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「人生の最短距離をカーナビのように子へ指示する」養老孟司が教育熱心な親に抱く違和感

プレジデントオンライン / 2022年2月21日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

子育てではなにを心がけるべきか。解剖学者の養老孟司さんは「現代は人生がカーナビに従う車のようになってしまった時代だ。目的に向かって最短距離で走り続ける人生は、親も子も不幸にする」という。小児科医の高橋孝雄氏との対談をお届けしよう――。

※本稿は、養老孟司『子どもが心配 人として大事な三つの力』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■過剰な教育は「子ども時代」の幸せを奪う

【養老】私は最近、「自足」という言葉をよく使います。「自らを満たす・充足させる」という意味合いで、この「自足」の状態を悟っていないと、人生はなかなか上手くいかないものでしょう。

たとえば猫は、自分の居心地の良い場所を見つければ、それで満足する。一方で、ジェフ・ベゾス(アマゾン創業者)は宇宙旅行をしていましたが、これは自足以上の欲にみえてならない。

ベゾスの例は極端にしても、個々人の過剰な欲が膨れ上がり、世界全体を道理に合わない方向に動かしているように思います。

【高橋】なるほど、実に興味深い話です。それでは養老先生は、日本という国が自足するためには何が必要だと考えますか?

【養老】何もかも手に入るわけではないけれども、生きているだけで満足できる。そんな状況を、生まれてくる子どもたちに対してつくってあげないといけないでしょう。何も難しいことではありません。親が子どもに対して「あなたたちが元気に飛び跳ねていてくれればいい」とさえ、願えばよいのです。

にもかかわらず現状は、「あなたの将来のためだから」と言ってわが子に過剰な教育を強制し、いまある楽しみを我慢させている。それは、親が自分の不安を子どもに投影させているだけです。

子どもたちの日常の幸せを、まず考えてやらなければなりません。

■親に必要な「放っておく勇気」

【高橋】まったく同感です。私はかねてより、「親は自分の願望を子に託すな」と訴えています。「こういう教育をしてやれば、自分にはできなかったこんな夢が実現するのではないか」というような気持ちが強すぎる。試したいのであれば、たとえば我が子に英会話を習わせる前に、まずは自分がやってみればいい。

もちろん子どもに期待する親心は当然のものですが、だからといってあれもこれもと押しつけて、日常の幸せを奪っては本末転倒です。「放っておく勇気」も必要なのです。

結局のところ、子どもに後悔してほしくないからではなく、親自身が後悔したくないだけなのでしょう。私はそれを「後悔したくない症候群」と呼んでいます。

【養老】なるほど、うまく名づけましたね。昨今はますます、子どもの時代が「大人になるための準備期間」のように捉えられていますね。そうして「幸せの先送り」が進んでいく。すると子どもたちは、自分がいつ幸せを享受できるのか、一向に実感できない。

若い世代の自殺が多いのは、幸せな瞬間が未来に回されるばかりで、「いま」を体感できていないからだと思います。子どもの時代に幸福を味わっていれば、そう簡単には自殺に走らないのではないでしょうか。

別の言い方をすると、子ども時代が独立した人生ではなくなっている。人生の一部としか見られていないのです。子どもの時期がハッピーであれば、人生の一部がハッピーになる。その幸せが将来に先送りされるから、「いつになったら、自分は自分の人生を生きることができるのか」という迷いが生じてしまうわけです。

■「正しい子育て」なんてない

【高橋】最近流行りの「自己肯定感」という言葉、実はあまり好きではないのですが、あえて使うならば、人は生まれてきた瞬間が最も自己肯定感が高いはずです。「生まれてくるんじゃなかった」と思って生まれてくる赤ん坊はいませんからね。

赤ちゃん
写真=iStock.com/itakayuki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/itakayuki

そういう幸福感に満ちた子どもの心が、成長するにつれて、家族や周囲、そして社会からのプレッシャーを受けてしだいに擦り減っていく。

ところが親はそうとは知らず、ネットに流布するさまざまな「正しい子育て」に直面し、親としての自信をなくしてしまう。そもそも「正しい子育て」なんてないと開き直ってほしいというのが、小児科医としての私の切実な思いです。

■目的達成を重視する子育ては必ず失敗する

【養老】現代は人生がカーナビに従う車のようになってしまった時代であると、しみじみ痛感しますね。ナビの案内に従えば、目的地までは効率よくたどり着けるでしょう。しかし、道中にこんな山があるとか、綺麗な花が咲いているといった道草を食う行為が忘れ去られてしまった。目的に向かって最短距離で走り続ける人生は、まさしくカーナビそのものです。

よそ見をしたり、道草を食ったりしながら、カーナビには絶対に出てこないルートを進むなかで、さまざまな実体験を積み上げていくのが人生だと思うのですが。

川で遊ぶ少年
写真=iStock.com/kohei_hara
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kohei_hara

【高橋】そうですね。子育てというのは、「将来どの大学に進み、どういう仕事に就くか」というように、目的達成を重視してやっていくと、いずれ裏切られることになる。「ああやってあげれば、こうなる」ということがないのが育児ですから。

教育や子育ての本質は、効率主義や成果主義の先にはないはずです。むしろ、無駄なことや遠回りした先に待っているように思います。

■早期教育に意味はない

——高橋先生は「早期教育」について、どうお考えですか?

