1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

「ロシアはウクライナに侵攻する」どれだけ反発されてもバイデン米大統領がそう主張を続けるワケ

プレジデントオンライン / 2022年2月19日 10時15分

バイデン米大統領(右)とロシアのプーチン大統領 - 写真=AFP/時事通信フォト

ウクライナをめぐって、アメリカは「ロシアはウクライナ侵攻を計画している」と主張し、ロシアが「そんな意図はない」と否定するやりとりが続いている。日本大学危機管理学部の福田充教授は「バイデン大統領はクリミア侵攻を許した『2014年の失敗』を繰り返さないために必死だ。しかしプーチン大統領の本当の狙いは直接侵攻にあるわけではない」という――。

■なぜプーチンはウクライナに固執するのか

アメリカのナンシー・ペロシ下院議長はABCテレビのニュース番組で、「ウクライナへの攻撃は民主主義への攻撃だ」とロシアに警告した。この一言がこのウクライナ危機の本質を表している。

ベラルーシで実施された合同軍事演習に参加するという名目で、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は大量の部隊と兵器をウクライナ国境に集結させた。

そして大規模な実弾軍事演習を長期間にわたって展開し、その模様を国営プロパガンダメディアであるタス通信やロシア通信(RIA)、スプートニク、RT(ロシア・トゥデイ)などを通じて世界に発信した。

ウクライナの国境付近にある自らの軍事的プレゼンスを隠しもせず、世界にプロパガンダまでして、ウクライナや西側諸国に対してその脅威を見せつけた意図はどこにあったか。

プーチンの目的は、ウクライナにNATO加盟を断念させること、そしてNATO加盟国、アメリカに対して直接的軍事衝突、戦争を回避させるためにウクライナのNATO加盟を躊躇させ、NATO内部を分断させることである。

その論理は明快で非常にわかりやすい。

かつての東西冷戦期における北大西洋条約機構(NATO)とワルシャワ条約機構の軍事的な対立と均衡から、冷戦終焉を経て、ソ連崩壊から発生した軍事バランスの不均衡と周辺国家の不安定化が、ウクライナ危機の発端である。

この危機が「新冷戦」と呼ばれるゆえんである。ロシアはかつて旧ソ連の一部でありロシア人も多く居住する隣国ウクライナのNATO加盟と、それにより西側の軍隊や兵器がロシアに直接向けられる事態を認めるわけにはいかないのである。

このウクライナ危機はそういう意味において、古くて新しい問題である。

■バイデンの「オープン・インテリジェンス戦略」と呼べる禁じ手

それに対し、ジョー・バイデン大統領によるアメリカの戦略は、インテリジェンス機関が収集し分析した情報を積極的に世界に発表して、ロシアの意図はウクライナ侵攻であるというメッセージを、メディアを通じて世界に発信し、世界の注目をウクライナに集め、ロシアが実際に侵攻できないようにする抑止策である。

アメリカにおいても中央情報局(CIA)や国家安全保障局(NSA)などのインテリジェンス機関の情報を安全保障に活用し、戦争開始の決断や、人道的介入の根拠とすることはこれまでも一般的になされてきた。

だが、このように軍事作戦による侵攻をしようとしている相手国の行動を封じるために先手先手で、自らのインテリジェンス情報を積極的に公開して活用するこの「オープン・インテリジェンス戦略」とも呼べる方法はあまり一般的ではなかった。

なぜならこれらのインテリジェンスの公開は、自らの情報収集能力やその組織、協力者などを危険な状態にさらすことになるからだ。

このオープン・インテリジェンス戦略は、相手の出方を先に世界に公表することで、相手がその手段をとれなくするようにする究極の抑止策であると同時に、インテリジェンス活動の禁じ手でもあるという、諸刃の剣の側面を持っていることも理解せねばならない。

■「何もできなかった」2014年の失敗から得た教訓

アメリカ、バイデン政権がこうした戦略をとったことにも理由がある。

このウクライナとロシアの安全保障上の対立、軍事衝突のリスクに対してアメリカは単独で直接的に軍事介入できないという制約がある。ここでは安全保障理事会の機能しない国連というスキームも全く役には立たない。

そのような状況において、2014年のロシアによるソチ冬季五輪開催時にクリミア・ドンバス紛争は発生した。安全保障の能力が極めて低かった当時のバラク・オバマ政権はこのとき何もできなかった。

2014年、3月30日オーストリア・ウイーンにて、ロシアによるウクライナからのクリミア併合に抗議するためにウィーンの中央広場に集まった
写真=iStock.com/benstevens
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/benstevens

ロシア軍は軍事的圧力により脅威を与えながら、ウクライナ国内に存在する親ロシア分離派武装組織を利用して、クリミア、ドンバス地方の実効支配を獲得することに成功したのである。現在のウクライナ危機はそれ以後継続している事態であり、この状況はバラク・オバマ政権の失敗に始まり、そのあとのドナルド・トランプ政権においても放置された。

こうした歴史的経緯と、制約条件を考慮してバイデン政権がとった戦略が、今回のオープン・インテリジェンス戦略である。

■ロシアのフェイクを打倒するため「トゥルース」を使う

最新刊の拙著『リスクコミュニケーション 多様化する危機を乗り越える』(平凡社新書)でも論じたように、ロシアが展開するフェイクニュースやプロパガンダにより世界をだますハイブリッド戦争の時代において、その戦いを制する主戦場はSNSやネットなどのメディアであり、コミュニケーションとなった。

