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電車内で喫煙を注意した高校生に暴行…弱い人間しか殴れない男に、私が同情してしまうワケ

プレジデントオンライン / 2022年2月18日 19時15分

岩井志麻子さん(写真提供=ホリプロ)

今年1月、JR宇都宮線の車内で喫煙していた男を注意した高校生が暴行を受け、右頬骨骨折などの重傷を負った。作家の岩井志麻子さんは「テレビ番組でこの事件についてコメントを求められ、私は『暴行した男はかわいそうだ』と話した。その考えはいまも変わっていない。暴力でしか矮小な魂を修復できないのだろう」という――。

■今も話題になる宇都宮線での暴行事件に私が思ったこと

電車の優先席に寝転がって、加熱式タバコを吸う男がいた。

昨今ではいろいろとためらってしまう状況下にありながら、一人の男子高校生が毅然と注意をした。

すると激高したその男はダウンジャケットを脱いで、上半身にびっしり入った入れ墨を見せつけながら、一方的に高校生を殴る蹴るして大けがを負わせた。

今年1月、JR宇都宮線で起きた暴行事件は、宮本一馬容疑者の傍若無人ぶりや凶暴さ、そして被害者のもはや勇敢といっていい言動により、今もって話題になり続けている。

■「かわいそう」と発言した真意

私はこの事件のすぐ後、レギュラー出演しているテレビ番組でコメントを求められ、

「ずっとばかにされっぱなしだった、と鬱屈していた宮本容疑者は、一般の人たちばかりの電車の中なら、入れ墨を見せてタバコ吸ったら怖がってもらえる、と期待して乗ったんでしょ。そしたら、真面目そうな高校生に真正面から注意され、逆上してしまった。あまりにみじめで、もはやかわいそうなほど。なんとかかばってやりたい、とすら思う」

と発言したら、ネットニュースになって結構な反響をいただいた。

いやほんと、この手のやつが組事務所に殴り込むとか、本職より悪そうな半グレに絡むとか、聞いたことない。真っすぐに、といっていいほど、女性、子ども、老人、小柄な人、おとなしそうな人を狙っていく。

真の意味で弱っちいやつは、誠に強くなりたいとも、強い相手に勝ちたいとも願っていない。必死に自分より弱そうな相手を探し、弱いと見なした相手に威張る。

そうすることでしか、強いと恐れた誰かに傷つけられた矮小な魂を修復できない。これをかわいそうといわずして、なんといえばいい。

■事件を起こした心理は…

「かわいそうなもんか。徹底して宮本容疑者は悪いやつで、同情の余地なし」と憤慨する人もいるが、それはかえって彼を調子づかせることになるのだ。

だって彼は、かわいそうといわれたくなくて、悪い怖いやつだと畏れられたくて、あんなことをしたのだ。

よって私は、しつこく「かわいそう」「かわいそう」といってやったのだ。

■ふと思い出した2年前の同級生の事件

その前にも、公共の建物や私鉄の中で宮本容疑者的な人が暴れる事件は続いていたが、私はそれらとは種類が違う、故郷の岡山県でだけ大きく扱われた2年前の事件が思い出された。

中学の同級生だった男(仮にOとする)は、不良というより問題児だった。

本人が望むように、怖がられはしなかった。Oは小柄で勉強も運動もできず、それこそばかにされっぱなしだった。

本物の怖い不良たちはOなど仲間と見なさず、けんかも吹っかけなかった。思えばあの不良たちは、ちゃんとした不良だった。対等にけんかできる相手としかけんかしなかった。強いやつに勝ってもっと強くなりたい、そんな不良の美学はあったのだ。

Oも、最初から勝ち目のない不良たちには近づかなかった。Oが威嚇し、不機嫌を振りまく相手は、例によって怖くない先生、女子生徒、気弱な男子生徒に限られていた。

Oは中学卒業後、たまにバイトをしても続かず、ぶらぶらしていたらしい。一度だけ、地元の商店街で会った、というよりすれ違った。これは、後述する。

私が10代の頃は携帯もパソコンもなく、親しくもなかった同級生のその後などわからなかったが、Oは軽犯罪で何度か刑務所に入ったという、いかにもな噂は耳に入ってきた。それから何十年と過ぎ、すっかりOなど忘れ去っていたのに。

■突如殺された同級生に対して思ったことは…

岡山県での殺人事件がネットニュースで流れ、被害者としてOの名前を見つけた。向かいの部屋に住む同世代の男に、「生意気だから懲らしめてやりたかった」との理由で刺されたのだ。

