汚職で収監は当たり前…韓国の大統領が退任後に袋だたきに遭う意外な理由
プレジデントオンライン / 2022年2月26日 10時15分
※本稿は、木村幹『誤解しないための日韓関係講義』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■余生を全うできた韓国大統領は4名だけ
どこの国でも変わる部分があれば、変わらない部分もある。だからこそ、どこが変わっており、どこが変わっていないのか、そしてその原因がどこにあるのかを考えることが重要である。
韓国において変わらない側面は何か。その1つは、韓国の歴代大統領の退任後の状況だ。1948年以降、今日までの韓国の大統領は12人。その退任後の状況は以下の通りである。
初代の李承晩(イ・スンマン)はアメリカのハワイに亡命、3代の朴正熙(パク・チョンヒ)は在任中に暗殺、5代の全斗煥(チョン・ドゥファン)と6代の盧泰愚(ノ・テウ)がクーデターや政権時の不正蓄財により収監(後に共に恩赦で釈放)、9代の盧武鉉(ノ・ムヒョン)は家族に関わる疑惑で自殺、さらに10代と11代の李明博(イ・ミョンバク)と朴槿恵(パク・クネ)までもが共に汚職により収監されている(そのうち朴槿恵は2021年12月に恩赦で釈放された)。
退任後、とりあえず無事に余生を全うできたのは、2代の尹潽善(ユン・ボソン)、4代の崔圭夏(チェ・ギュハ)、そして7代と8代の金泳三(キム・ヨンサム)と金大中(キム・デジュン)の4名しかいない。加えて言えば、金泳三と金大中は、各々の子息が収賄や脱税の容疑で逮捕されるに至っている。
■不変の政治システムが不正を生み出している
背景にあるのは、大統領に過度に権限が集中する制度である。それが大統領や周辺の人々による不正を生み出しやすい状況を生み出しているのは、既によく知られている通りである。
そして、そのことは1つの逆説的な事実を示している。時に我が国では「不安定」さが強調される韓国は、その政治システムにおいては制度的にはむしろ「安定」、より正確な表現を使えば「変化していない」のである。
1987年の民主化から既に35年。韓国の憲法はこの間1度も改正されたことがなく、故に同じ政治システムが続いている。世界に数多くの国が存在する中、これより長い間、憲法が全く改正されていないのは、1946年以来憲法が一度も改正されていない日本くらいのものである。
そして、韓国は実はそのような基本的な制度が変化していない国の1つなのである。そしてこの制度の安定性こそが、この国において同じことが繰り返される1つの素地となっている。
■韓国の「危機」を報じる日本の大手メディア
制度が安定していれば、政治の動きはある一定の範囲に限定される。とはいえ、それはその中で変化がない、ということではない。何故なら制度が同じでも、その制度に対する考え方や、それを動かす人々の在り方が変われば、当然、制度の働きも変わってくるからだ。例えて言えば、野球のルールは同じでも、その日の選手や審判の働きが変われば、全く異なる試合になるのと同じことだ。
だから、その変化を読み間違えれば、我々自身は彼らの行動を正確に予測できなくなる。重要なのは我々がどのような変化を見落としているかを確認することだ。
とはいえ、何を見落としているのかを直接探すのは難しい。だとすれば、行うべきは、理解の背景にある自分の認識のステレオタイプを確認し、そのどこが現実と異なるかをチェックすることだろう。
たとえば、国内のある大手ウェブメディアの、韓国政治に関わる記事を見てみると、繰り返し、政権の「危機」を報じている。つまり、そこで示されているのは、経済面のみならず、政治面においても、韓国は常に「危機」に瀕しているという認識である。
■任期中に職を追われたのは実は朴槿恵のみ
それでは現実の韓国政治はどうなっているのだろうか。このような韓国政治に関わる認識の背後にあるのは、先にも述べたような歴代の大統領が次から次へと逮捕されるような状況であり、また、朴槿恵政権における大統領の弾劾を求める動きに典型的に表れたような、任期末期の大統領の支持率が大きく低下する、「レイムダック現象」といわれる状況であり、またそれに伴う政治的な混乱である。
とはいえ、ここにはまず基本的な誤解がある。注意しなければならないのは、民主化後の韓国の歴代大統領がおおよそ好ましくない末路に直面したのは、ほとんどの場合において「退任後」のことであり、任期中のことではない、という事実である。
より正確に言えば、1948年の建国から今日までの74年間において、任期中に制度的な手続きを経て国会により弾劾され、その弾劾が憲法裁判所に認められ最終的にその職を追われるまでに至ったのは、実は2017年の朴槿恵1人しかないのである。
背景にあるのは、国会の多数により簡単に首相を「不信任」できる議院内閣制とは異なり、韓国が採用する大統領制における「弾劾」には、遥かに高いハードルが存在することである。
1つの理由は、弾劾が行われるには、単なる大統領の政治に対する不満の高まりでは不十分であり、その具体的な違法行為の立証が必要になるからである。
韓国においては、まず国会がその違法行為を認定し、それを前提とする弾劾案が3分の2以上の多数で可決され、さらにその妥当性を憲法裁判所が審査することになっている。当然のことながら、その手続きは一朝一夕では不可能であり、朴槿恵の弾劾においても、3カ月を超える月日がかかっている。
■任期満了が近づくと、与党議員にも見捨てられる