そのメディアにおけるコミュニケーションの情報戦を制するため——ロシアのフェイクニュースを打倒するために——バイデン政権はフェイクニュースではなく、インテリジェンス活動に基づいた「トゥルース」としての機密情報を武器に使うことを決意したのである。

ベラルーシでの演習を終えて、展開したロシア軍は撤退をしてもとのロシア国内の基地に帰っているとしたプロパガンダ情報(編集された現場映像を使ったフェイクニュース)を、ロシアは世界に伝えた。

おもちゃの兵隊が地球儀のロシアの上あたりにいる
写真=iStock.com/RichVintage
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RichVintage

一方、アメリカやNATOは、軍事衛星、情報衛星の画像を用いてロシア軍がまだウクライナ国境付近から撤退していないという事実を世界に発表し続けた。

この情報衛星の映像はイミント(IMINT)と呼ばれる画像や映像を使ったインテリジェンス活動であり、本来であれば公開されない国家機密である。それをあえて使って、情報戦を制するのがハイブリッド戦争におけるオープン・インテリジェンス戦略であるといえる。

■重要なのは侵攻するかどうかではない

今回のウクライナ危機において、もっとも大事なのはウクライナ人の意思であり、ウクライナ人の安全である。ウクライナ人が民主主義に基づいて選択した政権が、民主主義的手続きに基づいてNATO加盟を求めている。

それが民主主義的な近代国家における自決である。だからこそ、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は世界に対して、ロシアの脅威を、ウクライナの危機を訴えてきた。

ロシアが直接侵攻するかどうかではなく、ウクライナ東部の親ロシア分離派武装組織がテロや攻撃を起こすことで国内を混乱させる可能性を、ゼレンスキー大統領は国際社会に訴えてきた。

それはウクライナ軍やウクライナ市民が起こしたことでは決してないので、そうした「偽旗作戦」に騙されないようにとゼレンスキー大統領は世界に訴えた。2014年がそうであったように。そしてそれを口実にしたロシア侵攻の可能性は今後も十分にあり得る。

しかしロシアにとっては、ウクライナ侵攻に直接侵攻するかどうかは重要ではない。

ロシアがウクライナに直接侵攻しなくても、大量のロシア軍がウクライナ国境付近でベラルーシ軍と合同軍事演習を続け、ウクライナに軍事的圧力をかけ続ける。これによってウクライナ国内を混乱させ、ウクライナ市民を不安にさせ、そしてウクライナの政権が崩壊して、親ロシア派の政権ができれば十分に目的は達成できるのである。

プーチン大統領の目的は、ウクライナ政府が親ロ政権になりNATO加盟を放棄し、親ロ国家としてウクライナをロシアとNATO軍の緩衝地帯にし続けることだ。

それが実現すれば、プーチンにとってはウクライナ侵攻を実行するかしないかは、どちらでもよいことであり、今回の戦略においてプーチンはどちらに転んでも負けはないカードを切ったのである。

■トランプ政権のツケ…問われる人間の安全保障と同盟の意義

アメリカがトランプ政権であったならば、確かにこのような事態にはならなかったであろう。なぜなら、トランプ大統領はアメリカ・ファーストであり、自国の安全保障こそが優先であるがゆえに、ウクライナのためにロシアとこうした対立することはしないからだ。

ウクライナ人のために、民主主義のためにロシアと対立するという大義名分は、トランプには存在しない。アメリカの利益とロシアの利益が一致すれば、ウクライナなどの国々の安全や自由、人権など見捨てることができるのがトランプであり、そこには人道主義の感覚や、人間の安全保障、人権の安全保障という観点は欠落している。

実際に4年間のトランプ政権はロシア、プーチン大統領との摩擦を避け、ウクライナ危機を放置してきた。それを見過ごすわけにいかないのがバイデン政権であり、チーム・バイデンのアントニー・ブリンケン国務長官であり、先述のナンシー・ペロシ下院議長らである。

「新冷戦」におけるNATOとロシアの対立という古い対立図式に見える構造に、ウクライナ人の自由・人権・民主主義のための闘争としての、「人間の安全保障」「人道の安全保障」という最先端の課題が複合的に絡んでいる。

さらにはハイブリッド戦争というポスト・トゥルース時代における「情報の安全保障」の問題、ロシアからのガス供給問題など「エネルギー安全保障」「経済安全保障」に関わる問題などの多数の変数が複雑に絡み合った古くて新しい危機がこのウクライナ危機の本質である。

----------

福田 充(ふくだ・みつる)
日本大学危機管理学部 教授
1969年、兵庫県西宮市生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(政治学)。専門は危機管理学、リスク・コミュニケーション、テロ対策、インテリジェンスなど。内閣官房等でテロ対策、国民保護、感染症等に関する委員を歴任。元コロンビア大学戦争と平和研究所客員研究員。著書に『リスクコミュニケーション~多様化する危機を乗り越える』(平凡社新書)、『メディアとテロリズム』(新潮新書)、『テロとインテリジェンス~覇権国家アメリカのジレンマ』(慶應義塾大学出版会)、など多数。

----------

(日本大学危機管理学部 教授 福田 充)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください