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このままでは日本で働く外国人はいなくなる…ベトナム人の日本離れが増えている理由

プレジデントオンライン / 2022年2月18日 11時15分

ハノイから羽田空港に到着したベトナム人技能実習生たち - 筆者撮影

現在、日本で最も多い外国人労働者はベトナム人だ。彼らの半数は技能実習生だが、職場で暴行を受けたり、いじめに遭ったりするケースが後を絶たない。ジャーナリストの姫田小夏さんは「このまま技能実習生の『日本離れ』が進めば、日本の一部の産業は相当な打撃を受ける」という――。

■暴行や事故があっても事実を隠されてしまう

2020年10月末、日本に在留するベトナム人労働者は44万3998人になり、国籍別で中国を抜き、最も多い外国人労働者となった。技能実習生は20万人を超えるが、一部のベトナム人にとって“憧れの日本”の現実はむごいものだった。1月、岡山市内のベトナム人技能実習生の男性が、実習先の建設会社で2年間も暴行を受けていたことが明るみになった。肋骨を折るなどケガを負ったが、受け入れ企業は治療の際、事実を隠すよう指示したという。

もちろんこれは氷山の一角だ。九州で在日ベトナム人の支援団体を立ち上げたグエン・ティ・ミン・グエットさんは「日本の受け入れ企業でベトナム人の技能実習生が受けるいじめはあまりに多い」と嘆く。

「私のスマホには、毎日のようにケガしたりいじめられたりするベトナム人からのSOSが着信します。仕事中のケガでも、企業側は労災保険を使いたがらず、病院や警察にウソの申告をさせるのです」

例えば、ベトナム人実習生が解体作業中に高所から落ち、身体機能の一部を損傷する事故があった。このとき企業側は警察の取り調べに対し、実習生に「自分が勝手に高所に上った」と虚偽の証言をさせた。食品加工工場では、食肉切断機の包丁部分でベトナム人実習生が作業中にケガをしたが、企業側は機械を処分し証拠を隠滅し、治療費すら出さなかった。

技能実習制度は1993年に導入された在留資格制度だが、30年近くを経る今も、一部の実習生たちは劣悪な労働環境に置かれ、パワハラ、セクハラを受け続けている。

■仕事は選べず、転職したくてもできない

日本には技能実習生の募集から受け入れまでの面倒を見る監理団体と呼ばれる組織がある。本来ならば受け入れ先に法令違反がないかを確認し、また実習生を保護する立場にあるが、現実は異なる。技能実習生の動向に詳しいある行政書士によれば「監理団体は国から与えられる優良団体の『お墨付き』が剝奪されるのを恐れ、受け入れ企業で起こる事故や失踪などのトラブルを見て見ぬふりする傾向があります」という。

「技能実習生」は世界的にも悪名高い在留資格だと言われてきた。実質的に労働をさせていながらも、国は外国人労働者として認めず、あくまで「実習生」という建て前で制度を運用しており、「職業選択の自由」を認めていない。そのため劣悪な環境に耐えられなければ逃げ出すしかない。

しかしひとたび逃げ出せば、結果として不法残留となり、正規の職を得ることはできなくなる。「逃げ出しても多額の借金が残っているので、不本意ながらも反社会的な行為に手を染めながら生きていく道を選ぶしかない」(グエットさん)。

実際に、ベトナム人による犯罪は増えている。警察庁組織犯罪対策部がまとめた「令和2年における組織犯罪の情勢」によると、令和2年中の来日外国人犯罪の総検挙人員は1万1756人、国籍別ではベトナム人が4219人(構成比率35.9%)と最多を占め、窃盗犯の増加が目立つ。

都内ではここ数年、万引きを警戒する店が増えた
筆者撮影
都内ではここ数年、万引きを警戒する店が増えた - 筆者撮影

■アジア人に選ばれない日本、選ばれる台湾

一方、台湾もまた日本と同様に外国人労働者に依存してきた。四方を海に囲まれる台湾は、日本と同様に1980年代後半から土木・建設業界で外国人労働者の受け入れを開始した。日本では1990年代初頭のバブル崩壊で外国人労働者の需要は縮小するが、台湾では建設、製造、介護・福祉の分野で受け入れが進み、35年を超える実績がある。

その台湾は、2018年に日本が「入管法改正案」を閣議決定するまで、日本を上回る水準のベトナム人労働者を集めていた。日本の外国人労働者数は約172万人で、人口に占める割合は1.4%だが、台湾は約72万人(人口は約2300万人)を集め、その割合は3%を超えている。日本と何が違うのだろうか。

