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「日産にもみずほ銀行にも波及の恐れ」なぜ自動車部品マレリの負債は1兆円超にまで膨らんだのか

プレジデントオンライン / 2022年2月25日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/artoleshko

■約1兆1000億円の巨大負債を抱える

米投資ファンドKKR傘下で、日産自動車や欧州のステランティスを主力取引先とする自動車部品メーカーのマレリホールディングスが業績悪化を受け、私的整理の一種である事業再生ADR(裁判外紛争解決)の申請に向け取引銀行と調整に入った。

取引金融機関は20数行で、メインバンクはみずほ銀行。マレリの前身であるカルソニックカンセイが日産の元系列メーカーで、日産のメインバンクはみずほ銀行であることによる。20年12月末時点で借入金は約1兆1000億円と巨大だ。

「ADRでは50%以上の債務カットが一般的で90%までカット率を引き上げる場合もある」(大手信用情報機関)とされる。取引金融機関のなかには「シンジケートローンで参加した地銀もあり、体力に比して大きな痛手を被る可能性のあるところも出かねない」(関係金融機関)と危惧されている。

関係者によると、「地銀は担保カバー率を考慮しても60~70%程度の債権放棄が限界ではないか」と指摘される。21年9月末時点で、みずほ銀行は3600億円程度、三井住友銀行が1700億円程度を融資、三菱UFJ銀行、りそな銀行(埼玉りそな銀行)など、大手行が軒並み貸し付けている。また、日本政策投資銀行とみずほ銀行がそれぞれ優先株式に約350億円を投資している。

■危機は日産、みずほ銀へと波及しかねない

ADR申請はKKR主導で、成立するかどうかは取引金融機関全行が納得するプランを提示できるかにかかる。みずほ銀行は直近発表した21年10~12月期決算で純利益が33%減の930億円に急減した。与信費用が急増したためで、「一部大口融資先の影響があった」と説明した。これはマレリのADRに備えた個別引き当てが主因と見られている。

他の大手行もマレリの債務者区分を引き下げ、貸倒引当金を積み増している。マレリの処理を誤れば、危機は日産、そしてみずほ銀行へと波及しかねないリスクが伴う。

マレリの経営危機は、買収を繰り返し、規模が拡大したのにもかかわらず、リストラ遅れ、そこにコロナ禍と半導体不足による自動車生産の急減が重なり、資金繰りに窮したことによる。「マレリは昨年末に取引先に対して支払いサイトの延長を求めるなど、4期連続の赤字により債務超過の懸念が高まっていた」(大手信用情報機関)とされる。

マレリの取引量のうち6割を、日産、ルノー、三菱自動車の日仏連合とステランティスが占める。これを日本市場に限ると日産との取引が実に8割を占める。再建のためには日産の協力が不可欠だが、日産は明確な支援を表明しておらず、資本支援については否定的だ。

■マレリの行方を握る中国大手行の動き

かりにADRが成立しない場合、法的整理(経営破綻)に進む可能性があるが、岸田政権にとって大型倒産は政治的に受け入れられるかは疑問だ。実は、政府は昨年6月に産業競争力強化法を改正し、事業再生ADRを成立しやすいように措置していた。いわゆる「ごね得」を防ぎ、大型倒産を回避するためだが、期せずしてマレリがその試金石になった格好だ。

その鍵を握ると見られているのがマレリに融資する外資系金融機関の存在だ。「ADRは全員一致が前提。日本の金融機関だけであれば、予定調和的に合意形成ができるが、外資系金融機関にはそれが通用しない」(メガバンク幹部)という。そのマレリに融資する外資系金融機関について関係者が明かすところによれば「中国の4大銀行の一角である中国建設銀行のほか、Bank of China、第一商業銀行、Mega Bank DBSが融資している」という。中国の大手銀行が入っていることは厄介だ。

このため、「外資系金融機関のマレリ向け債権をメインバンクが買い取る、いわゆるメイン寄せも検討に値するのではないか」(マレリに融資する金融機関幹部)との意見も聞かれる。「仮にADRが成立しても、その後の再建計画をスムーズに進めていくためにはすべての取引金融機関の協力が不可欠だ。その際、考え方が異なる海外の金融機関が債権者として残っていてはやりにくいのではないか」(同)というのが理由だ。

■自動車業界も経営破綻させるわけにいかない

いずれにしても日産をはじめとした日本の自動車業界にとって、重要な部品メーカーであるマレリを経営破綻させるわけにはいかない。同様に株式を保有するKKRにとっても法的整理に移行すれば持株は紙くずとなる。ぎりぎりの折衷案がADRということであろう。

自動車産業
写真=iStock.com/baranozdemir
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/baranozdemir