加害者とは前の職場が同じで金銭トラブルもあったと報道され、これは元同級生とも、「お気の毒じゃけど、なんかOっぽい最期じゃなぁ」などと、しみじみ話した。

ノスタルジックな日本の古民家
写真=iStock.com/:Actogram
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/:Actogram

50半ばを過ぎ、独身で無職でワンルーム暮らし。それだけを取り上げ、かわいそうだなどとは失礼だ。本人が幸せだ、楽しいこともあるとご機嫌なら、かわいそうじゃない。

そう、かわいそうっていうのは、成人に対してはかなり失礼にもなり得る言葉と感情だ。

もちろん、理不尽な事件や事故に巻き込まれたり、本人に責任のない病気にかかったなど、これはお気の毒だと同情申し上げる際に使うこともある。克服していただきたいと応援したくなる気持ちからだ。

■被害者と加害者の共通点

Oははっきり、かわいそうである。

被害者であるのは前提として、Oはきっと加害者を、こいつになら勝てると見くびったから、生意気な態度が取れたのだ。それは加害者も同じで、Oを下に見ていたからこそ、生意気な態度を取られた、と逆上したのだ。

おそらく加害者もOも、同じような子ども時代、青年期と中年期を生きたのだろう。さすがに、2人が最後のところで入れ替わっていたかもしれない、とまでは考えたくないが。同族嫌悪の結末を見れば、ふとそんな想像も過ぎってしまう。

■あの時、あなたは何を言おうとしたのか

さて私は中学時代、Oとはほとんど接した覚えもない。Oは卒業後、私のことなど忘れていると思っていた。

それが高校生の頃、商店街でOとすれ違ったら、「あっ、作家の人じゃ」といったのだ。Oはそのまま、行き過ぎていった。そして、二度と会うことはなかった。

私は子どもの頃から本が好きで、作家になりたい、といっていた。まさかOが、それを覚えていたとは。

そのときの私は、まだ高校生だ。

Oが私の背伸び、大望をからかうつもりでいったのか、私を何かしら励まそう、みたいな気持ちでいったのか。わしは覚えとるで、お前もわしを覚えとるよな、といった意味でいってみたのか。

今となっては、まったくわからない。

ともあれ私はOの言葉通り、本当に作家になった。

Oの事件のときは、最後に会った商店街のことを思い出しはしたが、ぼんやりと悲しみを覚えただけだ。

今回の無関係な電車内暴行事件の方が、強くOを思い出させてくれた。

■私も弱い者を探して威張ったことがある

なぁOくんよ、私も一人で上京して、みじめな思いをし、かわいそうな境遇にもなったんよ。

東京は強いもんだらけで、私より弱いやつを探す方が困難じゃったわ。じゃけぇ、強いものから逃げ回って、といって弱い者を探して威張るのもますますみじめで自分がかわいそうになるだけじゃと、返り討ちにも遭うて実感できたんよ。

そいでな、がんばる弱い者たちの仲間にしてもらおう、強い者には無闇に媚びもせず、でも認められて正しくかわいがられようという戦略に変えたんじゃ。

オフィスで多様な同僚
写真=iStock.com/fizkes
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fizkes

■いま、まわりにばかにされていると思っている人へ

Oだけでなく宮本容疑者にも、誰かを喜ばせたり、それこそ弱きものを助けたり、捨て身で強い相手に挑んだことも、きっとあったはずだ。誰かの煌めく思い出の中にも、きっといる。

まずは、相手をばかにしたい、ばかにされたくない、と猛る気持ちを抑える前に、自分はばかにされている、という被害妄想の出力を弱めよう。

そして、楽しいことで笑って、どうにもならないことがあれば泣いていい。

多くの世の人は、楽しくて笑っている人をばかにはしない。本当につらくて泣いている人は、対等な意味でのかわいそうという声をかけてもらえるから。

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岩井 志麻子(いわい・しまこ)
作家
1964年、岡山生まれ。少女小説家としてデビュー後、1999(平成11)年「ぼっけえ、きょうてえ」で日本ホラー小説大賞受賞。翌年、作品集『ぼっけえ、きょうてえ』で山本周五郎賞受賞。2002年『チャイ・コイ』で婦人公論文芸賞、『自由戀愛』で島清恋愛文学賞を受賞。近著に『でえれえ、やっちもねえ』(角川ホラー文庫)がある。

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(作家 岩井 志麻子)

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