台湾では、1991年に「就業服務法」が成立し、増える労働者の需要と不法就労の防止、台湾住民の雇用保障を焦点にした新制度の運用が始まった。1992年には「外国人招聘許可および管理法」が施行された。ちょうど、日本では「技能実習制度」が立ち上がった時期である。

■基本給や休日規定、仲介料も上限を明確化

こうした法制度のもとで、台湾の行政は企業側に対し、雇用のプロセスと責任を明確に示してきた。例えば、台湾の製造業における受け入れでは、基本給は月2万5250台湾ドル(日本円で約10万1000円)と決められ、月に4~5日の休日を与えることを必須とし、本人が休暇を取得したがらないケースに対しては、1日567台湾ドル(約2268円)×4~5日分を払うという規定が設けられている。また、人材仲介会社が仲介料として徴収できる金額については月額の上限がはっきりと数字で示されている。

台湾では、人材仲介会社や行政のホームページでも、企業側が外国人労働者に対して支払わなければならない項目と金額、労働者本人が負担しなければならない諸費用が分かりやすく示されている。労使間に存在した曖昧な部分をガラス張りにしようという取り組みの一端が伺える。

若者の層が厚いベトナムには「職がない」という雇用問題が潜在する(ハノイにて)
筆者撮影
若者の層が厚いベトナムには「職がない」という雇用問題が潜在する(ハノイにて) - 筆者撮影

もっとも、これで万事が解決したわけではない。「仲介業者の手数料問題」には相変わらず“抜け穴”が存在する。また外国人労働者は自由な転職が原則できない状況に置かれている。今年1月には「自由な転職」を求めて400人規模の街頭デモが行われた。

■かつては台湾でも差別があったが…

台湾では単純労働の担い手として、タイ人、フィリピン人、インドネシア人、ベトナム人を受け入れてきた。制度の確立とともに、企業側と労働者の人間関係の在り方も試行錯誤を繰り返してきた。

2000年代に入り、台湾人が最も身近に感じたのは、高齢者介護のために雇われるフィリピン人の住み込みの“お手伝いさん”だった。しかし、当時は企業側と労働者の間にはまだまだ隔たりが存在した。台北市に住む林茜さん(仮名)は、20年前をこう振り返っている。

「フィリピン人のお手伝いさんを台湾では“マリア”と呼びました。住み込みなので、物置や倉庫に住まわせたりするなど、当時は差別的な待遇もありました。まともな食事もさせず、休みを与えず四六時中働かせ、果ては親戚や友人にまでマリアを貸し出すなど、中にはこき使う雇用主もいました」

その後、スマートフォンの普及によって状況が変わった。「LINEで無料通話ができるようになると仲間同士のコミュニティーもでき、何かあったらグループLINEで情報を共有して結束を強め、今では雇用主が彼女らのご機嫌をとるなど、立場がすっかり逆転しました」(同)

外国人労働者なしでは立ち行かない台湾。すでにアジアでは労働者の争奪が行われている
筆者撮影
外国人労働者なしでは立ち行かない台湾。すでにアジアでは労働者の争奪が行われている - 筆者撮影

■企業側が労働者の顔色を伺うように

製造業の分野でも、外国人労働者なしには成り立たなくなっている。台湾南部で漁業関連資材を製造する工場経営者の王啓明さん(仮名)は、雇用を通して、ベトナム人には不思議な習慣があることに気がついた。それは、台湾人も知らない“怪しげな何か”で、休憩時間や夜間に服用しているのだという。

「活力増強剤のようなものでしょうか、恐らく台湾では“法律スレスレ”のものではないかと。キツイ仕事だから余計に欲しがるんですよ。もともと母国で使っていたようで、タバコのように中毒性がありますが、これをやると元気になるんです。逆にやめると仕事ができない。雇用者としては目をつぶるしかない状況です」

あくまで筆者の推測だが、これはベトナム人が“アメリカ草”と呼ぶ麻薬かもしれない。今、日本でもこれを所持するベトナム人が摘発されているが、台湾でも違法薬物に指定されている。また、台湾では労働者が高揚感を得るために檳榔(ビンロウ)の実を噛む習慣が残っているが、これに類するものとも想像できる。

いずれにしても王さんはそれ以上の詳細を語りたがらなかった。労働者を失うことを恐れて黙認せざるを得ない、そんな経営者の苦しい心の内が見える。今では企業側と労働者の立場は逆転し、企業側が労働者の顔色を伺うようになった。

