「給料の話をしないなんておかしい」イギリス人が日本の採用面接に抱く強烈な違和感
プレジデントオンライン / 2022年2月24日 17時15分
■日本では仕事で自己実現する人もいるが…
筆者が住むイギリスでは、仕事は基本的に生活の糧を得るためにするものだという考えが強い。私生活をより大切にするお国柄なのである。むろん仕事への敬意もあり、打ち込むことで充実を感じる人も多いが、私生活を犠牲にしてまで仕事時間を増やすことに対しては、強い抵抗があることは否めないと思う。
一方、日本では仕事を「生きがい」とみなしている人も多いことだろう。仕事内容とその精度を追求し、時に仕事の中に自己実現を見いだそうとする。そのため残業を余儀なくされたり、決められた時間以上に働き会社に貢献したりすることが美徳とされる社会風潮を作り出してきた。
このどちらが良いのか、一概に結論を急ぐことはできない。今回は日本とイギリスの両方で会社員として働いた経験がある筆者が、周りにいるイギリス人や日本人からじかに聞いた話を交え、イギリスにおける仕事事情についてご紹介しつつ日本との比較を試みてみたいと思う。
■イギリス人は休暇のために借金する
筆者がイギリスに来て最も驚いたことの一つに、「休暇ローン」の存在がある。
休暇のことをイギリスでは「ホリデー」と呼ぶ。仕事を離れ、リフレッシュするためのホリデーは誰もが楽しみにしていると同時に、人生に絶対に欠かせない「マスト」事項だと思っている節があり、年間に長期ホリデーを1〜2回、週末旅行のような小さなホリデーなら何度でも取りたいと考えているのがイギリス人だ。
企業ではそのための有給もたっぷりと用意している。会社で週5日間フルタイムで働いている人なら、有給休暇は年間28日(公休を含む)と最低ラインが法律で保証されており、ほとんどの人がこれを完全に消化している。
しかしイギリスの貯蓄率は低く、2020年の統計では成人1人当たりの平均貯金額は150万円程度。人口の4分の1は20万円も貯金がないという統計なので、休暇に出掛けるために、必然的にお金を借りる必要がある場合もある。それが休暇ローンの正体。誰もが借りられる人気のある金融商品だ。
統計:Average savings in the UK
貯金を増やすことが当たり前の日本からすると、お金に対する考え方の違いもさることながら、休暇を取ることへの情熱にも驚かされることだろう。それほど私生活を重視する社会なのだ。
■履歴書に年齢も性別も書く必要がない
このようにイギリスでは「働きつつも有給を最大限に利用し、ホリデーをとって家族や友人たちとメリハリをつけて人生を楽しむ」文化が根付いている。
企業でも経営者から末端で働く人々まで「ホリデーのない人生なんて」という似通ったメンタリティを共有しているため、有給の消化は推奨され、従業員たちも比較的守られた環境の中で仕事をしている。
企業文化の違いで言えば、イギリスの雇用法では従業員は採用時に合意した担当業務に合ったパフォーマンスが期待されているのみ。仕事環境の中で、いかなる個人特性による差別も許されない点も挙げられる。
例えば応募時の履歴書には年齢、性別、国籍、婚姻やパートナーシップなどについて書く必要もなければ、写真を添付する必要もない。これらに加え、面接その他の場面で人種、障害、宗教、性的志向、妊娠や出産などについて尋ねるのはNG。うっかり聞いてしまうと法律違反で訴えられることもあるので、雇用側は細心の注意を払うべき領域でもある(ゆえに人事スタッフはHRにまつわる法律に通じていなくてはならない)。
■「結婚してますか?」と面接で聞くのはご法度
イギリスに拠点を置く日本企業のオフィスでよくある話がある。日本の本社から来たマネージャークラスの駐在員が、日本の感覚で部下を扱ってしまうことによる失敗だ。
採用時の面接でよくあるのは「結婚してますか?」「子供はいますか?」あるいは「子供を作る予定ですか?」などと私的なことを聞いてしまうこと。これは現在のイギリスでは完全にご法度で、相手によっては訴えられかねない言動。周囲の現地スタッフが慌てふためいて尻拭いをさせられる失態でもある(イギリスへの派遣時に、こういった企業文化にまつわる教育がなされていないのも不思議なのだが……)。
