「死ぬ瞬間は痛いのか」「死んだらどこへ行くのか」「私は忘れられてしまうのか」住職に聞いてみた
プレジデントオンライン / 2022年2月25日 10時15分
■人間が持っている、死のシステム
「天寿をまっとうする」という言葉があります。人間の命は、開いた傘を閉じるように、静かにたたまれていきます。あるお医者様のお話によると、人間の体には徐々に死を迎え入れるシステムが備わっているそうです。特に老衰の場合、亡くなる1週間、あるいは10日ぐらい前から、体のあらゆる臓器や細胞は死ぬ準備を始めます。スイッチを一つ一つオフにするように感覚が薄れていき、静かに命が閉じられていく。たとえば、1週間くらい前から食が細くなっていき、3日前くらいから何も食べず水を飲むぐらいになり、死ぬときは胃の中はほぼ空っぽになっている。人間にはそんな死のシステムがあると聞きます。
生死の境目に、痛みや辛さはありません。たとえば認知症患者は、様々な感情を細分化することなく、単純な「快/不快」という指針を大切にして、今という時間に集中するようになります。死への恐怖はなく、楽しかった思い出の中だけで生きるようになるのです。
■身内の死をみんなが悼む
人間が死ぬときは誰でも、自分を一番愛し、かわいがってくれた人がお迎えにくると言われています。仏教の祖であるお釈迦さまが、沙羅双樹の下で死を迎える場面を描いた「涅槃図」というものがあります。横たわるお釈迦さまの周りには、たくさんの人間、神々、鬼までもが集結しています。ほかにも、象やトラなどの動物、虫、木や花など、あらゆる生物がお釈迦さまの死を悲しんでいます。この絵には「生きとし生けるものは、みんな平等で、その命は尊い」という仏教思想が込められています。また「人が亡くなったとき、みんなが悲しい。人間でも動物でも虫でも、身内の死をみんなが悼む」ということも教えています。
![独園寺 涅槃図](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/e/670/img_fee7b25279f616d09abcb983b92f39441706489.jpg)
右上を見れば、天上から誰かが迎えに来ているのがわかります。その真ん中にいるのがお釈迦さまのお母さんです。彼にとって大切な人々が雲に乗って迎えに来ている、そんな情景が描かれています。お釈迦さまはおだやかな表情で、おそらく何か楽しい夢を見ているのでしょう。
死んだ後の「あの世」は存在すると、私自身考えます。死後の世界は、この世から地続きに、あるいは空間続きにある場所かもしれません。死を迎え、心は肉体を離れても、脈々と受け継がれてきた魂やスピリットは生き続けます。そして魂やスピリットは別の場所に移動するのでしょう。ひょっとしたら、私たちの住むこの世界に存在しているか、またはパラレルワールドにいるのかもしれません。お互いの次元が違うから見えないだけ。だから魂は、なくなってしまうのではなく、継続していくのです。命日は「コンティニュエーション・デイ(継続の日)」。肉体は死んでも、魂の本質が存在する意味は変わりません。
「私が死んだら、みんな私を忘れてしまう」という不安がある方もいるでしょう。大丈夫、あなたが死んでも、存在を忘れられることはありません。人間関係が親密であった人はもちろん、険悪な関係に陥っていた人でも、それはそれで忘れることはないでしょう。ただ日々移りゆく生活の中で、思い出す回数は減っていくでしょう。しかし、それは自然なことなのです。残された人にも新たな出会いがあり、様々な出来事に遭遇する人生において、常に故人のことで頭がいっぱいでは前に進めなくなってしまいます。思い出す回数は減っても、決して「あなたを忘れた」というわけではありません。
そもそも自分の忘却を恐れるのは、誰かに深い愛情を注いできた証拠です。それだけで素晴らしいことなのです。残された人がお盆や墓参りの際に、心の洗濯をするように供養してもらえれば十分ではないでしょうか。日々の生活でも、何かの拍子にあなたを思い出すはずです。思い出は残された方々の心にしっかりと刻まれ、そのすべてが人生を形成する一部となっています。
■大切な人たちにいつも見守られている
私は僧侶として、「孤独死」の現場に何度か立ち会ったことがあります。ある60代の独身男性は、ご両親の月命日に必ずお墓参りでお寺にいらっしゃる方でした。定年退職後は町内会の役員もなさっていて、交友関係は広く、趣味のつながりでも親しい方はたくさんいらっしゃいました。ある日、朝になっても玄関前の電気が消えていないので、心配になったご近所の方が家に上がってみたら、テーブルに伏せるようにして亡くなっていました。私も呼ばれてすぐ駆けつけました。
ご遺体の周囲には、お供えしようとしていたお花が散らばっていました。お墓と仏壇用に様々な種類のお花を用意して、色や形を整えて束にしているうちに息を引き取ったようで、とても安らかなお顔でした。検死をした方によれば、スーッと眠りにつくように亡くなられたのではないかとのことです。意識が遠のいて眠るように、旅立たれたのでしょう。
昔は一般家庭の方でも、朝夕お仏壇にお茶やお水をお供えし、お線香を立ててから合掌し、お参りしてから出かけていました。そうしたことを日常的にしていると、ご先祖様の守護や加護を受けている感覚が芽生えてきます。そしていつかは自分もその仲間入りをし、今度は子孫を見守っていくという感覚が育っていくのです。日常的に本堂でお勤めをしている私も、お寺のご本尊様や墓地で眠るたくさんの自分や地域の人々のご先祖様たちから守られている感覚があります。大切な人たちとつながっているという意識があれば、死への恐怖は和らいでいくのではないでしょうか。
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臨済宗建長寺派・独園寺第15世住職
「自死・自殺に向き合う僧侶の会」共同代表。明治大学卒業後、銀行員として海外に13年駐在。臨済宗瑞龍寺僧堂での修行を経て現職。国内外に向けて座禅会を開催。
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(臨済宗建長寺派・独園寺第15世住職 藤尾 聡允 構成=花輪えみ 撮影=南方 篤)
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