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「競争社会で勝ち続ける人」ほど、じつは孤独で苦しいこれだけの理由

プレジデントオンライン / 2022年3月15日 18時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kieferpix

日本人はいつから孤独になったのか。神戸女学院大学名誉教授の内田樹さんは「コロナ以前から現代日本社会では孤独な人が増え続けていた。その背景には、自分が何者であるかを知る手立てが“ランキング”だけになったことがある」という。神戸大学大学院医学研究科教授の岩田健太郎さんとの対談をお届けしよう――。

※本稿は、内田樹・岩田健太郎『リスクを生きる』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

■ほとんどリモート会議になった教授会

【岩田】今日もよろしくお願いします。昨日、大学で教授会があったんです。教授になったばかりの外科の先生が、「教授になっても就任パーティすらできなくて寂しいです」とそのときしみじみ仰っていました。コロナ禍で、あらためて孤独を感じている人は多いようです。

【内田】そうなんでしょうね。

【岩田】僕はへっちゃらなんですけど。

【内田】岩田先生はもともと集団から離れていくタイプですから(笑)。

【岩田】最近の教授会は、ほとんどがリモート会議です。重要な案件の場合はリアルになって「久しぶりですね」とお互いに挨拶しますけど、会議が終わればそのままさっと帰ります。重要案件というのは、リモートではちょっと話しづらい議題。学生の不祥事などといった、不測の事態です。

【内田】「配布資料はその場に置いていってください」というのですね。

■合気道には上下関係は生まれない

【岩田】外科の先生はいわゆる「体育会系」の方が多いのですが、そういう外科系の教授陣が典型的に、「面と向かって話さないと寂しい」というタイプなのでは、という気がします。いわゆる文科系に比べ、体育会系はコロナ禍でより大きなダメージを受けたのかもしれません。ところで内田先生の合気道は、体育会系って感じがあまりしませんね。

【内田】合気道はどちらかと言うと文系ですね。体育会系じゃないです。そもそも合気道は試合がないし。

【岩田】でも、柔道などは、かなり体育会系ですよね。同じ武道なのに不思議です。

【内田】合気道が体育会系にならないのは、たぶん試合がないからですね。勝敗強弱巧拙を競うという発想が合気道にはないんです。だから、上下関係が生まれない。道場では、昨日入会した人と30年続けている人も並んで稽古している。待遇に別に差別がありません。みんな同等です。

「掃除は下の人間がする」とか「先輩の道着を畳む」とかいうこともありません。師範である僕も門人たちと一緒にしゃがんで雑巾がけをします。門人同士は年齢にも年次にも関係なく敬語で話しています。先輩が後輩をつかまえてごちゃごちゃ説教するというようなこともありません。もし誰かを説諭しなければならないようなことがあったとすれば、それは師範である僕の専管事項です。僕以外の人間が他の門人に説教するのは越権行為ですから(笑)。

■「教えること」は自分自身の稽古のため

【内田】上下関係ができないのは、「教えること」そのものが稽古だからです。自分が上達するために人に教えている。だから、道場では、指導する側とされる側の関係が上下関係にならないんだと思います。自分が努力して獲得した貴重な知識や技術を人に教えているというふうに考えると、それだけの手間に対して「対価」を求めたくなりますよね。これだけ「価値のあること」を教授してやるんだから、それにふさわしい「お礼」をしろという気持ちになる。

でも、ほんとうはそうじゃないんです。教えるのは自分自身の稽古のためなんです。教えることで自分自身の技を磨く。だから、ほんとうは「教える機会を提供してくれてありがとう」と言うべきなんです。

【岩田】なるほど。

道場で合気道の稽古をする様子
写真=iStock.com/uladzimir_likman
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/uladzimir_likman

■競争社会は人を孤独にする

【内田】競争と孤独というのは関係があると僕は思います。コロナ以前から現代日本社会では孤独な人が増え続けていました。地縁・血縁の共同体が解体して、それに代わって疑似家族として機能していた終身雇用・年功序列の会社も廃してしまった。

そうやって社会的なネットワークが失われた結果、社会内において「自分はいったい何ものであるか」を知るための手立てが、競争関係のなかでのランキングだけになった。自分が属する専門領域において、どれくらいのランクに格付けされるのか、ということが最優先の関心事になった。それがわからないと自分がほんとうは何ものであるかがわからないから。そうやって、いつの間にか、絶えず横にいる人たちとの相対的な優劣や強弱ばかりを意識するようになった。

