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「失敗してもいい、背中を見せたい」マラソン大迫傑"現役復帰"を決めた本当の理由

プレジデントオンライン / 2022年3月2日 11時15分

写真提供=nike

昨夏の東京五輪の男子マラソンで6位入賞し“引退”した大迫傑(30)が2月上旬、現役復帰を表明した。過去に2度日本新記録を樹立し、業界をリードしてきた大迫はなぜ第一線での戦いに戻ることを決意したのか。その行く手にはどんな壁が待ち受けているのか。スポーツライターの酒井政人さんが取材した――。

■“ラストレース”東京五輪6位の大迫傑、現役復帰の本当の理由

2月上旬、男子マラソンの元日本記録保持者・大迫傑(30)が現役復帰を表明した。2021年8月8日の東京五輪でのレースを「現役選手としてのラスト」と決めて、アフリカ勢など強豪ひしめく中、見事に6位入賞。その激走からわずか半年で“方向転換”したかたちになる。日本マラソン界に現れた時代の寵児に何があったのか。

メディア向けセッションに登場した大迫。現役復帰の気持ちを固めたのは、東京五輪から2カ月後の10月10日のシカゴマラソンを観戦したのが大きかったという。

「東京五輪後の9月末から1カ月ぐらい米国でのんびりすることができました。ちょっと走ってみようかなと思ったときに、そこそこ走ることができたんです。そういう状況のなか家族でシカゴマラソンを観たんですけど、東京五輪で8位入賞したゲーレン・ラップ選手が2カ月という短い準備期間で2位(2時間6分35秒)に入りました。カッコいいなと思うと同時に、僕自身も観てくれる人たちがワクワクしてくれるような場所に立ちたいなと思ったんです」

もう一度走りたい。体の底からわき上がってきたその熱量は自身が「行動しよう」というラインをはるかに超えていたという。

シカゴマラソンは大迫が18年に2時間5分50秒の日本記録(当時)を樹立した思い出深い大会だ。そのレースで昨年、優勝争いを繰り広げたのがゲーレン・ラップ(米国)だった。

ラップは12年のロンドン五輪は10000mで銀メダル、16年のリオ五輪はマラソンで銅メダルを獲得した選手。大迫が憧れたランナーであり、かつて所属していたオレゴン・プロジェクト時代のチームメイトになる。

「ゲーレンは目標であり憧れでした。身近な存在なので、2~3年前は脚の故障に悩んでいて、彼がすごくもがいてるところも見ています。僕よりも全然年上ですし、彼のような選手が活躍してるとやっぱり刺激になりますよね」

以前、大迫は「自分の力には限界があるのかなと思っています」と話していたが、ラップは5歳年上。35歳の米国人ランナーが東京五輪に続いて、シカゴでも好走した姿は“未来の自分”にも大きな可能性があると感じたのではないだろうか。

■再び、マラソンランナーとして輝けるのか

今回の「現役復帰」に関しても21年10月中旬にコーチを務めていたピート・ジュリアンに打ち明けている。公表したのは今年2月。決して気まぐれで発言したものではなく、揺るぎない決意があった。

「自分がドキドキしたいというか。もう一度挑戦したら、何を発見できるのか。そういったことが最初のインスピレーションにあったような気がします」

では、実際に大迫はどこまでやれるのだろうか。

現役復帰といっても結果的に“長めの休養”になっただけで大きなブランクがあるわけではない。精神を一度解放できたことで、メンタル面はプラスに働くのではないだろうか。

大迫傑氏
写真提供=nike

復帰レースは未定だが、今後はマラソンを主戦場にしながら、トラックレースにも出場する予定。マラソンの再挑戦は今年の秋冬か、来年の春になりそうだという。大迫はパリ五輪を33歳、ロス五輪を37歳で迎えることになる。

「年齢的に衰えるといっても、やってみないとわからない。マラソンは30kmから別世界だという人がいますけど、僕はそう思いません。常識を疑うことができたら、自分でも競技をしていくのが楽しいかなと思いますね。記録や順位は気象条件と同じように、自分ではコントロールできません。記録や順位の目標を明言するよりは、前回のマラソンより、今回のマラソンというように、少しずつ良くなっていくことを目指していきたい」

