2021年に最も売れたバイクなのに…ヤマハが名作SR400の生産をパタリと止めたワケ
プレジデントオンライン / 2022年2月21日 12時15分
■ヤマハのドル箱にして、ブランドの象徴的存在
業界紙『二輪車新聞』が2021年のバイク新車販売台数(推定値)を発表し、小型二輪クラスでヤマハ『SR400』(以下、SR)が首位となった。
小型二輪とは、道路運送車両法でいう総排気量251cc以上の車両を指す。おおよその人が「バイク」と聞いてイメージするのはこのカテゴリーのモデルだから、“2021年で最も売れたバイク”がSRだったわけだ。さらにSRは昨年だけでなく、2020年も2位にランクインしている。
SRは初代モデルが1978年にデビュー。いかにもバイク然としたシンプルな美しさと、単気筒エンジンならではの味わいが幅広いライダーに支持され、ロングセラーを続けてきた。ヤマハのドル箱にして、ブランドの象徴的存在であることに異論を挟む者はいない。
だがこのSRは、昨年3月15日に発売された『ファイナルエディション』をもって、日本国内向けの生産を終了してしまったのである。最終生産分はすぐに完売となり、新車でSRを手に入れることはこの先もうできない。なぜなのか?
販売も絶好調な歴史ある主力商品を、ヤマハが廃番にしてしまった理由は何なのか。
人気バイク専門誌『ヤングマシン』の松田大樹編集長が語る。
「SRの生産終了が昨年1月に発表された際、ヤマハはその理由を『今後の様々な規制に対応していないため』と説明しています。これはどういうことかというと、まず小型二輪への前後ABS(=アンチロック・ブレーキ・システム。急ブレーキをかけた時などにタイヤがロックするのを防ぐことにより、車両の進行方向の安定性を保つ装置)装着が義務化され、非ABS車は2021年10月までしか生産できなくなってしまいました」(松田氏、以下同)
「さらに2022年10月以降に生産される車両には、平成32年(令和2年)国内排ガス規制のクリアも求められます。主にこの2点が、ヤマハの言う“様々な規制”です」
■実は2度目の生産終了
実はSRが生産終了となったのは、今回が初めてではない。
2008年にも、2009年より適用される自動車排出ガス規制の強化に対応できなかったことから、一度その歴史が途絶えている。SRは登場が1978年だから基本設計が古く、燃料供給装置はキャブレターだった。それでは新規制をクリアできなかったのだ。
しかしファンからの根強い復活の声を受け、ヤマハはSRの燃料供給装置をフューエルインジェクション(FI)にして規制対応させ、2009年12月に再登場させた。以降、昨年まで生産が続いてきたのである。
その前例を踏まえれば、また近いうちに規制対応版のSRがリリースされそうなものだが……。
「2009年にFI化するモデルチェンジを行った際、それに伴う補機類を収めるスペースの捻出に苦労したと聞いています。実際、シート下のバッテリーはやや斜めに角度をつけて配置されていますし、サイドカバーもそれまでのモデルよりもわずかに膨らんでいるなど、何とかかんとか補機類を収めた……という印象です。そこへさらにABS化しようとすると、増加する電子機器類を収める場所がもうないのかもしれません」
もちろん外観を大幅に変更すればABS化も可能だろうが、SRには〈デザインは極力変えてほしくない〉と望むユーザーが多く、スタイリングに手を加える選択肢は取りにくいという事情がある。
「ただ、やりようはいくらでもあると思います。バッテリーにしても近年は高性能かつ小型なリチウムイオンバッテリーがありますし、フレーム形状を変えたって、設計者の工夫次第で美しいラインを保つことはできるはずです」
![ヤマハのSR400](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/7/670/img_772704bc60d05b92e88fe43693c4ec22837886.jpg)
■規制クリアは可能だが、価格転嫁は避けられない
一方、排ガス規制をクリアするのは技術的にそう難しい話ではないという。
「ただFIセッティングの変更や、触媒の追加などマフラーの変更、場合によっては排ガスをクリーン化するために、エンジン内部パーツの変更も必要となるかもしれません。となると、必然的にコストが増加します。バッテリーやフレーム形状を変えた場合もしかり」
「そうしたコストを車両価格に転嫁した場合、これまで通りのセールスが見込めるのか。もし従来と同等に売れたとしても、かけたコストを完全に回収できるのかという検討を重ねた結果、生産終了という苦渋の決断に至ったのでしょう」
では仮に最新規制をすべてクリアする改良を行った場合、SRの車両価格は果たしてどれほどの値上げとなってしまいそうなのか。
「ヤマハではありませんが、2016年モデルで生産を終了し、2019年に排ガス規制対応やABSの採用、リヤブレーキのディスク化(規制対応させるとすればSRにも必要)などを行って復活したカワサキ『W800』の例が挙げられます」
「この際、カワサキはフレームの改良やLEDヘッドライトの採用、ETCの標準化なども行っているので、これを考慮する必要はありますが、2016年モデルのスタンダードグレードで税込み87万4800円だった価格は、装備内容が同等の2020年モデルでは税込み110万円へと上昇しています」
■古風なスタイルの最新仕様はトレンド
排気量の差はあれ、SRの場合もさほど違わない額の値上げとなってしまうことが予想される。
SRのファイナルエディションは税込み60万5000円で販売された。そこから20万程度の値上げとなってしまうと、いくら一定数の根強いファンがいるSRでも、購買層からそっぽを向かれてしまうのだろうか。
「『そんなに高くなったら誰も買わないよ』という声は、値段が安かろうが高かろうが結局のところ買わない、いわば外野の意見だと思います。近年話題のホンダ『CT125』(税込み44万円)やカワサキの『Ninja ZX-25R』(SEグレード・税込み93万5000円)が好例で、両車とも125ccや250ccという排気量帯ではかなり高価ですが、好調なセールスを記録しています」
