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大国のパワーゲームではない…ロシアのウクライナ侵攻を報じる日本のメディアに欠けた視点

プレジデントオンライン / 2022年2月26日 9時15分

「祖国防衛の日」の祝賀会に出席するウラジーミル・プーチン大統領=2022年2月23日、ロシア・モスクワ - 写真=EPA/時事通信フォト

ロシアがウクライナへの侵攻を始めた。戦史・紛争史研究家の山崎雅弘さんは「第二次世界大戦を巡っては、大国目線の歴史記述で周辺国の被害が無視されてきた。今回もロシアやアメリカの動向ばかりが注目されるが、戦争に巻き込まれるウクライナや周辺国の視点を忘れてはいけない」という――。

※本稿は、山崎雅弘『第二次世界大戦秘史』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

■第二次大戦史で無視されてきた周辺国の兵士たち

第二次世界大戦において、一体どれだけの兵士が戦ったのか?

信頼に足る公式統計が全ての国で揃っているわけではなく、専門家による概算でも数字に多少の開きがありますが、多数の著作を持つイギリスの戦史家ジョン・エリスが1993年に上梓した“World War II: The Encyclopedia of Facts and Figures”(The Military Book Club)によれば、主な参戦国の従軍兵士の数は次のようなものでした。

ソ連:約3,000万人。ドイツ:約1,790万人。フランス:約460万人。この三大国だけで、すでに5,250万人に達しています。アメリカとイギリスは、それぞれ約1,635万人と約590万人ですが、これはヨーロッパとアジア/太平洋、大西洋の各戦域を合わせた数です。イタリアは、この本では「不明」となっています。

周辺国では、ポーランドが約149万人、ベルギーが約65万人、オランダが約40万人などで、大国と比べると人数が一桁違っています。しかし、各国の人口に照らしてみれば、これらの周辺国の参戦兵士が「少なかった」わけではなく、むしろ兵力面で圧倒的な優位を持つ大国の侵略を受けた周辺国兵士の境遇は、大国の軍に属する兵士のそれよりも苛酷だったであろうことは容易に想像できます。

にもかかわらず、第二次大戦史の書物では、大国の動向ばかりが記述され、周辺国兵士の戦いは、脇に追いやられたり、無視されることがほとんどでした。兵士一人の命の重さは、大国でも周辺国でも変わらないはずですが、周辺国の兵士や市民が第二次大戦で繰り広げた広義の「闘い」については、あまり関心が払われてこなかったように思います。

■プーチン大統領が行ってきた「ソ連時代の肯定」

今年は、第二次大戦の勃発から83年、終戦から77年目に当たりますが、この戦争の解釈をめぐる問題は、今もヨーロッパの政治に影を落としています。

2021年7月1日、ロシアのプーチン大統領は、第二次大戦におけるソ連の行為を、公にナチス・ドイツと同一視することを禁じる法改正案に署名しました。

この法改正案は、プーチン大統領自身が主導して同年5月にロシアの上下両院議会に提出されたもので、第二次大戦中にソ連の指導部(主に最高指導者のスターリン)やソ連軍が行った各種の決定事項と行動を、ナチス・ドイツやヨーロッパの枢軸国(ルーマニアやハンガリーなど)のそれと同一視することを禁じるという内容でした。

プーチンは、連続3選を禁じる法律に従って「首相」に一歩退いた4年間を間に挟む形で、2000年から2008年と2012年から現在までの計17年間、ロシアの大統領という地位にあります。この任期中、彼は国内の様々な分野で重要な制度変更を行いましたが、その中には「ソ連時代の肯定」を意味する変化も多く含まれていました。

■大戦のきっかけはナチス・ドイツとソ連だったはずが…

例えば、2013年には学校用の歴史教科書を国が統一する方針を打ち出し、政権に近い専門家に「指導要領」を策定させましたが、その中では「愛国心の養成」が歴史教育の主目的と位置づけられ、ソ連時代の「負の歴史」を抹消する「歴史の修整」が、幅広い分野で行われました。

第二次大戦に関する記述では、1939年にヒトラーとスターリンが取り交わした「独ソ不可侵条約」に伴う「独ソのポーランド分割併合」に関する記述が無くなり、1941年6月の「独ソ開戦」から戦争が始まったかのような説明へと書き換えられました。

現在の国際社会では、第二次大戦の勃発はドイツ軍がポーランドに北と西、南から侵攻した1939年9月1日とする認識が一般的ですが、ナチス・ドイツの独裁者ヒトラーがポーランドへの侵攻を最終的に決断したのは、その9日前の8月23日にドイツとソ連の両国政府が調印した「独ソ不可侵条約」であったとされています。

