「2歳児以上にマスク推奨」そんな無理筋の要望を出す政治家に聞かせたい"ある世界的社会学者の言葉"
プレジデントオンライン / 2022年3月2日 11時15分
■「可能な範囲で一時的に」という表現にとどまった
2月初旬、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて全国知事会などが「2歳以上の保育園児もマスク着用を」という要望を出しました。これを受けて、一時は厚生労働大臣も前向きに進めていくべきとの認識を示し、大きな議論を呼びました。
異論が相次いだことから、結局、厚生労働省は「2歳以上」を撤回。保育所などへの感染症対策としては、「可能な範囲で一時的にマスク着用を推奨する」という通知を出すにとどまりました。
■子どもの発達について無知を露呈した
この「2歳児マスク問題」は、保育所への感染症対策が、いかに現場を知らない人ばかりで議論されているかがよくわかるものだったと思います。子どもの発達に関して信じられないほどの無知を露呈していて、2歳の子を持つ僕としては脱力感すら覚えるほどでした。
確かに、不織布マスクは感染対策に有効だと証明されていますし、最近は保育園の休園も相次いでいます。ここから、知事会や大臣は「園児がマスクをしていないからではないか」「じゃあマスクを着けてもらおう」と考えたのではないでしょうか。
そう思うに至った背景には、子どもへの大きな無理解があると思います。小さな子どもは、嫌だと思ったら着用を続けてはくれません。育児経験がある人や、保育園の先生など子どもと接する人ならわかっていることですが、おそらく知事会のメンバーや大臣は、そうしたことに想像が及ばなかったのでしょう。
■止める人が誰もいなかったのか
もちろん育児経験がないこと自体は、悪いことではありません。しかし、政治家たちには少なくとも想像力は持っておいてほしかったと思います。さらに言えば、要望を出した本人たちに想像力がなかったとしても、周りに止める人が一人もいなかったのでしょうか。
2歳児へのマスク着用推奨を求めるまでの過程で、「いやいや、そんなの無理だから」と誰も突っ込まなかったのだとしたら、それもまたショックな話です。
■専門家や保護者の声が届いたことは希望の光
ただ、希望を感じる出来事もありました。この件が報道されてすぐ、専門家から異論が相次いだのです。例えばツイッターでは、多くのフォロワーを持つ新生児科医・小児科医の方が、医学的根拠を示しながら異議を唱えていました。
根拠となるサイトを引用しながら、2歳児にマスク着用を推奨することのどこがどうおかしいのか、政策を決める側はどうすべきなのか、きちんと説明してくれたのです。
親である自分としては、医師の方が専門的な見地からしっかり発信してくれたことを、とてもありがたく感じました。加えて、全国の保護者たちからも異議申し立ての声が上がり、結局、マスク着用推奨年齢を「2歳以上」とする案はすぐ撤回されたのです。
国民が、おかしいと感じた政策に対してすぐさま異議を唱え、スピーディーに撤回に持っていけたのです。SNSの力もいい方向に発揮され、専門家や保護者の声を国に届けるうえで大きく役立ちました。
■育児経験がないことを責めても意味がない
ただ、SNS上では「政治家たちは子育てしたことがないのか」と怒る人もいました。しかし、子育てしたくてもできない人もいるわけですから、その点に対して感情的になるのはよくありません。この問題に関しては、政治家たちが育児未経験であることを責めても仕方がないのではないでしょうか。
では政治家たちはどうすべきだったのか。まずは今回の要望や発言がどんな混乱を招いたか、そしてもし実現していたらどんな混乱が起きたか、その点を考えてみたいと思います。
わが家の2歳児は「仮面ライダーリバイス」が大好きです。このキャラクターが描かれた不織布マスクなら少しの時間であれば着けてくれるので、うちでは公共の場や病院に出かけるときのために買い置きしています。
ところが、2歳児マスク着用の件が報道された2月4日、ネット通販では仮面ライダーリバイスのマスクが瞬く間に売り切れ、再入荷のめども立たない状況になりました。
今回の要望や発言は、保護者たちを一斉に“子どもが着けてくれそうなマスク”の購入に走らせ、急な売り切れを引き起こしたのです。つまり社会的混乱を招いたわけです。
■政治家は「この分野に無知である」という自覚を
次に、もし「2歳以上」が実現していたら何が起こったか。いちばん大変になるのは保育園の現場の方たちでしょう。保育園の先生は、国から「2歳児にもマスクを着けるように」と言われたら従わざるを得ません。
コロナ禍で、小さい子どもと接する現場はただでさえ疲弊しています。そのうえ、嫌がる子どもたちにマスクを着けさせて回ることになるわけです。たとえ一時的に着けてくれても、小さな子どもは嫌だったらすぐに外してしまいます。それを四六時中チェックして、外していたら着けさせ、また外したら着けさせ……その苦労は察するに余りあります。
政策を決める人は、強い決定権を持っています。ですから、物事を決めたり発言したりする立場の人は、まず「自分はこの分野に関して無知である」という自覚をしっかり持っておく必要があります。
■ある社会学者の言葉
社会学者のピーター・L・バーガーは、1976年の著書『犠牲のピラミッド』で下記のように述べています。
「ほとんどの政治的決定は、不十分な知識を基礎にして作成されているに相違ない(無知の公理)。このことを認識すると、高い人的代償を強要するような政策の選択に対して、きわめて慎重にならざるを得ない」
今回の件にぴったりの言葉ではないでしょうか。不織布マスクの着用は感染症対策としては正しいけれど、2歳児を対象にするとなるとデメリットが大きい。政策は、メリットとデメリットを天秤にかけたうえで決定すべきです。政治家には、その決定でどんなデメリットが生まれるのか、何が犠牲になるのか、想像力を持って政策決定に臨んでほしいものです。
そもそも知事会のメンバーに多様性があれば、今回のような要望も出なかったでしょう。今後はそうした多様性のある社会をめざしていくべきですが、残念ながらこれはすぐに実現できるものではありません。現段階でできるのは、私たち自身がおかしいと思ったらすぐ異議申し立てをすることです。
同時に、専門家の方が冷静に、科学的な見地から異議を唱えてくれたら、その行動には非常に価値があります。今回は医学の分野でしたが、他の分野でまた同じようなことが起こったら、その道の専門家の方にはぜひ積極的に発言していただけたらと思います。
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大正大学心理社会学部准教授
1975年、東京都生まれ。博士(社会学)。2017年より現職。男性だからこそ抱える問題に着目した「男性学」研究の第一人者として各メディアで活躍するほか、行政機関などにおいて男女共同参画社会の推進に取り組む。近著に、『男子が10代のうちに考えておきたいこと』(岩波書店)など。
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(大正大学心理社会学部准教授 田中 俊之 構成=辻村洋子)
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