世界はとっくにEVシフトなのに…日本車の成長を阻む「モノづくり世界一」という深刻な病
プレジデントオンライン / 2022年3月1日 12時15分
※本稿は、村沢義久『日本車敗北 「EV戦争」の衝撃』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■衰退したアメリカと同じ道を辿っている
世界ではSPAC、委託生産、サブスクリプション、BaaSと、自動車のビジネスモデルに大変動が起こっている。なのに、日本ではビジネスモデルの革新どころか、EVの普及さえままならない。
世界に先駆けて「i-MiEV」「リーフ」を発売した日本は、今や完全なEV後進国となっている。何が問題なのか。
筆者が経営コンサルタントとしてアメリカで仕事をしていた1980年代には、アメリカ企業は非常に内向きだった。
例えばアメリカの鉄鋼産業や自動車メーカーは日本勢の躍進を見ながら、その脅威を過小評価していた。
ある自動車メーカーの幹部は、「日本の自動車産業が強く見えるのは賃金の安さによるもの」と公言していた。
もちろん、我々コンサルタントがその考えを訂正したのだが、一度固くなった頭はなかなか柔軟にならず、その後アメリカの自動車および鉄鋼産業の衰退につながった。
現在の日本企業は、1980年代のアメリカ企業の真似をしている。世界の動きに目を向けず、いまだに根拠のない「モノづくり世界一」の自負を引きずり、中韓メーカーの実力を過小評価している。
日本企業の経営幹部は英語のニュースに接していないのではないか、とさえ思える。
■VWやフォードにできて、日本車にはなぜできない?
EVという新しい産業分野では、テスラ、NIO、BYD、フィスカーなど海外企業が突っ走っている。
だがこのクラスのEVベンチャーは日本には皆無だ。イーロン・マスク、李斌(リー・ビン)、王伝福(ワン・チュアンフー)、ヘンリック・フィスカーのようなベンチャー起業家も出て来そうにない。
ベンチャーに限らず、大企業も同様だ。VW、GM、フォード、ボルボなど欧米の大手自動車メーカーはEVベンチャーの台頭に危機感を持ち、シャカリキにEV化を進めている。
こうした大企業では、ヘルベルト・ディース、メアリー・バーラ、ジム・ファーレイといった経営トップのリーダーシップが感じられる。
VWは、2021年6月、「2033年から2035年までに欧州で内燃機関車から撤退し、しばらく遅れて米国と中国でも同様の取り組みを進める」と発表している。2020年9月に発売された純粋EV「ID.3」、2020年末に発売された「ID.4」は売り上げ好調だ。
GMは、2021年1月28日、2035年までにガソリン車の生産と販売を全廃し、EVなどCO2を排出しない車に切り替える目標を発表した。
フォードは2021年2月17日、ヨーロッパで展開する乗用車を、2030年までにEVのみとする計画を発表した。中間目標として、まず2026年半ばまでに、ヨーロッパで販売する乗用車をEVと、PHVに絞る方針。その後はEVのみとする。
■対策の遅れを名指しされる日本企業
最近までの日本車メーカーはこういう動きをまるで「黙殺」しているかのようだった。その代表格のトヨタに至っては「黙殺」を超えて積極的に「阻止」しようとしている、と海外メディアに報じられたこともある。
グリーンピースは2021年11月のCOP26に合わせて、世界の主要自動車メーカー10社の脱炭素化取り組みランキングを公表しているが、その中でトヨタを最下位に位置づけている。
そうした報道や批判の妥当性についてはさておき、トヨタから発せられる情報に接すると、時に不安にさせられるのは事実だ。
例えば、トヨタの豊田社長は「電動化の担い手はEVのみならずHV(ハイブリッド自動車)、PHV(プラグインハイブリッド自動車)、FCV(燃料電池自動車)も含まれる」という主旨の発言をしている。
また、「日本の電動化率は35%であり、ノルウェーの68%に次いで世界第2位だ」とも発言したことがある。
しかし、これらは国際的には受け入れられることのない主張だ。HVはエネルギー供給を100%ガソリンに頼っている。モーターは積んでいても、実質的にはガソリン車だ。
PHVは外部から充電できるので現時点では「電動車」として扱われることが多いが、ガソリンを使うことに変わりはない。また、FCVは少なくとも一般向け量産車としては普及の見込みが立っていない。
■HVでCO2実質ゼロを目指すが…
もちろん、トヨタのような巨大企業のトップとしては、慎重な発言が必要なのかもしれない。EV化で打撃を受ける部品メーカーにも配慮が必要だろう。
ただ、一連の情報発信に筆者は懸念を深めている。
トヨタはレース出場などで水素エンジンのアピールを始めている。しかし、詳細な説明は拙著をお読みいただくとして、水素エンジンを搭載した市販車が普及する可能性はほとんどない。
他にも2021年4月22日の日本自動車工業会の会見で、豊田社長はEV第一の風潮を批判し、HVにe-fuelを使うことでCO2排出をゼロに近づける重要性を強調したとされる。
e-fuelとは、水を電気分解して得た水素とCO2を合成した液体燃料で、ガソリンに混ぜて使う。再生可能エネルギーを利用して生成することでCO2排出は実質ゼロになる、ということになっている。
