にも、ほとんど遭遇しない。
もちろん、佐賀で出会った人たちもそれぞれに個性はあるし、黙々と職務にあたるタイプもいれば、将来の展望や目標を率直に言葉にするタイプもいる。ただ、隙あらば相手を出し抜こうとしたり、むやみにマウントをとってきたり、「自分はこんなにスゴイのだ」とアピールしてきたりすることがほぼない、という点は共通しているように感じる。
■地に足がついていて、ブレない生き方
佐賀で出会った人々から醸し出されるすがすがしさ、付き合いやすさに私は日々助けられ、癒やされている。また、穏やかな人柄や落ち着いた暮らしぶりに触れ、敬意を抱くことも少なくない。そしてなにより、彼らの大半は生きざまにブレがない。それが素晴らしい。
出会った人のなかには「職場を辞めたい」なんて話をポロリと口にする人物もいたが、「目をかけてくれた先代経営者への恩義がある」「自分が唯一の防災管理者なので、辞めてしまったら職場がまわらない」などと高潔に語り、そのうえで「子どもを無事に巣立たせるまで、仕事を離れるわけにはいかない」と自らを諭すのだ。さらに「いろいろとキツいこともありますが、中川さんとこうして会っているときは楽しいです」とまで言ってくれるのだから、恐縮するほかない。
彼らの言動は総じて地に足がついている。そして、家族を守る覚悟や、休日に娯楽を楽しむ気概にも満ちている。「ピザ好きが高じて、庭にピザ窯を組んだ」やら「薪ストーブを今年から家に導入しました」なんてことを30代前半の若者が普通に話すのだ。いずれも自宅をローンで購入し、家族を養っている。
![火鉢で餅が焼けるのを待っている猫](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/2/670/img_128dc73064ab5520712046b4e4c9d3af366372.jpg)
■東京から遠く離れてみて、初めて知ったこと
こういった人生が、東京から1100km離れた佐賀県にあったのだ。いや、恐らく日本の地方都市の多くはこのような感じなのだろう。ただ、それまで地方で長期間暮らした経験がなかった私は、かような生き方について実感を伴った形で把握していなかった。これは衝撃的だったし、目からうろこだった。
そんな人々と1年3カ月ほど付き合ってみると、東京でしきりと喧伝されていた「成功」やら「自己実現」やら「セルフブランディング」やらのうさんくさい言説は一体なんだったのだ? といった感覚になってしまう。
あまり好きな言葉ではないが「人生の勝ち組・負け組」といった話でいえば、恐らく「フリーライター・48歳・既婚・子なし・地縁なし」という私よりも、地方で暮らす彼らのほうが「勝ち組」になるのではないだろうか。なにしろ「掴みどころのない夢」の対極にある「目の前の現実」がとても充実しているし、昔からの人間どうしのつながりでセーフティネットが大都市より機能していると感じられる。
■こうして「地縁」は形づくられ、継承される
佐賀新聞には、訃報欄もあれば、最近生まれた赤ちゃんを紹介する欄、さらには最近誕生日や誕生月を迎えた子どもを紹介する欄がある。こうした欄を見たであろう商店主の店に行ったりすると、店主は新たに生まれた赤ちゃんをどう祝うかについて、電話で知人と議論中なんてことがある。その間、客対応は止まってしまい、脇では妻が「ごめんなさいね(苦笑)。もう少し待っててね」なんてことを言っている。これがこの街で生きていくにあたっては重要なことなのだろう。ただ、私はこの光景を微笑ましく思うのだ。
誰かが生まれたら祝い、誕生日を迎えたら喜ぶ。亡くなったら追悼する。だから地方紙にはこうした情報が掲載されているわけだし、地元の人々はこれらをつぶさに確認しては、知り合いどうしで連絡を取り合う。そうして脈々と「地元のよしみ」「地縁」を継承してきたのだ。
不思議なもので、私のようなヨソからやってきた者であっても「先日、○○さんと知り合って」「××さんからこちらを紹介されて」と前に出会った人の名前を出すと「○○さん……あぁ、せいちゃんにも会ったの!」「××と飲んだのか! そうかそうか」なんて嬉しそうに返され、一気に距離を縮めてくれる。
唐津に暮らすようになってから出会った人のなかには、いわゆる“地元の名士”的な人物もいる。こうした人々は会社を経営しているケースが多いのだが、一方で地域の世話役としても頼られる存在であり、たとえばユネスコの無形文化遺産にも登録されている伝統的な大祭「唐津くんち」の運営にも携わっていたりする。そんな彼らと飲むと「次のくんちでは、ぜひ中川さんも『山(巨大な曳山のこと)』を曳いてくださいね!」なんてことを言ってくれる(いや、まだ私には早いのでここは辞退し、見物に徹するつもりだ)。
![2021年11月3日、武田信玄の兜を模した山車に乗った人々が、唐津くんちを練り歩く](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/9/670/img_19417619c388d792cd9c2877dc6c148e468873.jpg)
■地方の暮らしが合う人もいれば、合わない人もいる
いま述べたような話を聞いて、「地縁が濃すぎる」と煩わしく思う人もいるだろう。私はとても心地よく感じているが、合う人・合わない人がいることは心得ている。
ここで念のため補足しておくが、私は別に「地方の暮らしぶりこそが正しい」と言いたいわけではない。たとえば地方と大都市圏における賃金や求人数の格差、選べる業種・業態・専門性といった職域の幅の違いなどが影響し、「どこで暮らし、どんな仕事に就くか」といった議論がそう単純ではないことも、一方では理解している。「居られるものなら地元に居たかったが、行きたい学校や希望する仕事がないから東京や大阪といった大都会に出るしかなかった」という人が数多く存在することも承知している。住宅事情に関しても、それぞれの経済状況や生活エリアの不動産トレンド次第で変わってくることはわかっている。