【高橋】昨今の社会的な要請の典型例ですね。子どもの意思にかかわらず年齢を繰り上げて学ばせるという。私の考えを申し上げれば、早期教育には大した意味はないけれど、やってみても構わないとの立場です。

大前提として、何かを早くできるようになることと、そうして習得したことが将来もっとできるようになること、は無関係です。早く自転車を買い与えたからといって、運動神経が良くなるかと言えばそうではないでしょう。

たしかに、幼少期の日常に日本語が欠如していれば、その習熟が疎かになるように、ある時期に経験しておかないとその後の発達に影響することはあります。それは遺伝的に仕込まれた能力とはいえ、その力を発揮するためには適切な刺激が適時に加わることが必要だからです。しかし早く始めたほうがさらに良いかというと、そのようなことはないのです。

とはいえ、「無駄なこと」を経験させるのも教育だとすれば、早期教育を全面的に否定するべきではない。努力が報われるとは限らないといった世の摂理に向き合わせることも、ある意味では立派な教育です。親は「せっかく高い学費を払ったのに……」と悔しがるかもしれませんが。

■子どもの自立性を認めよう

【養老】早期教育は是か非か。このテーマは、大人が子どもといかに本気で向き合うかに尽きるのではないでしょうか。

学校という教育現場の実情を考えると、生徒一人ひとりの「個性」などというものに合った教育をしようものなら、教師の身体がもちませんよ。そうではなくて、子どもが自立して動く姿をつぶさに観察しながら、教師は必要なタイミングで「手入れ」をする。日本人が自然に対して抱く感覚に近いのですが、相手の自立性を認めたうえで、上手に扱うのです。

大事なのは、相手は自分とは違うルールで動いていると認めること。そのためには相手と本気で向き合わないといけないし、一日も手を抜けない。生きているものに接するとは、そういうことではないですか。

■肥料のあげすぎは良くない

【高橋】教育とは生き物と接することだと捉えるならば、「早期教育」という言葉には違和感が出てきますね。そんなに焦って触れ合って、何がしたいのかということになる。

養老孟司『子どもが心配』(PHP研究所)
養老孟司『子どもが心配』(PHP研究所)

【養老】そういう意味でも、一次産業や自然に接することが重要なのです。農業に勤しむ人であれば、適切な時期に適量の肥料を与えれば、ちゃんと米が収穫できることを実感しています。言い換えれば、「早い時期に肥料をたくさんやっても、米がたくさん穫れるというものではない」ということが、経験的にわかっています。

また以前、オリーヴを輸入している業者の方に聞いた話ですが、ヨーロッパには400年も昔のオリーヴ畑があるそうです。いまでもちゃんと実がなり、油が採れる。ところが最近できたオリーヴ畑は、せいぜい100年くらいしかもたないといいます。

何が違うかというと、肥料なんです。昔は肥料がないから、やせた土地に木を植えるしかなかった。でも木は、だからこそ一生懸命、根を張って育ち、長い寿命を生きることができるのでしょう。

動物にも似たようなことが言えるようです。最近読んだある医学の本によれば、若いときに十分な食料を与えられなかった動物のほうが、実は長生きするという。この説が本当であれば、非常に興味深い。

早期教育に関しても同じで、そんなに早く肥料をあげる必要があるのでしょうか。人間も、むしろ幼いころに一定の欠乏感を抱くほうが、将来のためになるのかもしれません。

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養老 孟司(ようろう・たけし)
解剖学者、東京大学名誉教授
1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士。解剖学者。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。95年、東京大学医学部教授を退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。京都国際マンガミュージアム名誉館長。89年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。著書に、毎日出版文化賞特別賞を受賞し、447万部のベストセラーとなった『バカの壁』(新潮新書)のほか、『唯脳論』(青土社・ちくま学芸文庫)、『超バカの壁』『「自分」の壁』『遺言。』(以上、新潮新書)、伊集院光との共著『世間とズレちゃうのはしょうがない』(PHP研究所)、『子どもが心配』(PHP研究所)など多数。

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高橋 孝雄(たかはし・たかお)
慶應義塾大学 医学部 小児科主任教授
医学博士。1957年生まれ。専門は小児科一般と小児神経。82年、慶應義塾大学医学部卒業。88年から米国マサチューセッツ総合病院小児神経科に勤務、ハーバード大学医学部の神経学講師も務める。94年に帰国し、慶應義塾大学小児科で医師・教授として活動。大脳皮質発生、高次脳機能発達、エピジェネティクスなどの研究を行っている。日本小児科学会前会長、小児神経学会前理事長。著書に『小児科医のぼくが伝えたい 最高の子育て』『子どものチカラを信じましょう』(いずれもマガジンハウス)。

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(解剖学者、東京大学名誉教授 養老 孟司、慶應義塾大学 医学部 小児科主任教授 高橋 孝雄)

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