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「どこまで俺を追い詰めるんだ」仕事8割減のうえにコロナ感染した落語家の自宅隔離10日間

プレジデントオンライン / 2022年2月25日 18時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BlackJack3D

■マスク二重、手洗い励行、ボタンは肘押しでも…

新型コロナウィルスに感染しました。

1月23日の夜に発熱し、38度までに上がり、以前医者で処方された解熱剤を服用すると、翌日24日朝には37度台前半まで下がりました。体調も少しだるい程度でさほど辛くなかったのですが、一応保健所に連絡を入れてみますと、「念のため発熱外来で受診するように」と言われました。

ネットで近くのクリニックを見つけて駆け込んだところ、即PCR検査となり、その数時間後「陽性」との連絡を電話でいただきました。そこから10日間、自宅療養を余儀なくされました。

まさか自分が感染するとは。

マスクも二重にして、手洗いを励行し、アルコール消毒液を常に携帯し、エレベーターのボタンは肘で押すのを徹底していた自分が感染したのです。

しかも、この2年間、エンタメ業界はないがしろにされ、自粛という名のもとに仕事が8割も減少する「リアル8割おじさん」の自分に追い打ちをかける仕打ちを神様は施すのかと、やり場のない怒りがみなぎりました。

「どこまで俺を追い詰めればいいんだ」

落語の仕事がかように減らされるばかりか、運よく成立した場合でも、高座の前には飛沫防止のアクリル板が置かれ、さらには密を避けるために観客数も減らされるため、笑いの反応もつらくなるという責め苦だらけです。

■被害者意識と加害者意識のシーソーゲーム

まずはこんな雰囲気の中「怒り」が芽生えてきました。そして、その怒りに身を任せていると、「俺に移した奴は誰だろう」と感染経路を探りながら「犯人捜し」になってゆきます。

ところが、です。

これがしばらくすると、今度は「自分がキッカケになって誰かに感染させてしまったのではないか」という気持ちへとシフトしてゆきます。

つまり、「俺に移した奴は許せない!」という「被害者意識」と、「私に移された人に申し訳ない」という「加害者意識」との間を行ったり来たりするようなフラフラした心持ちに襲われてゆくのです。この両側ドライブのシーソー気分は今まで味わったことのないものでした。

いつの間にか「犯人捜し」が「自分が犯人だったのでは」という流れに逆転するような感じでしょうか。

ただ、ラッキーだったのは、逆算して接触のあった方すべてに連絡を入れたのですが、幸い一人として感染した様子のある方はいなかったことでした(その反面、カミさんはやはり陽性反応、そして長男はPCR検査もできないほどひっ迫した中、「みなし陽性」と認定されてしまい、家族とはいえ迷惑をかけてしまったなあという負い目にやはり駆られてしまう形となりました)。

検査キット
写真=iStock.com/ALEKSEI BEZRUKOV
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ALEKSEI BEZRUKOV

かようなまったく落ち着かない日々を強制させられたような形でしたが、右往左往しながら、結果として「コロナと対話」していたのかもしれません。

そんな中、「疝気(せんき)の虫」という落語を思い出しました。

■病気と対話する古典落語「疝気の虫」

あらすじは……

医者が妙な虫を見つけてつぶそうとするところから、虫との対話が始まります。その虫こそが『疝気の虫』でした。主に男性の腹の中に入り激痛を与えるという今の医学で言うならば「結石」の類でしょうか。

対話の中で虫が「蕎麦が大好物」「唐辛子が苦手で、触れると死んでしまうこと」「唐辛子を避けるために虫は陰嚢の中に逃げ込む」と訴えたところで、医者は目を覚まします。「なんだ夢か」と思う間もなく、「疝気」に悩む患者から往診依頼が来ます。

医者は夢で聞いたことを実践してみようと思います。

疝気に苦しむ主人の妻に、医者は「蕎麦の匂いを主人にかがせながら食べなさい」と言います。言われた通りに妻が蕎麦を食べ、主人の口元に息を吹きかけていると、疝気の虫が蕎麦の匂いを頼りに主人の身体の中を這い上がってきます。

そして、蕎麦を食べているのはその妻だと悟ります。虫は主人の口から飛び出し、向かいにいる妻の口の中を通じて体内に飛び込んでゆきます。

今度は妻が疝気の痛みに苦しみ始めたところに、医者は妻に唐辛子を溶いた水を飲ませます。さあ、一番苦手な唐辛子が上から振ってきたので疝気の虫にしてみれば一大事。一目散に下がってゆき、陰嚢を目指すのですが……」。

