疲れているのに眠れない…産業医が見ればわかる「4月にメンタル不調に陥りやすい人」3つのパターン
プレジデントオンライン / 2022年3月7日 9時15分
■「顔見知りが多い部署への社内異動」の罠
コロナ禍も2年がすぎ、来月にはコロナ禍での3回目の新年度が始まります。4月は、職場では人事異動や転職、家庭では子供の入学や進学など、公私共々の環境変化が多い時期です。ウィズコロナの新年度も3回目ですから慣れた人も多いと思いますが、ウィズコロナだからこその不安な気持ちを抱いている働く人も少なくありません。
今日は、働く人たちが感じる不安について、3人の産業医面談の事例からお話ししたいと思います。
1人目は外資系企業に勤めるAさんです。新卒入社して5年目の20代後半の女性社員でした。
Aさんは残業時間が80時間を超えた人を対象にした長時間労働者面談をきっかけに、自ら昨年の3月に産業医面談に来ました。聞いてみると、年明けから新しい部署に異動し、新年度までは引継ぎ兼研修期間とすると異動前には言われていたようです。しかし、異動後5日目にチームに急な案件が入り、研修もそこそこで仕事量が一気に増えてしまったとのことでした。
新チームのメンバーたちにとってAさんは、同じ会社から来ているし、新入社員ではないし、過去数年間で業務上連携することも多々あったため顔見知りでした。仕事も「わかっているだろう」「できるだろう」という気持ちがあったのか、誰もAさんを新メンバーとして気にかける事はないようでした。
■お互いに遠慮して声をかけられなくなる
もともとAさん自身が希望した異動でもあり、早く結果を出し認められたいと強く思うAさんは、コロナ禍の在宅勤務の中、夜遅くまで自宅で一人仕事をしていたとのことでした。新しい業務なのでわからないことは多いものの、業務時間外にチームの人にわざわざ連絡して聞くことに気が引け、一人黙々と迷い悩みながらの仕事は効率が悪かったようです。
みんなの期待に応えられていないばかりか、実際はまだ慣れてすらいないこと、長時間働いているのに結果を出せていないこと、このような自分に焦り、最近は寝ても仕事の夢でうなされているようでした。4月からは研修期間が終わり、自分も評価の対象となることばかりが気になり不安で業務に集中できない、食欲もなくなってきた……。そんな状態でした。
コロナ禍での部署異動、特に顔見知りがいる慣れない部署への異動は、「見知らぬメンバーじゃないから大丈夫」と、周囲の人がフォローを油断してしまいがちに感じます。出社勤務であれば、お互いにちょっとした声をかけやすいのかもしれませんが、在宅勤務が続くと相手の状況が見えず、こんなこと聞いたら/確認したら/言ったら失礼にならないか等々の気持ちを両者とも持ちやすいようでした。
Aさんは面談後、一度この現状を新チームの上司とお話しし、まとまった休暇を取り気力も体力も仕切り直してみることにし、無事に復職。現在は元気に働いています。
■“逆算時間”に追われ続ける育休明けの社員
2人目は、育休明けの2児のお母さんBさん、30代の方です。
Bさんは次女を出産後、4月からの育休明けの予定でしたが、部署が人手不足のため3カ月早く職場復帰しました。
コロナ禍でもBさんの部署は全員出社していました。
日常のスケジュールをお聞きすると、平日は保育園のお迎えのために18時に退社。0歳と5歳の子供たちの相手をしながら、ご飯を作って寝かしつけてから、夜には家で仕事を再開。週末は家事と育児と持ち帰りの残業で、家と会社の境目もないような生活が続いているとのことでした。
私はこのような人を“逆算時間”を生きている人として、注意して面談をしています。
逆算時間というのは、朝起きたら、子供の登園時間から“逆算”して、家を出る時間、朝食の時間、子供を起こす時間を考える。子供を園に送り、出社すると今度は、お迎え時間から“逆算”した退社時間に向けて、“逆算”して日中の業務をせわしなくこなす。友人との優雅なランチタイムなどはなく、5分でも早く退社するために、いつもデスクランチか昼食抜き。そして、子供と帰宅すれば、明日子供を起こす時間から“逆算”して寝かしつける時間を計算し、さらにそこから“逆算”して全ての家事育児タスクをこなすといった時間の使い方を指しています。
このような生活が続くと、仕事量が多い場合はもちろん、仕事量が平均やそれ以下でも、次第に心身ともに疲れ果てメンタル不調になってしまうことがあります。
■睡眠不足で忙しい日々が延々と続くのではないか…
Bさんは最近、疲れて眠れるはずなのに、寝付けなくなってきたと言います。その時決まって考えてしまうのは、上の子は4月から小学生となるが、子供の勉強のフォローやPTAや保護者会の参加等々、今の生活プラスアルファの忙しさを思うとやっていけるだろうかということでした。
おまけに、保育園と小学校に通う子がいるということは、新型コロナ感染症により登園(登校)ができなくなる確率、子供が日中家にいなくてはならない=親も家にいなくてはならない確率も2倍になることが不安でたまらないと話します。
また先日、部署の若手が1人、3月末に退職することを知りました。次の人が来るのかもわからず、業務は増えるとしか思えない。
睡眠不足の中、日中の忙しさをこなす生活が来月からも延々と続くのではないか。主人も家事も育児もやってくれているから、恵まれているはずなのに、なんだか気分が晴れずにイライラしてしまうこともある。いろいろと堂々巡りの考えが続き、寝なくてはいけないのに、眠れない……。
■「オンの状態」が続くと自律神経が疲労困憊する
会社での仕事モード、いわゆる「オン」の状態と、会社を出た後の「オフ」の状態の切り替えを、多くの人はメリハリとして考えています。
このオン状態は、緊張状態と考えることができます。ときに、Bさんのように、職場以外でも気持ちのうえでの緊張状態が続いている人がいます。家事や育児などで帰宅後も忙しない時間を過ごしている人によくみられます。
そうした人たちは、常に精神的な緊張が高く、時間に追われているにもかかわらず、それを自覚していません。このような状態が続くことで自律神経が疲労困憊(こんぱい)し、潰れてしまうことが少なくありません。