マレリは日本の自動車用ラジエーター分野を牽引した「日本ラヂエーター製造」が原点であり、2000年に日産系の自動車部品メーカーである「カンセイ」と合併し、「カルソニックカンセイ」となった。2015年には売上高が1兆円を突破したが、16年に日産が全株式をKKRに売却すると発表。翌17年3月にKKRが約5000億円を投じてTOB(株式公開買い付け)を行い完全子会社化し、日産グループから離脱した。同年5月には東証1部から上場廃止した。

そして、2018年にフィアット・クライスラー・オートモービルズの自動車部品部門であったマニエッティ・マレリを62億ユーロ(約8100億円)で買収し、世界7位の独立系自動車部品メーカーに踊り出た経緯がある。被買収企業でありながら「マレリ」の名称が残されたのは、買収にあたりイタリア政府が国内工場の保全と、社名の存続を求めたためであり、「マレリ」の世界的な知名度を考慮したものである。

■コロナ禍、半導体不足…買収したKKRの大誤算

「マレリは欧州を基盤とし、電装系や車両通信、ECU(電子制御ユニット)などに強みを持つ。一方、カルソニックカンセイはラジエーターを源流とすることからBEVバッテリーの熱マネージメントシステムやメーターモジュールなどに強みを持ち、両社の合併で高いシナジー効果が期待された」(自動車アナリスト)とされる。買収を主導したKKRの狙いも、規模拡大とシナジー効果の発揮で企業の競争力を高めた上で、株式を再上場させることで上場益を手にすることにあったと思われる。

しかし、そこに世界的なコロナ感染拡大とサプライチェーンの混乱、半導体不足などのアゲインストの環境が重なり、ゴールデンシナリオが崩れた。その一方で、買収により有利子負債は1兆1000億円まで急増し、その重荷に押しつぶされかねないというのが現状と言っていい。

また、マレリの最大の顧客である日産が18年11月のカルロス・ゴーン元会長逮捕以降、業績が急速に悪化したことも大きな誤算となった。日産は脱ゴーン体制から値引きの抑制など販売の質的向上に向けて生産台数を絞ったこともマレリの業績悪化に拍車をかけた。

■あの手この手で金策に走るが…

果たしてマレリのADRは成立するのか。一部では3月上旬にも申請し、事業再生計画の策定作業に入るとみられているが、予断を許さない。再建スキームを主導するのは親会社であるKKRであり、債権者間の合意交渉を担うのはメインバンクであるみずほ銀行となる。関係者によると「KKRには世界的なコンサルティングファームであるPwC(プライスウォーターハウスクーパース)がアドバイザーについており、みずほ銀行と再生スキームの絵を描くことになろう」とされる。

当面の資金繰りを支えるため、メインバンクを中心に主力銀行が1000億円規模の金融支援を実施する方向で、みずほ銀行が200億円のつなぎ融資をするほか、みずほ銀行と日本政策投資銀行はマレリが両行に預ける400億円の預金の取り崩しを認めるほか、3月以降に返済期日を迎える借入金のうち約500億円の返済を繰り延べることが検討されている。

事業再生ADRでは、債務整理は金融負債に限定され、仕入れや労働債権などの通常債務はカットの対象とならない。焦点は、取引金融機関の責任負担の割合ということになろう。「まさかプロラタ(融資残高に応じた比例配分)による債権カットにはならないだろう。また、融資債権を優先株式等に変換するDES(デッド・エクイティ・スワップ)も考えられる」(取引金融機関幹部)と見られている。

■事業再生に欠かせないEVシフトへの対応

マレリは、グループ全体で全世界に170の施設と約5万4000人の従業員を持ち、20年の売上高は約1兆2660億円に達する。いわば「ツー・ビッグ、ツー・フェイル(大きすぎて潰せない)」銘柄だ。

自動車産業の裾野は広く、関連する労働者数は膨大だ。その自動車産業はいままさに転換期を迎えている。脱炭素への対応、EV(電気自動車)シフトは加速度的に進みつつある。トヨタ自動車は2030年までにEVに4兆円を投じ、マレリの主力顧客である日産も22年度からの5年間で2兆円をかけてEVやHV(ハイブリッド車)などの開発を急ぐ。脱炭素、電動化の流れは不可逆だ。既存の自動車部品メーカーもその流れに即応していかなければ生き残れない。

マレリのADRは、コロナ禍や半導体不足に起因する経営危機であるとともに、過剰な負債を落とし次世代の開発のために余力を残さなければならない自動車部品メーカーの課題を象徴している。

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森岡 英樹(もりおか・ひでき)
経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学卒業後、経済記者となる。1997年、米コンサルタント会社「グリニッチ・アソシエイト」のシニア・リサーチ・アソシエイト。並びに「パラゲイト・コンサルタンツ」シニア・アドバイザーを兼任。2004年4月、ジャーナリストとして独立。一方で、公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団(埼玉県100%出資)の常務理事として財団改革に取り組み、新芸術監督として蜷川幸雄氏を招聘した。

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(経済ジャーナリスト 森岡 英樹)

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