大迫はマラソンランナーとしての向上心を失っていないどころか、まだまだ貪欲に攻めていくつもりだ。

オリンピックや世界選手権に出場するには“国内選考”をくぐり抜けないといけない。東京五輪男子マラソン代表の3人は大迫が最年長の30歳で、中村匠吾(富士通)が1学年下、服部勇馬(トヨタ自動車)が2学年下になる。それから4学年下の鈴木健吾(富士通)が21年3月のびわ湖毎日マラソンで大迫の記録を塗り替える2時間4分56秒の日本新記録を打ち立てた(大迫の2時間5分29秒は歴代2位)。

他にも2時間6分台を持つ24歳の土方英和(Honda)、26歳の細谷恭平(黒崎藩磨)といった若手もマラソンでキャリアを積み上げている。東京五輪の選考時より日本マラソン界のレベルは上がっている。

さらに東京五輪の男子10000mに出場した社会人2年目の相澤晃(旭化成・24)と伊藤達彦(Honda・23)。21年12月に10000mで日本歴代2位の27分23秒44をマークして、箱根駅伝2区で区間賞を獲得した田澤廉(駒澤大・21)というマラソン未経験ながらスピードが魅力の若手も強力なライバルになっていく可能性が高い。

勢いのある20代を相手に“大人のレース”で勝負していけるかどうかが鍵になる。

■新たな挑戦をすることで大迫傑の存在価値は上がる

スピードや肺活量は20代をピークに低下するといわれているが、世界の強豪は30代後半でも強さを見せている。

男子マラソンの世界記録保持者のエリウド・キプチョゲ(ケニア)は36歳で迎えた東京五輪を圧勝。五輪で2大会連続の金メダルを獲得している。ケネニサ・ベケレ(エチオピア)は37歳のときに世界歴代2位の2時間1分41秒で突っ走っており、大迫もマラソンランナーとしてまだまだ“ポテンシャル”を秘めているといえるだろう。

大迫傑氏
写真提供=nike

ただし、オリンピックでメダルを目指していくなら、これまで以上に強くなる必要がある。その道のりは甘くない。大迫はマラソン日本新記録による1億円のボーナスを2度も受け取り、東京五輪でもヒーローになった。お金と名誉を手に入れた者が再び、ストイックな生活に戻るには、これまで以上のモチベーションが必要になるからだ。

マラソンは特効薬のような練習メニューはないため、かつての大迫のようにトレーニングでも“新たな挑戦”を積み重ねていくしかない。それが30代の大迫にできるのか。

大迫は21年9月、法人「株式会社I(アイ)」を設立して代表取締役に就任している。現役中から未来のアスリートを育成する大学生対象プログラム「Sugar Elite」や小・中学生を指導する「Sugar Elite kids」などを立ち上げていたが、現役復帰後もこの活動は継続する。

大迫がレースに出場することで自身の活動をPRできるだけでなく、選手として活躍することで上記プロジェクトの価値も高まる。他の現役選手に与える刺激や効果も大きくなる。

「東京五輪をひとつのゴールにしたんですけど、第2章として、どこまで世界と戦っていけるのかという挑戦をしたいんです。また、これから育っていく選手たちの背中を押すだけじゃなくて、選手としての背中を見せて引っ張っていきたい。それができれば、僕自身もそうですけど、日本陸上界がもっと強くなっていくんじゃないでしょうか。失敗したっていい。挑戦するのは楽しいことを伝えられたらいいですね」

早大卒業から8年。大迫ほど注目され、結果を残した長距離ランナーはいない。速いだけでなく、アスリートとしての在り方や考え方を尊敬し、憧れている若い選手は多い。それだけに、「打倒・大迫傑」を目標に挑んでくるだろう。それは日本マラソン界にとって大きなプラスになるに違いない。

大迫の現役復帰はマラソン界に波及効果を及ぼし、さまざまなシーンでウィン・ウィン・ウィン……の関係を作り出すのではないだろうか。そんな予感がしている。

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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)

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(スポーツライター 酒井 政人)

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