すると次第に、「普通のお母さんはできているのに私はできていない、できないのは私が怠け者だから」と思うようになります。それが続くと、やらなければならないことへの責任感、できないことへの罪悪感が積もり積もって、自責の念に囚われてしまい、本格的に体調を崩してしまうのです。
Bさんには、日中は仕事スイッチがオン、帰宅後は家事育児スイッチがオンの緊張状態が続きすぎていること、この状態が続けば疲れが溜まるのも無理はないと説明し、ご主人と相談してお互いにオフの時間、つまりは自分の気分転換の時間を設けることを提案しました。また、4月以降の不安要素については、それぞれの場合、実際にどう対処するか、具体的な計画を立てることをお願いしました。
■子供の中学入学、妻の仕事復帰が重なり不安に…
3人目は、2月に動悸(どうき)の相談に来られた社歴10年以上のベテラン40代男性社員のCさんです。
Cさんは社内では比較的裁量度が高い管理職のポジションにつき、ここ3年間は社内異動もなく、人事評価(業績評価)も問題なく、ストレスなく働いていました。毎月の残業時間は80時間すれすれでしたが、10年以上ずっとそのように働いてきたので、労働時間自体は「これで普通」とのことでした。
私生活では、お子さんが4月から中学に進学すること、それを機に奥様が働き始めることになっているとのことでした。いずれも家族内でよく話し合って決めたことであり、不平不満はないとおっしゃっていましたが、よくよく聞いてみると、4月以降、ご家族の生活に起こり得る変化に対して、心配しすぎているようでした。
お子さんの通うことになる中高一貫校は片道1.5時間ほどかかること。中学ではクラブ活動を頑張りたいというお子さんを応援したいが、そうすると毎日の帰宅は20時を過ぎ、そこから食事やお風呂、疲れた状態での勉強などできるのだろうか、朝練があれば家は6時台に出ることになり、起床やお弁当は大丈夫なのだろうか云々、考えれば考えるほど、どうしていいか分からなくなってしまうようです。
■気持ちを切り替えなければ、誰でも不安に押し潰される
奥様は、10年以上の仕事のブランクがあったものの幸い正社員雇用が見つかったとのこと。喜ぶべきことではあるが、奥様が仕事と家事育児のバランスを保てるのか心配でしょうがないとのことでした。
4月以降の家事分担や生活時間の変化に対して、どのようになるのかわからないがゆえの漠然とした不安。これがCさんの症状の原因と推測されました。
数回の面談でCさんは、自分は4月以降の生活のマイナス面ばかりに焦点を当ててしまい、常にそのことに意識が向きすぎていたと気が付きました。
心のマイナス要素となりえる不安な気持ちは、誰もが抱えています。そして、「対処できること」については対処することが大切です。一方、「対処できないこと」もあることを認識し、後者については、考えてもプラスにはならないと気持ちを切り替えなければ、誰でも不安に押しつぶされてしまいます。
Cさんには、もしも不安ばかりが頭に浮かんでしまったときは、対処できるものは対処した上で、「不安は減らさなければならない」という考え方をまずは捨て、「自分の中のポジティブな感情=4月以降の家族との生活での楽しみなこと」も考えるなどしてみてはいかがでしょうか、それだけで心の持ち方は大きく変わってきますよと提案しました。
■不安な感情に悩んだら、ポジティブな感情に目を向ける
不安とは、「未来」に対する「恐怖」であり、「漠然」としたものです。人間は、過去に対しては不安を感じません。過去の出来事の結果として、未来に不安を感じることはありますが、過去の出来事そのものには不安を覚えません。不安は未来に起こる“かも”しれないことであり、不安に思っていることは、まだ起こっていないことなのです。そして往々にして実際に起こらないことの方が多いものです。
不安に上手に対処するためには、この認識の上で不安を生じさせている根本的原因、つまり自分の心の状態を改善することが大切です。
新学期を控え、誰もが不安な気持ちを感じるのはしょうがないことです。特に、この2年間のコロナ禍での経験から、我々は今後起こり得ることを漠然と想像できるようになってしまいました。
しかし、不安というネガティブな感情は、どんなに改善しても、マイナスがゼロにしかならず、楽しい気持ちや幸せなどのポジティブな感情にはつながりません。私の産業医面談の経験上、不安に上手に対処している人は、不安の解決に頭を悩ませている時間をさっさと捨てて、よりポジティブな感情にフォーカスするという選択肢を無意識に採れている人が多くいます。
繰り返しますが、不安な気持ちに四六時中支配される必要はありません。ぜひ、そのようなときには、うれしいことや充実していること、今後楽しみなことなど、ポジティブな感情に目を向けてみてください。
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医師
医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、BNPパリバ、ムーディーズ、ソシエテジェネラル、アウディジャパン、BMWジャパン、テンプル大学日本校、アプラス、アドビージャパン、Wework Japanといった大手外資系企業を中心に、年間1000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立し、「不安とストレスに上手に対処するための技術」、「落ち込まないための手法」などを説いている。著書に、『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書』や『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣』『外資系エリート1万人をみてきた産業医が教える メンタルが強い人の習慣』などがある。公式サイト
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(医師 武神 健之)
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