とまあ、下ネタに近い落語ですが、師匠の談志の十八番でもありました。

オチが「別荘はどこだ」と、陰嚢を別荘と呼び変えるあたりに先人の落語家たちの品格すら感じる作りになっています。

■コロナはリマインダー

この落語を通じて、談志は「病気とも対決するのではなく、対話してみろよ」と提案していました。

「ガンとも対話してみろよ。エイズなんて新参者だ。俺たち梅毒はすげえぞと梅毒が言っているぞ。『俺たち梅毒はニーチェやりゴーギャンより、すげえんだ。ロック・ハドソン(エイズにより死亡)やったぐれえでガタガタ言うな』と。その脇で淋病がそうだそうだと頷いている」などというネタも作ってしましたっけ。

対話は対決とは真逆の平和的手法であります。相手の言い分にまず耳を傾けてみることから始まります。

「なあ、コロナ。お前、人類をどうしたいんだ?」
「どうもこうもないよ。俺たちはウィルスを撒き散らかしたいだけだから」
「かといって、俺たち人類にも都合があるんだよ」
「だから、俺たちだって、重症化しないようにまんべんなく行き渡るようにこれでも気を使っているんだよ」
「勘弁してくれよ、こっちだってこの二年間、仕事はなくなるは感染するはで悲惨なんだよ。おまけに軽症で済んだとはいえ、後遺症の咳が若干残ってる」
「それだよ、それ」
「なんだよ?」
「まだわからねえのか? 俺たちは人類のリマインダーだってこと」
「リマインダー?」

つまり、コロナは「リマインダー」だったのです。感染した人はみな「持病が悪化した」と言っています。実際私も、咳が抜けず「俺はやっぱり慢性上咽頭炎なんだなあ」という持病に改めて気づかされました。

アジアの男性は喉の痛みがある
写真=iStock.com/RyanKing999
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RyanKing999

■コロナで日本の問題があぶりだされた

幾分飛躍させてみましょう。

個人=「ミクロの持病の悪化」は、「前例が上手くいったのだから、それ以後もうまくいくだろう」という、日本社会=「マクロの持病の悪化」なのでは、と。

「3回目のワクチン接種の遅れ」というのは、くしくもコロナによってあぶりだされた「喉元過ぎれば熱さ忘れる」の喩えの通り、「日本人の宿痾(しゅくあ)」にすら思えてきたのです。

つまり、コロナは、「個人の体質の弱さ」のみならず、この国のコミュニティ全体のウィークポイント(すなわち反省材料)を可視化し、露呈させた存在だったのではないでしょうか。この二年間、そう訴え続けてきたリマインダーこそコロナだったのかもしれません。

これがコロナとの対話によって浮かび上がってきたことです。

■日々の積み重ねは裏切らない

では、今後のヒントは何かとさらに対話を通じて想像してみました。

立川 談慶『花は咲けども 噺せども 神様がくれた高座』(PHP文芸文庫)
立川談慶『花は咲けども 噺せども 神様がくれた高座』(PHP文芸文庫)

そこで浮かんで来たのが「蓄積」というキーワードです。

私がツイッターでコロナ感染を公表した際、正直幾分ディスられるのを覚悟してはいましたがそんなことは杞憂で、多数の応援と優しいメッセージだらけで心が和みました。こういう空気感になったのも、この二年間対応し続けてきたSNSでの「蓄積」ではないかと確信しています。

個人的に今回多数のお見舞い品をいただいたのも日々の信頼関係の「蓄積」あればこそでしょう。そして、知人の医療関係者に言われたのが、「軽度で済んだのは、毎日ジムで身体を鍛えていた免疫力の貯蓄ですよ」でした。

「リマインダーと蓄積」。

とまれ、皆様、まだまだ心配な状況は続きます。引き続きご自愛下さいませ。やはり筋トレは裏切りませんよ。

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立川 談慶(たてかわ・だんけい)
立川流真打・落語家
1965年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。ワコール勤務を経て、91年立川談志に入門。2000年二つ目昇進。05年真打昇進。著書に『大事なことはすべて立川談志に教わった』など。

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(立川流真打・落語家 立川 談慶)

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