なにに重きを置いて人生を送るか、どのような形で社会に接点を持つかは各人各様であり、「これが絶対的な正義だ」なんて言える選択肢はない。なにを優先するかは、その人の自由だ。
ここで私が伝えたかったのは、佐賀県に拠点を移してから知り合った人々のブレない生き方、地に足をつけた暮らしぶりに、私自身とても感銘を受けたこと。そして、そこから学ぶべき価値観やこれまで知り得なかったような生きざまもある、ということである。
■「成功者」は目立つが、社会の圧倒的大多数は「名もなき人々」
おそらく大半の人は、人生において成功体験よりも挫折体験や残念な体験をすることのほうが多いだろう。しかし、メディアやSNSで脚光を浴びるような人物は、基本的には成功した者ばかりだ。彼らは往々にして成功体験ばかりを語りたがるし、挫折体験を語るにしても「これをバネにして奮起し、いまの成功を勝ち得ました」と結局、武勇伝や自慢話につなげてしまう。
そんな成功者の話に触れて「私もこの人のようにならなければ」とか「立派なこの人に比べて、自分はなんて情けないのだろう」、「港区にあるタワマンの高層階に住み、青山に仕事場を構え、芸能人とも交流があるなんてスゴイ」などと引け目や焦りを感じてしまう向きもあるかもしれない。だが、世の中はメディアが取り上げるような成功者ばかりで構成されているわけではない。むしろ圧倒的大多数は、日々、粛々と自分の仕事に取り組む、名もなき人々なのだ。
それに地方で暮らしてみると、地元で堅実に働いて信頼を集め、地場のコミュニティで確たる尊敬と立場を獲得している人物がいることに気づかされる。彼らは東京や大阪といった大都市圏でわかりやすい成功を収めているわけではないし、メディアに登場して全国区で顔を知られているわけでもない。しかし、充実した毎日を送り、幸せそうに人生を謳歌している。広く知られていないだけで、それなりに高い年収を得ている人も少なくない。成功することがすべてではないが、そうした人生だって十分成功に値するのではないか。
■一度、地方で暮らしてみるのも悪くない
うさんくさい商売で無知な人々からカネを巻き上げているようなやからはさておき、そもそも仕事なんてものは、地味で面倒な業務の積み重ねでしかない。目の前にある仕事に誠実に取り組み、少しずつ実績を積んでいく。本当の意味で実りある人生、穏やかな人生を望むのであれば、それしか方法はないと私は考えている。
東京のような大都市圏に多い“意識が高い”人々は、メディアやSNSで耳目を集める著名人や成功者の言説にいちいち影響されて、そこに到達できなければ「オレは負け組だ」「私はなんて無能なのか」などとコンプレックスを募らせる。
しかしながら、日本各地の暮らしに目を向けてみると「とにかくがむしゃらにやってきたら、いま、そこそこ幸せな生活が営めるようになったな」「大都会の成功者みたいな派手な毎日ではないけど、それなりに充実しているよね」なんて人も多いだろう。しっかりと地に足をつけて、いい意味で身の丈に合った暮らしを実践しながら、日常の幸せを感じているように私の目には映る。
唐津で暮らすようになって、そうした生きざまがあることを改めて学び、人生の機微についてより理解を深められた。これは私にとって、拠点を移したことの最大の収穫であったと考えている。「夢」に破れた感覚を持っている人、鼻息荒く「成功」を追い求めるような暮らしに疲れてしまった人は、一度地方で生活してみるといい。「夢」や「成功」なんかよりも、地に足をつけて「現実」を見すえながら粛々と生きることがどれほど大事か、肌感覚でわかることだろう。水が合えばそのまま地方で暮らしていくのもいいし、合わなければまた大都市に戻ればいいではないか。
仕事のこと、家族のこと、子どものことなどが絡んで、いまの生活が容易に変えられなかったり、身軽に動けなかったりする人も多いとは思う。でも、人生の選択のひとつとして「地方での暮らし」というカードも隠し持っておくのは、決して悪いことではない。
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・地方で暮らすようになって知ったのは、現地の人々の「地に足のついた」暮らしぶりだ。
・成功者の語る成功だけが、豊かな人生というわけではない。また、大多数の人は地味な日常を送りながら、粛々と仕事に取り組んでいる。そうして、この社会は成り立っている。
・地方で暮らしてみると、そうした市井の人々の暮らしの尊さや機微が見えてくる。また、身の丈にあった生活のなかにある幸せにも気付けると思う。
・大都市での生活に疲れたり、理想と現実のギャップに悩まされたりしたときは、一度地方で生活してみるのも悪くない。
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ライター
1973年東京都生まれ。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライターや『TVブロス』編集者などを経て、2006年よりさまざまなネットニュース媒体で編集業務に従事。並行してPRプランナーとしても活躍。2020年8月31日に「セミリタイア」を宣言し、ネットニュース編集およびPRプランニングの第一線から退く。以来、著述を中心にマイペースで活動中。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットは基本、クソメディア』『電通と博報堂は何をしているのか』『恥ずかしい人たち』など多数。
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(ライター 中川 淳一郎)
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