また、採用面接で給料の話が避けられがちなのも、もしかすると日本だけかもしれない。
労働時間に関しては、従業員の家庭環境によっては会社との話し合いで時短や曜日を決めた出社など柔軟な対応が可能。定年制も2011年に法律で撤廃されたので、基本的に年齢を理由に解雇することはできず、本人が希望する限り、そして担当業務を滞りなく遂行できる状態にある限り、働き続けることができる。
企業側からすると、熟練した従業員を年齢を理由に手放さなくてはならないリスクがないので、定年制の廃止は会社にもメリットがある。60代から70代にかけては、いわば円熟の年代。技術職の人々やそれなりに経験を積んできた人たちであれば、企業側としてはぜひとも残ってほしい人材の宝庫なのだ。定年制の撤廃によって会社力が上がる場合もあるのである。
■残業することは「気の毒」という考え
先ほどイギリスの従業員は、自分の担当業務の範囲内で仕事をこなしていれば全てOKと書いた。反対に言えば、それ以上のことをさせられることを嫌う傾向にあり、上司もさせたりはしない。
残業の有無にかかわらず、決められている以上の過剰な労働量が発生してしまっている場合は、上司に伝えれば会社として解決しようとしてくれる。そんな企業構造がイギリスにはある。それが会社としての義務だからだ。ただし一部の会計事務所などは季節によっては過剰な残業が発生するようだが、会社としては雇用法の順守という側面から労働時間の管理は非常に重要なので、余裕のある時期に休暇を取ってもらうなどの調整がなされているはずだ。
筆者は複数の大手英系編集プロダクションに、フリーランスの日本語編集者として出入りしていたことがあるが、驚いたことに雑誌の編集部でさえ夕方6時以降、オフィスに人が残っていることはまれだ。だいたい9時くらいに出社し、遅くても午後5時半くらいには人がいなくなってしまう。その労働スタイルが可能な企業・プロジェクト構造があり、社会構造があるということで、ブラック企業が存在する余地がない社会であるとも言える。
残業することは「気の毒」という考えがあり、「仕事の回し方がまずい」と見られがちなので、できるだけ残業しないように規定時間内で終わらせる文化も根付いていると思う。
■「チームワーク」の日本、「個人プレー」のイギリス
筆者の周りにはこちらに拠点をおく日本企業に勤務する友人(イギリス人、日本人の両方)が複数いる。彼らに話を聞いたところをいくつか例として挙げたい。
現地で採用されている友人たちが口をそろえて言うには、日英の働き方の大きな違いは、「チームワーク」か「個人個人プレー」か、だと言う。
日本人はチームとして振る舞う傾向にあり、部下が上司から何か意見やアドバイスを受けると、割と素直にきくことができるようだ。プロジェクトはチームで和となって取り組んでいるという姿勢。
実はここに日本特有の「ウチとソト」の構造も浮かび上がる。会社内はウチ、クライアントはあくまでソト。ソトであるクライアント側がプロジェクトの進行について心配したりしないように、内側でガッチリと固めて当たっていく。互いに細やかに目を配り、チーム全体が良くなるようにする組織構造だと言える。
■上司からのアドバイスを個人攻撃と受け取る人も…
一方、日本人以外の人たちは、チームでプロジェクトに当たっているとはいえ、基本的には個人レベルの意識が優先されがちだ。任された仕事は頑張ってこなし、自分が任されている以上、自分のやり方を通したがる人が多い。上司から注意やアドバイスを受けると、個人攻撃と受け取る人もたまにいるという。ただしこれはイギリス人というよりも、イギリスで働くヨーロッパ出身の人たちによくある傾向である。