しかし、製造過程で多量のエネルギーを使うので、総合的には非常に非効率であり、結果として既存の燃料の何十倍ものコストとなってしまう。
こうした技術評価をトヨタが分かっていないとは考えにくい。2021年末の記者会見で、「EVシフト」を大々的にアピールしたことも考えると、一連の発言は世間の目をEVから引き離すための戦略だったのか、と邪推したくなる。
■HV、PHV、FCVも廃止するホンダ
一方、トヨタ以上にEVに消極的だったホンダだが、一転して2021年4月23日、2040年には世界で販売する全ての新車をEVとFCVにすると発表した。
特筆すべき点はHV・PHVも廃止すると決めたことだ。「HVを電動車として残す」というトヨタとの違いが鮮明になった。
ホンダはこの発表の2カ月後の6月15日、FCV「クラリティ フューエル セル」の生産を年内で中止すると明らかにしている。
FCVを生産中止にした理由は単純、ほとんど売れていないからだ。「クラリティ フューエルセル」は2016年3月に発売し、現在までの5年間で世界販売台数が約1900台に留まっている。
売れないのは「クラリティ フューエル セル」だけではない。トヨタ、現代を合わせた3社で、2020年に全世界で販売した水素燃料自動車は1万台に満たない。
■初のEV「ホンダe」も世界で戦うには物足りない
ホンダのEV路線を象徴するのが、同社初のEVである「ホンダe」だ。
2019年3月のジュネーブ・モーターショーで発表され、同年10月の東京モーターショーで日本仕様が参考出品、2020年10月30日より日本での発売が開始された。
期待される「ホンダe」だが、量産EVではあるものの、EV市場を獲るには物足りない点が多い。蓄電容量は35.5kWhで、航続距離は、136ps仕様が283km、154ps仕様は259kmだ。
数字はWLTC基準(国際的なモード燃費の測定法)なので、実際の走行条件に近いEPA基準(米環境保護庁が提唱している測定方法)だとそれぞれ250km、230km程度しかないことになる。2020年に発売されたEVとしては物足りない性能だ。
しかも乗車定員4人で価格451万円(税込)はさすがに高いのではないか。現在この価格帯のEVなら航続距離は400kmが相場になっている。
「ホンダe」は「都市型」というコンセプトに基づくという。確かに街乗り中心なら航続距離250kmでも実用には耐えるだろう。だとしても価格は300万円程度まで下げないと、他のメーカーとの比較で負けてしまう。
ホンダにとっては「ホンダe」はまだまだ試作段階なのだろう。年間販売目標もヨーロッパで1万台、日本では1000台である。
■2022年は世界のメーカーが新型を続々投入
ちなみにこの「ホンダe」は、性能・価格の点ではマツダ「MX-30」に近い。バッテリー容量はどちらも35.5kWh、航続距離はEPA基準(推定)で「MX-30」の230kmに対して「ホンダe」は250km。価格はどちらも451万円。いずれもスペック的に世界で戦えるレベルには達していない
日本での販売目標台数も「MX-30」の500台に対して「ホンダe」は1000台。現状、これがホンダの「精いっぱい」なのかもしれない。
もちろんあのホンダが本気になれば、きっと優れたEVをどんどん投入してくるだろう。ただ世界のライバルが先を行っているのが気になる。
2022年にはテスラのEV生産台数が100万台を大きく超えると予想されている。中国のNIOは全固体電池を搭載したセダン「ET7」を発売する予定で、フィスカーは「オーシャン」を発売する。
もちろんホンダも今後矢継ぎ早の展開を進めてくる。中国では2022年に新型EVを発売し、今後5年以内に10車種のEVを投入するという。また日本では2024年に軽自動車のEVを発売し、北米では2024年にGMと共同開発した大型EVを2車種投入、2020年代後半には別のEVも発売するという。
ホンダの「覚醒」が本物であることを願うばかりだ。
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元東京大学特任教授、環境経営コンサルタント
1948年徳島県生まれ。東京大学工学部卒業、東京大学大学院工学系研究科修了(情報工学専攻)。スタンフォード大学経営大学院にてMBAを取得。その後、米コンサルタント大手、ベイン・アンド・カンパニーに入社。ブーズ・アレン・アンド・ハミルトン日本代表を経て、ゴールドマン・サックス証券バイスプレジデント(M&A担当)、モニター・カンパニー日本代表などを歴任。2005年から2010年まで東京大学特任教授。2010年から2013年まで東京大学総長室アドバイザー。2013年から2016年3月まで立命館大学大学院客員教授を務める。著書に『図解EV革命』(毎日新聞出版)、『日本経済の勝ち方 太陽エネルギー革命』(文春新書)、『電気自動車』(ちくまプリマー新書)、『手に取るように地球温暖化がわかる本』(かんき出版)など多数。
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(元東京大学特任教授、環境経営コンサルタント 村沢 義久)
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