「そして400ccクラスでも、上級グレードは100万円超えのホンダ『CB400スーパーフォア/スーパーボルドール』(税込み88万4400円~108万4600円)が堅調な売れ行きを見せている。“欲しい!” と思える魅力を備えたバイクであれば、たとえライバルより割高であっても100万円強くらいまでならお金は出す、というのが近年の新車購入層の特徴のひとつだと私は感じています」
![ヤマハのSR400](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/b/670/img_cb6ae0458970acbdebf0fe90dc1aea631123194.jpg)
■ホンダ『GB350』に倣えばいいのでは…
それでもヤマハが改良コスト上乗せのリスクを懸念しているというのであれば、SRの生産終了と入れ替わるように昨年デビューした、ホンダ『GB350』(GB)の成り立ちを試みる手はないのだろうか。
GBもSR同様、クラシックな外観と空冷単気筒エンジンが売り物となっている。しかしSRと違って最新の排ガス規制に対応し、ABSも装備しているだけでなく、電子制御でスリップを防ぐトラクションコントロールシステムやフルLEDの灯火類まで与えられていながら、価格は税込みで55万円。冒頭で紹介した2021年小型二輪新車販売台数ランクにおいて、GBはSR、カワサキ『Z900RS/カフェ』に続く年間3位となっている。
そもそもGBは、ホンダがインド市場攻略のために開発した『ハイネスCB350』(ハイネス)の日本向けモデルだ。
世界最大のバイクマーケットであるインドでは、ロイヤルエンフィールドという英国発祥のブランドが圧倒的なシェアを誇る。ホンダはその牙城を切り崩すべく、ロイヤルエンフィールドの主力ゾーンとなっている350ccクラスにインドで生産を行い、インド人ユーザーの嗜好に合ったスタイルやエンジン形式を持ち、世界的な安全・環境規制にも適合させたハイネスをぶつけて、発売からわずか4カ月で1万台突破のヒットを記録した。
そんなハイネスの特徴がインドだけでなく、日本でも受け入れられると踏んだホンダが我が国のマーケットへ導入したのが、GBなのである。
![ヤマハのSR400](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/2/670/img_a20a4751e71e5d87c7acdaad3ea81ece635148.jpg)
■部分改良での延命は難しい
つまりGBは、インド+日本というマーケットの大きさを見込んだ量産効果とインド生産(GBは日本で最終組み立て)の恩恵によって、リーズナブルな価格設定を実現できたわけだ。
同様にSRも、最新規制をクリアさせた新バージョンをインドで展開できれば、GB並みの人気が出るのではないか。そしてインドでの販売数が見込めれば、日本生産にせよ海外生産にせよ、極端な値上げをせず日本市場でも延命できるのではないだろうか。
「確かにインドなら目があるかもしれませんが、インドにおける250~750ccクラスのマーケットはロイヤルエンフィールドが約9割という圧倒的なシェアを握っています。現地における同社は絶対的な存在、憧れのブランドですから、ハイネスでの参入はあの世界のホンダにして、かなりのチャレンジだったのです」
「だとすればインドでネームバリューのないSRをモデルチェンジして投入しても、市場に君臨する巨人のカリスマ性を打ち破って台数を稼ぐには、販促活動にかなりのパワーが必要です。ヤマハはそうした要素を総合的に判断し、現状ではSRをインドに投入する判断を下していないのだと思います」
![ヤマハのSR400](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/d/670/img_2d5ee0ffd5ba46c8127fe2378703f8df932850.jpg)
■命脈を途絶えさせるのはあまりに惜しい
となると、昨年の爆発的な売れ行き(もちろん生産終了に反応した駆け込み需要も含まれているだろうが)や別れを惜しむ声の大きさにヤマハが前言撤回し、万が一にも規制対応版がカムバックする目は、今回ばかりはないのだろうか。
「SRはタイでは現行車として残っていますので、可能性はゼロではないとは思いますが、『ファイナルエディション』とまで謳ってしまった以上、ヤマハのメンツ的にも出しにくいでしょう。仮に出すとしても、40年以上前のバイクをさらに継ぎはぎして規制対応させるくらいなら、各所を現代的にアップデートさせ、排気量も変更するなどのフルモデルチェンジを行う方向となるはず」
「しかし、この先は電動なのか何なのかとパワートレインの次世代が読めない昨今、新規でエンジンを開発するのはメーカーとして荷が重すぎます。そうした状況から考えるに、SRの復活はかなり難しいのではないでしょうか。ただ一ライダーの個人的意見としては、ヤマハの挑戦をぜひ見てみたいのですが……」
SRはヤマハのみにとどまらず、日本バイク史の中で燦然と輝く名作である。命脈を途絶えさせるのは、あまりに惜しい。
規制の壁を超え、〈その手があったか〉とファンをうならせる『シンSR』として蘇る日を、今はただ待ちたい。
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ライター
高松市生まれ。フリーランスライターとして一般誌、ノンフィクション誌、経済誌、スポーツ誌、自動車誌などで執筆。『チュックダン!』(双葉社)で、第13回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。このほか、著書に『蹴る女 なでしこジャパンのリアル』(講談社)がある。
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(ライター 河崎 三行)
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