イギリス人はどうなのか。これは私の見方でもあり友人たちの意見でもあるのだが、他人との距離感をうまく取る人が多いと感じている。過剰な個人プレーに陥ることもなく、ソツなく組織の中で振る舞える人が多い。中には会社を家庭の延長と考えている向きもあり、互いに思いやり、同僚の行動を温かく受け止める人が比較的多いように思う。彼らは日本人とヨーロッパ人の中間のような存在で、両者のやり方を理解できていると感じている。
こう聞くと日本式の働き方のほうが調和がとれていると感じるかもしれないが、実は落とし穴もある。
これは日本人気質でもあるのだが、仕事においても気づくポイントがとても細かい。プロジェクトを進めるに際して、日本人の上司は完遂までの逐一に対して口を挟みたがる傾向にある。これは非日本人スタッフにとって、非常につらいらしい。
■「結果さえ出せばOK」のイギリス
日本企業で働くイギリス人や非日本人のスタッフに話を聞くと、「日本からやってきた駐在員マネージャーのマネージメントのやり方に、どうしても慣れない」と口をそろえる。
まず、プロセスの非常に細かいところまで口出ししてくること。イギリスでは結果さえ出せばOKで、プロセスは個人に任せる傾向にある。しかし日本人マネージャーはプロセスや手段についても口出しをしてくると、愚痴る人が多いというのだ。
その他の意見としては、上司としての態度が非常に横柄だというもの。日本では上司は何を言っても許される傾向があるが、イギリスでは上司と部下は役職で結ばれているだけで、ある意味で対等。互いの役職内で、自由に意見を交換することができる社会的な関係性にある。
一方、これも複数の友人から聞いた話だが、日本人の上司は仕事の話をする際でも、かなり個人的な感情を交えつつ話す傾向があるということだ。感情を抑えて順序立てて話すことが難しい人が多いのだとか。
これはマネージャー職としての能力があるかどうかではなく、年功序列やグレード制的なところでたまたま駐在員になってしまうことによる弊害ではないだろうか。自分の職務をこなせることと、人やチームを管理できることとは全く違う話なのだが、その辺りは日本企業の方が鷹揚なのだろう。イギリスではマネージャークラスになると、職務能力よりも管理能力を問われるのが普通だからだ。
マネージャーとしての管理能力が不足しているのに管理職になってしまうと、本人と部下の双方にとって悲劇であることは間違いない。
■成果を出せないとクビになる場合も
イギリス企業ではシニアディレクター・クラスになると全員にHRの知識が備わっていて、普段の会社内の会話がいかなるハラスメントにもならないよう、気をつけることができる。また部下に対して何かお願いするときでも、最後には必ず「君はどう思う?」と確認作業を行う。現在のイギリスではこのやり方がオフィスの作法となっているが、もしかすると日本のやり方とは全く違うのかもしれない。
このようにイギリス企業のマネージメント手法はとても洗練されている。イギリス人管理職の面々は、自分がディレクションしたい方向にチームやクライアントを導く能力を備えている人が多い。適性のある管理職の人々がチームをまとめ上げることで、結果的に会社全体として全ての業務を完全に遂行していることになるのだ。
日本式のマイクロマネージメントでは方向性よりも方法に重点をおきがちだが、イギリス式の部下を放任し、全体を見ていくマネージメントのほうが、結果的に会社としてはうまく回っていく可能性が高いと言えるのではないだろうか。
人材の評価システムもおそらくイギリスと日本では異なる。イギリスでは従業員全員を正当に評価するため、年に一度の評価システムを採り入れている。これは自己評価と、上司の評価をすり合わせる作業で、この双方からの評価が合致していることが大切である。もしも任されている業務内容に対して評価が見合わない場合は警告となり、ひどい場合は解雇される可能性もある。会社側としては業務内容を遂行していないエビデンスを確保することで、クビにできるというわけだ。
■人を言いくるめるのに長けたイギリス人
イギリスの会社システムが雇用法をベースとして成熟を見せていると書いたが、日本の会社にもイギリスにない、いい側面もあると友人たちは言う。
まず全てがスムーズに「オーガナイズされている」こと。突然のスケジュール変更が入ったり、重要人物が欠席してミーティングの意味がなくなったりとか、そういった突発的なことが少ない。根回しがよくできているからだとも言える。そして日本人はどの役職にいようとも、「言ったことは実行する」美徳があるのだという。
一方、イギリス人は口がうまく、その場しのぎの会話が多い。あることないことを持ち出し、口でうまく言いくるめる人を、私自身も何度見てきたことか。口八丁手八丁で相手を煙に巻き、うまく交渉をまとめ上げるのが得意なのがイギリス人なのだ。これはおそらく彼らがDNAとして持っているもので、この性質についていえば日本人は逆立ちをしてもまねできないのかもしれないと思う。
日本人は生涯にわたって同じ会社に居続ける人が今でも多いので、グローバルな視点を育てるのが難しいという弱点もある。ひいては日本全体としても世界を見渡しづらいという国の体質が出来上がっているのではないだろうか。そうなると斬新なアイデアを持つことが難しく、ダイナミズムが生まれづらくなってしまう。
■個人の幸福が会社や社会にとって有益になる
誠意や懸命さはあるが、時に疲弊してしまう日本式の仕事の仕方と、その場しのぎだがうまくバランスをとり、結果的に全てをうまくまとめてしまうイギリス式。個人的な資質や感じ方はあるにせよ、企業体質としてはイギリスの方がよりリラックスしており、成熟しているような印象を持ってしまうが、どのように感じられるだろうか。
イギリスでは今、社会風潮として全ての構造的な差別をなくし、個人の幸福に関して透明度を向上させ、個人と全体の幸福を追求していく風潮にある。そして企業はその大きな一端を担っている。
イギリスでは、雇用を守って個人の幸福を保障することが社会貢献だという考え方が、昔から根底にある。回り回ってそれが会社や社会にとっても有益だからで、単純な能力主義や効率主義が良しとされているわけではない。
折しも2020年から、こちらでも在宅勤務の孤独や不安などから来るメンタルヘルスの問題が指摘されているところだ。現在、イギリス企業は大慌てで福祉的な制度を整え、社内カウンセリングをはじめ諸ツールを充実させることで全般的なウェルビーイングを急ピッチで向上させようとしている。
個人の幸福を向上させる試みも、ここ数年で随分と進行している。SNSなどで自分の名前の後にカッコ入りで「She/her」「He/him」など自身のジェンダー意識を明記することが、イギリスでもかなり浸透してきた。このジェンダーアウェアネスは今後の企業社会においても、個人の幸福を追求する方法として定着していくことだろう。
開かれた企業文化は、明らかに社会風潮を決定する。その急先鋒が、イギリスのロンドンという都市社会なのではないか。そう肌で感じている。
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あぶそる〜とロンドン編集長
岡山県倉敷市生まれ。ロンドンを拠点に活動するライター、編集者。出版社、雑誌編集部勤務を経て、98年渡英。英系広告代理店にて日本語編集者として活動後、09年に独立。ライター、ジャーナリストとして各種媒体に寄稿中。14年にイギリス情報ウェブマガジン「あぶそる~とロンドン/Absolute London」を創設、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむ。著書に『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)、共著に『ロンドンでしたい100のこと 大好きな街を暮らすように楽しむ旅』(自由国民社)、22年3月発売の新刊『イギリスの飾らないのに豊かな暮らし 365日』(自由国民社)がある。
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(あぶそる〜とロンドン編集長 江國 まゆ)
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