「スマホ育児」批判に明確な根拠はない…小児科医が力説「スマホが親子にもたらすこれだけのメリット」
プレジデントオンライン / 2022年3月5日 9時15分
■今やスマホは生活必需品
「スマホ育児」という言葉を聞いたことはありますか? 妊婦さんや子育て中の親がスマホ(スマートフォン)を使うこと、ならびに小さな子供にスマホを使わせることを批判的に表した言葉です。こうしたことが広く言われていると、根拠の有無に関係なく、ご自身がスマホを使うこと、そして子供に使わせることを後ろめたく感じるかもしれません。
しかし特に子供が小さいと、保護者は忙しい生活のなかで細切れの時間しか取れなくなりがちです。手間暇をかけた丁寧な暮らしをしたいと思っても、スマホで手配可能なことしかできないときも多いでしょう。
子供を寝かしつけているときに洗剤やおむつのストックがないことを思い出し、スマホで買い物リストを作成したり、その場でネットスーパーで注文したり。電子化された保育園の連絡帳を書いたり、ニュースや育児情報を見たり、ネットバンクで振り込みをしたり、仕事の連絡をしたりするのにもスマホを使うことがあるでしょう。もちろん、ゲームやSNSをするのも咎められることではありませんが、画面を見ているからといって遊んでいるとは限りません。
つまり、今やスマホは生活必需品であり、インフラのようなものですね。子育て中に限らず、運転中や歩行中に使うなど危険な使い方をしなければ、非難されることはないでしょう。また子供を放置して一日中スマホを見続けるという親はなかなかいませんし、もしもいたとしたら何らかの問題を抱えているだろうと推測されるので非難ではなく支援が必要です。
■「創造のハードル」を下げて子供の体験を豊かにする
大人にとってのスマホの利点は前述のとおりですが、実は子供にとってもたくさんのメリットがあると私は思っています。スマホやタブレット端末、パソコンなどのデジタル機器には、絵本を見る、パズルやゲームをする、動画を見るという使い方以外にも、用途がたくさんあります。使い方によっては、さまざまな「ギャップ」をうめてくれるツールになるのではないかと思うのです。
慶應義塾大学教授の石戸奈々子氏は、著書『賢い子はスマホで何をしているのか』において、デジタル機器のよいところは創造・効率・共有が可能なところにあるとしています。スマホもパソコンも、ただ受け身で楽しむだけでなく、誰かに反応を返したり自分でやってみたりするという双方向性があり、何かを作ること――つまり創造のハードルを下げるのです。
■楽器を演奏するのも、絵を描くのもすぐにできる
例えば、子供が楽器を習うとすると、月謝がかかり、多くは高価な楽器を買う必要があり、送り迎えの手間もかかりますが、スマホやタブレット端末などを使えば、どこにいても楽器演奏や作曲ができます。絵を描く、工作をすることなども同じです。教室に通わないまでも、色鉛筆や絵の具、紙と筆などの道具を用意して、汚れてもよい服装をさせ、さらに描いた絵や工作をいろいろな人に見せるというのはとても大変ですが、スマホやタブレット端末ならすぐにできます。
最近ではコロナ禍で思うように外出できませんが、美術館や博物館のサイトを訪れ、美しい映像で展示物を見たり館内をくまなく巡ったりすることもできます。もちろん、実際の楽器を演奏する、本物の画材で絵を描く、実物の美術品を見ることとは違います。そちらもできたほうがいいでしょう。でも、スマホやタブレットで行うことも一つの貴重な体験になると思います。
■経済的格差をうめるツールになる可能性
このようにスマホなどのデジタル機器を利用することによって、私は子供間の経済的な格差を小さくできる可能性もあると考えます。
教育社会学者の舞田敏彦氏が、ニューズウィークで日本の小学生のスマホ所有率について、「日本の小学生のスマホ所持率が、貧困層と富裕層の両方で高い理由」という記事を書かれています。子供にスマホを初めて持たせる年齢は、各家庭でばらつきがあり、小学生の時に与える家庭は少ないので違いがわかりやすいのです。この記事には、「費用がかかるので家庭の年収と比例するかと思いきや、そうではない。年収200万円未満の層が19.3%と最も高く、600~700万円台の階層まで低下し、その後反転して上昇する『U字』型になっている。低学年のスマホ利用層は、貧困層と富裕層に割れているようだ」とあります。
スマホの利用率は、家庭の年収階層でU字型になっているのです。年収が低い家庭のほうが、おそらく子供にさまざまな習い事などの体験をさせてあげることが難しいでしょうが、スマホの利用率は高い。となると、今まで才能を発揮することができなかった子供も、小さいときからITリテラシーを身につけ、スマホの創造・効率・共有といった利点によって、多様な可能性をひらくことができるかもしれません。
■何らかの障害がある子供の学びの助けになる
このほかタブレット端末を利用すれば、学習障害や身体障害のある子供の学習や学びを助けることもできます。例えば、言葉を理解はできるけれどさまざまな理由で書くことができないならば、黒板の画像や授業の動画を残せばいいでしょう。識字障害がある場合は、文章を読み上げてくれるソフトを利用することができます。あるいは計算だけができない場合は、計算のみをソフトに頼ればいいでしょう。絵を描くことも、音楽も、他のこともできます。デジタル機器タブレット端末を使って適切なサポートが得られれば、さまざまな能力を伸ばすことができますね。
日本では、歩くことが困難な子供に対して、自分の足で歩く訓練をすることが重視されがちです。まして、車椅子を使って遊んだりすることはよくないことのように思われがちです。海外では、車椅子などを使って本人が移動したいところに、行けることが重視されるようです。
子供にとって大事なことは、やりたいことができるようになること。機器の助けを借りることは避けるべきことではなく、むしろ大人が積極的にすすめてあげるべきことではないでしょうか。
■「スマホ育児」批判に明確な根拠はない
以前から私は、子育て中の人や子供自身がスマホを使うことを制限するべきではないというコラムを書いてきました(朝日新聞アピタル「子どもはスマホとどうつきあうべきか」「スマホは育児の命綱」)。また昨年は、第30回日本外来小児科学会のシンポジウム「スマホ・デジタルメディアとの付き合い方」にて「スマホが豊かにする子育て」という題名で講演もしました(WEZZY「小児科医・森戸やすみさんが『スマホ育児』批判のおかしさを指摘し続けている理由」)。
それらのなかで、日本小児科医会の「スマホに子守りをさせないで!」という啓発事業を取り上げて批判しています。この活動は“スマホを使うと、こんなに恐ろしいことが起こる”と主張して、親たちや子供たちにスマホを使わないように呼びかける内容でした。例えば「スマホの時間 わたしは何を失うか」というポスターには、「体力」「コミュニケーション能力」を失うと示唆され、「脳にもダメージが‼」「スマホを使うほど、学力が下がります」などと恐ろしいことが書かれています。
当然ですが、これには明確な根拠はありません。だいたい読書に没頭して一切運動しなくても体力は下がるでしょう。スマホでもコミュニケーション能力は上がりそうです。脳にダメージを与えるという証拠はなく、スマホを使うほど学力が下がるという調査結果はあるものの反対の調査結果もあります。ですから、ただ昔と違う物を使うのはダメだという非合理的な考え方に過ぎません。私は若い親たち・子供たちは、小児科医会の一部の医師たちが考えるよりももっと賢く、程よく利用できるだろうと思っています。
■本当に心配すべきなのは「視力の低下」
スマホやタブレット端末、パソコン画面を見続けるデメリットのうち、今現在、因果関係がわかっていることに視力の低下があります。ただし、画面と目までどのくらいの距離をとったらいいか、何分以上見たら視力が低下するのかといったことはわかっていません。個人差もあるでしょう。
日本眼科医会は、「目線は画面と垂直の向きにして30cm以上離す」「30分に1回は20秒以上遠くを見つめて目を休める」ということをすすめています(日本眼科医会「子どもの目・啓発コンテンツについて」)。読書にしても、テレビや映画の鑑賞にしても、勉強にしても、近くを見続けることはよくないとされていますから、距離や時間に気をつけてみてください。
みんなが利用しやすい新しい便利な道具ができ、生活上のさまざまな用事はもちろん、創作や学習、趣味や娯楽などがしやすくなるのはとてもいいことです。効率が上がってラクになるばかりでなく、働く人の負担が減ったり、経済が回ったりします。スマホやタブレット端末は道具ですから、それを使ってなにをするかが大事です。スマホをよく知りもしないで根拠なく批判する人よりも、スマホのメリットにも詳しい人の意見を参考にしながら、上手に付き合っていきたいですね。
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小児科専門医
1971年、東京生まれ。一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、現在は東京都内で開業。医療者と非医療者の架け橋となる記事や本を書いていきたいと思っている。『新装版 小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』など著書多数。
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(小児科専門医 森戸 やすみ)
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