それゆえ、ポーランドを含むヨーロッパ諸国では、第二次大戦を実質的に始めたのは、ナチス・ドイツとソ連だったという認識が根強く存在しています。

プーチンは、そうした国際的な常識を打ち消して、現在のロシア連邦の前身であるソ連が第二次大戦の戦前と戦中に行った、ナチス・ドイツとの協力や近隣諸国への侵略的行動を否認する政策を続けています。

当時のソ連を擁護し正当化する「歴史修正」は、自国民の「愛国心」を鼓舞する材料として広く活用できるからです。

ソビエトロシアの赤軍軍兵士
写真=iStock.com/bruev
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bruev

■バルト三国は独ソによる侵略を「歴史的事実」に

一方、第二次大戦勃発後にソ連へと併合され、1941年6月の独ソ開戦後はドイツに侵略・併合されたバルト三国(リトアニア、ラトビア、エストニア)では、ソ連時代に建てられた戦争関連の記念碑を撤去するなど、独ソ両国による自国への侵略的行動を改めて「歴史的事実」として確認する動きが進められています。

この事例が示すように、従来の大国中心の第二次大戦観では、望まずして戦争に巻き込まれた周辺国とその国民を無視したり、周辺国を「大国の争奪対象」と見なす視点に陥る危険性があるように思います。歴史を学ぶ者、とりわけ学生が、第二次大戦のような大規模戦争を「大国の目線」だけで理解することの弊害は、無視できないものです。

そして、同種の問題は、ヨーロッパだけでなく、第二次大戦のアジア/太平洋戦域についても存在しているように感じます。先の戦争で日本軍が行ったのは、アメリカ軍やイギリス軍との戦闘だけではありませんでしたが、大国間の戦いのみに単純化した書物を読んでも、戦争に巻き込まれた周辺国や植民地の苦難や悲哀は理解できません。

■「アメリカの約束違反」を口実に威嚇するプーチン

『第二次世界大戦秘史』を上梓した2022年2月10日に前後して、ヨーロッパではロシアが隣国ウクライナへの侵攻を行うのでは、という軍事衝突の危機が生じました。

この危機は、直接的にはロシア連邦のプーチン大統領によって引き起こされたもので、彼は「ウクライナのNATO(北大西洋条約機構、アメリカ軍を中心とする北米と西欧諸国の軍事同盟)加盟を認めないとの保証」など、いくつかの安全保障に関する要求を、アメリカとNATO主要国(イギリスなど)に提示しています。

プーチンは、1991年の東西冷戦終結とソ連崩壊以降、かつて「東側」のワルシャワ条約機構(ソ連軍を中心とする東欧諸国の軍事同盟)と敵対関係にあった「西側」のNATOが、民主化された東欧諸国を次々と加盟させ、勢力圏を段階的に「東」へと拡大してきた状況を「アメリカの約束違反」だと認識し、2021年10月頃からはその主張をウクライナのNATO加盟問題に絡めて、軍事力を前面に出した威嚇を行ってきました。

■ロシア視点では「安全がじわじわ圧迫されている」

ロシア側がこの主張の根拠とするのは、1990年にソ連政府トップのゴルバチョフ大統領がアメリカおよび西ドイツ政府とドイツ統一についての交渉を行った際、NATO加盟国の範囲をこれ以上東に広げないと解釈できる趣旨の発言を、ベーカー米国務長官やコール西独首相、ゲンシャー西独外相らがしていたことでした。

現在、アメリカ政府とNATO主要国は「加盟国の範囲を拡大しないと条約等で約束した事実はない」としてロシア側の主張を否定していますが、ソ連/ロシア側はこれらの発言を「非公式な協定」と理解しており、ゴルバチョフとエリツィン、プーチンらソ連/ロシアの歴代指導者は「アメリカと西側諸国に裏切られた」との憤懣を鬱積させてきました。

ロシアを事実上の「仮想敵国」とするNATO加盟国の東方への段階的拡大を、ロシア政府側の視点で見れば、直接的な武力行使ではないものの、米軍や英軍が駐留する国の東方進出という形でロシアの安全をじわじわと圧迫する「非軍事的手段による戦略的攻勢」だという解釈も成立し得ます。

■戦争を始める決定権は「大国」側にある

もっとも、こうしたプーチンの言い分は、1941年12月に大日本帝国が唱えた「わが国はABCD(米英中蘭)包囲網で圧迫を受けてやむなく自衛戦争を始めた」という言い分にも通じるもので、現在の国際社会ではほとんど理解を得られていません。

とはいえ、外交交渉でロシア側に戦争回避を決断させるためには、アメリカやNATO主要国の政府が「ロシア側からは現状がこう見えている」という観点にも一定の注意を払う必要があるように思います。

現在のウクライナ危機について、日本のメディアはロシアやアメリカなどの「大国」の動向に重点を置いて報じていますが、『第二次世界大戦秘史』で提示した「大国と周辺国」という図式で見れば、少し違った角度から問題を理解できるかもしれません。

第二次大戦当時と同様、現在の国際社会においても、「大国と周辺国」が対立した場合に戦争を始めるか否かの決定権を握るのは、事実上「大国」側です。ウクライナ政府は、領土保全などの原則を維持しつつ、戦争になった場合の人的・物理的損失を想定し、それが大きいと予測される場合には、戦争回避のための譲歩を強いられる立場にあります。

ウクライナ
写真=iStock.com/naruedom
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/naruedom

■ウクライナから見ればロシアの主張はただの身勝手

米ロという二つの「大国」の狭間に位置する「周辺国」ウクライナは、2014年2月に親ロシア派のヤヌコーヴィチ政権が倒れて親欧米の方向に舵を切ったあと、ロシアの軍事的脅威から自国を守るための対抗策として、NATO加盟を望む姿勢をとってきました。

しかし、もしそれが実現すれば、ロシアの首都モスクワからさほど遠くない(最短距離で450キロほど)ウクライナ領内に米軍のミサイルや空軍基地が置かれる可能性があるため、ロシア側から見れば「自国の安全を脅かす軍事的脅威」として、ウクライナのNATO加盟を実力で阻止する動機が発生します。

この「動機」とは、ウクライナから見れば「大国の身勝手」に他ならず、独立国であるウクライナの主権侵害でもあります。しかしロシアは、2014年にヤヌコーヴィチ政権が倒れたあと、黒海の重要な軍港セヴァストポリのあるクリミア半島を電撃的な政治的・軍事的工作でウクライナから「奪取」して自国に併合した上、ウクライナ東部に親ロシア派の支配地域を作って小規模な紛争状態を作り出しています。

■米ロの対立も絡み合い、解決が難しくなっている

こうしたロシアによる一連の工作は、ウクライナを「平和な国」でなく「紛争の当事国」という状態にすることで、同国がNATOに加盟できないように仕向けているとも解釈できます。

山崎雅弘『第二次世界大戦秘史』(朝日新書)
山崎雅弘『第二次世界大戦秘史』(朝日新書)

このように、ロシアとの戦争回避を意図したウクライナの「NATO加盟構想」が、逆にロシアとの戦争を引き寄せる効果を生み出しているのは、皮肉な展開だと言わざるを得ません。そして、仮にロシア軍のウクライナへの軍事侵攻が始まった場合、NATO加盟国でないウクライナを救うために、米軍やNATO軍が直接介入する可能性は、現時点では小さいと見られます。

現在のウクライナ危機は、「大国」ロシアと「周辺国」ウクライナの局地的な対立であるのと同時に、「大国」ロシアと「大国」アメリカの戦略的な対立でもあるという二面性を有しています。この対立の二重構造が、危機の解決を難しくしていると言えます。

■特定の当事国の「正義」は決して万能ではない

戦争や紛争の発生を事前に回避するためには、それを引き起こす「力学」と「構造」を関係各国が理解し、軍事衝突を引き起こす「力点」と「作用点」を交渉で制御する必要があります。そこでは、特定の当事国から見た「善悪」や「正義」の概念は万能ではなく、それらの概念への過剰な固執は、逆に戦争や紛争の回避を妨げたり、勃発してしまった戦争や紛争の早期収束を阻む障害になることがあります。

そして、ロシア側にいかなる「内在的論理」があろうとも、大勢の人を死に至らしめるウクライナへの軍事侵攻を道義的に正当化する「免責」の理由にはなり得ません。

現在のウクライナ危機が、大勢の市民、とりわけ子どもを巻き込んで犠牲にするような軍事衝突へと発展することのないよう、外交交渉による解決が図られることを祈ります。

【追記】上の原稿は、2022年2月23日に執筆し、編集部に送信したものですが、その翌日の2月24日、ロシア軍はウクライナの首都キエフ近郊を含む多数のウクライナ軍基地への攻撃を行い、またウクライナ東部地域への軍事侵攻を開始しました。

残念ながら、外交交渉による戦争の回避は失敗に終わりましたが、引き続き、外交交渉による戦争拡大の阻止と早期収束を祈り続けます。

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山崎 雅弘(やまざき・まさひろ)
戦史・紛争史研究家
1967年大阪府生まれ。軍事面に加えて政治や民族、文化、宗教など、様々な角度から過去の戦争や紛争を分析・執筆。同様の手法で現代日本の政治問題を分析する原稿を、新聞、雑誌、ネット媒体に寄稿。著書に『[新版]中東戦争全史』『1937年の日本人』『中国共産党と人民解放軍』『「天皇機関説」事件』『歴史戦と思想戦』『沈黙の子どもたち』など多数。

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(戦史・紛争史研究家 山崎 雅弘)

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