台湾では、労働力に対する絶対的なニーズと行政の積極的な取り組みとともに、言葉や考え方、習慣が違う外国人労働者を受け入れる素地を整えてきたが、その成熟した市場では「立場の逆転」が鮮明になっている。

■税金、社保料、居住費…「雇用条件書」の活用は進むか

2019年、日本では入国管理法が改正、「技能実習」に加え「特定技能」という在留資格が新設され、14業種にわたって就労が認められるようになった。都内に拠点を持つ特定非営利活動法人MP研究会はこれを機に、特定技能制度の橋渡し役として活動を開始した。

従来の「技能実習」と「特定技能」の大きな違いは「転職できる」ことにあるが、プロジェクトコーディネーターのベ・ミン・ニャットさんは「これをきっかけに、ベトナム人実習生がさまざまな疑問点について声を上げられるようになりました」と言う。

また、事務局長の田中聡彦さんは「特定技能」で導入された「雇用条件書」について、あくまで出入国在留管理庁が提示する参考様式だと前置きしつつ、「税金、社会保険料、雇用保険料、食費、居住費などの金額を明記する欄があり、それぞれの国の言語で示すこともできる。詳細な記入を求めるこのフォーマットを使う企業が増えれば、賃金をめぐるトラブルもだいぶ改善されるのではないでしょうか」と語る。「特定技能」には依然問題点も残るが、このような前向きな評価もある。

香港でもアジアからの労働者たちが休日を祖国の仲間と過ごす光景が見られる
筆者撮影
香港でもアジアからの労働者たちが休日を祖国の仲間と過ごす光景が見られる - 筆者撮影

■このままでは早晩「日本離れ」が起きる

だが、田中さんもある思いを払拭できずにいた。それは、たとえ制度が改善されたとしてもベトナムから、いやアジア全体からいずれ日本に労働者が来なくなるのではないかという危機感である。

MP研究会は15年以上にわたり、ベトナムやASEANの高度人材をメインに就労支援を行ってきたが、「残念ながら日本は、ベトナム人からも選ばれない国になりつつあります」(同)。エンジニアや文系の学生も離れていく傾向が見えてくる中で、「技能実習生」「特定技能」も早晩、日本離れを起こすのではないかと心配する。

コロナ禍の今、外国人の入国が足止めされる中で、日本ではすでに実習生の争奪が始まっているが、それは近未来への予想につながる。ご機嫌をとって歓待しなければ、アジア人実習生は日本に振り向かなくなるのではないか――。

アジア人実習生が姿を消せば日本の産業に致命的打撃をもたらすのは必至だ。農業や漁業はもとより、飲食店での立ち仕事、腰を痛めるホテルのベッドメイキング、運送業の倉庫での仕分け作業などは、すでにアジア人なしでは成り立たない分野になっている。しかし、こうした過酷な労働も“出稼ぎ”ゆえに我慢できたのかもしれない。

早晩、日本を取り巻くアジアが富裕になれば、労働者たちは“いじめ体質”の企業風土やアジア人軽視の日本の空気にも耐える必要はなくなる。アジアの担い手を失うとき、日本はさらに遠くのアフリカに労働力を求めるといった“焼き畑的手段”に出るか、あるいは日本人だけで人手不足を解消するかの選択を迫られる。

日本の受け入れ制度は改善に向かいつつも、“人と人のかかわり”は今なお克服できていない。“上げ膳据え膳”など極端な状況に陥る前に足元を見直したい。人手不足の解消も最終的には人と人。カギは日本人が異文化理解を深め、共生を模索することにある。

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姫田 小夏(ひめだ・こなつ)
フリージャーナリスト
東京都出身。フリージャーナリスト。アジア・ビズ・フォーラム主宰。上海財経大学公共経済管理学院・公共経営修士(MPA)。1990年代初頭から中国との往来を開始。上海と北京で日本人向けビジネス情報誌を創刊し、10年にわたり初代編集長を務める。約15年を上海で過ごしたのち帰国、現在は日中のビジネス環境の変化や中国とアジア周辺国の関わりを独自の視点で取材、著書に『インバウンドの罠』(時事出版)『バングラデシュ成長企業』(共著、カナリアコミュニケーションズ)など、近著に『ポストコロナと中国の世界観』(集広舎)がある。3匹の猫の里親。

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(フリージャーナリスト 姫田 小夏)

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