そのせいで、人々は分断され、原子化し、砂粒化したんだと思います。つねに競争を意識して生きていれば、そりゃ孤独にもなりますよ。「自分は誰より上か、誰より下か」ということをつねに意識していると、当然ながら他人の「欠点」に優先的に関心が向くようになる。これは必ずそうなるんです。競争的環境に置かれたときに、人々が互いの潜在的な才能に注目し、その開花を支援するということは起きません。これはもう絶対に起きない。互いにそれぞれの欠点を探し出し、それを意地悪くあげつらうことが最優先のことになる。

【岩田】確かに、そうですね。

■合気道以外の世界で見た「道場同士の仲の悪さ」

【内田】それは武道でも同じなんです。優劣を競い合うことが最優先されると、いつの間にか他人の欠点ばかり見るようになる。僕は15年間多田宏先生の下で合気道を稽古した後に、就職して東京を離れて、多田先生に就いて定期的に稽古することができなくなったので、先生のお許しを得て、いくつか他芸を稽古することにしたんです。どれも試合のある武道でした。でも、習い始めて合気道との違いにびっくりした。

【岩田】何があったんですか?

【内田】道場同士の仲が悪いんです(笑)。同じ道場の門人同士はそれなりに仲がいいんですけれど、他の道場とは折り合いが悪い。師範同士が陰に回って悪口を言ったり、時には人前で怒鳴り合ったりする。そんなの合気道の世界ではついぞ見たことのない光景でしたから。

【岩田】へぇ〜。

突き合わせた2つの拳
写真=iStock.com/RomoloTavani
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RomoloTavani

■勝敗を決めるために「悪いところ」を探す

【内田】どうしてこんなに仲が悪いんだろうと考えたんですけれども、それはたぶん試合があるからなんだと思う。僕が稽古していたのは2つとも審判の前で型を披露して、その評点で勝ち負けを競うタイプの武道だったんですけれども、そういう技術の巧拙って、かなりの程度まで審判の主観なんですよね。

【岩田】主観、かあ。

【内田】技量に天と地ほどの差があれば、主観の入る余地はありませんけれども、同じ段位で、同じくらいの経験の人たちが並んで同じ型を演じるんですから、それほど決定的な違いは出ない。それでも勝敗を決しなければいけない。だから、どうしても見方が減点法になる。審判も必死になって演武者の「悪いところ」を探そうとする。どうしても技を見る目が査定的になってしまう。「目付が悪い」「体軸がぶれた」「腰がふらついた」というようなことを仔細にチェックする。

■「他人への査定的な眼差し」が内面化すると孤独になる

【内田】だから、試合だけじゃなくて、日常の稽古でも同じことを言われるわけです。師範が門人に細かい「ダメ出し」をするのを聴きながら稽古しているわけですから、いつの間にか初心者まで「見巧者」になってしまうんです。これは不思議なことで、査定的な物言いを聞きなれていると、「眼高手低」になる。自分はそれほどの技術がないのに、他人の技の欠点を評論することには達者になる。昨日今日始めたばかりの初心者が高段者の演武を見て「今、体軸が少しぶれましたね」なんていう「評論」をするようになる。で、それが結構当たっていたりする(笑)。だから、ついはまってしまうんです。

内田樹・岩田健太郎『リスクを生きる』(朝日新書)
内田樹・岩田健太郎『リスクを生きる』(朝日新書)

でも、「他人の技をあれこれあげつらう」ことがどれほどうまくなっても、自分の術技が上達するわけじゃない。これはそうなんです。「他人の技をいくら批判してもうまくならない。だから、他人の技を批判してはならない」ということを僕は合気道の多田先生から教えられてきたので、この落差にはびっくりしました。

シリアスなのは、「他人への査定的な眼差し」が内面化してしまうと、しだいに孤独になるんです。道場を越えて、修行者同士が人間的な交流を図るという機会もほとんどなかった。同じ時期に稽古を始めた人は「同期」で、道場が違っても仲良くなるものですけれども、そういうこともなかった。

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内田 樹(うちだ・たつる)
神戸女学院大学名誉教授
1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業、東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。著書に『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)『日本辺境論』(新潮新書)、街場シリーズなど多数。

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岩田 健太郎(いわた・けんたろう)
神戸大学大学院医学研究科教授
1971年島根県生まれ。島根医科大学(現・島根大学)卒業。ニューヨーク、北京で医療勤務後、2004年帰国。08年より神戸大学。著書に『新型コロナウイルスの真実』(ベスト新書)など多数。

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(神戸女学院大学名誉教授 内田 樹、神戸大学大学院医学研究科教授 岩田 健太郎)

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