したがって実際は、朴槿恵政権下における極端な状況を別にすれば、民主化以後の韓国で起こっているのは、任期末期の政権が混乱に陥り、大統領がその座を追われる、という現象ではない。そこで起こっているのは、任期が終わりに近づくにつれ、支持率がじりじりと下がる大統領が次第に求心力を失い、最後には与党にも見放されて、政権が機能不全に陥る、という状態である。
このような状況をもたらしているのは、再び韓国政治の特異な構造である。韓国の憲法では大統領の任期は1期5年に限定されており、加えて仮に憲法改正によりこれが改められても、改正された内容は、改正時の大統領には適用されないことが定められている。
そしてそのことは即ち、現職の大統領が次期大統領選挙に立候補することができないことを意味しており、故に与党の多くの議員もまた、大統領のその任期が終わりに近づくと、現職の大統領から距離を置き、新たな大統領候補者の周りに結集することを余儀なくされる。そしてその過程で、現職の大統領は見捨てられ、時にその不正や失政を糾弾されることになるのである。
このような韓国歴代大統領を巡る状況は支持率の推移を見れば明らかである。就任時には60%以上、時には80%以上もあった大統領の支持率は、いずれも例外なく、任期末期に近づくにつれ、奇麗に低下している。そして、その全ての傾向が基本的に一致していることこそが、この状況が個々の大統領個人のパフォーマンスによってではなく、制度的特性によって生み出されていることを意味している。
■文在寅と朴槿恵の支持率が歴代政権より高いワケ
そして、歴代大統領の支持率について、就任後の同時期を比較した場合(例えば、就任後一年目・第一四半期の支持率を比較するなど)、文在寅(ムン・ジェイン)の支持率はどの時期においても1位あるいは2位になる。
つまり、皮肉なことに一部の日本メディアが繰り返し「危機」を報じてきたこの政権は、民主化以後の韓国において、「相対的」にとはいえ、最も高い支持率をしかも安定的に維持してきた政権なのである。
そして、さらに支持率の推移を詳しく見てみると、最終的に弾劾によりその職を追われた朴槿恵もまた、弾劾の直前までやはり「相対的」に、つまり歴代大統領と比較すれば、高いレベルでの支持率を維持してきた。そして、これは奇妙な現象に見える。
何故なら文在寅や朴槿恵には、例えば金大中のように、韓国の民主化運動において重要な役割を果たしたり、また初の南北首脳会談を実現してノーベル平和賞を受賞したり、といった突出した業績は何も存在しないからだ。因みに韓国では今日まで、金大中以外のノーベル賞受賞者は出ていないから、金大中の実績はこの点でも圧倒的なものと言える。
なのにどうして文在寅や朴槿恵は、これらの過去の大統領より高い支持率を維持できたのか。
■政権を維持させる「岩盤支持層」の存在
今の韓国社会には大雑把に言って、自らを保守派と見なす人たちが3割、同じように進歩派と見なす人たちが3割、そしてそのどちらでもないとする人々が3割程度、各々存在する。この割合は、大統領や与党の支持率よりも遥かに安定しており、当然ながら、保守派の人々は保守派の大統領や政党を、そして進歩派の人々は進歩派の大統領や政党を支持するようになる。
だからこそ、今日の韓国の大統領や与党の支持率は、イデオロギー的性向を同じくする人々の支持に支えられ、低下する場合にも一定の所で下げ止まることになる。韓国では朴槿恵政権以降、このような大統領や与党の強固な支持基盤を「岩盤支持層」と呼んでいる。
そしてそのことは、逆に大統領が与党や自勢力の取りまとめさえ上手く行えば、その支持率を任期の終わり近くまで維持できる可能性があることを意味している。
■自民党政権も「国民の分断」に支えられている
そしてこのような現象は、実は今日の世界の多くの国において見ることができる。その1つの例は、他ならぬ日本である。
かつては日本でも、大きな政治的スキャンダルなどが起こると、内閣の支持率は大きく低下した。例えば、消費税の導入問題を巡って非難を浴びた竹下登内閣の支持率は、共同通信調べで1989年3月に3.9%の最低値を記録している。
しかし、今日の日本の政権支持率もまた20%台よりも大きく低下することは少なくなっており、それこそが自民党の長期政権を支える1つの要因になっている。ここで言われるのもやはり、社会におけるイデオロギー的分断の進行である。保守派と進歩派、日本的に言えば右派と左派の間の対立が激化することで、両者の支持層が固定化し、激しい対立の一方で、社会的な妥協をすることが難しくなる。
もちろん、その典型はアメリカにおいて見ることができる。激しい批判の中、政権を追われたトランプであったが、主要メディアによる支持率は政権末期になっても30%台以下には下がらなかった。
その意味で、韓国の状況も、このような大きな国際社会のトレンドの一部なのである。
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神戸大学大学院 国際協力研究科 教授
1966年、大阪府生まれ。92年京都大学大学院法学研究科修士課程修了。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。著書に『日韓歴史認識問題とは何か』(ミネルヴァ書房)など。
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(神戸大学大学院 国際協力研究科 教授 木村 幹)
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